80話 黒幕幼女は増産体制を作る
魔物が徘徊する、人にとっては危険な森林。誰も森林を世話する者も居らず、鬱蒼と草木が生える中で、ガラガラとうるさい音が奥からしてきていた。
これ程の騒音をたてるとは、体格の良い魔物が歩いているのかと思われるが、実際は違う。
いや、魔物であるのは間違いなかったが、存在が違う。
アラクネの巨大な要塞。要塞といっても、たんに木が積み重なっているだけのものであったが、それらをアラクネたちがえっほえっほと運んでいた。
いや、アラクネに似てアラクネではない。それらは上半身は美しい美女でローブを着込んでいた。下半身が蜘蛛なのは変わらないが色は真っ赤であり、凶悪な姿にもかかわらず、通常の老婆の上半身を持つアラクネよりも穏やかそうな表情と美しさを見せている。
「即ち、美女すげーでつ。老婆と美女の格差ってやつでつね」
「ぶっちゃけちゃったぜ」
幼女が忙しく働くアラクネモドキを見ながら、ウンウンと満足げに頷くと、マコトが呆れた視線でツッコむ。
だけども、森林内で出会った場合、警戒度が違うと思うんだ。
「迷子の子供の前に突如として現れたアラクネ。老婆だと頭からバリバリ食べられちゃうでしょーが、美女なら助けるイベントになりそーな予感がしまつ」
「たしかに姫の言うとおりですな。儂も老婆なら戦い一択かと」
「仕方ない世界の理だね〜」
苦笑と共にギュンターが同意して、後ろ手にランカがのほほんと言う。そのとおり、美女なら好きになっちゃう人間もいるかも。モンスターの娘たちとイチャラブする頑丈な男が主人公で。
「ルナプリンセス。片付けが終わった箇所はどのように致しましょう」
アラクネモドキがズサズサと足音をたてながらやってきて、片付けるアラクネたちを眺めていた幼女一行に話しかけくる。穏やかな笑みを浮かべて、尋ねてくるその姿には敵意は見えない。
反対にランカが自分の胸をペタペタと触ってから、アラクネモドキを睨んでいたけど。アラクネモドキを睨むというか、豊満なある部分を睨んでいたけど。
「まずは貴女たちの食料からでつ。トマトと柘榴で良かったでつね。鬼子母神か吸血鬼かよって思いまつが」
「そういう設定にしたのは自分だろ。草食性に変えたのは」
マコトが肩を竦めながら、口を挟んでくるがそのとおりだった。
「なんだかタイミング良く細かい設定をドローンにすることができるようになりまちたかね。女神様ありがと〜」
「それと+のドローンには二つのサブをつけられるようにもなったんだぜ。自我というか、魂持ちのキャラのバージョンアップはまた今度だな」
そうなのだ。バージョンアップによりドローンの種族設定を細かく変更できるようになったのである。
ドサリとトマトと柘榴の種を大量に取り出して、アイが地面へと降ろすと、
「ルナプリンセス。それでは畑を作っていきます」
頭を下げてから、アラクネモドキはてこてこと種を持って空き地へと移動する。何体かのアラクネモドキが待機しており、種を受け取り、畑を耕して埋め始めた。不思議な神様謹製の種だから、適当に耕した畑でも育つのである。
「別に草食性なんだから、トマトと柘榴だけじゃなくても良いんじゃない?」
「モカがあれが好物ですって、言ってきたんでつ。葦とかでも良かったらしいでつが、やっぱり好物が良いでつよね」
「たしかに我らドローンにも好物はあります。自分は閣下の頭ナデナデが好きです」
ヒョイとルーラが頭を下げて、目の前に見せてくるのでモフモフしちゃう。う〜ん、少しだけゴワゴワだ。石鹸にシャンプー、リンスが最低でも必要か。今度作ろうっと。
ランカも対抗してグイグイと頭を押し付けてくるので、狐耳をサワサワする。モフモフは良いなぁ。ランカとルーラの蕩けた顔は幼女の教育に悪いので目を背けておくけど。あと、二人で足の踏み合いをしているけど。こいつらは本当に団長と副団長なのかな? 仲が良いと言うことにしておこう。
「もはやアラクネではなく、新種族ですな。姿だけではなく」
