89話 ディーア都市国家
南部中央地域は戦国時代と化していた。戦乱の風が吹き荒れて、各地にて戦争が起こっている。南部地域中央付近は麻のように乱れ、各都市国家の領主は入れ替わりが激しかった。
この戦争が他地域まで及ぶのも時間の問題であろう。
数十年に一度、南部地域は戦国時代へとなる。その理由はというと、南部地域中央に位置する大都市国家ディーアが発端である。
肥沃な平原にあり、南部地域中央にあるという交易地としての重要性を持ち、さらにはディーア神の加護による浄化の力により、周辺地域にて強力な魔物は発生しにくい。穏やかな気候を加えて、都市は神器として、常に清廉な水を中央塔から大量に流していたので、干ばつにも強かった。
吟遊詩人は唄う。神に愛された地ディーアと。
吟遊詩人は唄う。人に過ぎたる地ディーアと。
タイタン王都と違い、要塞都市としての一面はなく、たんなる穀物倉庫として、神々の時代に作られたらしいディーアは神の力が宿る強力な城壁も、特殊な兵器もない。人の作った脆い城壁があるだけだ。
しかし古来から豊かなる穀倉地帯を支配してきて、交易の要所でもあるディーアには人が流れ込んだ。今や人口は50万を超えて、周辺地域にも10万以上の人口を持つ衛星都市をいくつも領地として支配している。
紛れもなく南部地域最高の国力を持つのがディーアである。そのため、過去の王はたびたび統一戦争を行うのであった。
そして常に失敗をしてきたのもディーアである。なぜならば、統一戦争を始めると、ここぞとばかりに他国が攻めて来るのだ。そのために戦いは中断されて、連合として戦わないといけなくなる。
いかにディーアが南部地域の都市国家最高でも、広大な土地を統一している他国の兵力には比べるまでもなく少ない。統一戦争中に領地を切り取られたら、元も子もないので、過去の王は歯噛みをして戦いを中断していた。
今回もそうなるだろうと、中央付近の都市国家はタカをくくり、時間稼ぎの防衛をしていたのだが、他国の様子が少し違ってきて、焦っていた。
北部のタイタン王国は内乱が発生し、西に位置する魔帝国は南部湿地帯に生息するナーガが作った国イーマ、リザードマンの国サンリバーの侵略を受けている。東と南は海のため、隣国はその二国だけだが、その二国が極めてタイミング悪く、いや、ディーアにとっては都合が良く都市国家連合を攻める余裕がなくなっている。
そうして、ディーアは他の都市国家に密かに統一後の密約を交わしていたのもあって、強力な都市国家は次々と陥落の危機にあっていた。
今回はいつもと様子が違うのではと、他の都市国家群は悟り始める。そのような時代の変革の足音が聞こえてきそうな中で、ディーア都市では会議が行われていた。
空高く伸びる塔がいくつも並び、瀑布となって塔の頂上から水が滝のように流れる。その大量の水は湖となって溜まり、周辺へといくつもの川として分岐をして流れていっている。
そんな湖に浮かぶ中央島にある武骨なる人が作りしディーア城。内部は華美で透明な窓ガラスはもちろん、天井には魔法の光を放つシャンデリア。部屋はもちろん通路にも絨毯が敷かれて、そこかしこに品の良い調度品が見える。
その謁見の間にて、金の装飾がなされたミスリルツリー製の見事な意匠の玉座で、気だるげにディーアの国の女王ディアナ8世が座って報告を聞いていた。
「なるほど、猫に首輪をつけるどころか、ひっかかられて、傷つき尻尾をまいて逃げてきた? そうなのだな、スー将軍」
