75話 街の防衛をする黒幕幼女
トテトテと馬車は一路ロクサードへと向かっていた。長旅も長旅。馬車で急ぎで移動して5日間。通常ならば半月はかかるところを、馬車を飛ばして来たのである。
土埃が煙り、秋の空で木々が色つき始めたのが目に入る。フウグ隊30人、ダツ隊70人と、バーン男爵3人。フウグ隊の馬10頭、馬車5台と月光の馬車10台。かなりの規模の隊列はそろそろロクサードへと到着しようとしていた。
本当は月光はフラムレッド伯爵領都に行く予定であったが、どこかの幼女が駄々をこねたのだ。おねーさんたちと離れたくないでつ〜と。えぐえぐと泣き真似をして、それなら仕方ないなぁと、フラムレッド伯爵領都ではそこの大商会にリバーシを格安で売り払いついてきたのである。
駄々をこねる幼女のために、大赤字になってしまってお気の毒にとバーンたちはギュンターに同情の目を向けていたりするので、計算どおり。幼女って、素晴らしい職業だと思います。
急いではいるが、馬に乗っての移動なので、どこかのんびりとした感じで皆は移動して、陽光傭兵団の副団長にバーンはにこやかに世間話をして進む。
「あの丘を越えれば、ロクサードが目に入るはずです。小さな街ですが長閑で良いところですよ」
相変わらずキラキラしたスマイルで、バーンがルーラへと声をかけ、そろそろ俺の故郷ですと、ホッとした表情で説明する。何事もなく移動できたので安心していたのだが
ルーラはそのキラキラしたスマイルをスルーして、目を険しくして、鋭い声をあげた。
「煙の臭いがしてくるであります。なにか起こっているようです」
その言葉どおりに、先行していたフウグ隊の一人が馬を駆けて、こちらへと戻ってきて叫ぶ。
「街が襲撃をされております!」
「なに?」
「ルーラ隊先行せよ! ギュンター、行きまつよ!」
既に念話を受けていたアイはバーンたちが驚くなかで、馬車を飛び降りて指示を出す。なんとなく、なんとな〜く予想していたけど、やっぱりテンプレはあったのね。
「はっ! サモン、セイントホース!」
馬車の扉を開けて飛び降りながらギュンターがキャラ作成で貰えた聖獣セイントホースを呼び出す。
美しい白い輝きの魔法陣から、毛並みの良い真っ白な馬が現れる。猛々しい顔つきで、馬体は通常の軍馬の2倍。
「どこの拳王の馬でつか? これ、拳王の馬だろ! 色違いなだけでしょ!」
ツッコむしかないよな? なんで? セイントホースなのに、悪魔的凶悪な面構えだよ? 人を食いそうな馬ですよ?
「オレ、セイントホース。コンゴトモヨロシク」
「悪魔だよね? 悪魔だよな? その挨拶は悪魔しかしないでつよ!」
馬が片言で挨拶をしてきて
「あいつのやることだから諦めるんだぜ! それよりも急がないといけないんじゃないか?」
肩に乗るマコトが耳元で怒鳴るので、気を取り直す。確かに細かいことを気にしている場合ではない。
「行くぞ、白王号!」
聖騎士がつけてはいけない名前を馬につけてギュンターが飛び乗り、俺とランカも後ろに乗る。
手綱を引いて、一気に白王号は猛然と土を蹴散らしながら駆け始めた。
「グルァァァ」
馬って、こんな鳴き声だっけと、幼女は口元を引き攣らせるけど。