「ラング一族と名付けまちた。眷属にオウゴ一族を作りたいのでつが、適当な魔物がいないので、とりあえず諦めまつ」
ラング一族。アラクネとは違う種族として作ったのだが、ステータスはこんな感じ。
モカ ラングウォーリアカスタム 平均ステータス48
特性︰身軽
スキル︰槍術3、盾術3、鎧術3、操糸術4、回復魔術2、雷魔法3、水魔法3、影術1、気配察知3、気配潜伏3、魔獣工5
ラングウォーリア 10体 平均ステータス48
特性︰身軽
スキル︰槍術3、盾術3、鎧術3、操糸術4、回復魔術2、雷魔法3、影術1、気配察知3、気配潜伏3
ラングリョウサン 500体 平均ステータス32
特性︰身軽、量産
スキル︰槍術3、盾術3、鎧術3、操糸術4、雷魔法3、影術1、気配察知3、気配潜伏3、魔獣工3
アラクネの巣殲滅戦から20日近くの時間経過をしていた。やはり100体を超えると量産の特性がついたので、一気にラングを量産したのだ。
そうして準備ができたので、ブリザードの効力が消えたアラクネの巣を片付けているのである。
「この巣を片付ければ、そこそこの広場が生まれまつ。なにしろ3000体を超えるアラクネが住んでいた巣でつからね。広場ができたら綿花を育生させて、大量に綿ゲット作戦といきましょー」
「魔物を使うとは考えたんだぜ。……と言いたいところだが、ようやくゲーム筐体を使い始めた感じだな」
マコトの鋭い言葉に苦笑しちゃう。たしかにそのとおりだった。迂闊であったのだ。
「この世界。ゲームみたいに人間の生息域はほんの少し。ほとんどは魔物が支配しているのだから、畑が欲しかったら魔物の生息域を奪えば良かったんでつよね」
魔物の繁殖方法は驚愕であった。魔力により産まれるんじゃ人間は圧倒的に不利である。魔物のステータスも考慮にいれると、よく全滅しないと感心するレベルだが、神器のおかげなのだろう。
「魔王になっちゃうの、アイたん?」
「それは無理。漫画とかだとよく力で抑えつけて魔王になっちゃいますが、この世界は魔物同士も戦って、しかもそのほとんどが知性が低い。例えれば、海を支配したぞと叫ぶ王がいても、鮫やマグロ、海蛇とかは特に理解もできないで食い合いをする感じ」
前提条件が違う。同じ種族でも支配は無理だ。マグロ王とか、イカ王がいないのと同じである。そもそも魔物たちは仲間意識もほとんどないのが多いのだから。それら他種族を纏めて王になるというのは、哺乳類や爬虫類、昆虫などを支配するということだ。土台無理。
ランカが返答を受けて、なるほどねぇと頷く。支配できるとすれば知性ある魔物ぐらいだが、すぐに反乱しそうだし、統率もそこまでできないだろう。おやつ感覚で知らないところで支配下の魔物が人間を食べちゃったら監督責任を問われちゃう。
「と言う訳で、これからはそこらの森林の中層辺りに拠点を作っていきたいと思いまつ。取りあえずはここはテストケース。実験隊として使いまつよ」
「魔獣工を使うためにも、周辺の魔物は適当にタオシテイカナイトナー」
「……うん、そうでつね。それと死の都市の門前にもラングを設置してゾンビ狩りを適当にさせまつ。目立つと不味いでつし5体程のラングマジシャンで」
魔獣工とは魔物の素材を利用して様々な物を作るスキルである。火を使わないので限界はあるが、魔物の一部で武具を作れるのでかなり便利なスキルであり、魔物の亡骸を有効活用できるのだ。鍛冶スキルと合わせると強力な武具が作れそうな感じもする。
まぁ、魔獣工だけなら、しょぼいスキルだ。手に入る魔物の亡骸レベルなら骨の槍とか、毛皮の鎧とかしか作れないだろうし。一応、あとで刻まれた知識を読んでおくかな。
と、言いつつ忙しかったアイは魔獣工の説明書を読まなかったので、後々驚愕するのだが、それは未来の話である。
そして格納されているラングマジシャンはこんな感じ。
ラングマジシャン 5体 平均ステータス48
特性︰身軽
