92話 雪降る中の侍少女
雪が降り続けるのを眺めて、リンはホゥと息を吐く。白い息が空へと消えてゆくのを見ながら、七輪の上で焼いている餅をつつく。
「ん、凄い大雪……。結構寒い」
外を見るとドカ雪が積もっている。結構な大雪だ。1メートルは積もっており、皆は歩くのに苦労している。この地はごく稀に積雪がある程度だと聞いているから、この積雪量でも大変だろう。ましてや冬はまだまだ始まったばかりである。
「すげえ雪だな。こりゃ、今日の仕事は終わりだな」
「ちげえねぇ。これが昨年だったら死んでいたぜ」
「月光様々だな」
ウハハハと周りにたむろしているおっさんたちが笑う。
「あんた、昼から酒は禁止だよ」
「そりゃねぇよ、お前」
「とーちゃん、燻製肉焼いて〜」
家族が和気あいあいと団欒を楽しんでいる。そんな光景がそこかしこに見えるここは公園である。冬に備えて急遽作られた藁葺き屋根の木造りの公民館だ。不思議なことに一夜でできたらしい。しかも、ここだけではなく、月光管理の空き地の多くに。
いくつも囲炉裏が作られて暖かい。七輪が置かれてそこでなにかを焼く家族も多い。広いので一酸化炭素中毒もない。
自分の家にいるより、薪代もかからずにいれるので皆は集まっていた。内職をしている者たちもいる。草鞋がこの寒さだと売れゆきが悪いので、新たにだんちょーが出した新商品カンジキを作っていた。わら靴と菅傘も作っており完全に江戸時代である。
金髪などの外国人がせっせと作るその姿に違和感を感じて苦笑するしかない。相変わらずだんちょーは抜け目がない。どんな時でも稼ごうと考えるのだから。
そして人々へと自分の利益を度外視して助ける優しさも出会った時から変わらない。
「……自分の時もそうだった」
ポツリと呟き笑みが自然と浮かんでしまう。
初めて会った時もこんな雪の時であった。当時自身の力に自信があった私は雪降る中でミュータント退治をしていた。
両親から受け継いだ力と、鍛えられた自分の腕に自信があったのだ。
そんな自惚れていた私はミュータントと闘い危機に陥っていた。思いもかけず凶悪なミュータントであったのだ。
そんな自分に話しかけてくる人がだんちょーであった。
「よう、嬢ちゃん。道で遊んでたら駄目だぞ。車に轢かれちまうからな」
頭から血を流して、車から乗り出しながら伝えるその男は苦笑いをしながら。
「その車はもう駄目だと思う」
指差す先にある男が乗っていた車は、ミュータントへとぶつかり大破していた。もはや修理は無理であろう。
「あぁ、もうこの車は廃車にしようと思ってたんだ。気にするな」
「前部以外は新品。これはホバータイプの新製品として販売されたばっかりのやつ」
「そうだったか? 最近歳でな!」
ワハハと笑うその男は、合流してきた仲間にしこたま怒られていた。せっかく買った新車をその日にスクラップにするなんてと。
怒りながらも、男の仲間は皆笑顔であり、誰も私のせいだとは責めないのが印象深く、そして暖かった。
次の日、車屋の前でなんとか新車を手配できない? と頼み込む男へと頼み込んで仲間にしてもらったのだ。それがだんちょーとの運命的テンプレの出会いであったのだ。
異世界に行くと言われた時にはどうやってついていこうか迷ったが、これまた以前に運命的出会いであった姉神様に頼み込みに行ったのだ。ちなみに姉神様との出会いは特撮映画を見に行ったときに、財布を落としたと落ち込んでいた姉神様に映画を奢ったのがきっかけである。
姉神様の前に師匠にもお願いに行ったが、そんなことは自分でやり給えと断られた。自分でできないからお願いにいったのに酷い。なんか裏技があるらしいけど、その方面はまったく鍛えてなかったのだ。サマナーって、常に地面にめり込んでいる神降ろしを操れないで振り回されるママのイメージしかなかったので。
「七輪が空いてるようだが、お嬢さん、私も焼かせてもらって良いかな?」
