68話 妖精女王となぞの訪問者
妖精の国。花咲き乱れ、妖精たちが無邪気に遊び、果物が溢れんばかりに樹に生っている。そんな素敵な夢の国。
その生活を守るため、常日頃忙しい妖精女王ティターニア。彼女の一日は早い。
「ふわぁ〜。もう朝ですか? このふわふわのお布団だといくらでも寝れてしまいますね」
パチクリと目を開けて、欠伸混じりにティターニアは起床した。この間来訪した天使から貰ったお布団をポムポムと叩くと、ふんわりとした感触が返ってきて、その触り心地に嬉しくなる。
もふもふな毛皮や、日光を浴びながら葉っぱの上で寝るのも良いが、この布団で寝るのも最高である。不思議な柔らかさを持つベッド。気持ちいい温もりが……。
「むにゃむにゃ……」
触っているうちにコテンと再びベッドに寝っ転がる。これは二度寝ねと、常日頃忙しい妖精女王は目を瞑ろうとするが
「もう朝ですよ、女王様。というか昼です。女王様の朝ご飯は皆で食べちゃいましたから、寝てても良いですが」
召使いが言う言葉にガバリと跳ね起きる。文字通り翅を羽ばたかせて目にも止まらぬ速さで、召使いへと詰め寄る。なにか不吉なことを言われたような?
「冗談よね? 冗談と言って?」
「必死すぎます。大丈夫です、冗談ではないので。今日の花粉団子は皆で食べてしまいました」
妖精は肉を食べない。あまり種族的に食べない。もちろん肉が好きな妖精もいるが基本は作物を食べる。花粉団子は日々の主食であるのだが。
「なぁんだ。花粉団子なら大丈夫です。ちょっと天使に貰った果樹園に行って来ますね」
ポスンと布団へと腰をおろして安心しちゃう。花粉団子が無くても大丈夫。今のティターニアには果樹園という強い味方がいるのだ。ふふふ。
「まったく、皆があの幼女から貰った果樹園に夢中で困ります。あの果樹園の提供を幼女がやめたらどうするんですか?」
苦言を呈す召使い。あの物凄い甘い果物たち。見た目は妖精ではあるが妖精ではない者に連れられてきた訪問者が齎したものだ。
「やめないわよ。やめたら、私たちが泣いちゃうし。あの幼女は自分の身内には甘そうだもの」
「世界を支配する月光ですか……。神が世界を支配すると言っていると正直に答えてもよろしいのに。なぜ誤魔化すかわかりませんね」
その言葉にクスリと笑ってしまった。この召使いは私の次に強い。妖精女王杯で決勝を争った相手である。彼女も幼女たちの力の源に気づいていたのだ。
なにせ最強にして最高の今は失われし世界樹の枝を使用した私の魔法が効かなかったのだ。あらゆる耐性を突破して、アンデッドを死の魔法で倒せる程の枝を使った指輪の力を持ってしても。
因果を変えて、敵を倒す妖精の国の秘宝。女王になった際に預かった一見するとただの小枝のようにしか見えない指に嵌められた指輪を見ながら思う。
「神はすべて死んだとセフィロトはこの間言っていたわ。この世界は既に他の始原の神の物になったとも。そしてその始原の神は私たちの世界に興味をもたないとも」
「私たち強者を集めてセフィロトが伝えた内容には驚きました。この世界は放置されたまま、崩壊に向かうだろうともセフィロトは恐れていましたが、その後に神の力を感じ始めたので、世界の維持をしてくれたとも安心していました」
多少の恐怖を顔によぎらせて、召使いは言う。その話は妖精の中でも16人しか知らない。最強たる私たち16人しか。セフィもこの話は知らないのだ。
話を聞いて絶望したのだが……どうやら天使を遣わせてきたらしい。
「天使様が世界を支配しようと言うのなら、手伝うだけよ。私はまだ死にたくないもんね」
「そうですね。不自然にならないレベルでお手伝いをお願いします。あの人が世界を支配できるかはわかりませんが、その話を広められても困るので、自然に。しぜーんにお願いします」
見知らぬ声がかけられて、バッと飛び跳ねて身構えて見ると、ひと目見たら忘れられない可愛さの黒髪の少女がいつの間にか存在していた。まるで最初からいたようにごく自然に。