香油をかすかに塗って、艷やかな金色の髪を腰まで伸ばす女王は、その美しい顔立ちに侮蔑をこめて言う。
上から目線の言葉に、謁見しているスーは身体を震わせて頷く。一見、か弱そうに見える細い手足、武器を持ったことがなさそうな、傷ひとつない手を振って尋ねる女王に、スーは渋々と頷く。
「他者から見ればそのとおりです。ですが、あそこには化物少女がいました。俺の攻撃を人差し指一本で防ぐ少女が」
これを伝えるためにスーは撤退したのだと、必死な表情で訴える。知らないで戦えば、酷い結果になるだろうからだ。
その必死な様子を見て、壁に立つ騎士たちが含み笑いをする。錬金術を使って鉄と銀を混ぜて作り上げた魔鉱を使った鎧を着た者たち。
金糸の意匠を施された白いサーコートを纏い、銀の輝きを見せる魔鉱の鎧を着た近衛騎士たちは、まさしくディーアがどれだけ金があるかを示している。
魔鉱はミスリルのように魔力の籠もった鎧を作り上げるために、錬金術にて生まれた鉱石。されど、僅かに魔力伝導率が上がるだけで、ミスリルには遠く及ばない。たんに金がかかるだけの代物である。なにしろ、魔鉱の鎧一つで、三つの鋼の鎧を作れる値段なのだから。
そのような普通は作らない代物だが、一つだけミスリルに近い特性があった。
錆びぬ銀の輝きを見せるのだ。そう、美しさだけはミスリルとほぼ同等であった。ディアナ女王はその美しさを気に入り、近衛騎士たちに魔鉱の鎧を着せていたのだ。金が余るほどないと、できないことであった。
そしてそれはディーアの財力の高さを示してもいた。
そんな選ばれし騎士たちの一人が前に出て、ディアナ女王へと目線を向けると、女王は発言を許すと頷き返す。
「たしか、スー将軍はリンと言う少女に人差し指一つで防がれた。間違いないね?」
「あぁ、そのとおりです、ウキト殿」
スーの真面目くさった答えに、ウキトと呼ばれた騎士は吹き出して、ゲタゲタと笑う。
「なにが可笑しいっ! たとえ七大将軍といえど、無礼じゃねぇかっ!」
声を荒げるスーに、ごめんごめんと手を振ってウキトは謝りながらも笑ってしまっていた。
「ルノスはセンジン周辺の小国をいくつも短期間に落としたらしいよ。でも、リンと言う少女は制圧が終わったあとに、皇帝とかなんとか宣って、訪問するだけらしい。この意味がわかるかな?」
「む? そうなのか……恐らくは秘密の戦力として隠すつもりじゃ?」
「ブブー。不正解だよ。君はペテンにかけられたんだ。ペテンにね」
「ペテン? そりゃどういう意味だ?」
からかうようなウキトの言葉に、むかっとしつつも、あの強さは本物であったと確信するスーは怪訝な表情を浮かべて聞き返す。
「それはじゃ、固有スキル 呪いの倍返しと言うやつじゃよ」
強力な魔物の革を鞣したローブを着込む老人が前に出てきて、口を挟む。狡猾そうな顔つきの老人の言葉に虚をつかれるスー。
その老人こそ宮廷魔法使いにして、七大将軍のひとりイサタ。博識ぶりを見せつけるようにニヤリと嗤い、説明をしてくる。
「呪いの倍返しは受けたダメージを蓄積して、相手に返す特技じゃて。珍しい固有スキルでな、スキルの強さによって威力が変わるらしい。全身に攻撃を受けてもダメージを無効化して、相手に返せる英雄伝説が有名じゃな。ただ普通は身体の一部に攻撃を受けた場合に限るらしい。人差し指とか、な。人差し指の一撃でやられたんじゃろ?」
「あ〜ん? あれがスキル? 本当にスキルだった?」
魔法使いの爺さんの言葉に、顔をスーは考え込む。そうなのか? すべては俺の早とちりだったのか? 本当に?
