8話 幼女は遂に夢を語る
暗い部屋であった。ベッドは木箱が二つ。その中に干し草がみっちりと入っており、上にシーツが敷かれていた。
燭台を借りて銅貨10枚の蝋燭に火を灯しているが、その灯りは心細いし、干し草に火がついたら一気に火事になっちゃうだろう。
部屋の貧相な様子に、これがハードな異世界だよねと、思いながらアイはふかふかのソファに座り、女神謹製のアツアツハンバーグ弁当を頬張っていた。
どこにソファがという疑問は、ソファがゲーム筐体の中にあることで説明がつく。ゲーム筐体の椅子はソファ、ベッドに変形する優れものだったのだ。
床から少しだけ浮いているゲーム筐体は水上や、もしかしたら水中とか、たとえ火口とか過酷な場所のどこでも呼び出せて乗り込むように作られていた。
たしかにそのような地域に入ることがあるかもしれないので、アイ以外はマコトしかゲーム筐体に入れないことと、頑丈でたぶん誰にも壊せない外装のおかげで、アイは安全な寝室としても使えると安堵したのである。
ゲーム筐体の中には、ゴブリンの集落で手に入れた通貨とかも入っているので、仮のアイテムボックスとしても使っていたちゃっかり者の幼女だった。
なにしろ時間停止は無いが、車のバン程度は広さがあるし、汚れは念じれば綺麗になる。アイテムも含めて。通貨を綺麗にすると怪しまれるから、やらないけど。
どうしてこんなに充実しているのかと、頭を捻って疑問に思ったが、ゲームをやらなくても、キャラの視点が画面に映ることに気づいて納得した。
きっと24時間ポップのレアな敵とかを狙う時用なのだ。ご飯をたくさん用意して、ベッドにして寝ながら張り込み、敵が現れたらゲームを始められるようにしてあるのだろう。
ネトゲーかよと思ったけど。トイレとお風呂も問題ない。任意で汚れがとれるのだ。身体の中から綺麗にしてくれるので、トイレもお風呂も必要ない。幼女はトイレはどうするのと困っていたが、意外な裏技で助かっていた。お風呂はいつか浸かりたいけど。気分の問題であるからして。
そしてこのゲーム筐体。ゲームを始めるとアストラル体となり、キャラの魂に入り込む。これでどこにいても逃げられるという訳。ゲームを終えたらキャラのすぐそばに現れるが、始める前はどこにいても良い。しかもゲームキャラの操作を次々に変えていけば、他のキャラに移動するので疑似テレポートにもなる優れもの。
さすがは女神様が強力なチートだと言っていただけはあると、思わず祈りを捧げていたりした幼女である。気にしないでください。適当に思いついたことを入れて作っただけなのでという女神様の声が聞こえたような気もしたが、気のせいであろう。
ともあれ、アイはピカピカの綺麗な身体でゲーム筐体を寝室にすることに決めた。ガイが羨ましそうにしていたが、干し草のベッドは男のロマンであろう。幼女のロマンではないので、ガイはたっぷり男のロマンを味わって欲しい。
「さて、今日一日が終わった訳でつが、質問はありまつか?」
ちっこい足をプラプラさせて、食べ終えたハンバーグ弁当の箱を綺麗にする。消したりはできずに綺麗にするのが限界な模様。汚れだけ消せるのだろう。ゴミ部屋にならないように気をつけないとね。
「で、親分はこれからどうするんですかい?」
幕の内弁当を食べ終えたガイがこの先の展望を聞いてくる。なにを目的にするのかと。
ていっ、とソファから飛び降りて、平坦なる胸をそらす。満を持しての自分の夢を語る時がきたのだ。
幼女はムフンと頬を紅膨させて、決め顔でガイを見る。頭の上でアイの夢を知っているマコトはふわぁとあくびをして、興味を見せずに眠そうだ。失礼な妖精である。俺の夢は崇高なる……厨二病の夢だけど。
今は幼女なのだ。幼女だから恥ずかしくないのだ。幼女の地位を利用するおっさんである。恥ずかしいおっさんだった。
