72話 貧乏男爵を雇う黒幕幼女
目の前の貧相な男。ハウゼン・ライズ法衣男爵を見ながらアイは法衣貴族って大変だなぁと考えていた。
なにせ貴族なので働きたくても、平民の商会程度では相手が断るに違いない。江戸時代の困窮した旗本たちと同じであるからして。
「それでも旗本は仕事がありましたものね。給料安かったみたいでつけど」
法衣貴族は大変だ。職もないなんてね。
「ハウゼン男爵は立派なお仕事をしていまちたけど、5年前に穀物の横流しをしすぎではないですか〜って、上司に軽く注意をしたら臆病者の上司に横流しをしてるのはハウゼン男爵だ〜って、え〜っと首になったんでつよね?」
よくわからないけど、これを言えば良いんだよねと、幼女はギュンターをチラチラと見る。あたちは教えられる内容を口にしてるんでつよ〜。イスパーから聞いた内容であるんだけどね。
意外と貴族事情が手に入ったのだ。平民地区に入り浸る貧乏貴族たちから。彼らは用心棒として酒場とかをたむろしていたのだ。もちろん身分は隠しているので、平民のフリをしながら。
酒の一、ニ杯を奢ればペラペラと貴族事情を話してくれたのだ。そこまで深い情報ではないが。ハウゼンの情報ぐらいはわかった。
「はい……。アイ殿、あまりにも横流しが酷かったので、ついつい忠告をしたのです。相手が伯爵子息であったのが災いしました、四男であったのですが」
「浪費が激しく馬鹿な男だったらしいでつね。その後も懲りずに横流しを続けて、遂に隠しきれなくなり処刑されたとか。ハウゼン男爵は元から罪を押し付けられたのがわかっていたので首になるだけですんだ。でも、新たに職に着くのは難しかったんでつね」
「そのとおりです……宮廷が争乱とならなければ……いえ、これは愚痴となりますな」
幼女相手にも見下さずに、アイが言わされている感バリバリの様子を見ても、真面目にこちらを見て話すハウゼンに、これはなかなかの拾いものかもと嬉しく思っちゃう。
綿を詰めたこの世界では画期的な新製品となるふかふかソファの上で足をパタパタさせちゃう。幼女が嬉しそうにしている理由がわからずに、ハウゼンたちは戸惑っていたけど。
「それは残念でちた。貴族さんたちはいつも勢力争いしてまつから、こわいこわいでつよね〜。そんな気の毒なハウゼン男爵、良かったらあたちのいる商会、月光にて文官をしませんか?」
「文官というと、なにをすれば?」
ゴクリとツバを飲み込み、手を握りしめるハウゼン。仕事があるのならばと期待の目になる。
簡単に引き受けるだろうと思いながら、ギュンターへと視線を向ける。ギュンターが頷きテーブルに金板をドサリと置く。
計6枚。金色の輝きが綺麗なその物にハウゼンとニュクスは目を食い入るように見つめる。
「けーやくきんでつ。これで借金は返せるでしょー。月に金貨30枚、仕事内容は多岐に渡りまつ。草鞋の売り上げ、家具、アクセサリー、食料品、酒場の売り上げ、大工さんたちや酒屋への支払いなどの取り纏め。そして新たに加わった布市場への参入〜」
ニパッと無邪気そうに微笑みながら、幼女に相応しくない内容を口にしてくるので、怯んでしまうハウゼン。
幼女の中の人は演技が中途半端であったりした。ついつい元行商人たるウォーカー根性を出してしまうのだ。そろそろツボに封印した方が良いと思うがどうだろうか。
「これほどの仕事をまかせられるのは光栄ですが……。仕事量がその……多すぎますと申しますか……」
「もちろんハウゼン男爵だけでは無理でしょー。なので、お友だちを紹介してください。あ、そこそこ真面目な人たちをお願いしまつね。もちろん借金の肩代わりをしてあげまつ。無利息でお貸ししまつよって」
ハウゼン男爵は特別でつと、パチクリとウインクをしようとして、幼女なので両目を瞑っちゃう。