「ん、問題ない。どうぞ」
おっさんの一人がフラフラとやってきて、燻製肉を見せてくるので頷く。餅は一個ずつ焼くのだ。最高のタイミングで食べるために。なので七輪は空いている。
「そりゃどうも。それじゃ焼かせてもらうとしよう」
ポイポイと燻製肉を置くおっさん。ジリジリと焼けてきて、良い匂いが鼻をくすぐる。
「1メートルはある大雪なのに、皆は余裕だな。初めての降雪なのに」
「平民地区に薪売りに行く人たちが、大変だと皆が騒いでいると言っていた。他は大騒ぎ」
「そうだろうな。炭も含めて高価な値段で売れるチャンスであるのに、随分と安く売ってもいる」
肩を竦めておっさんが言うが、そのとおりである。元スラム街だけではなく、手に入れた材木を平民地区に安く売り払っていた。普段の冬の備えではまったく薪は足りなかったのだ。平民地区は寒さに凍え、凍死者が出るところを救ったのだ。
「今は安く売れる分、名声を買い取っているとも言ってた」
「冬の救世主と言う訳だな。だが名声を買うにも安くしすぎだ。……それが彼の悪いところでもある。ここは普通より少し高い値段で売って良いのだよ。それでも確実に名声は上がるし、手に入れた資金を使えば、より豊かにするための元手にもなる」
「冷徹な考えで効率的に動くときもあれば、苦しむ人たちを見て、採算度外視で衝動的に動くのもだんちょー。そうでなければリンは出会えていなかった」
むぅと、頬を膨らませて抗議をする。厳しい言葉だが正しいのだろう。いや、きっとそれが正しいのだ。だが、優しさで行動をするだんちょーが私は好きなのだ。
「では、リン。この先の世界は君には早い。彼はこの先、厳しい選択をとることもある。優しさだけでは、人は救えない時があるのだよ」
なぜ、この話をおっさんが振ってきたのか理解する。
「むぅ、そんなテンプレな言葉で説得をしてきても無駄。……参考までに、優しさだけでは救えない時はどうする?」
「力と金だな。常に物事はそこに少しだけの優しさを込めれば解決できるものだ」
ニヤリと悪そうに笑うおっさんの言葉に、それなら問題ないと安心する。
「それならだんちょーの得意技。そこに優しさがある限り問題ない」
「優しさが見えなかったら、どうするね?」
「話し合う。それだけの度量をだんちょーは持っている。リンの土下座スキルも活用する」
フンスと息を吐いて得意げな表情で伝えるとおっさんは苦笑で返してきた。
「君の土下座に価値がないのは思い知っているよ。母親そっくりだ……。だが、根性は父親譲りだな」
「心配はいらない。リンは不死なので」
「生きている人間が不死なのが問題なんだ。だが、死んでしまうのも問題なんだ。う〜ん、まぁ、いっか。説得も面倒くさいし、一応説得したと言う形にはできたしな。なるようになれば良いだろう」
この話は飽きたよと、おっさんは焼けてきたお餅を奪う。気づかないうちに取られていた。抗議の声を出そうと、燻製肉にあるまじき旨さの肉を頬張りながらおっさんを睨む。
「それはリンの。せっかく焼けたのに」
「私が七輪に置いた燻製肉を全部食べながらよく言えるな」
「なぜか手が止まらなかった。良い匂いを出すこの燻製肉が悪い」
ムシャムシャと口に頬張る。これは最高の美味さ。私は絶対にすべてを食べるのだ。そんな私へと苦笑混じりにおっさんは言ってくる。
「あぁ、まぁ、私からは以上だ。その身体は以前よりも比べ物にならない程の弱さとなっているから気をつけるんだな。以前と同じ感覚で戦っていたら、失敗するぞ」
「わかってる。これでも身体に慣れるのに練習は欠かさないから」
「結構だ。不死だと驕っていたら、帰還の切符を用意しておくからそのつもりでいることだ。それと、これは餞別だ。まだ渡していなかったからな」
おっさんが手を振ると、なにかが被さってきて視界が暗くなる。なにこれ?
