79話 蜘蛛女王と戦う黒幕幼女
木々の間から、ちょろちょろとアイは攻撃をしていた。ファイアアローや鞭にて。
ガイやギュンターの銅装備とは違い、その武器は鋼製。ステータスも、ちからはアイが操ることで怪力を含めて100。装備の威力を加えるとアラクネソードクイーンでもタダではすまない威力を持つ。
そのために隙を見せないかと、執拗に攻撃をしていた。
しかしながら、鞭で遠隔に攻撃しても、その鋭く滑らかな剣撃を振るわれて、クイーンに触ることもできない。
恐ろしく剣術スキルが高いのだろう。一撃で倒すことが必要だと、アイはクイーンを見ながら思う。
「これは考えていた技を使う時でありますな」
ルーラの口調でアイは呟き、手に持つ鋼の剣を握りしめる。重くそして力強い硬さを感じて、不敵な笑みを作る。
「一撃必殺。相手に主導をとらせない……地球が懐かしくなるな」
地球では未知の敵もいたし、強敵だっていくらでもいた。だが、知恵を絞り罠を仕掛けてそんな奴らを倒してきたのだ。
「蜘蛛如きの知恵ではこの罠を回避できないでしょう。既に貴女は私の巣の中にいるのです」
呟いて、アイは詰めるために仕掛けを発動させるのであった。
アラクネクイーンは先程からの敵のチマチマとした攻撃に苛ついていた。逃げようと思えば逃げられるかと問われれば、逃げれるだろうが、敵の力は自分を傷つけることができる。
背を見せて逃げ出せば思わぬ攻撃を受ける可能性があった。これが格下であれば気にせずに逃げていたが、どうやら身体能力は人間にありえぬものを持っている様子で自分の速度についてきている。隙を見せることはできない。
朧気に時折気配が消えては現れて、現れては消える。どこにいるか皆目見当がつかない。だが、剣術により相手の攻撃はすべて防いでいるのだ。その内に相手の居場所を突き止めて殺せるだろう。……時間さえあれば。
いつ外の敵が雪崩込むかわからない。そのために知らずクイーンは決着をつけようと焦っていた。
再び鎖が己を縛ろうと現れる。何本斬ったかわからない鎖だ。
「無駄だっ! いくら策を弄しても力には敵わぬわっ」
嗄れ声を放ち、包囲を狭めてくる鎖を一瞬の間に断ち切る。振るわれた剣速は瞬きをする間に鎖を断ち切り、その動きには衰えは見えない。
なにか状況が変わることがあればと、クイーンが歯噛みして考えている最中であった。
「シュー」
鳴き声と共にアラクネが数体、木々の合間を潜り抜けて、こちらへと向かってきていた。
「おぉ! まだ生き残りがいたのかい。ちょうど良い、あんたらは私が指示する場所へ攻撃を仕掛けな」
ニヤリと嗤い、状況が変わったことに勝利を確信する。こちらの手数が純粋に足りなかったのだ。こいつらを使い倒せば、敵の潜む場所を突き止めることができる。
油断なく周りを見ながら指示を出すクイーンに、そのそばへと守るように囲んでくるアラクネたちに怪訝な様子となる。
「違う! あたしを守らなくても問題ない! ここは敵の場所を調べることが重要で、な、なんだい?」
それが致命的な隙となった。なぜかアラクネたちが襲いかかってきて、クイーンの手足にしがみついてきたのだ。全力で抑えてきているのだろう、かなりの強さで手足を抑えられてしまう。
クイーンの手足を抑えてくるアラクネたちに、戸惑うがすぐに目を細めて怒気を纏う。
「まさかテイムされたか! こちらを抑えようと?」
刀も脚も抑えられて、クイーンは動けなくなったことに、なにが起こったかを悟り
「甘いねっ! 刀技 満月!」
第三レベルの刀技を魔力を込めて放つ。剣を振るいもしていないのに、光のドームが自身を中心に生まれて、アラクネたちを覆う。
次の瞬間、アラクネたちは胴体や手足に光の剣閃が刻まれてバラバラに斬り裂かれた。
