7話 幼女は酒場で情報収集する
分厚い白いガラス窓を見ながら、フムンと幼女はその細っこい腕を組んだ。透明なガラスを作る技術が無いか高価なのだろうと推測しながら呟く。
「そろそろ食事がきまつね……」
ゴクリとつばを飲み込み、緊張で冷や汗をかく。周りはガヤガヤと騒がしく宿屋兼酒場なのが見てとれる。人種差別はないのか、エルフやドワーフ、ハーフリングに獣人、それにもちろん地球における人間、即ちこの世界では共人と呼ばれる者もいる。
どんな人種とも子供を作れるから共人と言うらしいですよ……。ハーフはできにくく大体はどちらかの人種で産まれるらしい。さっきマコトに教えてもらった。
蝋燭は高いのだろう。光源はでかい暖炉の燃える薪の光のみであるので薄暗い。暖炉にはでかいシチュー鍋が置いて有り、グラグラと野菜が入ったシチューが煮えている。
「はいよー! 鶏の丸焼きとシチュー3つだよ! エールとお湯もね。サービスで全部で銀貨5枚!」
恰幅の良いおばさんが頑丈な木のテーブルにドスンと食事を置く。丸々と太った鶏の丸焼きと野菜が入ったシチュー。クズ野菜でないのは評価できる。
「おらよ。チップは無しだ。サービスで高くしているだろ?」
ガイが銀貨を放ると、おばさんはケラケラと笑って機嫌良さそうにエプロンのポケットに銀貨を入れる。
「良いじゃないか。羽振りが良いんだろ? チップ代も含めておいたのさ」
鶏の丸焼きなんて、この場末の宿屋で頼むお大尽はいないからねと離れていくのをガイは舌打ちして見送り、幼女はソワソワとそういうハードボイルドなシーンは俺の役目じゃないかなと思うのだが、如何せん幼女なので無理があった。
「次はあたちが払いまつから。ガイ、わかったでつか?」
諦めてない幼女であった。たとえ幼女の姿でもワンチャンあると信じているアホさを見せていた。着々と女神の加護が侵食しているのがわかる。
「あはは、やめておいたほうが良いよアイちゃん。……それよりも食べて良い?」
よだれを垂らしそうな勢いでララが尋ねてくるので、いいでつよと答えるが、なぜか手を出さない。
やっぱりこの少女は教養があるなと思いつつ、アイはナイフを使って、鶏の肉を削ぎ落とし口に入れる。それを見たララは安心して肉を取り始めるので、主人が最初に食べるのをまっていたとわかる。
そして、アイは別のことで安堵していた。
「良かった……ナイフとフォークは使う文明でちた」
中世でもナイフとフォークを使い始めたのは後期である。異世界は全部手づかみならどうしようかと思っていたのだ。どれだけこの世界の文明をアイが信用していないかわかるだろう。
幼女なら手づかみでも、ヤンチャだなぁと、温かい目で見られるかもだけど、ちょっと大人が全部手づかみは嫌なのである。
それにしても変わった少女である。可愛らしい顔立ちで服装はボロ着。解れた箇所も直していないので貧乏なのは間違いない。体格も痩せて栄養が足りていない。しかし、教養はあるのだ。なんでだろ? なにか理由がありそう。
赤毛はボサボサで紐で纏めてポニーテールにしているが、髪は長い。そういえば、髪は宿屋のおばさんも長くしていた。この世界はもしかしてシラミが存在しない?
