83話 新たなる展開を確認する黒幕幼女
結局1ヶ月間近くロクサードに滞在しちゃった幼女はようやく自宅に帰ってきていた。大きなお屋敷に広い庭。もはやマイハウスとなって半年以上。ぼろぼろだった屋敷から、ピカピカの新築みたいな屋敷になり、窓ガラスも嵌まりこの世界の水準から言うと、金持ちのレベルであるのは間違いない。
おっさんがこんな屋敷を持っていたら、近所のおばさん連中がきっと悪いことをして稼いだのよと、ヒソヒソと噂話をするだろう。きっと詐欺まがいの商売から、世界を支配する黒幕なのよと尾鰭もついちゃうだろう。幼女的には黒幕なのよと噂話をしてもらえると嬉しい。黒幕なのよと噂話にのぼる人間が果たして黒幕に相応しいのかは別として。
そんなお屋敷の会議室に月光幹部たちは揃っていた。
艷やかに滑らかに日の光の下、天使の輪がおさげの黒髪に見えており、多少鋭い目つきだが、ぱっちりおめめの宝石のような黒目、ちょこんと可愛らしいお鼻、小さな口に全体として愛らしさしか感じない顔立ち。ちっちゃい体格は子犬や子猫のようで、これぞ幼女の見本というべき美幼女。中の人が、性格を悪くしてくれるので、教育に悪いからクビにしたい今日この頃なアイ。
地球からやってきた面々。アホな銀髪なんちゃって妖精マコトに、酒好きで戦いでは頼りになる聖騎士ギュンターに、多数の敵を倒す狐人の魔法使い、金髪ロングヘアーのもふもふな狐耳と尻尾を持つ幼女大好きなランカ、額にアホと書いてある髭もじゃな小悪党でサマルな勇者ガイ。アホなのは砂糖やコーヒーの存在を漏らしたからお仕置きです。
他にケイン、ハウゼン、イスパーと現地雇用の者たちも揃っていた。
白い綿布のテーブルクロスがかかった円卓の大テーブルに集まり、難しい表情で目の前の資料を確認していた。マーサがそれぞれの前にコーヒーを置いて、ララがちょこまかと砂糖壺を渡していく。渡す途中でポイと口に角砂糖を放り込んでもいた。
「イスパー。現状をおさらいしよう。現在の王都はどうなっておる?」
ギュンターの渋い声音での問いかけに、情報部副部長のイスパーが頷き説明を始める。
「タイタン王国は現在内乱……勢力争いの渦中にあります。資料に書いてある形です。へへっ、ガイの兄貴に読み書きを教わったんです」
照れながら説明を始めるイスパーだが、王国騎士団は5つから成り、こんな感じ。
王族を護る騎士団の中でも一際精鋭たるロイヤル近衛騎士団。約1000名。
強力な敵が現れた際に、その攻撃を受け止めて戦う重装甲騎士から成るアトラス重装騎士団。約2500名。
広範囲に、または強力な敵を倒すために魔法を繰り出す魔法使いを揃え、その魔法使いを戦車に乗せて戦うゴーマ戦車騎士団。約2500名。
一般的に騎士団を指す、王都周りの魔物たちを倒し治安を維持するタイタン騎士団。約3000名。
異変があればすぐに向かい、先制の一撃を与える素早い動きを可能にする獣人たちで構成され、すべて騎馬からなるカナリア騎馬騎士団。約1000名。
以上がタイタン王国の騎士団である。もちろん、貴族たちは私兵として、自分の騎士団を別に持っているが。
「そのうち、宮廷魔法使いの7割を連れてゴーマ騎士団が北部領地を持つムスペル公爵家についたということでつか」
呆れちゃうぜ。なんで王族直属の騎士団が貴族についちゃう訳? 王族の権威弱すぎでしょ。
「どうやらいつもの勢力争いの一環と王族は静観する様子です。タイタン王国の大貴族3公爵5侯爵のうち、魔法の権威でもあるムスペル公爵家に1侯爵が味方につき、2公爵、2侯爵がアトラス騎士団を引き連れて対抗する様子です。それぞれ兵を集めている様子。静観をきめこむ中立派は残る2侯爵、錬金術のドッチナー、魔法付与のフラガンですね」
「圧倒的にアトラス騎士団が優位に見えまつが……。実際は違うんでつね?」
なにしろ勢力比で2倍差あるのだ。しかしながら、この世界には魔法がある。数の差をあっさりと覆すことができる一手が。
「はい、ムスペル公爵家の固有スキルは強力です。対抗する側は武を重んじる貴族たちで魔法使いはそこまでいません。戦いは互角か、ムスペル家優位と思われます。どちらも貴族主義で、最近は腐敗ぶりも酷いですが、鍛えてはいる様子です」
