9話 幼女は拠点を手に入れる
スラム街はこの広い王都の1割を占める。クズ共の集まりだと平民にも蔑まれているが、実際は仕事が無くて税金が払えずにいる人間も多い。
もちろんクズ共も多いが、仕事があれば平民と同じ生活に戻るだろう人がだいたいなのではなかろうか。
王都の役人共はあえてスラム街を放置している。貧民を集めておいて、暴動などを起こさせないために。まぁ、たとえ貧民が暴動を起こしても騎士たちには敵わないが、面倒ごとを嫌っているのだろう。
なので、この地域は土地の権利は役所にて売られているが、治外法権となっており、廃墟のようなボロ屋に不法入居者が住んでいる。
力無き金もなく、今日の食べ物もない人々。それら弱き者を守るため、そして自分の居場所を守るために、スラム街の小さな区画を支配している虎人の戦士ケインは戦っていた。
同じスラム街の仲間たる弱き者も喰い物にするクズ共から。
目の前に立つチンピラが、錆びた短剣を振りかざしてくる。慣れていないのがまるわかりなその隙だらけの攻撃に、軽く手で振り下ろされる短剣をはたき落とし、腹に横蹴りを入れてやると、勢いよく吹き飛び、ゴミために吹き飛んでいった。
他のチンピラたちが吹き飛んでいった仲間を見て怯む中で、牙を剥き出しにして咆哮する。
「うぉぉぉ! てめえ等じゃ俺の相手にならねぇ! ボスを出せ、ボスを!」
周りで仲間たちも棒きれや短剣を振り回して、戦う中でケインの咆哮は響き渡り、敵の動きを止める。
攻めてくる敵は隣のシマの狼人だ。無理矢理支配地域の奴らをきつい日雇いや、森の奥で狩りをさせようと連れ出して上がりを徴収しているクズ野郎だ。お互いに小さいシマなのは学がないために傭兵や娼館などの伝手がないから金がないのであった。
学がないと、相手にぼったくられて酷い目に合うのをお互いに知っているから、手を出すこともしていなかった。
家屋の奥に隠れて指示を出していたのか、その頭がのそりと覗かしてきたので、ケインは身構える。お互いの力は同等。ここで勝負を決めるときと。
だが、狼人はその頭だけが、ごとりとそのまま通路に落ちていった。その後に頭を無くした身体がゴトリと倒れ込んだ。
「へ? ぼ、ぼす?」
「な、は?」
「やられ、え?」
狼人の部下たちがその様子を見て、動きを止めて呆然とする。
いや、ケインたちもその予想外のことにポカンと口を開けて、動きを止めてしまった。
「あ〜、なんだよ。いきなり襲いかかるから、驚いて殺しちまったよ。でも、人素材が一つ手に入ったから、別に良いか」
狼人の後ろから、いかにも悪党といった男がのそりと現れた。特に殺したことを気にしないで、頭をかきながら左手に血に染まった斧を持って。
鋭い獣のような視線をこちらへと向けてきて、ニヤリと狂暴な笑みを男は向けてきて、野太い威圧感のこもる声で宣言した。
「今日からこのシマは我ら月光の下に支配される。異議のある奴は前にでろ」
その宣言にケインは見知らぬ男が敵だと身構えるのであった。
ゲーム画面を見ながら、アイはニヤリと可愛らしい幼女の微笑みを見せていた。レバーを握り微笑むその姿はゲームが面白いと楽しむ幼女そのままだ。
「おいおい、いきなり殺しちゃったぞ? 良いのか? 支配するんじゃなかったのか?」
マコトが戸惑ったように聞いてくるが、アイはちっこい肩をすくめて答える。やっぱり肩をすくめる姿が似合わない幼女である。本人は幼女姿でも似合ってクールだよねと思っているのが哀れである。中身がおっさんなので、あまり哀れではないかもしれない。
「今倒したのは、たぶん他の地域の奴でつ。ほら、ララは虎人のボスって言ってたでしょ? それにいきなり人の首を刈ろうとする奴に容赦はいらないでつ」
過去に油断すれば死ぬ世界で暮らしていたのだ。余裕があればともかく、いきなり命を狙う敵にアイは容赦はしない。
