73話 会議をする黒幕幼女
ようやく暑さもおさまってきた秋の空。文官たちを手に入れてから1ヶ月後。
収穫の時期であり、もう少ししたら収穫祭も始まる今日この頃。アイの屋敷、会議室に大勢の人間が集まっていた。総勢30名と少し。長机に用意されたテーブルには紙が積まれており、先月雇った文官たちが椅子に座っている。
アイの隣にはギュンター、ガイ、肩にマコト。サボりランカである。最後の役どころだけ楽に見えるので、お仕置き確定。
「アイ様、今月の総利益は先月に比べても大幅に増えております。資料をご覧下さい」
ハウゼンがいきいきとしながら、A4の紙束を手に説明を始める。紙? 羊皮紙は高いから用意したよ。妖精の紙と言って。なんでも妖精の物にするおっさんである。
「先月の利益は金貨にして約2万枚。今月は綿布と木綿布、そしてゴムを利用したものによりこれだけの利益となっています」
おぉ、と嬉しそうな声で他の文官が頷く中で、ハウゼンは説明を始める。
「アイ様の提案された木の型紙を利用した分業制のパターン化された服は新品であるのにその価格は金貨3枚、通常の新品の服は最低でも金貨10枚、いえ、20枚はするので破格の値段で、平民の裕福な者たちは、洋裁店に何回も顔を出すといったわずらわしさもなく、普段着として買い漁っています」
だろうね。ハードな異世界は古着が当たり前。新品などは出回らない。それがサイズを決められてはいるが、新品がじゃんじゃん売られ始めたのだ。しかも肌触りの良い綿布である。
「また、木綿タオルは銀貨1枚、そして目玉となる下着類、ゴムを入れた楽な物であり、女性にとっては体型を崩さない物、男性にとっても、履くと楽な物でありトイレなどで非常に頼りになりますので、銀貨5枚にしてありますが、飛ぶように売れています。純利益に4万枚追加されております」
胸を張りハウゼンが報告してくるので、ふんふんと頷いて、ふわぁと欠伸をしちゃう。幼女は眠いんですと、ちらりとギュンターを見て、寝ても良い? という視線を向けるが、駄目ですと首を横に振り資料を見ながらギュンター爺さんはウムウムと頷く。
傍から見たら、教育のために幼女は出席しているんだと思うだろう。現にハウゼンたちはそう思っていた。
まさか、ウムウムと頷く爺さんの方が眠気を我慢して、報告を右から左へと聞き流しているとは考えもしないだろう。
「木工部門からも報告致しますわ。綿を詰めて革張りにしたソファ、ふかふかの綿入りで下地をゴムにしたベッドは大変な人気です。品質が悪いとのことなので金貨30枚で平民地区に売りにだしていますが制作できた各1500個は完売。予約も殺到しております。そして、車輪にゴムを巻いたタイヤを使い、サスペンションとしてゴムを噛まし、椅子にも綿を詰めた馬車を試作にて製作中。純利益はフロンテ商会が金貨1万5000枚、月光が3万枚ですわね」
堂々とした態度で美少女が説明をして、フンスと胸を張る。
「シルさん、堂々と会議にいまつね? これは月光の月例会議なのでつが?」
うん、なんでいるのかな? どうして混じっているのか、ちょっとおっさんに説明してくれ。
「あら、アイ様。私は家具に必要な革を提携して出しておりますし、これから先に貴族に売りに出すにもお役にたてますわ。もはや月光の家具部門長と言ってもよろしいのではと」
コテンと首を傾げて、可愛らしく言ってくるシルに苦笑いを浮かべてしまう。この娘は胆力が強すぎる。兄妹の中でも一つ抜きん出てるな。
「他商会の方を部門長にはできません。提携先のアドバイザー、ううん、参謀? 外から来た客扱いの幹部にしときまつ」
「残念ですわ。では家具部門をお任せください。きっと成果を出しますから」
