86話 将軍と戦う黒幕幼女
森林の中での戦場にて、突如として始まった一騎討ち。都市国家連合軍は固唾を飲んでその一騎打ちの様子を見ており、ダツたちは暇になっちゃったねと、この隙に水筒から麦茶を飲んでいた。俺のは砂糖入りだよ、え〜、昔の人っポイなと、先程の戦いっぷりの異様さとは別ののほほんとした異様さを見せていた。
「ねぇ、ドローンたち、余裕すぎない? 仲間がやられたのに? あたちはやられちゃって悲しいのに」
「あ〜、最近知ったんだけど、あいつ等のAI人格は使いまわしらしいぜ。ダツの1番が死んだら、次のダツ作成時に1番の人格が使われるらしいんだ」
「なんだ、彼らも不死だったんでつね。納得。そっか、新しく作るより使い回したほうがコストも下がるし、なにより経験値も貯まるもんね。お給料を払っておいて良かったでつ」
待遇を手厚くしておいて良かったと、アイは額の汗を拭う。ドローンは絶対忠実だぜと言われても、やっぱり気分が違う。まぁ、それなら犠牲覚悟でも問題ない。復活できるのだからガイたちと同じだ。お腹を空かせないようにはしておこうっと。魔物タイプはそれで十分みたいだし。人型はそれに加えてお給料かな。
ガイがあっしはもっと待遇を良くしてと、幻聴として叫んでくるような気もするけど、気のせいだろう。勇者ガイは自己犠牲精神が半端ではないのだ。
ゲーム筐体の中で、安堵で胸を撫で下ろす。
「ん、だんちょーは優しいから大丈夫。そして目の前の敵はできるだけかっこよく倒して欲しい。身振りから台詞、かっこよくお願い。この動画は姉神にも常に届いているから。それが生きている身を封印して、魂のみで異世界にきた条件。異世界実況者になることが」
キリリとした表情で、実にしょうもないことを言う侍少女。通信系は崩壊後の世界では制限されているだろ、あぁ、女神様たちは使っているか。
そして俺はリンを作った覚えがない……プログラムに割り込みされた感じがします。仕方ないか、女神様の意向に従うよ。
リンがモニター越しにフンスと話しかけてくるが、異世界チューバーってなんだよ。そしてリンはやはり死んでいなかったか。名前が最初出てこなかったからなぁ。ハッキリ思い出した時に、なにせ俺の異世界出立お別れパーティーにいたことまで思い出した。なぜ来れたか、その事情は後で聞くか。
「また、知らない間に細かいバージョンアップがされてまつ……。くるんじゃないかと思ったけど、やっぱり操作時も操作キャラと話せるようになったんでつね」
「ガイだけ音声オフオン機能があるから安心するんだぜ」
「泣けまつ」
酷い設定だと妖精の容赦ないセリフに苦笑するが、苦手なのに絶叫マシーンに乗った人みたいにガイは操作時に叫びまくるだろうから、妥当なところか。哀れガイ。
「さて、ゲームを始めまつか。できるだけかっこよく鮮烈なデビュー戦を」
気を取り直し、意識をリンぼでぃへと幼女は移すのであった。
目の前の敵が微かに首を傾げて、シミターを鞘に仕舞うのを怪訝な様子でスーは睨む。降伏するつもりだろうか? しかし副官たちを斬ったあとで?