見かけは幼女だが、中身は歴戦のおっさんなのだ。だんだんと女神の加護でアホになっているかもしれないけれど。
「たぶん抗争の真っ只中だったんでつよ。ちょうど良かったので相手のシマも頂いちゃいましょ〜」
ご機嫌そうに足をパタパタと振りながら、アイはガイの身体に意識を移す。ガイの身体へと意識を移したアイは血塗られた斧を腰に戻す。
「さて、これからはお前らのボスの力のお披露目だ。殺しはしないから安心しな」
いつものガイの情けない姿は掻き消えて、アイの操るガイぼでぃは威圧感を持たせて睥睨する。
その視線に、半分近くの人間が武器を捨てて降参して手を上げたり、跪く。だが、残りの半分は未だに戦意を高くもち、武器を構えていた。
たぶん狼人の部下が降参した奴等だ。残りの半分が虎人の部下に違いない。
「お前は何者だ! どこのシマの奴だ!」
虎人が声を荒げて、アイの前へと歩み出てきた。爽やかそうな二枚目の若い男で虎耳と尻尾を生やし、剥き出しの腕と足が毛皮に包まれており、その手には鉄の手甲がつけられている。ムキムキの筋肉ではないのはスラム街だから、栄養が足りないと推察できた。
右足を踏み出し、手を持ち上げて身構えてくるので、格闘家なのだろうか。
「言っただろう? 俺は月光の者だ。この王都の者じゃない。他から来た組織のもんだ」
「他から……? いったいなにしに?」
「そりゃ決まってる。この地にも組織の根をはりにだ。ということで、お前らは俺の部下になれ。まぁ、酷いことにはならないと思うぜ」
虎人は眉を顰めて疑問の表情になり、多少なりとも戸惑っていた。他の土地からくる組織など、思考の範疇外だと思っているのだろう。うん、俺もそう思う。魔物ひしめく交通の便が悪いこの世界で、他の土地から来るなんてね。
だが、そうしなければならないのだ。組織設立がこの地からなんて、謎の黒幕ムーブができないじゃん。それに他の地にボスがいるとなれば、いつ刺客がくるからわからないから、下剋上もやりにくい。
「答えは……これだっ!」
虎人が、右足を大きく踏み出し、ひび割れていた石畳が砕ける。まさに虎のように獲物に襲いかかる虎人は右拳を繰り出してくる。鉄の手甲が鈍く輝き、アイへと向かう。
「最初から跪くとは思ってねえ!」
平手で迫る右拳を叩き落とし、左拳をフック気味に繰り出すアイであったが、なんと虎人ははたかれた拳をそのままに、身体を前回転させて、左足の後ろ蹴りを器用に繰り出す。
「チッ」
舌打ちをしつつアイは拳撃を止めて、腕をクロスしてその蹴りを防ぐ。ミシリと腕が軋む音がするが、そのまま腕を跳ね上げて相手の足を振り払うと、虎人はクルリと身体を宙にて後回転させて下がり、スタンと見事に着地をする。
「ほぉ〜、なるほどねぇ。器用なもんだ、虎人ってのは軽業師かなにかか」
アイは感心しつつも、少し驚いていた。今の蹴りの威力と踏み込みの速さに。
「マコト、今の虎人の戦闘力はいくつ?」
「う〜ん……平均27ってところか。素早さが少し高いと思うぜ」
ピピッと擬音を口にして、アイの問いにマコトが答えてくれる。頼もしきかな戦闘用サポートキャラと思いながらも、真剣な表情で考え込む。
どうやら、この世界は数よりも質な予感。スラム街の小さなシマのボスでこれだけのステータスということは、少しだけ面倒くさいことになるだろう。たぶん街人とかと戦士とのステータス格差が酷い予感。
「まぁ、考えるのは後にして、圧倒的力を見せないとね」
気を取り直して、アイは虎人へと向き直る。
「軽業師とは言ってくれるな。なら、これはどうだ? 特技 タイガースキン!」
虎人が吠えて、その身体に魔力を漲らせると、見る間に毛皮が人間の肌から生えてきて覆う。
「説明しよう! 特技とはスキルとは別の技。その個体固有の特性でパッシブとアクティブがあるが、アクティブなのが特技なんだぜ!」