「フロンテ商会の革部門でしょう? 部門長さん、……あぁ、家具を主に売り出すつもりなのでつね」
「さすがはアイ様。そのとおりですわ。ほそぼそと家具職人や、布業者に毛皮を売るよりも、遥かに利益がでますもの。なにしろ年利益を月利益で稼ぎましたし」
ふんふんと鼻息荒くシルは興奮気味に言う。布張りの家具もこれからは視野に入るので、その選択は間違っていない。鼻が利くなぁ。
「ケインたち兵士たちの給料を月金貨15枚にアップ。酒場の売り上げが急速にアップして、食料品も伸びていまつ。設備投資も含めて雑費を抜くと約8万枚の金貨になりまつ」
屋敷の調度品、文官たちの事務所、兵士たちの装備、現地人兵士は革製だけど、それらを抜くと結構な金額となった。ふむ。
「裕福な子爵クラスですな。しかもこれは純利益とは」
「子爵クラスではない、小さい伯爵クラスだ。なにせ純利益だからな」
「なににせよめでたい。しかもこれからも儲かるときているのですからな」
ワイワイとはしゃぐ文官たち。気持ちはわかる、気持ちは。
「アイ様。上質な綿はいつ頃手に入るのでしょうか?」
シュタッと手を挙げてシルが尋ねてくるので、ジト目でその様子を眺める。
「なんでシルさんは上質な綿布の服を着ているんでしょー? まだ上質な綿布は出回っていないはずでつが」
シルは新品でフリルの入った可愛らしい上質の綿布のドレスを着ていた。それはどこで手に入れたのかな? 不思議だね、ガイ君? 試作品はガイ君しか持っていなかったはずだけど?
ジト目でガイへと視線をずらす。
「えっとですね、親分。試作品を作っていたら、シルさんが私が着心地を試しますと言ってきてですね」
「優しいガイ様が私専用に作ってくれたのです。キャッ」
頬に手をあてて、照れるフリをする商人少女。
なるほどね、うんうん。
「通報しまつ。とりあえずマーサに」
シルは12歳だぞ、犯罪者め! マーサに教えてあげようっと。きっと面白いことになるし。
「触ってねぇですよ。マーサに体型を測ってもらったんでさ。マーサの服を作っていたところに来ましたからね」
「ちっ、面白くない展開でちた」
慌てながら弁解する勇者である。マーサが知っているならつまらない……本当につまらないか、あとで確認しておくかな。ムフフ。
感情の機微を見れるかもと思いながら話を戻す。
「品質高めのは、まだまだ気が早いでつよ。もっと皆が作るのに慣れてきてからなので、あと半年……ガイならすぐに作れるでしょうが、ガイだけが作っても数になりませんしね」
「問題ありませんわ! ガイ様は類稀な職人ですもの。意匠の凝った品質の高い家具を作って頂ければ、金貨1000枚で売ってみますわ!」
勢い込んでシルが言ってくる。マジか、金貨1000枚? ガイは俺と同レベルのモデラーだったが……。そんなに凄いのか。ステータスも影響しているのか? ふむ……。
「なしでつね。一つぐらいなら良いでしょー。ですが、ガイにはたくさんの大事な仕事がありまつ。なので、職人としては暇な時ではないと駄目〜」
ガイの価値は金貨数千枚では足りないのだ。残念ながら、暇な時だけにしてもらう。
「そうですか……。それは残念……いえ、それの方が希少価値があって良いかも……。わかりました、ガイ様、あとでお話しましょうね」
ニコリと美少女はガイに微笑み、ガイは嫌な予感に冷や汗をかくのであった。俺は知らんよ。せいぜいマーサとシルの板挟みになってくれ。楽しそうだ、プププ。
会議はその後も色々と提案が出され、結局稼いだお金のうち金貨2万枚を家々を修復するやら、提案された内容に使うことに決まった。
そうして閉会してぞろぞろとシルや文官たちが頭を下げて出ていったのを、バイバーイ、またねーと、幼女の癒やし系スマイルで見送ったあとに、ギュンターの脚を蹴る。
