70話 綿とゴムを持ち帰る黒幕幼女
ガラガラと馬車が王都へと入る。王都門を通り、久しぶりの自宅へと帰ってきたアイは元気よく馬車からぴょいんと飛び降りた。
「ただいまー。月光支部長アイ、ただいま帰りまちた! 妖精さんから貰ったたくさんのお土産がありまつよ〜。すぐに第二陣を出すので、お馬さんを換えてダツたちは出発でつ」
馬はさすがに放牧してしばらくは休ませないといけない。なので馬屋に預けて新たな馬で馬車を引っ張りダツたちも交代してもらい出発である。
なにせ片道10日かかるのだ。ひっきりなしに出発してもらいたい。センジンの里の途中にある街にも金を落として、リバーシも商人に一括して売り払い他の都市へとその商人に行って貰う。しばらく信用を稼いだらあそこの領主とも仲良くなってもらおうっと。
貿易黒字にあからさまにならないように、その街から食糧も買い込んでセンジンの里に向かうのだ。
センジンの里には噂を聞いてこれからたくさんの商人が訪れる。じゃんじゃか金を落として貰うのだ。ダミーの供給源として、是非センジンの里には頑張って貰いたい。
題して、獅子は千尋の谷に金貨を落とす作戦である。あそこらへんの都市国家はタイタン王国通貨も通用するから助かるぜ。
ネーミングセンスが酷いが、ご満悦な幼女はご機嫌でてこてこと出迎えの人たちへと近づき、ギュンターやマーサたちが苦笑しながら頭を下げてくる。ん? なにか貴族のこと以外であった?
疑問に小首を可愛らしく傾げちゃう幼女だが、声をかけられることにより、疑問は氷解された。
「なんと、妖精からですか! さすがは音に聞こえしやり手の方でいらっしゃいます。このロンデル、感心の言葉しかございません!」
甲高い声で、大袈裟な素振りで痩せぎすの男が笑顔で出迎えの中から近づいてきた。誰こいつ?
「兄さん、失礼だよ。初めまして月光支部長のアイ様ですね。フロンテ商会肉部門長テルテと申します」
更に小太りの男が前に出てきてにこやかな人好きのしそうな笑顔で頭を下げてきた。その後ろからシルが困った表情でついてくるのを見て思い出す。そういえばシルの兄たちが訪問したいと言ってたっけ。
「失礼アイ様。あまりのアイ様の偉業にこのロンデル、礼を失してしまいましたことをお詫び申し上げます。フロンテ商会最大の利益を誇る穀物部門長にして、商会主フロンテの長男ロンデルと申します」
やはり大袈裟に手振りをしながら頭を下げてくるロンデル。こいつ役者かなんか? 慇懃無礼な感じがするが……悪意は感じないな? 貴族はこういう大袈裟にするのを喜びそうな気がするし。
自己顕示欲は高そうだけどねと、苦笑混じりにシルを見るとカーテシーをして挨拶をしてきた。
「お帰りなさいませ、アイ様。本日お帰りになると聞いてお出迎えに赴こうとしたところ……その、兄たちもついてくると申しまして」
多少言い淀み、兄たちへと責める視線を向けるシル。
「お帰りなさいませ、姫。長旅と今度の旅の成功おめでとうございます」
「お疲れであればご就寝なさいますか?」
ギュンターとマーサが声をかけてくるが、幼女はまだおねむな時間ではないのだ。やることがたくさんであるのだが……。シルたちは邪魔だな。まぁ、すぐにバレるし良いか。
「妖精の国マグ・メルの女王にして月光支部長から、うちが取り引き可能であるレベルに達したことを知って貰ったので、センジンの里の支配権をマグ・メルと半々にすることで、交易することの許可を貰いました。これを加工するのに説明をしまつよ」
ちらりとガイへと視線を向けると、ヘイ親分と木箱をおもむろに開ける。さすがはガイ、このような下働きが似合う幹部である。得意げにしているのが、また勇者らしくて哀愁を感じさせちゃう。
「妖精の国マグ・メルの……女王!?」