ドワーフは髭もじゃだしそうかも。そもそもシラミとドワーフは共存できないだろうし。シラミがいないのは助かるな。獣人もいるからダニもいないのか。ちなみに獣人は人間に耳と尻尾が生えているタイプ。
それなら干し草ベッドでも……駄目だな、それでも嫌だ。なにかいそうである。黒いあいつとか。あと、きっとチクチクする。幼女の肌はぷにぷにで繊細だから困るのだ。
「マズッ、ごほぉ」
隣のガイが肉を口にして、むせたのか咳をする。断じて隣に座る幼女が傾いて、そのキックが脇腹に刺さったのが、原因ではないだろう。
「なるほど、二倍差ぐらいのステータスならダメージは入る、と」
「酷えです、親分……」
脇腹を抑えるガイにジト目を向ける。目立つ言動をするんじゃない、アホ山賊。
目立つんじゃないと、幼女のお目々で牽制して睨むが可愛らしいだけで、あらあらご機嫌斜めかしらと、ご婦人方に心配させるだけで怖さは皆無だった。
「なぁなぁ、これはやばいぞ。社長は料理ができるか?」
マコトがこっそりと肉を食べつつ、顔をしかめていた。妖精が手に取った物は誰にも見えなくなるらしいので、誰も肉が減ったことには気づかない。手のひらサイズまでしか見えなくすることができないらしいが、なにかに使えるだろうと記憶にメモして、同意をする。
不味い。塩を振り掛けただけの鶏の丸焼きだった。一番高い物を持ってきてくれと、頼んだのだが手抜きすぎである。別に香辛料は高価そうだから使えとは言わない。ただ、野菜のソースとか、なにか手を加えることはできるはず。たんにぱさぱさの鶏肉が丸焼きになっているだけなので、かなり不味かった。
この世界の料理レベルが低いのか、ここが場末だからかは不明だが、これからは俺が料理しないといけないだろう。これでも各地の料理を学んだのだ。料理の知識は金になったし。
あ〜あとがっかりしながら、同様に煮崩れしすぎている塩味の薄いシチューを飲みながら、パンは幼女には無理でつねと、天然酵母を使わない保存のみを追求したカチカチの黒パンを食べて良いよと、ガイの前においてあげる。俺はなんて優しいボスなんだろう。ガイは泣きそうな顔をしていたから嬉しいに違いない。
というか、ガイの味覚は地球レベルみたいであった。相変わらずの適当なキャラ設定だ。
ララはむしゃむしゃと懸命に食べていたが、俺らがあまり食べないので不思議そうな表情になるが、合点の行ったと頷いて気まずそうにする。
「もっと高級宿が良かった? でも高級宿は貴族様とかの紹介がないと泊まれないよ?」
「気にしなくて良いでつよ。あたちはダイエット中なんでつ」
ダイエットと言っておけば良いだろうとは思わないが、どうせなにを言っても言い訳になるから適当に返す。地球でダイエットとか言ったら、皆に食べ物を大事にしろと怒られるだろうなぁと思い出して苦笑もしちゃう。食べられる有り難みを懸命に生き抜いている人々は知っていたから。
「ダイエットって、どういう意味?」
コテンと首を傾げて疑問の表情になるララに、ありゃダイエットはこの世界では通じないかと、意味を説明する。
「部下に報酬として、たっぷり食べさせるという意味でつ。ガイ、たっぷり食べるんでつよ?」
にっこりと幼女スマイルをガイへ向けてあげたら、ヘイ、と肉を嫌そうに食べ始めた。頑張れガイ。
「えっと、余るなら貰って良いかな? お母さんに持っていきたいんだけど」
おずおずと聞いてくるララにガイがドシンとテーブルを叩く。
さすがに欲張りすぎたから、怒鳴られるかと首をすくめるララに
「なんて親孝行なんだ! あっしは感動しちまいました。残りはあっしのことは気にせず持っていくがいいでさ」
これをチャンスと肉を押し付けるガイであった。こいつは本当に見かけどおりの小物だなぁと、アイは苦笑をするがララに良いよと許可を出す。あとで、女神様に貰った『蓋を開ければアツアツの美味しい保存食』を食べようっと。