「ありがとうこざいまつ。イスパー、今回に使った金額をガイに請求をしておいてくださいね。それとお疲れ様でちた。部下とおいしーものでも、これで食べてください」
えいっと、幼女は金貨をテーブルの上に滑らせてイスパーに渡そうとする、が失敗してランカの前にいってしまう。むぅ、と頬を膨らませて、まだまだ金貨はあるもんと、ジャラリと金貨をテーブルに撒いて、たぁたぁとめげずにテーブルの上を滑らせるのであった。
しょうがない幼女だなぁと、他の人たちがあらぬところに飛んでしまった金貨を幼女の前に置くという優しい光景がしばらく続き、金貨10枚をイスパーまで滑らせるのに成功。汗を拭い幼女は黒幕らしかったと、フンフンと椅子に興奮気味に座る。
実にアホらしいほのぼのとした光景となってしまう黒幕幼女であった。そろそろ女神の加護を解除する方法を探す旅にでた方がよいかも。
「それで、平民たちは徴兵されないんでつね」
ハウゼンへと視線を向けると戸惑った様子で教えてくれる。この異世界では当たり前の常識なので、なぜ聞いてくるのかわからない様子。
「は? はい。騎士の従者、鍛えられた平民の兵士、傭兵以外は連れて行っても無駄ですので。それどころか食糧や武具を揃えないといけないので、完全に足手まといかと」
「略奪はありそーでつが、それでもマシでつね。ゲーム的戦争かぁ。これなら経済にもあまり影響がでないかな?」
炎のエンブレム的な戦略シミュレーションみたいに、徴兵はない世界なのが唯一の救いかもしれない。あのゲームでは仲間が死んだらリセットしてたけど。
「どうしますかい、親分? 介入しやす?」
「今の兵力で介入なんて無駄な犠牲がでるだけでつよ」
ガイがどうするか尋ねてくるけど、答えは決まっている。
フリフリと手を振って、今回の戦いは介入せずに放置すると伝える。たぶん両軍合わせて10万はいるでしょ、無理無理。こっちは500人程度しかいないのだ。
ラングマジシャンたちが死の都市前に到着したので、毎日せっせとゾンビを退治し始めて、人素材が毎日10程手に入っているけど。
「月光はこのまま経済活動に邁進したいと思いまつ。どちらもぶつかればただではすまないと理解して小競り合いなんでしょ。それなら問題はありません」
お金を貯めないとねと、ニコリと微笑んで、その後は生産物の品質の向上を目指して、毎月生産物の大会を優勝賞金金貨10枚で行うことや、複雑化してきた職種のために、なにか問題がないかを討議する。今月はさらに売り上げが上がってきましたと、各地へ売るために商人が買い付けに来たためですと、ハウゼンから説明を受ける。
金貨にして利益10万枚。今月も家々の修復や提案された内容に2万を注ぎ込むことに決めて、会議は閉会した。というか、金貨が山ほどあることから、やはり金山は大量に存在してるのね。よく希少価値を保っているな。
またね〜と、幼女はニコニコと手を振り皆を見送ってから、椅子に深く凭れる。
そうして、深く溜息を吐く。幼女は珍しく疲れていた。たった今来た報告を聞いて。
タイミングが悪い……。いや、良いのか? なにやら陰謀の匂いがそこはかとなくするな。
残るのはガイたちだけであることを確認したら、無邪気な笑顔を消して、口を開く。
「ハウゼンたちには秘密にしておきますが、南部地域に問題が発生しまちた。センジンの里に残しておいたダツからの報告でつと、隣の都市が兵士を率いて森林出口を封鎖。外交団なる人たちが里に来て圧力をかけてきているらしいでつ」
「綿布がもう目をつけられたのか? 早すぎね? まだ2ヶ月ちょいしか綿を取扱い始めて経ってないんだぜ?」
ようやっと退屈な会議が終わったぜと肩で寝ていたマコトが、う〜んと伸びをしながら不思議そうに尋ねてくる。綿は今のところ王都にしか出回っていない。それなのに南部地域の者たちが動き始めたのが不思議なのだろう。
が、恐らくは違うのだ。これは俺らが関わる前の話からだと思う。不干渉にされる里だと思っていたが、ひとつだけ特産品があったのだ。