ルーラ隊と聖獣を呼び出したギュンターに驚きながらも馬を駆るバーンたちと共に小高い丘に登ると、少し先にある街が目に入る。森から少し離れており、3メートルばかりの街壁に囲まれている小さな街。川が少し離れた場所を流れており、農園が木の柵に囲まれてその周辺に広がり、収穫中なのか、半分ほどの土地に麦穂が残っていた。
そして街壁の近くの家々が燃えていた。ワラワラと壁をよじ登り下半身が蜘蛛、上半身が老婆の化物が人々を襲っている。ガイが見たら、上半身は美女じゃねぇのかよと運営に文句をつけそう。ハードな異世界だから、そうだと思っていたけどね。たぶんハーピィやナーガも同じと予想。
「オスクネーでつね! いや、アラクネでつか。ランカ! 魔法は届きまつか?」
「よゆー。もう発動待機にしてあるよ! フリーズスタチュー!」
手に持つ吸魔の杖を閃かして、ランカが魔力を開放させる。視線の先、まだまだ遠くにいるはずのアラクネの足元から氷が生み出されて、氷の柱と化す。
「見えたっ! アラクネの平均ステータスは32! ちからが少し低くて、すばやさが少し高い。粘着力のある糸を使い、炎に弱いんだぜ。特性は身軽。パッシブで自分の体重を2割にするな」
「炎に弱い? 虫だからでつか。オスクネーのように盾糸や、斬糸は使わない?」
「あぁ、ただ上位種は魔法や通常とは違う特性を持つから注意だぜ!」
久しぶりの説明だぜと、マコトが身体を回転させて翅を羽ばたかせて、嬉しそうに言う。姿を見せながら。
バーンは突如として現れた妖精にギョッとするがスルー。相手をしている暇はない。
「突撃〜! 突撃、突撃! 人々を救うのでつ!」
「ルーラ隊、突撃開始〜!」
「お〜!」
全員が馬を駆り、幼女の叫びに呼応して丘を駆け下りる。白王号がいち早く街へと近づく中で、俺も魔法を発動させる。
「幼女は魔法を唱えた! フリーズスタチュー!」
「僕ももう一度。フリーズスタチュー!」
ランカも合わせて、フリーズスタチューを放ち、新たに2匹のアラクネを凍りつかせる。
「魔法使いの弱点が露呈しまちたね。混戦だとこれしか使えないでつ」
「普通は支援魔法を使うんだけど、僕たち使えないからねぇ」
街で範囲魔法は使えない。フレンドリーファイアが怖いからだ。そういう時は支援魔法の出番だが、持ってないんだよなぁ。紙のゲームでも、ファイアボールは範囲攻撃のためにほとんど使わなかった。強かったのに。
「弓技 パワーアロー!」
ギュンターも駆け下りる中で弓を構えてアラクネへと放つ。空を駆けて光の矢が飛んでいき、不気味なる老婆の胴体を貫く。
ルーラ隊は壁に到着して、馬から飛び降りて壁へと足をつけると軽やかに登り、中へと入っていった。
「敵はそれほど強くないでつね。あたちたちも中に入りまつよ!」
アイも馬を踏み台に飛び上がり、街壁へと足をつけて、トントンとリズミカルに乗り越えた。
すちゃっと、短剣を引き抜いて状況を確認する。家々が燃えているが……。
「頭の良い割り切れる性格の人がいるんでつね。アラクネを防ぐために家を燃やしまちたか」
燃える家々は外壁近く。アラクネにとって壁は壁ではなく、足場となる。そのために侵入してきたアラクネを防ぐために家々を燃やしているのだ。住人が文句を言いそうだし、大火事になりそうだが……最初から用意されていたっぽい?
