87話 都市を攻略する黒幕幼女
朝の薄靄の中でタイタン王都を西に森沿いに移動すると存在する都市国家キノキの城壁では兵士たちがすぐそばに見える森林を監視しながらあくびをした。
森林の魔物以外は注意することのないしょぼい街だ。タイタン国の王都の西にあるとはいえ、交易路はずっと南の平原の街に王都からは作られている。なにしろ森林のそばを通るということは、魔物に襲われる可能性が高いということだからだ。下手をしたら大商隊でも全滅する凶悪な敵が現れるのだ。
そういう訳で、人口5000人程度のキノキは王都の西に位置しながら、田舎の街同然であった。
「そういえばリバーシ買ったか?」
暇なので同僚へと話を振ってみる。魔物は出る時は出る。出たらすぐに騎士へと連絡して戦う。が、この周辺の敵はほとんどゴブリンにオーク。10メートルの城壁を登ることはできないので、騒がしくなれば対処すれば良い。
もしも城壁を登る敵がいたらその時は命懸けで戦わないといけないが、最後に城壁に到達してきたのは5年前のハイオークの時だけだ。大変な死傷者が出たものだった。
「あれは面白いな! うちじゃ、家族揃って、ずっと遊んでいるよ」
笑顔で答えてくる同僚に、自分も笑みで答える。単純だけど、あれは面白い。安かったしな。
「そうだよな、あれは面白い。月光商会は最初は森林沿いにセンジンの里へ行くと現れた時には、無謀な奴らだと思っていたけど、その後も定期的に来るもんなぁ。良い奴らが来てくれたもんだよ」
森林沿いに、大昔の道を辿り移動してきた月光商会。最初は目を疑ったものだ。正気であれば使わない昔の街道。たしかに最短距離となるが、なにもないセンジンの里へ行く意味もわからなかったし、命懸けで道を通っていく考えもわからなかった。
が、定期的に現れること。なにやら運んでいくところを見ると順調な交易をしているらしい。
「酒場の連中も金払いが良い奴らだって喜んでいたぜ。お前らと違って、ワインを頼んでくれるし、チップも弾んでくれるってな」
「俺たちは安い俸給だからな。ワインなんか薄いやつじゃないと頼めない」
「違いねえやっ」
お互いに顔を見合わせて、ゲタゲタと笑う。娯楽の少ない田舎街だ。大きい商隊が定期的に来るだけで噂話に事欠かない。
眠気がなくなり、話をしながら見張りを続けようとしたときであった。バサリとマントを翻して、何者かが城壁へと降り立つ。
「な、なんだ?」
「何者だ?」
降り立つ人物に驚き、手に持つ青銅の槍を相手に向けて身構える。
それは老齢の男性であった。意匠の凝った深い蒼色の立派な全身鎧を着込み、マントを翻して立っていた。その顔つきは歴戦のものであり、凄腕だと否が応でも感じさせる威圧的な空気を纏っている。
「うむ……職務ご苦労。私の名前は聖騎士ギュンター。センジンの里の客将だ。センジンの里へと攻撃をしてきたこの国を攻略しに参った」
穏やかな表情で、たいした用事でもないことのように言うギュンターと名乗る騎士。だが内容はとんでもなかった。俺らの街がセンジンへと攻撃を仕掛けた? そういえば、騎士がこの間50人程出かけていったままだが……。
「さぁ、敵襲だと叫ぶが良い。儂はこれから城門を開きに行くのでな」
堂々と隠れることもなく、ギュンターという騎士は歩き始める。その堂々とした態度に怯みつつも、城門を開くと言われれば立ち塞がるしかない。