もはや第三レベルとなると魔法と変わらない武技。満月は己の結界とも言える光のドームを作り出し、中にいる者たちをすべて斬り裂く技である。
バラバラになったアラクネたちが地に落ちる中で、光のドームはその効力がなくなり消えてなくなり、小賢しい罠でこちらの動きを止めようとして失敗した敵を嘲笑ってやろうとして、その手足に鎖が絡みついていたことに青褪める。
「く、鎖? いつの間に!」
満月を放った反動で動きを止めてしまったクイーンは、辺りに人間が現れて、鎖を掴んでいることに気づく。それぞれ顔立ちも体格も違う人間たちは、なぜか同じ気配を放ち、平然と高揚も恐怖も見せずに鎖を掴み、クイーンの動きを止めていた。
「同じ気配なのに、別人たち? 小生意気な」
フウグリクセン、キャラとして同じ存在としての感覚を利用して、隠れ潜む中でルーラと同じ気配を出していたのだ。ゲームキャラならではの気配の欺瞞であった。
「そろそろさようならですね、アラクネ」
天井から少女の声が聞こえ、動きがとれないクイーンは慌てて防御を固めようとする。
「剣技 パリィ!」
なんとか手足を動かし、受け流しの武技を発動させる。無理やり右脚の鎖を引き千切り、剣を振りかぶる敵へと身構えて
「幼技 幻想剣撃」
赤い光を纏わせて襲いかかる剣を防ぐ。みしりと右脚から音がするが、受け流すことができると確信して
「は?」
唐突に相手の圧力が消えて、右脚が空をかき、敵は空中で体をひねり剣身を伸ばした横薙ぎを繰り出していた。
なぜ? 今たしかに振り下ろしてきたはず、なのに途中を省略したように敵は横薙ぎをしてきており、クイーンの首にその一撃は食い込んで、スルリと首を斬り裂く、
自身の首が落とされて、首のない身体を眺めながらアラクネソードクイーンはその意識を闇へと落とすのであった。
アラクネソードクイーンが地にその身体を伏して、首が転がっていくのを確認して、軍人アイは剣を仕舞う。
「どうやら上手くいったみたいでつね」
ゲーム筐体へと意識を戻して、背もたれに凭れて、フゥと息を吐き、疲れたよと幼女はぐったりした。
「凄いな、今の! どうやったんだ? なんかコマが抜けているかのように、最初の攻撃がなくなったんだぜ!」
マコトが興奮気味に肩にへばりついて尋ねてくるので、フンスと得意気にアイは答えちゃう。
「簡単でつ。あたちとルーラ同時に武技を発動させまちた。最初のソードスラッシュはキャンセルして、次にあたちのソードスラッシュを発動させたんでつ。最初はルーラの武技、次はあたちの。そうすると、なぜか動きが飛ぶように次のアクションに無理やり身体が動くんでつよ」
「はぁ〜、なるほどだぜ。普通は二人分の武技を使えないのに、社長はできるもんな。ゲームキャラを操作できるプレイヤーしか使えない技かぁ。ゲームっぽい動きは他じゃ無理だもんな」
「格上でもステータスは同じ。敵を倒す凶悪な威力だと確信しまちた」
えっへんとアイは胸を張る。幼女のスキルも使えば通常とは違う技を放てるのではという考えから生まれた技。幼技である。きっと幼女の技なら受けたいですと紳士たちが行列しそうな強力な技であった。
「よし、それじゃあ戦闘は終了。お待ちかねのドロップの」
「待つでつ! その前にやることがありまつ!」
マコトがドロップ内容を伝えようとしてくるので、今までになく真剣な表情で鋭い声で制止する。
「な、なんだ? まだ敵がいるのか?」
「いるのでつ。最強にして最悪の敵。それを今から倒しまつ!」
恐ろしい敵がいるのだと、アイは真剣な顔で言い、マジかよとモニターを見てどこに敵が潜んでいるのかと、マコトが視線を巡らす。もしかしてアラクネを煽動した敵でもいるのかと。
すぅ、と幼女は息を大きく吸い、カッ、と目を見開く。
