93話 冬景色の中の黒幕幼女
しんしんと雪が降る中で、世界は真っ白であった。積もる雪がいつもの風景を上塗りして、平原は何者も生きることができない雪の世界になっていた。
いや、そうではなかった。よく見ると雪色をした狼たちが雪上で足をとられることもなく、軽快に走っている。足跡は雪の上にほんの数センチ。柔らかい新雪で1メートルを超える積雪。雪に埋もれてもおかしくないはずなのに。
そんな不思議な光景を遠くから眺める集団がいた。ちっこい体躯の愛らしい幼女である。その多少キツめな目つきに宿る闘争心は、赤ずきん役を演ると、その可愛さに紳士たちはスタンディングオベーションをするだろうが、狼との最初の出会いで倒そうと戦いを挑む雰囲気を見せていた。
「あれが雪の魔物でつか。さっきのゴブリンは雪をまるで水のように掻き分けて襲ってきまちたが、狼の方がやっかいそー」
「そうでやすね、親分。ゴブリンはそこまで怖くはなかったですが」
この寒い中で毛皮を着込んでお外に遊びに来た可愛らしい幼女へと、これぞ山賊といった風体の髭もじゃの男が同意する。毛皮を重ねるように何枚も着込んでいるので、いつものより100%程、小悪党に見えちゃう。即ちいつもと変らない勇者ガイである。
「ギュンターたちは既に戦闘を始めてるっぽいぜ」
肩の横に浮かぶ妖精が告げてくるのを頷きで返す。散開して魔物を倒す作戦なのだ。
「ん、まずはそこの悪人から斬れば良い?」
なぜか尻尾のアクセサリーを2本つけている狐人の侍リンが聞いてくる。銀髪が美しい少女だ。気分によって尻尾の本数を変えているそうな。その言葉に思わずそのとおりと頷きそうになったり。
「いやいや、そこは頷かねえでくだせえ。リン、おめえも刀に手をかけるなよ!」
「大丈夫、うざい髭もじゃだけを斬る予定だから。首が飛んだら、クリティカルだったと諦めて?」
コテンと可愛らしく首を傾げて、古典的なことを口にするリン。寒さが増したのはおっさんのせいだろう。
「どこの侍だよっ! そういう古典的ゲームはあったけど!」
「そういえば後期のシリーズは敵の首を落としたっていう描写じゃなくて、クリティカルで相手を倒したに変わりまちたね。残酷さを緩和するためだと思いまつが、仲間が死んで灰になる方が残酷だと思いまちたよ」
そもそもモンスターを殺しまくるRPGなんだから、そこらへんを変えても意味がないとは思うのだが。
そんなアホ三人組がギャーギャーと騒いでいるのに気づいて狼の群れは進路を変更して走ってくる。
「よし、けーかくどおりでつ。カンジキを履いているんでつから、動きに注意するんでつよガイ」
幼女的には計画通りなのだ。反論は認めません。
「ん、万能型は適性が平地だけだから気をつける」
「くっ、優しい言葉なのに悪意を感じますぜ。あっしも次世代型は浮遊をつけてくだせえ、親分」
「けんとーしときまつ。それでは、けんとーを祈りまつ! 各自散開!」
ますます雪が激しくなり、寒さが増すおっさんギャグを口にして、アイは浮遊を使用。足場を空に作り走る。
リンはさすがステータスも身のこなしも違うので、軽やかに雪上をとんとんと蹴りながら接敵して刀を振るう。
「カムヒヤー、大胆に現われろスレイプニル!」
「ガイ様、そのネタは古すぎます。リン様たちはわからないですよ」
ガイのアホな叫びと共に空中から現れたバイクのスレイプニルがツッコミをいれる。たしかにそうだなと頷きながらガイがスレイプニルに乗ると、スレイプニルはふわりと僅かに雪上を浮く。
「そういえば、悪路走破可能なポニーはその性能だけは高かったんでちた」
ホバー移動で走ってゆくスレイプニルを見て思い出した。ちゃんと説明書を読んだのか、偉いなあいつ。
感心しながらも、俺も負けてはいられない。こちらも戦えることを見せないとね。
狼が意外な速さで駆けてくる。その数は3体。20体程の群れだが、残りはリンとガイに向かっていく。