「お爺さん、終わりましたよ、会議」
ウムウムと頷いていたギュンターはそこで欠伸をしながら、ようやく口を開いた。
「おはようございます、姫。何ごともありませんでしたか?」
「相変わらず聞いているフリをして寝るの得意でつね。何ごともなかったでつが、問題はありまつ」
顎をちっこいおててでさすりながら、背伸びをしたい年頃と思われるだろう姿を見せて、アイは口を開く。ギュンターが寝るのはいつものことなので、気にしない。この爺さんは戦いの話以外はすぐに寝るので。
「作物の手は1日9回までしか使えないでつ。1回で生み出す種は今のところ100トンまでは試していまつが、育てるのにまったく手が足りないのでつよ。ここらへんで育てる訳にもいきませんし」
俺のための野菜とか、米とか、果物が必要なのだ。綿花を育てるのに、作物の手を使いまくる訳にはいかないのだ。
自分の食の方が大事な、幼女にとりつく味にうるさいおっさんである。幼女は好き嫌いが激しいのだと、常に幼女の立場を利用して言い訳をするのだった。
「おはよ〜。妖精たちに任せれば良いんだぜ」
肩に寝ていたマコトも起きて、話に加わるが
「却下。どう考えても碌なことにならないでつ。きっと飽きちゃいまつよ」
「あの妖精たちですからねぇ。確実に育てるのに飽きると思います」
「儂は妖精に会ったことがありませんが、そんなに酷いのですか?」
ガイが同意して、ギュンターが不思議そうにするが、そのとおり。酷いんだよ。きっと種まきの時点で飽きるに違いない。
「隠れ里のような場所で密かに育てたいでつね。センジンの里は畑が小さすぎまつし」
「う〜ん、綿花は大規模な畑が必要だよなぁ」
そのとおり。古くは地球にて植民地時代に大量に作られたのだ。それぐらい量が必要なのであるのだけど、今の俺は領土がない。うん、領土? 考えてみれば
「マコト、少し思いついたアイデアが」
「閣下! ルーラ隊より緊急報告します!」
「うおっ! ルーラでつか! いつの間に念話がモニター通信に!」
アイの目の前にモニターが現れて、灰色髪の狐人ルーラが真面目な表情で言ってくるので驚き椅子から落ちそうになる。バタバタと手足を振って幼女はなんとか耐えたけど、落ちるかと思ったでしょ。
「あ、そうそう、ルーラが念話じゃかっこよくないと、あいつに駄々をこねるから、念話はモニター式に変えられたぜ。名称は同じで」
「相変わらず適当なバージョンアップでつね。まぁ、いっか。それで?」
ネームドドローンにも優しいのねと、その適当さに呆れるが……、うん? ドローンって女神と繋がってるのか。特に気にする必要はないかな。
「我が陽光傭兵団を雇いに来た貴族が現れました! 暇なので、魔物を倒しまくっていたら、声をかけられました!」
「うん、放置していてごめんね。で、内容は?」
陽光傭兵団って、蜂蜜以外に使い道がなかったのだ。新型なのに正直ごめんなさい。
「どうやら、自領に現れた魔物たちを倒して欲しいと。かなりの損害が出ている模様であります!」
「うん? 騎士団を頼れば良いのに、傭兵団?」
「どうやら、王都の騎士団を回ったみたいですが、どこも断られたみたいであります。貧乏貴族が動かすには金が足りなかったみたいですね」
「さよけ」
どこも金、金、金かぁ。ほんと、ハードな異世界だこと。
でもちょうどよい。しばらくまともに戦闘をしていなかったし、領地持ちとは都合が良い。
「皆、久しぶりにゲームの時間でつよ」
その言葉に、また旅かぁとガイは用意をしなくてはと考えて、ギュンターは久しぶりの戦いの予感に嬉しそうにし、マコトは説明役の出番だぜと張り切る。
好戦的な笑みを浮かべて、黒幕幼女は新たなるクエストへと向かうのであった。