「あたちは無心、あたちは無心。ドロップに期待はしてません。あたちは無心、あたちは無心。ドロップに期待はしてません。ちょえー!」
身体をくねらせて、謎の奇声をあげる幼女。突如として奇声をあげる幼女にマコトが目を点にして見てくるが
「今でつ! ドロップ内容をどーぞ」
鋭い声で促すアイの言葉に正気に戻る。どちらかというと、アイが正気に見えなかったが。
「あ、あぁ。よし、素材は蜘蛛人1028、蜘蛛戦人が19、蜘蛛女王1特性配下強化。身軽は蜘蛛人系に全員ついているな。知識因子は剣術6、刀術6、操糸術5、魔獣工5、セージ2、武器素材に下位竜骨2なんだぜ! すげぇな、今までになく良いドロップだったぜ。まぁ、女王は他にもたくさんスキルを持っていたけど」
「ひゃっふー! きたきたきたー。やっぱり呪文が必要だったのでつ! いやぁ〜、そうじゃないかと思ってまちた。呪文サイコー」
「いや、今のは呪文でもなんでもないだろ。今のなんだ?」
「昔、ネトゲーで使っていたボス戦後のドロップがよくなるようにという願掛けの言葉でつ。結構流行ったんでつよ、ドロップ運が悪いプレイヤーたちに」
「泣けるぜ」
ドロップ運が神懸かって悪い幼女。ついにオカルトに手を出しました。ネトゲーあるあるで、ドロップを良くする言葉とかエモーションをするプレイヤーがたまにいたのだ。
アホ丸だしであるが、仕方ない。それだけアイはドロップ運が悪かったので。ちなみに次回以降も使っていたが、まったくドロップ率は変わらなかったので止めてしまうのだが、それは未来のお話である。
「とはいえ、大量に素材は手に入れまちたね。範囲攻撃で敵を多く倒すと、ドロップ率が極端に悪くなる黒魔道士虐めなパッチもないみたいでつし」
昔の俺は黒魔道士をメインにしてたんだよ。運営がこれでもかこれでもかと、黒魔道士を虐める弱体化パッチを導入するから、泣いたけど。
「これだけの素材があれば、存分に実験できまつ。半月はこのバーン男爵領に滞在しまつよ」
「了解だぜ。上手くいけば良いけどな」
「たぶん大丈夫。こんなに簡単なことに気づかなかったとは不覚でちた。なにせハードな異世界だから、うん? なんだろ?」
マコトと話しながら、アラクネの巣を出ようとして、山賊がモニターに映し出されて戸惑う。
「親分、今大丈夫ですかい? 一応報告でさ」
「大丈夫でつよ。なんでつか?」
そこまで緊急性はない様子だが、それでも看過できない情報なのだろう。ガイは真面目な表情で言ってくる。
なかなか面白い情報を。
「王都で内乱です。ゴーマ騎士団が演習と称して、北部ムスペル家に移動。宮廷魔法使いも少なからぬ数がムスペル家につきました。アトラス騎士団が北部へと対処するために移動を始めています」
「ほうほう、騎士団……騎士団が……。勢力争いここに極まりでつね」
アイの聞いている情報だと、騎士団は5つ。そのうち2つが戦う様子。
「戻ったら詳しく聞きまつ。ガイはそのまま情報収集を。あたちはとりあえずは……」
アラクネの巣に日光が差し込んでくる。出口が近いのだ。
外へと出ると、ギュンターたちが戦いを終えて待っていたので、剣を掲げて辺りに轟くように叫ぶ。
陽光をその身体に受けて、剣を煌めかせて堂々たる勝利宣言をするルーラ。
「アラクネソードクイーン。この陽光傭兵団、フウグ一族が討ち取ったり!」
おぉ、と皆が喝采してくる中で、アイはゲーム筐体の中で、ハッと気づき深刻な表情で思う。
「マコト……宴は良いのでつが、問題がひとつありまつ」
「ん? なんなんだ?」
「あたちは異世界の野菜が苦手なんでつ。宴はどうしまつかね」
極めて重要なことなのだと、黒幕幼女は考え込み、マコトは腹を抱えて笑うのであった。