「女王が月光の支部長と聞こえたような……」
「妖精個人からではなく、あの国と交易を可能に……?」
フロンテ3兄妹が驚きで息を呑む。本当かどうかは木箱を見ればわかると駆け寄ってくるので、まだまだ子供だねと、誰よりも見かけは子供というか幼女なアイは生温かい目で見る。
「この白いのはなんですか、アイ様?」
白いふわふわした物を見て、鬼気迫る勢いでシルが尋ねてくるので、ニコリと幼女スマイルで懐から布を取り出す。
「これは試作品です。見てもらえばわかりまつが、布になっちゃいます。まずは品質の悪い綿を使って、皆で練習しながらスラム街で売りに出させる予定でつね」
スラム街……なんか聞こえが悪いのでなにか俺の支配する地区の名前を決めるかと考えながら布を手渡してあげる。
3兄妹は代わる代わる奪い取るように布を触りながら驚いていた。その毛糸とは違うすべすべした触り心地。暑さを感じずに軽い感触。そして、毛糸とは違うきめ細かな縫い方に。
「凄いぞ、この触り心地。信じられないぐらい滑らかだ」
「毛糸じゃ、ここまで繊細にはできないね」
「まずは品質の悪い物? これで品質が悪いとなると……」
3人共バッと仲良く顔をあげて、アイへと信じられないとばかりに視線を向けてきて、さり気なくガイが間に挟まり得意げに胸を張る。
自分も頑張って来たんですぜ、褒めて良いよと。森に捨てられそうになったり、ゴーレムの頭や城の天辺に置かれてたりと、悲惨な目にしか遭わなかったので、少しは良い思いがしたい勇者がここにいた。絶対防御仁王立ち。
「アイ様! 私に貴族相手の取り引きはお任せくださいませ。きっと高値で売り」
「ずるいぞシル! このロンデルにお任せくだされば、月光の名前を轟かせて」
「二人共、これは僕たちがこなせる取り引きじゃないよ。父さんに僕から伝えておくから」
妖精の国からの交易品。しかも布とくれば需要は山とある。服だけではなく、カーテンからタオル、下着類、様々な用途があるのだから、3人がガイへとお願いをしてくるのは当たり前であった。
なぜガイかというと、バスケのディフェンダーか如く3人の行く手を妨害していたからである。ナイス、ガイ。後でご褒美にビールとポテチをあげるよ。
安いご褒美ではあるが、ガイの楽しみなので問題はない。それよりもと。
「ランカ、糸紬機と機織り機を馬車から降ろして! 使い方をマーサに教えまつから、皆に広めてください」
「んも〜。こういう仕事はガイの役目なのに〜。あ、お爺ちゃんありがと」
「姫、屋敷に入れておきます」
ランカがぶーたれながらも、軽々と機織り機の部品が入った木箱を運び、ギュンターも気を利かせて運び出す。
ガイが、でぃーふぃんす、でぃーふぃんすと口ずさみながら、カニ歩きで兄妹を妨害するが、その掛け声は補欠が言うんだよ。たぶんバスケをしたことがない勇者である。もしくは補欠。そしてそのディフェンスをシルだけ突破してきた。
なぜならば少女に触るのは、通報されると同意義だとガイは思っているので、商人娘は無理やりなら突破できてしまった。それと、子供たちがなんか遊んでると、笑顔で混ざっても来たので。アイと変わらない幼女がんしょんしょとガイによじ登ろうとしており、子供にモテモテな山賊勇者であった。
「アイ様! その女王が、妖精の女王が月光の支部長とは……冗談ですわよね?」
息を切らして、シルが尋ねてくるので、ふふっと幼女は悪戯そうな笑みで、口に人差し指を押し当てて言う。
「信じるか、信じないかは、貴女次第でつ。シルさん」
その言葉にシルはゴクリと息を呑み、何も答えないで考え込む。
正直、マグ・メルの女王が支部長なのはメリットとデメリットがあるが、今の俺には必要なネームバリューだ。もしかして月光の支部長というのが真実ならと、貴族が綿に目をつけてもそれを聞けば、ただでさえ、過去に南部地域を失う原因となり痛い目に遭っている妖精の国なだけに、月光にちょっかいはかけにくいだろう。