「チャカチャカピピッ。見えたぜ、あいつの名前はスノーウルフ。平均ステータスは18、すばやさが高く、特性雪上走破を持っているんだぜ。弱点は火に弱い」
久しぶりの説明だぜと、マコトが満面の笑みで伝えてくる。
「魔物も環境に合わせた繁殖をするという仮説はあたりまちたね。元はウォードウルフでつか」
「そうだぜ、春になればウォードウルフが産まれるんだぜ」
「冬は出歩くのは危険でつか。でも面白いスキルをたくさん集められまつねっと」
食いつこうと、地を蹴り口を開けて飛び掛かってくるスノーウルフを、トンと横に逸れて躱す。幼女の動きを読んだように次のスノーウルフが噛み付いて来るが、慌てない。
「シールドビット展開!」
「うよよ〜ん、キュインキュイン」
手を振るアイに合わせて、謎の擬音を口にしつつマコトが狼の前に飛び出る。狼は妖精を食べようと食い付くが、ガチンと痛そうな音をたてて、マコトの障壁に妨害されて仰け反ってしまう。
「シッ」
その隙を狙い、アイは強く空を足場に踏み込んでその手にある短剣を仰け反ってガラ空きとなった首元へと横薙ぎに振るう。
白い地面に赤い血が広がり、狼は倒れ伏す。最後の一体が寸前まで近づいていたが、左手を差し出して魔法を発動させる。
「でろでろ、ファイアアロー」
一本の炎の矢が生まれ、狼の鼻面へと勢いよく命中する。もはや詠唱という意味が幼女の辞書には書いていないのは間違いない。
キャインと頭を燃やさせれ苦しむスノーウルフ。その様子を横目にアイはふわりと身体を浮かせ、縦に身体を回転させる。
「ムーンサルトキック!」
可愛らしい掛け声で、可愛くない威力を戻ってきた最初のスノーウルフに当てる。再び飛びかからんと、ジャンプしていた狼の頭を蹴り、地へとめり込ませ、さらにクルリと身体を回転させ短剣を振り下ろすのであった。
「なかなかやるんだぜ。芸として売れるな!」
「芸として売るつもりはないでつし、っとと」
浮遊を使い後退ると同時に、雪の中から50センチ程の体躯を持つなにかが雪を蹴散らし飛び出してきた。
雪煙の中で倒したスノーウルフに何匹かがズラリと並ぶ牙にて狼にかぶりつく。ついでにマコトもひとのみにされちゃったが
「あたしは絶対無敵! 捕縛することも、食べることもできないんだぜ。でも、怖いからもう逃げるぞ」
身体をアストラル体へと変えて、敵の身体を透過してきた妖精である。絶対無敵というだけはあるが、鯉の口の中は嫌だったみたい。
そう、雪から飛び出てきたのは鯉であった。長い髭を生やす川に住む魚である。ただ、その鱗は白く、雪の中を泳いでいた。あと、牙を生やしているので、普通の鯉ではない。
「スノーカープだぜ。平均ステータスは8。特性が雪中遊泳だな! あと、貪欲」
バシャバシャと目の前の雪が水のように弾けて、何匹ものスノーカープが飛び出てくる。とはいえ、その程度のステータスなら問題ない。
カプリと噛み付いてくるが、幼女のプニプニお肌は貫けない。ぎりぎりダメージ0となるステータス格差があるので。
「幼女への噛みつきはご遠慮くださいでつ。剣技 ソードスラッシュ」
魔力により剣身を伸ばした短剣を振るい、周りの敵を斬り裂く。あっという間に三枚におろして、チンと短剣を仕舞う。
「マジでつか。水中系モンスターが雪の中を移動できるなら、海の中で戦うのと同じでつ。あたちたちは敵のテリトリーにいることになるという怖い状況でつよ」
周りに落ちてまだ死んでいないスノーカープや、スノーウルフの死体に噛み付いて離れないスノーカープを丁寧に倒していきながら、少し焦っちゃう。
「そうだなぁ。この冬は平民は外に出れないよな。予想よりも過酷な世界だぜ。ちなみに素材雪狼11ドロップだな。特性雪上走破。雪鯉は6だぜ。特性雪中遊泳」
「う〜ん……浮遊があるから走破系は意味がないんでつよね。空に足場を浮遊で作れまつし」
「効力は下がるけど、魔獣工を使えば特性を持たせたまま加工ができるぜ」
魔獣工? と首を傾げる。あれって魔物の骨とか革を使ってしょぼい防具を作るだけでは? 鍛治と組み合わせないと使えないのでは?