「ルノスに少しは知恵が回る参謀がついたみたいだな。2500の騎士を倒すにはその方法しかなかったのであろう」
ディアナがフフと口元を笑みに変える。楽しそうな嬉しそうな微笑みでスーを睥睨して、手を掲げる。
「特技 極限なる属性剣 光」
光のみで構成された眩しい光を照らす剣がディアナの手に構成される。その眩しさと嫌な予感をするスーであったが
「部下を残して逃走するは死刑だ、スー将軍。属性剣技 光輪剣」
冷酷無比な視線にて、重さを持たない光の剣を振るうディアナ。剣身は手元から放たれて、光の輪となり、恐ろしい速さでスーへと迫って来た。
逃げなければと、スーが一歩だけ後退るが、その時には胴体を斬られて、血溜まりを作り床に胴体を上下に分かたれて倒れるのであった。
ふん、とディアナはその様子をつまらなそうに見る中で、少しするとスーの身体は輝き一つの身体へと戻る。
「ぐはっ! ハァハァ」
固有スキル 不死なる身体で蘇生したスーは、息を荒げて立ち上がる。次の攻撃が来るかと身構えるスー。スキルは一日一回。次に殺されたら、もはや復活できない。
「これにてスーの刑罰は終わりだ」
その言葉に、逃げてきた罪がなくなったのだとスーは理解する。慌てるように、跪き礼をいう。正直、酷いが、一般的な刑罰は蘇生不可なので仕方ないのだろう。
「死よりも酷い刑罰があれば提案せよ。遠慮はいらぬ」
ディアナは周りを見渡し、反論する者がいないとわかると、満足そうに頷く。
「スーには引き続き将軍としておく。ユグドラシル精霊国に行ったバラキとチーギが死んだ。もはや七大将軍ではなく、五大将軍となったのだ。死なぬ貴様にはディーア直属の将軍へと移籍。これからの活躍を期待する。バーフィ王には既に了承を貰っている。汝の将軍が軍を崩壊させたと言ってな」
もう七大将軍が殺られたらしい。皆は強者だが、敵にも将軍がいるのだから…
「ハハッ! ディーア直属の将軍。拝領しました」
「次はペテンにかからないようにするのだ」
「はっ! 次は気をつけます。二度と負けはしません」
心の中では一抹の不安がある。ペテン……。本当なのだろうかと、不安が心にこびりついているが、表情には出さなかった。ただ次にあの少女に出会ったら、理由をつけて戦わないようにしておこうと決意する。
「あぁ、呪いの倍返しの弱点は、対象とは別の敵からダメージを受けることじゃ。次に少女と出会ったら部下に支援させるのだな。ダメージを受けた途端に呪いは消えるだろう」
イサタの言葉に頷き返す。正直違うとは思うのだが、とりあえず逆らわない。
「それよりも、センジンの里はどうするのですか? 制圧するなら是非に私にお任せを」
気障に頭を下げるウキト。五大将軍としての自信が溢れ出ていた。だが、ディアナ女王はかぶりを振って否定する。
「放置しておく。奴は小国を支配しているのみ。奴らは今後、侵略戦争も始める程余力もない。ようは多数の国を支配下に置いていると見せつけたいのだ。今後の話し合いで、国を多数支配下においているとのアピールで、次の私の誘いを了承して、高位貴族になるつもりなのだろう。頭が良い」
「今後、中規模な都市国家を落とせるほどの兵力もないと? なるほど、戦争中の立場をよく理解しておりますな」
イサタが納得したように頷く。ルノスは少ない兵力でよく考えたのだろうと感心もした。農奴に仲間がなって、自分は首輪をつけられて働かせられないようにと、頭を使ったに違いないと。
「うむ。しばらくセンジンは放置だ。木綿にゴム……惜しいが金はある。戦争が終わったら精々稼がせて貰おうではないか。この話はとりあえず放置だ」
肘掛けに腕を乗せて、ディアナ女王は次なる戦争に意識を飛ばす。各国を攻め落とすのだ、統一するまで。
「大都市国家を陥落させるのだ。そのためにタイタン王国には内乱を。魔帝国にはナーガたちを仕向けたのだからな」
女王は凄みを感じさせる笑みを見せて命令をし、配下たちは命じられるままに、各地にて戦争をするのだった。
冬と言っても、雪もほとんど降らずに行軍可能なのだから。それが南部地域だと考えていた。足かせはなく、時間だけが勝負であるとの予想の元に。
しかし計画どおりに行く訳はなかった。ディーア神が滅び、加護がなくなったディーアは、いや、すべての神々が死んだ中での最初の冬。加護が消えて、本格的な冬に入るが、神々が死んだことも知らないディアナ女王には予想もできなかった。
大雪が降り、強力な魔物が平原を跋扈し始めるなどと。
そのためにディーア都市国家の統一戦争はかなりの遅れをとるのであった。
黒幕幼女がたっぷり力を蓄えることができるほどに。