しばらく食事の時間、主にララが満足するまでの時間が経過した後に、聞きたいことをアイは聞き終えてお湯を飲む。隣で生温くて度数も低すぎて不味いですと、エールを嫌そうに呷る山賊がいるが、もう知らん。
「通貨1枚の価値が銅貨が10、銀貨が1000、金貨が1万、金板が100万の価値でつね。国によってはレートが変わると」
ざっくりと聞いた内容を口にする。とすると、あの危険なゴブリンの集落を倒して40万ぽっち……集落ができるはずである。実入りが悪すぎてゴブリンを退治する人間などいないだろうから。命懸けの仕事にしては割に合わなすぎる。
ピンと銅貨を指で弾いて、彫られている神の顔を眺めて話を続ける。
「この国はタイタン王国。王都タイタン。神々が世界を支配していた頃の都市を利用していると。城が神器であり、そのおかげで上下水道などや、豊かな田畑を維持している……」
豊かな田畑は怪しいところだが、それを王権を持つ者の理由としているらしい。曰く、神に神器を託されたのが王族だと。
「うん、アイちゃんは理解するのが早いね。さすがは貴族……ううん、なんでもない」
慌てて口を紡ぐララに気にすることはなく、アイは考え込む。
「もちろん冒険者ギルドなんてないし、奴隷も焼印で管理していて、貴族や大商人でもなければ管理ができずに逃げられるだけ……ハードな世界でつこと……」
ララは冒険者ギルドってなぁにと反対に聞いてきたし、奴隷はいるが、隷属魔法はなかった。権力と武力に財力をちらつかせて、奴隷を管理しているのだ。確実に美少女奴隷はいないだろう。たぶん娼館行き。
まぁ、あたりまえの話で予想はしていたけど。国を超えて活動できる武力組織って、なんだよとツッコミどころ満載だし、奴隷にかけられるぐらいにお手軽な隷属魔法があれば、王族は逆らえないように全員にかけようとするに違いない。忠誠の証とか言ってね。最低でも貴族にはかけるはず。ライトな異世界は、そのような物があるだけで、かなりのご都合主義満載なのだ。
隷属魔法はあるかもしれないが、それはきっとかなり難易度の高い魔法に違いない。
「まだ聞きたいことはある?」
「いえ、金を簡単に稼げることのできない世界だとわかりまちた。ただ商人になるのは簡単なんでつね。店舗を持てば年に金貨10枚。持たなければ金貨1枚を上納するだけですし。税制は貴族以外は人頭税の1人金貨1枚、子供は銀貨1枚に、家屋、土地持ちは固定費。農民は麦とかで、貴族は領地からの利益」
商人がかなり安い。どうやら魔物の徘徊する世界なので、外へと行商もする商人は優遇しているのだ。なにかをやろうとすれば、一見簡単そうだが、利権が絡むから大きな取引は力を持たないと難しいだろう。貴族が大商人のバックにはいるに違いないし。
「宗教は多神教、これは実際に神々が世界を支配していた名残りであり、回復魔法は教会の独占ではない……魔法使いも使える、と」
クールに一つ一つ確認しながら、椅子に凭れ掛かり、ギィギィと鳴らしたい幼女。残念ながら、背中を痒そうにして、背もたれに背中を押し付けている幼女にしか見えなかった。実にキマらないアイである。
覚えたばかりの知識を頑張って披露する幼女への周囲の生温かい視線には気づかずに、アイは考え込む。教会が回復魔法を独占していないのは予想外であった。魔法であるかぎりは、知識を求める魔法使いが使えないのはなぜだろうと、小説を読みながら思っていたが、現実ではやはり魔法使いは回復魔法にも手を出していたのだからして。
教会が回復魔法を独占できない上に、多数の神々がいるとなれば、信仰は分散して教会の権威が低いのは当たり前なわけだ。
「聞きたいことは聞けまちた。では最後の質問でつ」
目を細めてニヤリと笑う。おねむなのかなと目を瞑りそうなアイに酒場のおばさんが声をかけようか迷っていたり。
「スラム街について教えてくだちゃい。それが最後の質問でつね」
ララが頷いて、スラム街の勢力や危険な場所を説明してきて、幼女はふむふむと、口元を綻ばせるのであった。