仲間の兵士と共に槍を構えて立ち塞がるが、ギュンターは気にせずに歩き続けてくる。
「攻略しにきたと言われて、はい、そうですかと道を開けると思っているのか!」
力を込めて、ギュンターの隙だらけの顔に槍を突きだす。躱すこともなく、老齢の騎士はその攻撃を顔に受けて……。
まるで小石でも当たったかのようにビクともせずに、煩わしいと小枝を払うかのように槍をゆっくりとした動きで跳ね除けた。
顔に当てても、傷ひとつない……。
俺たちは顔を見合わせて、お互いに意思を確認して頷く。
「はい、そうですか。敵襲と叫ぶので暫しお待ち下さい」
ペコリと頭を下げて、道を開ける。こりゃ駄目だ、将軍級だわ。俺たちだと無駄に殺されるだけだ。将軍級には将軍級を当てないといけない。雑兵の出る出番ではないのだ。
「仕方ないことといえど、残酷な話だ。ステータスの違いと言うものは」
独りごちるように、ギュンターは歩き続けて城門へと向かっていく。周りの見張りもなんだなんだと集まって来て、ギュンターが攻略しに来たと聞いて、こわごわ取り巻くのみ。
「敵襲〜! センジンの里より敵襲あり! 将軍級!」
見張りの一人が鐘を叩き、騎士たちへと知らせる。久しぶりの鐘の音。しかも魔物ではなく、相手は人間だ。
「なぁ、騎士さまたちは敵うと思うか?」
「どうだろうな……。将軍なら勝てるかも? いや、たぶん無理だな」
同僚の言葉にかぶりを振る。うちの将軍じゃ、勝てそうになさそうな予感。
城門前に辿り着き、腕組みをして門を開けずに仁王立ちで待つギュンターを見ながら、まるで英雄のように堂々としているなぁと、のんびりと思う。俺たちが戦うのは、敵の雑兵相手だ。
おっとり刀で街の中心部から騎士たちが将軍を先頭に駆けてきた。将軍にしてこの国の王だ。血相を変えて、片手剣を持ちギュンターの前へと辿り着き、問い掛ける。
「私はキノキの王にして将軍ブナダン! 汝の名を問おう」
その堂々としたギュンターに負けず劣らずの名乗りをする王に、もしかして勝てるのかもと期待を抱く。互角なのだろうか?
「儂はセンジンの里の客将の聖騎士ギュンター。汝の国はセンジンの里を襲う連合軍に加わっているな? 既にその軍はなく、センジンは報復に参ったという訳だ。この地はセンジンが支配させて頂く」
その言葉にブナダン王は苦々しい表情となる。そんな連合に加わっていたのか……。そりゃ攻められるだろうが。ここで負けたらセンジンの里の略奪に合うのだろうかと、背筋に冷たいなにかを感じてしまう。
「……センジンには悪いことをしたと思っている。しかし我らもディーアには逆らえん。この国の騎士は僅か100人。ディーアに逆らえば潰されるのは目に見えているからな」
「そうであろう。だが、攻めてきたのはそちらである。諦めよブナダン王」
ブナダン王は覚悟を決めたように、剣を身構えて攻撃態勢をとる。対してギュンターはその言葉を聞いて肩を竦めるのみであった。
「王として、この街を守らねばならぬ! 死んで貰うぞ、ギュンター卿!」
身構えることもないギュンターへと、ブナダン王は鋭い足の踏み込みにて剣を振るう。
「特技 金剛の筋力! 片手剣技 疾風突き!」
ブナダン王の固有スキル。自らの筋力を一時的に2倍にする技だ。ハイオークの毛皮を軽々と貫く一撃だ!
