76話 再びの聖女な黒幕幼女
バーンは屋敷の執務室に入り、椅子に座って一息つく。ギシギシと軋む音が椅子から響き、いつ壊れるのやらと、先祖代々といえば聞こえは良いが、実際は買い換える金も無い我が家に苦笑を浮かべた。
「ねぇ、バーン? 本当にあの人たちは王都騎士団じゃないの? 獣人たちが主の素早い行軍をする対魔物専門の騎士団のカナリア騎士団じゃなくて?」
ついてきた婚約者のトリス・テンジーが戸惑ったように尋ねてくる。二つ隣の領地のテンジー男爵家の次女にして、自分の婚約者だ。本当は既に結婚している予定であったが、親父が半年前にアラクネに殺されて、結婚式はのびのびとなっていた。
「あぁ、彼女たちは王都にて有名な蜂蜜取りの陽光傭兵団だよ。騎士団にはどこも断られてね。たまたま王都の外から鹿を担いで帰ってきた彼女たちに助けを求めたのさ。暇そうな傭兵団だから、食い詰めているのかと声をかけたんだけど、まさか陽光傭兵団とは思わなかったよ」
「蜂蜜取りで一獲千金を成したのに、未だに傭兵をやっている連中でしょ? 私だって、それぐらいは行商人から噂話を聞いたわ。彼女たちの屋敷には金貨が唸っているのに、貧乏なバーンはどうやって頼めたの? その二枚目な顔を使ったわけ?」
バーンは二枚目だからと、疑り深く睨んでくるが、それならどれほど良かったかと年若いバーンは背もたれに疲れたように凭れる。
「そんなに簡単な話じゃないよ。どうも俺はなにかに巻き込まれた予感がする」
「なにかって?」
「それがわかれば簡単なんだけど、わかんないよ。陽光傭兵団に提示した金は金貨200枚。そして俺の領土の森林の採取権だ」
「たった200枚?! だって100人は傭兵団はいるじゃない。赤字になるだけよ。森林の採取権というのもよくわからないわね」
トリスの言うとおりだ。森林なんか、そこかしこにある。採取権など必要あるまい。実際どこの貴族も採取権など作らない。過去に採取権を作った欲深い貴族がいたが、誰も入らなくなった森林から、間引きされなくなった魔物が大勢現れてその貴族の街を滅ぼして以来。
それなのに、なぜわざわざ採取権をと考え込む。
「陽光傭兵団は30名だよ。それならぎりぎり黒字だと思うよ?」
「え? だって100人はいるけど」
「残りは月光という商会の護衛さ。護衛……騎士団にしか見えないけど」
ルーラさんに命令していた幼女を思い起こす。どうやら、陽光傭兵団は月光の配下らしい。隠してはいたのだろうが、人々を助ける為に、幼女は年に似合わない指揮力を見せていた。あれは高位の貴族の娘だ。ギュンターという老齢の騎士が側付きなので疑っていたが、確信を持った。しかも他国の貴族に違いあるまい。
「ねぇ、バーン? 貴方は馬鹿だ、馬鹿だと思っていたけど、本当の馬鹿だったのね。どこにあんな騎士団丸出しの商会がいるわけ! お揃いの武具に優れた身体能力、極めて訓練された様子! あれを騎士団と思わない人はいないわ!」
「そんなに叫ぶなよ。どちらにしても、俺に選択肢はなかっただろ? 彼女たちの助けを得られなければ、辺境のか細い俺の土地は消えてなくなっていたよ。君だって死んでいただろ?」
「そうね……。寄り親さえも助けてくれない腐敗ぶりだものね……。仕方ない、か……。それでもあの連中は見張っておかないといけないわ」
「ダランに監視をお願いしているよ。……監視して意味があるとは思えないけどね」
バーンはため息をついて思う。うちの騎士は5人しかいない。それであの月光の連中を抑えられるかといえば……。
「まぁ、無理だろうね。せめて彼女たちが善意から動いてくれていると祈るだけだ」
そんなわけ無いでしょうと、トリスが責めるような目で見てくるが、若くして領土を受け継いだバーンにはできることはなにもないのであった。
