78話 アラクネ殲滅戦をする黒幕幼女
木々が折り重なり倒れている。鬱蒼と繁茂する森林の中層に不自然にそんな場所がポッカリと空いていた。嵐でも起きたかのように木々は薙ぎ倒されて、森林の中にポッカリと広場が存在していた。
ただ山のように木々が積み重なられているのが、人工的な物だとわからせる。周囲には動物の骨がそこかしこに捨てられており、アラクネたちが木々の隙間から出入りをして、辺りを彷徨いている。
巣としているのだろうとわかる。そんなアラクネの巣。もっとも深き場所にて老婆の金切り声が響いていた。
「なんだってそんなに殺られたんだい! この間抜け共!」
他のアラクネより一回り体格の良いアラクネ。下半身の蜘蛛も金属のような光沢を持ち、凶悪そうな刃のような前脚を持っている。
上半身の老婆は骨で造られた白い鎧を纏い、青龍刀のような片刃の矛とも刀ともとれる長大な武器を手にしている。
人が見たら、上位種でも特異体のアラクネソードクイーンだと驚くだろう。高度な知性を持ち、たびたび村や街を滅ぼす災害級の魔物だと。
クイーン自体、その能力の高さと脚や手に持つ自らが作り出した武器による卓越した剣技により、恐ろしい程の力を誇るが、それ以上に怖いのが他のアラクネを纏め上げて集落を作ることによる。
その群れは時に数万ともなり、辺りを喰い尽くす。最終的には膨れ上がった群れは暴走を始めて滅びの道を歩むことになるのだが、そこに至るのは数十年はかかった。
そんなアラクネソードクイーンは苛立ちながら、手に持つクイーンソードを地面へと叩きつける。
「あんな小さな人間の集落を潰せないなんてね……。しかも向かった奴らは全滅……なんてことだい、少し甘く見ていたね」
「シュー、シュシュー」
「どうやら強力な人間共が現れた? チッ、人間共もやるもんだ。だけども、あたしを舐めるんじゃないよ。すぐに滅ぼして……ぬ?」
繊毛に強大な魔力を感じて、クイーンは顔を歪めて身体を翻す。人間の手を複雑に交差させて糸を吐く。その糸を操り自らの周りに巨大な魔法陣を展開させて魔力をこめる。
「操糸技 格子魔法結界!」
幾何学模様の蜘蛛糸の巣を編み出したと同時に、巣を凍りつく吹雪が吹き荒れた。あっという間に視界は白くなり、辺りを氷雪が覆うのであった。
アラクネの巣。木々が折り重なられ、蜘蛛糸で結ばれて強化されている要塞は真っ白に姿を変えていた。そのすべてが凍りつき、出入りをしていたアラクネたちは氷像となっている。
一面は秋空の中に冬としてその姿を変えていた。風がまるで真冬のように周囲を吹き荒れており、寒さを感じてしまう。
「ふへぇ〜。僕の魔力はこれで空っぽー。おやすみ〜」
杖を手にして、その強大な魔力を解放した魔法使いランカはぺたんと地面に倒れ込み、スヤスヤと眠り始める。連続魔にてブリザードを10連発したのである。瞬間火力の職に相応しい力であるといえよう。
「良くやったぞ、ランカよ。よし、弓兵、構え! 魔法使いは呪文待機状態にせよ! 巣から這い出てきたやつを狙い撃ちにする!」
立派な意匠の青い鎧を着込む老齢の騎士ギュンターが指示を出して、ダツリョウサンとフウグシューターたちは弓を構えて、フウグマジシャンがライトニングを待機状態にする。
「す、凄い威力ですね。これが真の魔法……」
「私のファイアアローなんて、これに比べたら……」
ギュンターの横で魔法の力を見たバーンとトリスが口元を引き攣らせて慄く。チラリとへたり込む陽光傭兵団の団長を畏怖と共に見つめる。
まさかこれ程の力とは考えてもいなかったし、この魔法を前にすれば自分たちは街ごと塵芥のように吹き飛ばされてしまうであろう。
「ギュンター将軍、アラクネが数体出てきました。どうやら上位種がまだ生き残っているようです」