そのためにアラクネは地面を歩きバリケードを盾にして槍を構える兵士たちと正面から戦うしかなかった。
「姫、それでもアラクネの数では時間稼ぎにしかなりませんぞ」
「そのとおりでつ。まだまだ30体はいまつからね。行くぞ、ギュンター、ランカ!」
壁を飛び降りて、幼女は戦場へと飛び込むのであった。
ロクサードの唯一の魔法使いの少女は杖を振りかざし、魔力をこめる。
「魔力よ、炎の矢と化して敵を射よ! ファイアアロー!」
バリケードを築き、その間から懸命に槍を突き出して、槍衾にて防ぐ兵士たちの上を炎の矢が飛んでいき、アラクネへと命中する。炎が弱点であるアラクネは身体をくねらせて、痛みに苦しみ悶えるが……。
「一撃じゃ倒せないわね。くっ、魔物たちめ!」
アラクネの魔力抵抗により、炎はなかったかのように消えてしまい、魔法使いの少女は悔しさで呻く。弓兵たちが矢を射るが、平民の兵士の力と安い弓矢では突き刺さることもなく、多少の傷を負わせるだけだ。
対して、アラクネの一撃は兵士を軽々と吹き飛ばし、大怪我を与える。地力が違いすぎるのだ。
「トリス様! もう保ちません! 脱出を!」
「駄目よ! どこに逃げると言う訳? 街から逃げても魔物の餌になるだけよ! ここで防がないと」
「危ない、トリス様!」
兵士の警告に反応したが、既に遅かった。いつの間にかアラクネが無事な家の屋根から忍び寄ってきており、気づいたときには飛びかかってきた。
「あ……」
蜘蛛の前脚は鋭く杭のようであり、ローブしか着ていない魔法使いの少女にはその攻撃は耐えられないと悟った。
「ごめんなさい、バーン……」
街を守りきれなかった悔恨と共に目を瞑るが……。いつまで経っても、死の一撃はやって来ずに、不思議に思い目を開けて、茫然とする。
アラクネの一撃は小さいなにかに防がれていた。いや、手乗りサイズのあれは……。
「よ、妖精?」
初めてみたが御伽話にはたびたび出てくる存在に驚く。
アラクネは攻撃を防がれて、目を見開き驚いていたが、すぐに蜘蛛の前脚を振りかざし、妖精へと攻撃を繰り出していく。そんな人など簡単に貫く威力を連続で受けながらも妖精は平然としていた。
「わりぃが、オラにはそんな攻撃は通じないんだぜ」
可愛らしい声で妖精が得意げに言うのを聞いて、アラクネはたじろぎ後ずさり
「隙あり! 首切り!」
屋根から飛び降りてきて、アラクネの首にしがみついた幼女が短剣を首に押しつけて斬り裂くのであった。
血を噴き出して、地に伏せるアラクネからぴょいんと飛び降りて幼女は近づいてきた。
「おじょーさん。ここは危険だから下がっていてくだちゃい。あとはあたちたちにお任せでつ」
「誰? えっと、助けてくれてありがとう。貴女はいったい?」
幼女だ。しかもやけに可愛らしい幼女だとトリスが驚く中で、聞き覚えのある声が響いてきた。
「特技 玩具の人形たち!」
その言葉と共に、バーンが何人も空間から滲み出るように現れる。バーンの特技、自分の写し身を12体生み出す固有スキルだ。1時間程度保って、実体がある。……が、実体があるがその力は子供にも負ける。囮としてしか使えないが、使った当人にそっくりなので、戦いに非常に役に立った。
その力を発揮して、アラクネたちの目標が囮へと向いて、兵士たちへの圧力を緩和していた。
「バーン様だ! 騎士団を連れて帰ってきてくれたぞ!」
「反撃だ!」
「やった、助かったぞ」
兵士たちが歓声をあげて、槍を掲げて喜ぶ。
トリスもホッと息を吐く。アラクネたちの背後から多数の騎士たちが現れて、軽々とその剣で斬り裂いていっていた。先程までの苦戦が嘘みたいに。
「さすがは王都騎士団ね。こんなに簡単にアラクネたちを倒していくなんて……。助かった〜」
疲れがどっと押し寄せて、トリスは腰をおろしてへたり込む。正直守りきれないと思っていたのだ。アラクネが現れた時に備えて、準備はしていたのだが、想定よりも多すぎた。群れをなして襲ってくるとは……。
「フハハハ! これこそ戦場の風よ!」
高笑いをしながら、一際装備の質が良さそうな狐人がアラクネへと鎖を巻き付け、引き寄せると袈裟斬りにしていた。なんとも楽しそうである。
「蜘蛛人8体。操糸術1……う〜ん、こんなもんでつか。久しぶりのドロップでつね。操糸術のレベルがしょぼい」
「アラクネの糸は吐き出して巣を作るぐらいだから仕方ないんだぜ」
幼女が妖精となにかを話している。とにかく助かったようだが、この幼女はなんだろうと、トリスは不思議に思い見つめると、その視線に幼女は気づく。
「こんにちは、まほーつかいのおねーさん。あたちは月光のアイでつ。お疲れさまでちた。それと残念ながら、あたちたちは王都騎士団ではないでつ」
ニパッと花咲くような見惚れてしまう微笑みで返して、燃え盛る炎を背景に黒幕幼女は魔法使いの少女に挨拶をするのであった。