手に持つと本であった。まさかグリモア?
「グリモアではない。それは君の母親が持っていて、君は使えない。悪いがグリモアを使わせる訳にはいかないのでな」
「ん、それじゃこれはなぁに?」
「それはだな……。思い出写真集だ。君が見る内容が動画にもなるから、精々頑張ってあの幼女を撮影して編集するのだな。サ、こほん、変態な銀の女神がランカにあげて、君には何もなしは不公平だからな」
おぉ、とその言葉に喜ぶ。本を開くと動画がページに埋め込まれていた。色々と使えるみたいで嬉しい。
「ありがとう、師匠! それと心配をかけてごめんなさい」
顔をあげて、礼を言うが……。既にそこには誰もいなかった。餅も一つもなかった。焼いていないのも。
「ふぉぉぉ〜! 師匠格好良い! さすが師匠、わかってる。でも餅は持っていって欲しくなかった」
興奮して、思わず立ち上がってしまう。こういうシチュエーションを私は大好物なのだ。きっと姉神様が見たら、同じように興奮するのは間違いない。早速思い出写真集にペタリ。
本は光の粒子となり消えて、自分の手のひらに吸い込まれる。いつの間にか静かであった周辺のざわめきが戻ってきていた。
なんだかんだ言って、師匠は優しい。だんちょーと同じぐらいに。でも危機を救われただんちょーに私は恋をしたのだ。
危機……力をフルパワーにして、普通の服がずたずたになり、ママに怒られるだろう危機……。だんちょーには秘密である。命を救われたから、恋をしてきたのだと思わせておくのだ。
リンはそんなテンプレのチョロインではないのである。ふふふ。
そして今は愛なのだ。愛なだけにアイからは離れないのである。私が命の危機になかったという裏話を知っているのは両親と師匠たちだけであるのは秘密。
「新しいお餅を貰いに行く。食いしん坊なおっさんに食べられたと言う」
わざわざ地球から心配で顔を見せに来た師匠には感謝しかないが、それはそれ、これはこれなのである。
よいせっと、立ち上がりトテトテとだんちょーがいるであろう屋敷へと向かう。
「そ~いえば、リンは皇帝なんだっけ。ん〜、謎の皇帝ということにしておく。会議とかにはブンカン頼りで」
アイが聞いたら怒るようなことを口にしながら歩いていると、ペチンと頭を叩かれた。
「それはもうランカでやりまちた! 狐人の性格が謎すぎると、皆に思われるでしょっ! なんで皆その答えに行き着くのでつかっ。うぅ、駄目だと思ったが、やはり皇帝は新たに作りまつか。あたちにベッタリなリンじゃ無理でつね」
だんちょーが私の頭をはたいてきていた。怒って頬を膨らませているが、幼女なので全然怖くない。そこが前のだんちょーより良いとこかも。
「碌でもないことを考えていまつね、もぉ〜。まぁ、ルノスに任せるとしまつか。どうせリンでもルノスでも頷くだけだし。皇帝はたまに顔を見せれば良いかな?」
「まったく良くないんだぜ。社長はこういうの甘いよな」
妖精が呆れるが、それで良いとリンも思います。そうしないとだんちょーのそばにいれないし。
「知っていまつ。本来は皇帝……う〜ん、会計に厳しい男を創る予定だったので。仕方ないので、諦めて新しいキャラを作りまつか。幸いにして、リンは全然顔が売れてないし。この話はここまで。それよりもリンを探していまちた」
「ん、戦い?」
「そのとおり。王都の北門から少し行った平原にチラホラと雪特化の魔物が現れたらしいんでつ。雪特化……特化という響きって、心をくすぐりまつよね」
「ドロップすれば良いけどな」
マコトは一言多いでつねと、だんちょーがマコトの頬を引っ貼って抗議をするのを見ながら、胸を叩く。
「わかった。リンに任せて。だんちょーがドロップするまで倒しまくるから」
リンもかと、飛び掛かってくるだんちょーを躱しながら、必ずだんちょーの夢を叶えるからと、侍少女は改めて決意するのであった。