ついでに言うと、金もないしな。
「ダラン・ユースルと申します、アイ様。この度、貴女の案内係兼護衛役をバーン様から命じられました」
大柄の俺は脳筋ですという、いかにも武力が高そうな若い男性が軽く頭を下げて挨拶をしてきた。幼女がどういう人物なのだろうと、こちらを探っていますという目がわかりやすい。
探るような目つきから野心ある男だとわかる。古ぼけた服によく磨かれてはいるが、留金などが取れそうな鉄の防具。貧乏から抜け出したいといった表情だろうか。
若いなぁ。その方がやりやすくて助かるんだけどね。幼女の方が若いが、海千山千のおっさんが天から見守っているのだ。そういうことにしておきたい。
「それはありがとーございまつ。これは護衛役のお礼でつ」
ジャラリと金貨が詰まった小袋を、アイは笑顔と共に若い騎士に手渡す。ちっこい小袋だ。幼女が気軽に手渡した小袋だ。飴玉でも入っているのかと地球なら思うだろうし、ダランも少しばかりの銀貨でも入っているのかなと気軽に礼をして受け取った。
きっとあとで驚くことだろう。フフフフ。
まぁ、そんなことより、この街で人気取り……ゲフンゲフン、人々を救っていかないとね。幼女は常に優しいのだ。
「では、火傷をした人、怪我をした人へと回復魔法をかけていきまつが良いでつか?」
街のそこかしこに消火作業にて火傷を負った者、アラクネとの戦いで怪我を負った者がいるのである。ならば助ける一択でしょ。女子供もいるし、平民ぽい。即ち戦いに向かない身体能力であるのに、アラクネと勇敢に戦ったのだから。
昔をふと思い出す。バリケードでゾンビの侵入を防いだ時、戦いの最中に勇敢に死んでいった者たち。武器など碌になく絶望しかなかった時代だ。
ここの人たちも同じであっただろうから、俺的に助ける一択である。それに幼女がちょっとばかり回復魔法を使っても問題ないでしょ、辺境の街だしな。
うぅ、と瓦礫のそばでうずくまる大勢の怪我人の中でも、重症そうな火傷で苦しむ男の前へと、テテテと駆け寄り魔法を唱える。周囲で水を配っている人がいるが、治療はされていないので。たぶん治療を行える人がいないのだ。
「てってれてー。ハイヒール」
詠唱とはどんな意味があるのかと、魔法使いが頭を悩ます詠唱を幼女はしちゃって、回復魔法を放つ。
光の煌めきと共にケロイド状になっていた男の火傷が消えてなくなっていた。あっさりと治す治癒魔法はいつ見ても凄い。地球なら病院に行かないと、完全回復はできなかったし。しかも気軽には治してくれなかったし。異世界なら二日酔いを回復魔法で治せちゃうぜ。幼女だからお酒飲めないけど。
「回復魔法……あ、ありがとうございます! だが、金が……」
自分の身体がたちどころに癒やされて、ペタペタと頬を触り治ったことを確認して、喜び半分戸惑い半分で男は答えてくるが、アイはフリフリとちっこいおててを振る。
「戦場での英雄からお金なんかとらないでつ。さぁ、他にもたくさんいまつよね。重症者から治していきまつよ! ランカ、ルーラ、ギュンター、軽傷者は任せまちた」
「了解〜」
「キビキビと治すであります」
「回復魔法を使う。並んでくれ」
一緒に行動する三人へと指示をだして分散する。重症者は俺が治して、軽症者はヒールしか使えない三人に任せる。そこまで、重症者はいない。魔力が尽きる前に回復できるだろ。
「……だけど、魔力ポーションはいざという時に欲しいでつね」
人々が次々と重症者を治していく幼女を驚きで見てくるのにも気づかないアイ。考え込むと周りが見えなくなることがたまにあるのだが、幼女だから仕方ない。幼女は一つのことに集中すると周りを気にしないので。
「なぁ、社長? 堂々とランカたちに指示を出していいのか?」