「ジャジャーン! あたちの夢は」
わざわざ擬音を口にするテンションが高い幼女。ノリノリで厨二病時代の自分に戻っているようだ。ぴょんとジャンプして、ちっこいおててを掲げて宣言しちゃう。
その内容とは
「世界を陰で操る黒幕になることで〜つ!」
むふふと微笑み、ガイがどんなに驚くだろうと、ソワソワとその表情を見るが
「えっと……それは裏世界のボスになるということですかい?」
ピンとこない様子で尋ねてきた。
驚かないガイにムッとしちゃう。幼女は頬をプク〜と膨らませた! そんなぷにぷにほっぺをつつきたく程の愛らしさだ。
そして、テンションが高くなると、無邪気な幼女パワーにおっさんは消されるのがわかるのであった。まぁ、おっさんでは幼女には勝てないから、別に良いだろう。気をつけないと、幼女の心のままになるかもしれないので、注意しないといけないアイである。
「違う違う。世界を操る黒幕は表も裏も密かに支配するボスでつ。そしてそんなボスは誰にもボスだと気づかれないのでつよ。のんびりと喫茶店のマスターとかやって、表と裏のナンバーツーに指示を出すのでつ」
素敵でしょと、お目々をキラキラとさせて妄想するアイ。素敵かどうかはわからないが、ボスが厨二病なのはわかったガイである。
「この異世界ならできるかもな〜。頑張れ〜。あたしは応援だけはしといてやるぜ〜。ふわぁ」
あくびをしつつ、マコトがやる気のなさそうな声を出す。できるとは思うが、できるからやるかと言えば面倒すぎてやりたくない。
「はぁ……そんなもんですかい? 世界支配ねぇ。武力行使ですかい?」
「チッチッチッ。世界を裏で操る黒幕はわかるように支配するのではないのでつ。武力行使もしまつが、あたちがボスだとは誰にも気づかれないの! ナンバーツーが指示の元に動くの! ナンバーツーが恐れるボスはどんなボスかと囁かれるが、誰もその正体にはわからない謎の存在なの!」
ちっこい指をフリフリと動かして、ついでに身体もフリフリと揺らしちゃって、熱弁する幼女である。
「謎ねぇ。なんで社長があいつに気に入られたのかわかるぜ」
マコトがその様子を見て、ウンウンと納得したように頷く。
そしてガイは物凄い嫌な予感がした。してしまった。表に出るのは誰だってと。
「ということで、ナンバーツー。拠点をまずは手に入れまつよ。簡単に手に入る拠点があるみたいだし」
さっきまでの無邪気な様子がなくなり、冷静に口元を笑みへと変えてクールぶる幼女。
「ま、待ってくだせえ。あっし一人じゃボスも守りきれませんし、拠点を手に入れても、支配を続けるのは難しいですぜ」
慌てて手を顔の前で振りながら、アイの命令を断ろうとする。またゴブリンの集落に突撃したように、突撃されるのは嫌なのてある。痛いのだ、死ぬのはとても痛いのだ。親分はそこらへん容赦がない。できれば安全に拠点を攻略したい。
勇者ガイは無謀な戦いをしたくないのだ。勇気と無謀は別なのだ。
「自我がないキャラも作れますぜ。見かけは自我があるように会話できやすが、実際は会話パターンに従っているだけの動く人形たちが。それでいて応用もある程度聞く行動をとれやすし」
解決策はただ一つ。自分も肉壁を手に入れて安全を確保したいガイである。
アイはその言葉に目をぱちくりさせる。そんな機能があったのか。ゲーム筐体を見るとマコトがセレクトボタンを指差す。
「それを押せば切り替わって、自我のないキャラを作れるぜ。便利だけど自我がないキャラは初期の魔法武器を持っていないから弱いぜ。初期装備は布の服だけだな。消耗素材を使ってのステータスも上げられないしな」
「軍隊モードってなりまちた。なるほどねぇ、ゲームなだけはありまつね」