ん? ん? とニコニコと笑顔を作りながら口元が引き攣っちゃう。
「マジでつか! え? 魔獣工ってそんなスキルだったんでつか!」
雪原に幼女の驚く声が響き渡る。なんだろうと、ガイとリンが戻ってくるが、気にせずにぴょんぴょんと小柄な身体で飛び跳ねちゃう。ちょっと予想外だったので。
「魔獣工は本来は魔物しか使えないスキルだぜ。たしかに鉱石を使う鍛治には基本性能で負けるけど、その分弱い魔物とかでも、スキルレベルにもよるけど、ステータスアップや、魔物の特性がつくんだぜ」
「そんな素晴らしいスキルだったのでつか……。ボアの牙槍とかも攻撃力+1とか、貫き性能とか色々ついたんでつね!」
マコトへと顔を寄せて、捕まえてブンブン振る。そりゃないよ、俺は鑑定スキルがないのだ。テンプレチートスキル鑑定がないのだ。わかんないよ、言ってもらわないと! 品物鑑定の魔法を使う人に鑑定してもらうか……。知り合いに一人いるしな。
「弱い魔物じゃたいした性能にはならないぜー。やーめーろー、振るんじゃーなーいー」
シェイカーのように振られて、たまらずマコトはアストラル体になって、幼女の手から逃れる。気にせずにワクワクと顔を輝かす可愛らしい幼女。
魔物の素材が意味を持つのだ。これがどういうことかというと、物凄い革命的なことなのだ。
「けほっけほっ。あっしは風邪をひいたみたいでさ。熱もあるな、こりゃ親分帰っても良いですかい?」
「ガイ様の健康状態は36.5度。平熱で健康体です。このスレイプニルは運転手の健康状態も確認できるのです。えっへん」
「黙れ、このポンコツ! あっしの仕事が増えるだろ! ようやくダツたちの武具を作り終えたのに!」
危機を感じる第六感を持つ勇者ガイ。なぜか親分がガイを新型に変える未来が予想できてしまうのだ。さすがは勇者。自分の危機には敏感だ。
「いきなりガイには適用しないでつよ。スキルレベルを変えて、スミスを作りまつ。どのように魔物素材の効果が出るか? 鍛治と合わさった時にはどうなるか? 研究していきまつ」
親分があっしに優しいと、涙目になる山賊。常日頃どれだけブラックな環境がわかってしまう光景だった。
「だんちょー。それよりも追われている馬車が遠くに見えるよ?」
「ほへ?」
リンがスッと遠くを指差す。その先には雪を蹴散らして進む魔物のような馬が牽く馬車が結構な速さで走っていた。周りには騎士たちがやはり馬に乗り並走している。
そしてその後ろに広がる雪原に鮫のヒレだけが見えていた。遠目でもヒレだとわかることから、かなりの大きさの鮫が雪の中にいそうな予感。
「こんな雪の中を移動している? 旅をしてきたのでつかね? 馬車は立派に見えまつし」
「ん、どうする、だんちょー?」
聞いてくる侍少女へと、答えは決まっているよねと答える。
「助ける一択でつ。テンプレイベントでつが、ハードな異世界と言うのが気にかかりまつが……」
ギュンターに続き、俺もテンプレイベントかなぁと思う中で黒幕幼女は馬車を助けるべく、駆け出すのであった。