ちょっかいをかけてくる場合は相手がよほど高位の貴族か……王族。まだまだそこまでは動くまい。不思議にも宮廷は勢力争いで忙しいみたいだし。不確定ではあるが痛い目に遭いそうな相手を気にする余裕はないだろう。
「ゴムの使い方も説明しまつ。木綿布の作り方も。職人さんや手先の器用な者をララ集めてきて〜」
「は〜い! なんだかよくわからないけど、わかったよ!」
てててと元気に走っていくララ。これで量産体制を作ろうと、アイがてこてこと屋敷に入ろうとすると、シルがディフェンスしてきた。というか、立ちはだかってきた。
必死すぎる美少女である。
「アイ様。あの、ゴムというのはなんでしょうか? 少しで良いのでお話を! お話をお願いします!」
「あ〜、そういえば、あたちもお願いがありまし」
「受けます! そのお願いを引き受けますわ! なので、是非に!」
後ろでずるいぞシルとか、妹よ、僕にも一口噛ませてと、叫び声がするが、優しい微笑みでアイを見てきて、シルはガン無視を決め込んでいた。さすがは商人の娘である。
「えっと、シルさんにはお願いがあるのでつが、まずは屋敷に入りましょー」
てこてこと、ちっこい手足を振りながら幼女は屋敷へと入るのであった。幼女は疲れやすいのだ。長旅を終えたばかりだしね。
屋敷の応接間。なんの調度品も無く殺風景ではあるが。長椅子にぎゅうぎゅうと3人兄妹は座っていた。押し合いへし合いしているが、余裕で座れるだろ。どうやら抜け駆けしようとしたシルへ嫌がらせをしているのだが、微笑ましい嫌がらせだこと。仲は悪くないのね。
「これからは紡績を仕事に増やしまつので、たまに遊びにきたら良いでつよ、3人共。ゴムの使い方も、あたちが皆に広めまつので、あとで説明会に出て聞いたら良いでしょー」
ぶっちゃけ説明を何回もするのは面倒くさい幼女である。アイは自身がわかっていれば良いと、説明を面倒臭がることが多い。だけど、幼女だから仕方ないよね? 舌足らずなんだもん。
地球でもたびたびそれでトラブルになっていたが、まったく懲りていないおっさんである。
もちろんですと、コクコクと首を縦に振る兄妹へと、ニパッと笑顔でお願いをする。
「実はうちの召使いさんが少なすぎるので、新たに雇いたいのでつが、教育までは手が回らないのでつ。何人か教師役として貸して頂けませんか?」
「もちろんお貸しします。このロンデルの専属メイドと数人のメイドを教育が終わるまでお貸し致します」
「僕もお貸ししますよ。いえ、新たにそちらで雇い入れて貰えればお役に立ちます」
「見た限りでは調度品なども足りないご様子。私がそれらを取り扱う商人をご紹介致しますわ」
マジかよと、真ん中に座るシルをロンデルとテルテがぎゅうぎゅうと挟んでいた。抜け駆け禁止らしい。
ふむ、とアイは顎に手を当てて考える。幼女がそんな姿を見せると背伸びしたい年頃なのねと、フフッと皆から温かい視線を受けることは間違いない。
貴族を迎えるに、これじゃあ貧相か。遂に外交コマンドが増えたのだ。植民地時代は終わりと言う訳。周りを気にしつつ独立国家を守る時代に入ったのだ。
「シルさん、お願いしまつ。でもうちはビンボーなので、安い品を取り扱う商人をお願いしまつね」
「わかりました。このシルにお任せください」
「アイ様がお安く買えるように、このロンデルも商人に口を聞いておきましょう」
「必要な物は何なりと僕に言ってくださればご用意致します」
俺が安く買う=差額はうちが受け持つと、遠回しに言ってくる気が利く兄妹に感心しつつ、まずはガラス食器に銀食器だなと黒幕幼女はお財布にいくら入っていたっけと思うのであった。