突きの速度が上がり、疾風の速さで剣が繰り出され、油断をしていたのか躱すことができずにギュンターはその顔に剣を受けていた。
「うむ、見事な一撃。そなたの街を思う覚悟が見てとれた。合格だな」
剣で突かれたにもかかわらず、ギュンターは優しい穏やかな声音で口を開き、ブナダン王が驚愕の表情で後退る。
ブナダン王が剣を引いた後には、多少の切り傷が肌についた老齢の顔があった。僅かに血が顔を流れていっていた。
「ここで逃げれば、斬る予定であったが、そなたは敵わないと薄々気づきながらも攻撃してきた。民のためと身体を張る男だとわかる」
クイッと指で傷を拭うギュンターと、畏怖の表情にてその様子を見るブナダン王。
「ミスリルソードで武技を振るったにもかかわらず、その程度の傷……。ギュンター卿は英雄級なのか……」
震える声でブナダン王が尋ねる。あり得ない硬さは将軍級を上回るお伽噺にしかいないと思われる英雄級だと。
「ふむ? まぁ、それはおいておこう。ブナダンよ、センジンの支配下に入れ。代価はブナダンはこの地の将軍となり、本領安堵。財産の半分は上納してもらう。兵士たちに乱暴狼藉はさせぬと約束しよう」
その提案にギョッとしちまう。随分と優しい提案であったからだ。てっきり城門が開かれて、略奪の兵士がやってくると思っていたのに……。ブナダン王も思わぬ提案に戸惑う。
「良いのか? 我らは弱小国。そなたたちの旗色が悪くなれば裏切るぞ?」
「正直すぎるなブナダン。その場合、裏切った場合は容赦せん。だが、まぁ、旗色が悪くなることもないだろうし、裏切る理由も生まれまい」
その自信のあるギュンター様の言葉にブナダン王は苦笑いを浮かべて、剣を下げ跪く。騎士たちもそれに続き、剣を仕舞い地に跪く。
「わかった。どちらにしても我らでは敵わない。私のミスリルソードの一撃で傷ひとつだけでは、な。そなたに従おう聖騎士ギュンター卿」
「うむ、それではこの先の支援も含めて、御用商人の月光商会が説明するだろう。悪いことにはならぬ。安心せよ」
そう告げて、ギュンター様はこちらへと視線を向ける。
「城門を開けよ! 騎士50、文官10をおいていく!」
「はっ! 城門を開けよ!」
その命令に従い、慌てて城門を開くと、いつの間にか城門の前に集まっていた者たちがいた。騎士たちとローブを羽織った魔法使いっぽい男たちだ。
ローブを着た男がにこやかな笑顔でギュンターに頭を下げたあとに、ブナダン王……ブナダン将軍のそばに歩み寄り、跪き目線を同じ高さで話しかける。
「初めまして、ブナダン将軍。私の名前はブンイチ。多少の魔法を使う文官です。この地に派遣されたからには力の限りに発展に寄与しましょうぞ」
その声音には穏やかで、敗戦国の者だと侮るような態度は見えない。人の良さそうな男のその態度にブナダン将軍は多少の驚きと共に頷く。
「おぉ、ブンイチ殿と申すか。よろしく頼む。……とはいえ、この地は碌な特産品はないがな」
「大丈夫ですよ。ゆっくりとやっていきましょう」
立ち上がり二人は話し始めて、この街の状況を確認していく。
二人の姿に上手くやっていけそうだと、兵士たちは安堵してその光景を見て思う。
どうやら、この地は支配されたらしい。戦いという戦いはなかったが、負けたらしい。
「炭が欲しいのですが、まずはモヤシの種を配布しましょうぞ」
「モヤシ? モヤシとは?」
なにか持って来てくれるが、なんだろうなと、少しの期待をもって二人が城に立ち去るのを眺めるのであった。
アイはその様子をモニター越しに、むふふと眺めていた。最初の都市攻略としては満足な出来である。
「姫、このまま各辺境の弱小国を落としていくのですな?」
モニター越しに尋ねてくるギュンター爺さんに頷きで返す。
「一日で四つの都市国家を落としまつ。基本人口1万人以下。関羽が関所を超えまくったみたいに、一人でじゃんじゃん落とせるレベル。悪政をしている王は倒していきまつ」
「騎士200人程度じゃ、関羽には敵わないんだぜ」
マコトが楽しそうに手を振り上げる。関羽ギュンター、そうすると俺は徳の高い劉備かな?
どう見ても徳の高い性格をしていない幼女の中のおっさんは思う。どちらかといえば、司馬懿とかが相応しいと思うのだが。
「戦略ゲームでも、序盤は雑魚い国を武力の高い将軍だけでバンバン攻略できまちたからね。今頃は各地の都市国家にダツが辿り着いているはず。まずは格納とゲーム操作を繰り返して、支配地域を増やしていきまつ」
本格的な戦争はまだまだなのだ。下準備が必要なのだよと、黒幕幼女はさらなる都市国家の攻略にゲームを続けるのであった。