ふんふんとセレクトボタンを押して、変わった画面を眺める。たしかにデフォルトならあまり強くないし、作成回数は減る。だがデフォルトでも強い消耗素材を使えば強いキャラは作れる。問題は武装をしていないことだ。初期の魔法武器は自動修復、自動帰還、そして魔法武器だから、エンチャントしなくても魔法武器しか効かない敵も倒せる。
まぁ、少しだけ作るのも良いかもしれない。
「わかりまちた、ガイ。それなら、素材集めからやりまつか」
ニコリと優しい笑みを浮かべるアイにガイはホッと胸を撫で下ろすのであった。
「ガーイ! 死んだら駄目でつ、ガーイ!」
アイは涙ながらに倒れ伏したガイのごつい手を握っていた。
地に伏したガイはゼーゼーと息を吐いていた。その身体は血だらけで、服は斬られた痕がそこかしこにある。
「親分……。疲れているだけでさ」
汗だくになりながらガイは疲れたように答える。実際に疲れ切っていたのだけど。
「知ってる。頑張りまちたねガイ」
冷静に答えて、ポイッと握っていたガイの手を放る。周りを見渡すと、ゴブリンの集落の跡があった。ゴブリンリーダーにホブゴブリン、ゴブリンが死体となって転がっていた。
「盗賊って、意外といないんでつね。がっかりでつ。ドロップもゴブリン18だけで渋かったでつし、お金もなかったし」
つまらなそうに唇を尖らせる。知識因子もなかったし、がっかりしちゃったよ。やはりゴブリン狩りで金稼ぎは難しいとわかったのが唯一の収穫かな。
「魔物の溢れる森に拠点を作れる強さを持つなら、盗賊なんてやっていないだろしな」
後ろ手に腕を組みながらのんびりとマコトも同意する。
「た、たしかにそのとおりですぜ。もう少し魔物のいない地域じゃないと、盗賊を見つけるのは難しいかと」
ようやく息が整ったのかガイが立ち上がる。昨日と違い全て返り血で、その身体には傷一つない。
「ステータス60の素早さで走り回れば、盗賊の集団の一つや二つ見つかると思ったんでつが……。かと言って、一般人を殺しまくるのはあたちの理想の黒幕じゃないでつ」
アイはガイを操り、森林へと駆け出したのだ。まるで車のように速い足であった。風を切り凄い速さで風景が流れていくのは気持ち良かった。
これならきっと盗賊が見つかって、この悪人めとズンバラリンと倒せて人素材が手に入ると思っていたのだが、アテが外れてしまった。がっかりである。
そしてガイはスタミナが尽きているのに、走るボタンを連打するプレイヤーのようなアイの鬼畜な動きにつきあわされて、操作が解除された途端に疲れて倒れ込んだのであった。
3時間近く走り回り、さらにゴブリンの集落を見つけて無双したのだから無理もない。
まぁ、10分で息を整えて疲れを完全に癒やすのだから、さすがはゲームキャラではあるが。
「人素材が手に入らないとすると……」
「すると?」
嫌な予感に後退る小心者な山賊ガイ。
「当初の予定通り、拠点制圧をすることにしまつ」
アイは平然とガイの予想通りの言葉を口にする。
「親分を守るのはいったいだれが?」
慌てて気を変えようとガイは言ってくるが、もうその言葉は届かないよ。
「なんとなく格闘の感じが掴めたから、あたちの身体で操れると思いまつ。ということで、自分の身は自分で守れまつ」
わきわきとちっこいおててを動かして、格闘スキル0ぐらいにはなったかと俺は思う。スキルの知識がキャラ操作時に毎回頭に流れこんでくるのだ。操作をやめるとその知識はほとんどなくなるが、微かに記憶に残る。
そして格闘スキルの知識が僅かに残れば、自分のリーチの短くなった手足もだいたい自由に動かせるようになったのだった。
ほら、帰りまつよと、再びゲーム筐体に入りながら、ふと気になる。
「ゴブリンって、こんなにたくさんいるのでつか?」
なんとなく嫌な予感がしたが、今は気にする時ではないと、幼女はゲームキャラを操り王都へ戻るのであった。