スキル︰格闘術2、操糸術4、回復魔術2、雷魔法4、氷魔法4、影術1、気配察知3、気配潜伏3
魔法攻撃でゾンビたちを毎日倒していけば、すぐに人素材が溜まりそうな予感。食料はラングリョウサンたちに運ばせれば良いだろう。
それにしてもなんか変だったな、今のマコト。棒読みで台本に書いてある台詞を読んでいたような。
ん〜、これから魔物を間引いて拠点を作っていくと人類圏への魔物の圧力が減る。殲滅できないのだから、間引いていくしかないハードな異世界だ。犠牲を恐れないドローン部隊は画期的な部隊だ。なるほど、誰かさんの優しさが見えちゃうぜ。まぁ、遥かな未来となるだろう。
さすがは元名女優さん、わざと棒読みにすることで、アイに違和感を感じさせたのだ。まさか、素であるなんてことがあるわけがない。大根役者にも程がある。
「ねーねー、トマトって美味しいね」
「ナポリタンが食べたい」
「今度ルナプリンセスに大豆ミートで作ってもらお」
ぺちゃくちゃとラングたちがお喋りをしながら、一休みだねとむしゃむしゃとトマトを食べていた。
完全に草食性ではない模様。まぁ、完全に草食性だと卵も牛乳も食べれないしな。そこらへんの適当な緩さは女神様の力かな? そしてトマト系の料理を作らないといけない予感がするぞ。
「まぁ、いっか。乾麺を渡して作り方を誰かに教えるとしまつか」
「ここで一面の綿花ができるとなれば壮観ですな。美しい光景となるでしょう、姫」
「綿花の畑は見たことがないから、僕も楽しみ! 花が咲いたら見に来ようねアイたん」
「そうでありますな、綿団長を畑に埋めて帰りましょう。ちょうど良い肥料になると思います」
ランカとルーラがお互いの頬を引っ張り合うのを見て、嘆息しちゃう。放置でいっかと思いながら、ギュンターの言うとおり、ここが一面の綿花畑になったらさぞかし美しいだろうと、わくわくする。そんな光景は地球でも見たことなかったので。
「取りあえず帰りましょー。そろそろ自宅に帰らないと、ガイが泣いちゃいそうなので」
「留守番を満喫しているようにも見えたんだぜ」
「早く戻ってくだせえって、懇願してきまちたよ」
俺のいない間の心の洗濯だと、ガイは嬉しそうにしていたのは数日間だけ。仕事の忙しさと、なにやら他のこともあって、ガイは疲れ切っていたみたい。報告をするたびにげっそりしていたし。
なんにせよ、この地でできることは終わった。今までは俺だけが苦労して作っていた地球の作物。これからは多少楽になるだろう。
それに合わせて、新たなるステージへと突入した感覚がある。例えて言えば、ゲームの場合なら拠点作りが終了して、新たに戦略コマンドが表示された感じ。
「タイタン王国の内戦も気になりますな」
「たしかにそうでつね。平和でないと、経済に影響がでまつが、支配圏を広げるにはちょうど良いでつ。……でもこの世界の戦争ってどうなんだろ?」
可愛らしく小首を僅かに傾げてアイは考える。ステータスの格差が酷いこの世界。防具だって高価なこの世界。徴兵された農民たちの投石などでは、完全装備の騎士にはまったく効かないのだ。
スキルを持たずにヒラのダイス値では、スキル持ちにはかすり傷ひとつ与えることができない、ある意味平民に優しい世界なのだ。恐らくは平民は徴兵されないので。
「略奪や放火はあるかもだけど、戦場で平民が大勢死んで、働き手が一気に減っちゃうことはないだろうね」
「平民でも、元からの兵士たちは装備もあり、鍛えられていますから別でしょうが、それは兵士を選んだ己の責任。地球とは違い悲惨なことにはあまりならないかと」
「いや、騎士が減ると魔物を間引きする人が……健在でも間引きをあまりしてなさそーでつが、それでも困ることがあるでしょー。色々と情報を集めないといけないでつよね」
ちっこいおててをふりふりしながら、少し考えが甘いかもとランカとギュンターに答える。
王都はどうなっているのだろうと、帰還する黒幕幼女であった。