アラクネが氷樹となった巣から這い出てくる。その体格は通常のアラクネとは違い大柄であり、その手にはなにかの骨から削ったのか槍を持っている。
しかし、身体のあちこちが凍りつき、その動きは鈍い。かなりのダメージを負っているのが見てとれた。
「一斉射撃! ふむ……ランカの魔法を耐えたか……なにか、カラクリがあるな」
目を細めて、ギュンターはアラクネたちを見て考える。吸魔の杖を持つランカの連続魔。巣全体を覆うためにバラバラに標的は変えたが、それでも数発は受けたはず。即死でも良いのに生きているのが不思議だ。
パワーアローを放つ弓兵の攻撃を槍で受け流しながら、アラクネたちは迫りくる。何発か当たるが怯む様子はなく、後ろから新たなる上位種が続々と現れる。
「魔法隊、魔法放てぇー!」
ギュンターの叫びを受けて、フウグマジシャン隊が一斉にライトニングを放つ。直線状に雷光は放たれて、その電撃は最前線のアラクネを倒す。トリスがファイアアローを放つが……気の毒な威力なので、それはスルー。
「止めきれんか。各自抜剣! 各自は役目を果たせ! スリーフォーメーション!」
ダツの一人が大きめの盾を持ち、アラクネの前に立ちはだかり、その横に二人のダツが武器を構えて固める。
「特技 玩具の人形たち!」
剣を掲げて、バーンが分身を作り出す。現れた分身たちはアラクネの間を走り回り、敵のヘイトを稼ぎ標的とされていく。
「ここぞ、功績を立てるとき! レミー、突撃だ。我こそはダラン・ユースル、ゆくぞっ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ダラン」
ダランが雄叫びをあげて槍を構えてアラクネへと向かっていく。その後ろをレミーと呼ばれた女騎士が慌てるようについていった。
「ギュンター推して参る!」
剣を構えてアラクネへとギュンターも肉薄して、一気に戦いは混戦へと化していく。
人間とアラクネとの激しい戦いが起こる中で、ルーラたちの姿が見えないことに誰も気にしなかった。
アラクネソードクイーンは巣の外で待ち構えていた人間たちと、部下たちが激闘になっているのを巣の奥から眺めていた。外の様子がわかるように、視線が通る箇所を作っていたのだ。
「ちっ、負けそうだね……。どうやら逃げた方が良さそうだ」
上位種の力ならばあの程度の人間共を打ち破れるかと考えていたが、敵は極めて連携がとれており、こちらの攻撃を盾持ちが防ぐと、周りの人間が攻撃をしていた。
完全に防げなかった魔法の威力もあって、傷つき凍りついている鈍いアラクネウォーリアでは格下の敵の攻撃でも負けそうだ。
「囮にしておいてよかったよ。今のうちに逃げるとするかい」
クイーンは狡猾であった。負ける可能性もあって、アラクネウォーリアを迎撃に向かわせたのだ。魔法ダメージを大幅に減らす格子魔法結界でも防ぎきれない威力。待ち受けている敵は強者であろうと予測して囮としたのだ。
「貴女は部下を捨て石にするのですね。蜘蛛らしい考えです」
どこからか少女の声が響くと同時に、身体の周囲を雷光閃く鉄の鞭が己を囲うように現れた。
「既に入り込んでいたかい! だが、甘いんだよ!」
クイーンは自らを取り押さえようとする雷の鞭を前に老婆に似合わぬ長い牙を剥き出しに、手に持つ剣を振り回す。乱れの見えない綺麗な剣閃は鉄で作られた鞭をあっさり寸断させる。
「貴女は力のみの敵。自分の相手ではないと宣言しておきましょう」
薄暗い積み重なる木々の中で、反響する声はどこから来るのかわからない。そろりと多脚を慎重に踏み出しながらアラクネは周辺の気配を探るが、違和感が自身の感覚を狂わす。
「まったく同じ気配が複数……。人間の特技か。だけれども無駄だっ」
ありえないことに、まったく同じ気配を複数察知していた。明敏なる自分の感覚が同じ敵が複数いると。恐らくは特技か魔法。だが問題はない。己には優れたる技があるのだ。