マコトが出番だぜと、ゲーム筐体の中で翅を羽ばたかせながら、得意げに話してくれる。説明役が大好きな妖精である。
ケインの特技タイガースキン。強靭にして柔軟な毛皮はいかなる攻撃も減少させる。たとえ鉄の剣でもかすり傷程度しか受けない。ケインはたった少しのアイとのやり取りで、相手が尋常な力ではないと気づいたので、全力で必殺技を使うつもりなのだ。
「いいぜ、かかってきな。猫じゃらしは必要か?」
カモンカモンとアイは余裕の笑みを作る。虎人が身体を屈めて力を集中させてきた。
「拳技 パワーストレート!」
魔力に覆われた拳撃が風を切り、唸りながらアイへと向かう。隙があるがあえてアイは受けることに決めて、胴体に力を込める。やめて、受けないでと、ゲームモニターの端っこに顔をぶんぶん振りながら泣き顔のガイが映っていたが、きっと幻覚だろう。幼女は痛くないので大丈夫。
ケインの必殺技、タイガースキンからのパワーストレート。全力での拳撃もタイガースキンが命中した際の衝撃を吸収してくれるために、鉄の鎧にも躊躇い無く放てる技。
アイは生身でその攻撃を胴体に受けた。ズシンと身体に響き、ちょっぴり痛い。ガイの身体から痛みなどがフィードバックされてきたのだ。痛みのフィードバックは1%。幼女に優しい仕様であった。モニターに映るガイは痛そうだけど、男だから我慢できるよね。
まったく通用していないと、アイはニヤリと笑い、驚き目を見開く虎人の頭を掴む。
「残念だが、俺とお前じゃ鍛え方が違う」
平然と平静な声音で虎人へと告げて、掴んだ頭に下から掬い上げるように蹴りをぶち込む。
虎人は蹴りを受けて、頭から後ろへと空を飛んで吹き飛び、何回か身体を回転させて地面へと転がり落ちるのであった。
ピクピクと身体を震わす虎人の様子に、やっちゃったかなと少し焦るアイ。
だが、小さな呻き声をあげてきたので、大丈夫みたいとホッとする。どうにも手加減が難しい。地球人との身体能力が違いすぎるので、未だによくわからないのだ。
ここらへんは要練習だなと思いながら、静まり返る人間たちの間をノシノシと歩いて倒れているケインのそばへと行き、その顔を覗き込みながら
「どうだ? 月光の部下になるか? きっと支部長も酷いことはしない。俺のいる組織は身内には優しいんだ」
嘘だ! 嘘をついているんだと、優しさを見せられたことがない山賊の声が聞こえてきたがスルー。ちなみに組織の名前、月光とは、オタク時代に考えた設定だ。黒歴史を現実にすることを厭わない勇者アイである。
「く、くそっ。頷く以外にこ、答えはないんだろ? わかった……」
あっさりと虎人は痛そうに呻きながら了承してくる。これもスラム街の生き方なのだろう。
「一応言っておくが裏切りは許さない。その場合は酷い目にあうからな」
そう告げて、辺りを見渡すと、諦めた絶望の表情で他の奴らも武器を捨てて降参してくる。
「数より質ねぇ。武器の威力もちからに入るのか……。だからちからがひらがななんだな」
三倍差があるステータスなのに、ダメージがガイぼでぃに入ったのだ。なるほど、ステータスはあまり信用できないと言っていたマコトの言葉に納得する。
喰らう攻撃ダメージがどれくらいかわからないのは困るが、怖いとは思わない。鉄の手甲を嵌めた虎人の技を受けても、それほどダメージは負っていないからだ。ガイのヒットポイントは5も減っていないので。それがゲームキャラの特徴かはわからないけど。
「俺の名はガイ! これよりこの地は月光の物になる。支部長が来たら歓迎しろよ、お前ら?」
吠えるような大声で周りへと伝えて、これで拠点を手に入れたと、アイは筐体の中でむふふと可愛らしい微笑みを見せるのであった。
ちなみに操作を解いたら、腹を押さえて転げ回ってガイは痛みに苦しんだが、どうでもよいことだろう。