「なるほど……いや、そのような者たちは山ほどいますし、情けない話ですが、知り合いも多いので。借金仲間と申しますか」
はははと笑ってハウゼンは情けなく頭をかく。そして、居住まいを変えると、真剣な表情となった。
「このハウゼン・ライズがお役に立てればと思います。仲間を救うことにもなりますから。文官の話お受けします」
頭を深々と下げて了承してくるので、アイはホッとした。何気に貴族の誇りだ、なんだと言われたら困るところだったのだ。貧乏貴族だから埃はたくさんあるだろうけど。
なにせ、月光には文官がいないから! なんで脳筋ばかりな訳? 手を広げ始めたので文官は必須だったので。
幼女を働かさせ過ぎなのだ。これからも手を広げるので、そろそろ現地採用の文官が必要なのだ。主計は裏切らない奴が欲しいが、初期から仕事に携われば、愛着も湧いて現地人も裏切りにくいだろう。主計……主計かぁ、まだ素材とスキルが足りないな。
「まずは30人。全員給料は月に金貨20枚、報奨あり。週休1日、有給休暇20日でお願いしまつ」
「しゅ、週休? 有給休暇?」
「お休みのことでつ。働き詰めは良くないでつから。これは月光全体に適用をしまつので。ブラック企業にはなりたくないので」
ガイが聞いたら、親分は自覚がなかったんですかいと言うだろうけど、兵士たちの給料も上げていくよ? そのうちに。貴族を雇うので高給だと、皆には悲しげな表情で説明をしておこうっと。
「では、ハウゼン男爵。ハウゼン男爵主催の夜会をしまつので、案内状をよろしくでつ」
そうして、ニッコリと幼女は微笑むのであった。
1週間後、アイの屋敷の広間には無数の銀の燭台に蝋燭が灯り、テーブルの上には鶏を焼いたものや、豚を焼いたものや、鹿を焼いたもの、うさぎを焼いたもの、野菜を炒めたものが大皿の上に置いてある。それとエール樽にワイン樽もテーブルに積まれている。
焼き肉ばっかりである。しかも塩を振りかけただけのものだが、この世界では贅沢なのだ。
広間には多くの貧乏貴族が戸惑いながらも、タダ酒にタダ飯、しかも案内状には交通費として金貨もつけられていたので出席してきたのである。夫婦、恋人を連れて。
「ハウゼン男爵は一体どこからこの金を?」
「どうやら月光なる商会に雇われたとか」
「羨ましい話ですな、あやかりたいものです」
ヒソヒソと話しながらも、盛られた皿の肉へとかぶりつく。久しぶりの贅沢な食い物なのだと、食べる手は止まらない。
召使いもたくさんいて、キビキビと足りなくなりそうな焼き肉や、空になった酒樽を交換していく。
「ようこそ皆さん。本日は私の主催する夜会への出席ありがとうございます」
ハウゼン男爵が、見たことのない素材の立派な服を着て、妻と娘と一緒に現れたので、どっと詰めかけた。
集まった貴族たちは、誰も彼もなんとか見れる形の服であるが古着である。皆は貧乏なのだから当たり前だ。
「ハウゼン男爵! 随分と金回りが良いではないですか?」
「借金で首が回らなくなっているのでは?」
「商会が雇ってくれたのですか? いったいいくらで?」
詰めかけた貴族たちにハウゼン男爵はまぁまぁと落ち着くように手を振る。ハウゼン男爵は夜会の主催などしたことはなく、冷や汗をかいているが。
奥さんも娘のニュクスもその服は新品ではと、立派なドレス、明らかに毛皮ではない、魔物の革でもない物なので、質問をひっきりなしに受けていた。
皆はなぜ金回りが良くなったのか聞きたいのだ。職がないために皆は逼迫して必死なのである。
「それはでつね、あたちが雇ったからでつ、皆さん!」
可愛らしい小鳥のような声が広間に響く。ざわりと貴族たちは声のした方へと顔を向けると、扉が開いて
「子供?」
「シーツをかぶっているわ」