もちろん降伏ではなかった。少女は人差し指をたてて、信じられないことを宣う。
「将軍級。どれくらいのちからの差があるか、人差し指で相手をする。命が助かって良かったね」
最初はなにを言っているか頭が理解を拒否した。次に正気かと相手を観察するが、こちらを見てくる視線に正気であると理解して……最後に憤怒が身体を駆け巡った。
頭に血が登り、ミスリルソードを持つ手が怒りに震える。
「舐めてるのか、てめえっ!」
ここまでスーに対して舐めた態度をとる人間は初めてである。自分は都市国家の将軍なのだ。舐めた態度をとられるほど弱くはないのだ。
「カモンカモンと言ってみる。あ、一歩も動かないのも追加しとくね」
「死にやがれっ!」
怒りのままに動きは冷静にスーは地を蹴る。たんなる挑発で、こちらが冷静さをかいて、怒りのままに攻撃してくるのを待っているかもしれないからだ。本気のようにも見えるが……。
「フンッ!」
右足を踏み込み、その力を身体を通して手に持つ剣へと伝える。風切り音をたてて、リンという少女へと鉄をも断ち切るミスリルソードの一撃は襲いかかるが
「ていっ」
少女は可愛らしい掛け声で、人差し指でミスリルソードの一撃を、将軍たる自分の鉄をも断ち切る一撃をあっさりと受け流した。まるで小枝を払うかのように。
「は? ぶ、武技か?」
スーは人差し指にて跳ね返されたことに、信じられないと表情を浮かべる。なにか人差し指で防ぐ武技なのかと疑うが、少女はふふっと悪戯そうな笑みで人差し指をふりふりと振る。
「武技でないのは理解しているはず。貴方の持つ剣が小枝レベルの弱さか、それとも貴方のちからが赤ん坊並か。両方かもしれませんね」
「い、イカサマだ、そんなはずはねえっ! 剣技 剣速向上! 片手剣技 羽毛剣 片手剣技 軽重剣!」
次々と剣の威力を支援する剣技を使っていく。そうして、グローブ下につけている魔法の指輪を起動する。
「エンチャントマジック! ストレングス! アジリティアップ!」
全ての指輪の魔法もかけ終えて、緑の光が身体を覆い、身体能力を大幅に上げる。剣には魔法によるエンチャント、そして剣速を上げて、命中する際に重さを上げる技もつけていく。
スーの最強モード。このモードで負けたことはない。
「お〜。貴方はなかなか思い切りがある人ですね。武技の全てを支援技で固めて覚えているなんて。まっとうな剣士なんですね。拍手しちゃいます」
パチパチと小さな手で拍手をしてくる少女に、本当に頭に血が登る。こいつは全然こちらを敵として見ていなかったからだ。
「剣技を超える俺の連撃、その人差し指で受け止めて見せろっ!」
「んん、もちろんです。良い小枝になったみたいですが、リンの人差し指を超えるでしょうか」
「減らず口をっ!」
スーは体を捻り、右からの横薙ぎを繰り出す。やはり人差し指であっさりと防がれるが、先程までとは違うのだ。態勢を崩さずに身体を屈めて足を狙い、そのまま飛翔して頭へと振り下ろし、切り返して左から袈裟斬り、横薙ぎ、突きを入れていく。
たしかに攻撃の武技よりも攻撃も剣速も一歩劣る。だが、クールタイムの必要な武技とは違い、力の続く限り攻撃できる。その連撃は嵐の如き連撃で、敵を軽々と屠ってきた。
……今までは。
すべては防がれた。人差し指にて軽やかに、まるで指揮棒を振るうが如く、少女は小枝を払うようにその全てを防いでいた。息一つ乱さずに。
スーは目の前の光景が信じられなかった。息が切れる前の最後の一撃を払われて、よろけるように後ろへと下がる。
慄き恐怖の色を目に漂わせて、少女の形をした化物を見る。なんとかわかった。弾かれるその方法が。
柔らかそうな剣を防ぐことなど出来そうにない人差し指。剣が触れる瞬間、その一撃をフワリと羽毛でも跳ね除けるように威力を受け流しているのだ。人差し指が硬い訳ではなく、単純に驚異的な技の成す結果であった。
そして、それが受け流し系の武技でもないことを理解してしまった。
いつの間にか、部下たちは口を噤み、静寂が辺りに漂っていた。あり得ない光景に皆は恐怖に、いや、恐怖を超えて、その少女に畏怖の心をもってしまっていた。
「そ、そんな……俺は将軍で、ミスリルソード持ちで、決闘100連勝の男なのに……」