呆れる声のマコトにハッと意識を戻す。そういや、そうだったな。でも、こんな辺境だから問題ないでしょ。ほい、ハイヒール。
不潔そうな布切れを巻いた兵士へと魔法をホイさとかけて、あっさりと治す。
「あ、ありがとうございます!」
「凄い幼女だ」
「月光という商会の娘らしいぞ」
「私は知っている、月光は悪竜を倒す組織らしいぞ」
ワイワイと人々は話し合い、喜びの声をあげる。なんだか、最後の発言者のくたびれたおっさんはいつもいるような気がするが気のせいだろうか。
なんにせよ、戦場の痕は残り、多くの人々は傷を負っていた。焼跡もあるし、回復魔法を使える者はいない小さな街だ。薬草だけでは火傷を治すことは叶わずに死者が出ていただろうと考えていた。
そんな絶望的なところに、高位の回復魔法を惜しげもなく使用してくる聖女な幼女。そんな幼女を人々は感謝と尊敬の念をこめて見てくる。
幼女を囲んで、人々は感謝の言葉をかけてくる。あ、幼女にお触りは禁止だよ。そして、もっと感謝してくれたまえ。フハハハ。
プライスレスな感謝の言葉も、幼女は大好きなのである。
「フハハハ。あたちをもっと褒めてください、フハハハ」
声にも出して、腰に手をあてて胸を張り高笑いする幼女。幼女はポーカーフェイスが苦手なのだ。特にテンションがあがると。
その子供っぽい姿に癒やされて、人々はますますアイを褒め称える。あっという間に幼女はその可愛らしい姿も相まって街の人気者になった瞬間であった。
「信じられん……いったい何人治したんだ? 高位の回復魔法を何回唱えた? 6、7回?」
あんな幼女が、高位の回復を連続で使う姿にダランは驚きで目を瞠っていた。平民には理解できないだろうが、あれ程の回復魔法を使うには多くの魔力を使うと聞いたことがあるし、貴重な高位の回復魔法の使い手は少ないとも教わっている。
優れた回復魔法の使い手ならば同じぐらいの回数を使えるのだろうか? 火傷を跡形もなく治すような、死相が見えて大怪我を負って青白い顔の者も癒やすような回復魔法など見たことはない。
自分が田舎者だからだろうか? それならば話はわかるが、アラクネを一撃で倒す陽光傭兵団の優れた魔法使いである狐人すらヒールしか使えない。あの老齢の凄みを感じさせる騎士が回復魔法を使えるのは驚いたが、それでもヒールまでだ。
あの幼女が異常なのだ。その魔力量は高位の貴族。……貴族なのだろうか? 老齢の騎士、たしかギュンターという騎士は姫と呼んでいるが、まさか……。
ゴクリと息を呑み、ジャラリと音を立てる袋の存在を思い出す。銀貨が入っていればラッキーだと思った、幼女がくれた小袋。
ちらりと幼女を見ると、なぜかわっしょいわっしょいと、人々に胴上げされて、キャッキャッと無邪気に喜んでいる。これならば礼を失さないだろうと、少し離れて小袋を覗き込み
「き、金貨っ! 金貨かっ!」
小袋の中で金色に輝くコインを見て驚き呻く。30枚はあるだろう。自分の俸給は年に金貨150枚。一月分の俸給を軽く越えて、二月分の俸給を上回る。
「ククク、レミー。どうやら俺にも運が向いてきたようだぞ」
含み笑いをしながら小袋を握り締める。田舎の騎士として貧乏暮らしをしていたダランは期待に野心を燃やす。田舎領主の部下から抜け出すチャンスだと。
黒幕幼女の起こした風により、田舎の領地を新たなる風が吹き始めた。
良いことも悪いことも含めて。
主に黒幕幼女に良いことかもしれないが。パタパタと団扇で幼女があおいでいるのかもしれないが。
そして、胴上げをされて喜ぶ幼女は考える。この土地は実験にちょうど良い。新たなる試みをするのにちょうど良い。
迷惑はかけないつもりだけど、色々なことがあるかもねと、空高く胴上げされながら、黒幕幼女はフフフと笑うのであった。