「ルノスは聞くところによると、どうやらかなり有名な傭兵でちた。里には過酷な土地ということもあり優秀な傭兵の産出国。どうやらルノスは元から嵌められていたみたいでつ」
傭兵という名の特産品。その中でもルノスはかなりの強さを誇っていたのだ。ランカの魔法であっさり倒したけど、ガイなら苦戦したかも。
「誰かが合法的にセンジンの里を、いや、そこに住む者たちを確保しようとしていたという訳ですか、姫?」
「そのとおりでつ。傭兵仲間が何人か相手側についているとの報告も聞いていまつ。本来であれば、ルノスが攻めてきたのを口実にする予定だったのに、攻めてこない。しかも金になりそうな綿やゴムなども扱い始めたとなれば、方針を変えたと見て良いでしょー」
この世界で戦士階級は貴重だ。誰かが、いや、どこかの都市国家が動き始めたのだろう。ルノスはその戦闘力に目を見張るものがある。あいつは有名になりすぎたのだ。そして、センジンの里では、ルノスを守ることができる力を持っていなかった。
「食糧の供給をすることと、獣人たちを自分たちの荘園で雇うと言ってきているらしいでつ。そして妖精国との交易は都市国家のいくつかで管理すると」
「それって、農奴でやすよね? 家族を人質にして傭兵たちを奴隷兵士にするつもりでやすね」
「ガイの言うとおりでしょう。これは侵略行為に他ならぬ。どう致しますか?」
険しい表情でガイが言ってきて、ギュンターも厳しい顔で腕を組む。ランカ? ランカは寝ているよ……。尻尾モフモフの刑にしてやる。
よくある光景でもあるのだろうと、俺は思う。天才が産まれても弱い国では反対に災禍になる典型的なパターンである。
このままセンジンの里は崩壊して、獣人たちは奴隷にというのが、お決まりのパターン。歴史でたまに見る光景だった。
俺が関わっていなければね。タイタン王国の内乱に合わせての南部地域の怪しい動き。タイミングが良すぎる。恐らくは狙っていたのだ。
「センジンの里は月光のものでつ。こんな無法は許しませんし……チャンスでもありまつよ」
ニッコリと微笑む幼女。そうなのだ、これは実にタイミングか良いのだ。俺にとってもね。
「ふむ? なるほど南部地域は都市国家同士の争いには動きませんでしたな。表の世界を支配するチャンスであると?」
「さすがはギュンター。そのとおりでつ。南部地域は都市国家連合。その力を合わせなければ、兵は少なく脆弱でつ。タイタン王国が内乱にて遊んでいる間に、南部地域を切り取りまつ。センジンの里を支配しようとした都市国家にはお礼をしましょー。たっぷりと」
クフフとちっこいおててを口にあてて、幼女は楽しそうにしちゃう。世界支配の具体的な動きがようやくできるのだ。
「ルノスを王にして担ぎ上げるのか?」
マコトが確認してくるが、首を横に振り否定する。たしかにあの男なら王に相応しいのかもね。アホで脳筋だけれど、人を思いやる優しく強い戦士だ。けれども……。
「あたちはまだルノスを信用できないでつし、人間は権力を持つと性格も変わることは多々ありまつからね。ここは信頼できる人にしましょー」
「わかりやした。ついに勇者王になる日が」
「ないから。というか、この面子は王にしません。王に相応しい奴を作り出しまつ」
ステータスを眺める。ラングのおかけで、人素材は200ちょい増えた。前から貯めた分も含めれば充分な数だ。
「遂に戦略ターンも追加されたみたいでつ。皆に頑張って貰いまつからよろしくでつ」
ペコリと頭を下げてお願いする。これからは血煙る世界が待っているのだ。修羅の道を踏み出すことになるのだから。
「あたしは問題ねーぜ。元々そうなると思ってたし」
「そうですぜ、あっしらはその為に来たんですから」
「我が力を存分にお使いください」
「なんだかわからないけど任せて〜」
頼りになる言葉を告げてくれる皆へと感謝の微笑みで返す。ありがとうな、皆。
「それでは世界支配をはじめましょー。異世界ゲームの始まりでつ」
黒幕幼女は無意識に王の空気を生み出して、にこやかな笑みで宣言をするのであった。