「刀技 多連三日月!」
己の複数の前脚は片刃剣のシミターのように武器となっており、その攻撃は他の種族と違い常に複数回。もちろん武技もだ。
前脚二本と、人間の手から繰り出された剣撃となる。アラクネソードクイーンが恐れられる理由。正面からの戦いでは生半可な敵では相手にならない。
三日月はその名の通り三日月の形の光が振るわれた剣から放たれて敵の気配のある場所に飛んでいった。その力により、障害物となっている木々を切り裂いていく。
「第一レベルは遠隔攻撃でありますか。木々を崩す順番には気をつけた方が良いでありますよ」
再び声が響く。三日月は積み重なる木々に阻まれて、敵の気配は消えない。それどころか
「ちいっ! いつの間に!」
壊れた木々が支えになっていたのか、天井が崩れてきて、慌ててその場を飛び退る。大木の束がやかましい音をたてて崩れてくるのを舌打ちし、身構えようとしていつの間にか脚に鞭が絡んでいたことに気づく。
「小癪な」
「剣技 ソードスラッシュ!」
一瞬動きを止めてしまった隙を見逃さずに、灰色の髪の毛の狐耳の少女が前脚へと剣技を解き放つ。動きを止めたことに舌打ちして反撃しようとするが間に合わずに、前脚を斬り落とされる。
「ぎゃぁ! け、剣技 多連半月」
単体を斬り裂く半月の光。だが、その武技が発動する前に少女はその小柄さを利用して、木々の隙間に滑りながら通って逃げていった。
「ちょろちょろとっ!」
煩わしい敵だと激昂するクイーン。だが、少女は姿を消し、斬り落とされた前脚が地に転がるのみ。
獲物を狙う狩人にクイーンは苦戦を強いられていた。
そんなアラクネソードクイーンを影から見つめる少女はというと。
「やりまつね。明らかに強者。接敵するとズンバラリンでつよ」
ゲーム筐体に入り、ルーラを操作するアイは敵を見て驚いていた。実は最初にライトニングバインドウィップにて捕縛して倒すつもりだったのだ。しかし想定以上にクイーンの剣技は鋭かった。達人レベルでしょ、あれ。
「アラクネソードクイーン。ステータスは平均70、力が強くすばやさが少し高いんだぜ! 剣術、刀術レベルが高い武人系の魔物だから気をつけろよ」
マコトがくるくると回転しながら嬉しそうに説明をする。武人系……物凄い嫌な響きの魔物であるといえる。
「人型は技や装備を使いこなすから面倒くさいでつね。あの武器も強そうでつが……」
レバーを握り、幼女は犬歯を見せて不敵に笑う。
「あの系統の敵は腐るほど倒してきまちた。コツは相手に技を使わせない、でつ」
体を乗り出して、モニターを見ながら叫ぶ。
「アイハブコントロール!」
「ユーハブコントロールだぜ!」
ノリノリで合いの手を打つマコトの声を聞きつつ、意識をルーラへと移すアイ。
ルーラへと意識を移したアイは倒れている木々の間をスライディングで滑りながら入り、飛来するクイーンの三日月を回避していく。
「これでもくらいなっ!」
パカリと老婆の口が裂けるように開くとキラキラした極細の糸が隙間を縫って迫る。三日月では追いきれないと判断して攻撃方法を変えたのだ。
「操糸技 操糸念撃!」
糸を自由自在に操る技なのだろう。くねくねと蛇のように蠢き、軍人アイへと糸が襲いかかってきた。触るとズタズタに斬り裂かれるだろう強力な切れ味を持つ斬糸。
「鞭技 バインドウィップ」
しかし、アイは冷静に対処をする。そこかしこに準備していた鎖の鞭を手にとり特技を放つ。迫る斬糸は鉄の鞭に絡み取られて、その動きを止めてしまう。
「戦う前に、準備はしておきました。もはや、自分の勝ちは揺るぎません」
狐の尻尾を振って、不敵な笑みにて軍人アイは反撃をしないとねと、クイーンが攻撃できる場所へと滑り込むのであった。