「可愛らしいわね」
扉から中に入って来たのは、白いシーツを頭からかぶった幼女であった。てこてこと歩いてきたが、その姿は目だけ覗かせてシーツをかぶり、おばけだぞ〜と手を掲げながら。愛らしいことこの上ないが、なんで子供がと皆は首を傾げる。夜会に出席したい子供かしらと世話好きな夫人たちがあやそうと近づく。
ぽてぽてと幼女は歩いて、広間の真ん中にて立ち止まる。
てやぁっと、かぶっていたシーツを剥がして……剥がして……。
「剥がせないでつ。誰か剥がして〜」
ワタワタと手を振って、泣いちゃうのであった。ちくせう、幼女の身体はやりにくいぜ。
女神の加護による閃き。目立つにはこれしかないよねと閃いたのだ。実に素晴らしいアシストをする加護である。目立つ行動を取る際には全力で幼女を支援する加護であった。
ありゃりゃと、子供の召使いがてててと近づいて剥がすのを手伝ってあげると、ようやく脱出できる幼女。
艶かな黒髪をおさげに纏めた可愛らしい幼女。黒い見たことのないドレスを着ており、なぜか麻袋を担いでいた。
「ふへぇ〜、酷い目に遭ったでつ。んと、皆さんこんばんは! 月光支部長のアイでつ! こんばんは〜」
ニパッと笑顔で挨拶をするが、皆さんの声が返ってこないねと、耳に手をあてて返答を待つ愛らしい幼女。
「こ、こんばんは〜」
その愛らしい姿に夫人と娘さんたちが、こんばんは〜と返す。気分はデパート屋上のアトラクションの司会おねーさんなアイである。クスクスと笑いが起きる中で、幼女はにこやかに笑う。
ヨシヨシ掴みはOKだ。司会のアイちゃんは頑張るぜ。
「えっと、あたちの商会は今文官をひつよーとしてまつ! 条件は、えっとぉ〜、なんでちたっけ?」
オロオロする幼女を微笑ましそうに、頑張れ〜と声をかける周りの人々。あたちは頑張りまつと、ぎゅっとおててを握り締めアイは話を続ける。
「皆さんの借金状況はだいたい金貨200枚から多くて600枚。それらを月光が無利息で貸しますので、借金返済と〜、月給金貨20枚、報奨あり、週休1日で雇われてくれませんか? あ、平民相手だと見下さないのが条件でつ。あと、筆記と計算」
腐っても貴族。騎士爵では文字が読めるが書けない者もいるが、それぐらいはできるし、そもそも借金で平民へと平身低頭な身の上である。
それに破格の条件だが……。飛びついても良いのだろうかと、周りの人々は顔を見合わせていた。慎重で何より。詐欺っぽいもんね。
だが、躊躇って貰っては困るのだよ。と言う訳で
「お金はたくさんありまつよ〜。ほらほら」
肩に担いでいた袋を床に置いて、ていっと中を見せてあげる。
「おおっ! 金貨だぞ、金貨の山!」
「初めてあれだけの金貨を見たわ!」
「ひとつかみ貰えないかしら」
袋をから覗くのは金貨であった。ぎっしりと詰まっており、ザラザラと大量にある金貨の金色が眩しい。
いわゆる見せ金というやつである。手法が完全に詐欺師のそれであるが、誠意を見せているのだと、幼女は言い張っています。
「まだまだたくさんありまつけど……。皆さんは雇われてくれない?」
指を咥えて、バブバブと悲しげな表情で問う。中の人は何歳だっけ? 中の人などいないのだ。夢が幼女には詰まっているのだ。悪夢かもしれないが。
「話を聞かせてほしい!」
「計算は得意ですぞ」
「貴女に忠誠を!」
純粋共通言語を使う幼女。その金持ちぶりも、ハウゼン男爵への厚遇ぶりも相まって、只者ではないと皆は殺到する。
やはり見せ金は効果があると、黒幕幼女はムフフと笑いながら説明を開始して
遂に月光は大勢の文官を手に入れて、組織としての形はできたのであった。
目立たないというスタイルは忘れていたが、幼女なので仕方ないだろう。
なにしろ本人は目立っていないと考えているので。