身体が震える。剣を持つ手に力が入らない。視界が揺れてグラグラする。こんなはずはない。なにかの夢ではないか? 悪夢だ。きっと俺はロップの合図を待っている間に寝てしまったのだ。立ったまま寝てしまい、そのうち副官に起こされるに決まってる。
現実が信じられないスーは力をなくし、既に先程までの猛々しさは欠片も見えなかった。
「では貴方は捕虜にしましょう。どーん」
少女が人差し指を動かしたと思ったその時には、スーは猛烈な衝撃を受けて、後方にいた兵士を巻き込んで吹き飛ばされた。手に持つミスリルソードがどこかに飛んでいき、土に塗れて転がっていき、身体がバラバラになったような痛さを感じ、正気に戻った。
見ると、少女が人差し指を突いた状態にいた。自分がたった今たんなる人差し指の一撃で吹き飛ばされたことを理解する。
勝てない。いや、勝てないというレベルではない。この少女は化物だ。そして後方で待機する軍隊も異常だ。
この情報を生きて伝えねばなるまい。逃げるのではない。これ程危険な敵がいると、都市国家へその存在を伝える義務が自分にはあるのだ。
幸い敵はこちらを倒したと油断していて、間合いもある。ならば望みはある。
「特技 不死なる身体!」
一日に一回使える命を落とすか危機にいる場合に使える固有スキルを使う。欠損すらも、毒や呪いすらも直し体力を満タンにする己の固有スキルだ。魔力は回復しないが、それでも自分を将軍にまで押し上げた技である。
だいたいこの技を使う時は相手もかなり傷ついており、回復した自分に驚く相手を倒してきた必殺技でもあるのだが、この少女には立ち向かうだけ無駄である。
なので、戦略的撤退だと少女の隙を狙い立ち上がり
「うひゃあ! ば、化物だ!」
両手を懸命に振りながら、涙を湛えてスーは猛然と地を蹴り、逃げるのであった。
「しょ、将軍が逃げた!」
「俺たちも逃げるんだ!」
「ひぇー!」
兵士たちが武器を捨てて、スーの後に続こうとする。スーはさすが将軍の身体能力。みるみるうちに、離れていって豆粒程度になっていた。
「動くなっ!」
だが、少女の鋭い声音に兵士たちは思わず足を止めて直立不動となってしまう。強力な威圧を受けて、皆が動きを止める中で少女は戦場にあるまじき、可憐なる笑みにて告げてくる。
「リンはこれから都市国家の半分を支配するために動く。リンとリンの軍隊と戦いたくない人たちには、リンの部下になることがおすすめ。次点はどことも知らぬ地へと逃げること。最悪なのがリンと再び戦うこと。さて、皆はどうする?」
降伏勧告であった。どうやら自分たちを殺すつもりはないらしい。そして都市国家の支配を進めるとも宣言してきた。
「どうするよ?」
「あんな化物たちとまた戦うのか?」
「うちの都市国家は俺たちがいなくなると、もう戦士階級はほとんどいないんだ」
「て、手土産とすれば貴族になれるんじゃないか?」
「あいつは悪竜を倒したことがあるらしいぞ」
ざわざわと騎士たちは顔を見合わせて話し合う。こんな化物が来たら、自分たちのいる都市国家などひとたまりもない。そして、そんな化物たちの軍に自分が参加すれば……もしや立身出世も夢ではないのでは?
「さぁ、決断する時。貴方たちはどちらを選択する? ファイナルアンサー」
淡々と言う少女の問いかけに、生き残りの1500人中、1000人が忠誠を誓うのであった。
残りの500人は臥薪嘗胆の思いで、再びの戦にて勝つと、自分でも信じていない言葉を口にしながら去っていった。
侍アイはその様子を追撃することもなく見送った。武具は全て回収させて貰ったので問題はない。新たに500のダツリョウサンを作れるし。
「初戦はまずまずの結果。これから相手がどう出るか……。その前にいくつかの都市国家を占領する」
敵の将軍が落としていったミスリルソードを手の中で弄びながら、次なる戦略を考える黒幕幼女であった。
「あ、今回のドロップは素材が人183、知識因子が大剣技4だったぜ」
「人ではもはや知識因子は手に入りませんね。残念でつ。まぁ、ラングたちが300近く人素材を稼いでくれているから、良しとしまつか」
「まぁ、騎士たちは決まった技を覚えるからな。仕方ないんだぜ」
「今度、強力な魔物を倒しましょ」