肩にタスキをかけており、なぞのほうもんしゃ、と妖精語で書いてあった。
「まさか精霊から話が漏れるとは思いませんでした。ですが、この話を人間に伝えたのはセフィロトとディアボロスのみ。ディアボロスの話を聞いた人間にも強く口止めしておきました。精霊の中でも気づいたのは一握り。そのすべてにお口にチャックと伝えておきました」
フンスと平坦な胸を張る少女。子供っぽい姿だが、何者かを私らは理解して、慌てて跪く。
「し、始原の神でいらっしゃる。ようこそマグ・メルへ。この度の訪問を歓迎致します」
「良いんです。これはあの人の頑張りを私が無意味にしちゃったようなものですから。本当はなかなか貴女に認められずに様々な試練をクリアしていくはずだったのに。運営はなにをしているんですかと怒られちゃいます」
そのとおりだ。私はセフィロトの話を聞いていなければ、怪しげな幼女たちを認める試練を課していた。それは苦難の道で上手くやっても数年はかかっただろう。
しかし私は知っていた。天使であること、新たなる神が世界の維持を始めたことを。
訪問者が世界を支配すると言うなら、妖精たちは手伝うだけだ。神の名前を口にして世界を支配しようとしないのならば、なにかしらの理由があるだろうと様子を見ていたが……。
額に冷や汗が流れる中で、少女は無邪気に微笑む。
「成功しても、失敗しても、あの人の人生。不干渉でいたかったのですが、私の影響が出るのはよろしくありません。あ〜、たぶんまだ適正レベルではないねと、妖精の国に入国するのは諦めていたはずだったんですが。あの人の性格は効率厨に近いから、あっさり他の手段を考えていたはず。失敗しちゃいました。というわけで、自然にしぜーんにお手伝いをお願いしますね」
「か、畏まりました。では対等の立場で自然に……。入国してたくさんの果物とかを貰っていますので、私たちの方が貰いすぎですが」
「またまた、妖精の国のネームバリューはこの上なく高価です。今はあの人の方が貰いすぎな感じですね。だから平等にするためにこれを差し上げましょう。ドーン!」
クスクスと可愛らしく少女は笑い、そして大きななにか四角い物を取り出してきた。なんだろう? まさか始原の神の神器を貰えるのだろうか?
「これはお菓子大全。あらゆるお菓子が写真付きで書かれています。現在進行形で増えてもいるお菓子も自動更新されちゃう優れ物です」
フンフンと得意げに少女は言って、お菓子大全とやらを開く。羊皮紙ではないが……本なのだと気づく。かなりの分厚さを持っているが。
ペラリと少女が捲ると、精巧な絵が書かれており、妖精語でどのような物か説明がしてある。綺麗な彫刻みたいなものから、単純そうな物までそれはもうたくさん載っていた。全部見るのはかなりの時間がかかりそうだ。
「あの人はその本に乗っているすべてのお菓子を作れます。月に一回お強請りすると良いと思いますよ」
「こ、これを私たちに下賜してくれるのですか?」
「お菓子だけに下賜します」
得意げに答える少女のセリフに、ヒューと寒い風が吹いたが気のせいだろう。なんだかおっさんくさい冗談であったが気のせいにしておこう。
フンフンと鼻息荒く、誰がツッコんでくるのかなと、期待に満ちた瞳を向けてくるが、私と召使いはソッと目を合わせないようにして、本を覗き込む。
「これがお菓子ですか? こんな物が?」
お菓子というのは小麦粉を焼いたクッキーのことをいうのではないだろうかと召使いを見ると、何故か黙々とページを捲っていた。
「あれ? 食べたことがないんですか。私としてはチョコレートケーキがお薦めですが、試食をしておけばわかりますよね」
そう言って、ニコニコと笑顔で小さい白いのとか、丸いのとか、ぷよぷよした物を少女は空中から取り出した。
「ショートケーキ、生クリームドーナツ、生クリーム入りプリン、チョコレートケーキ、チョコレートドーナツ、チョコレートプリンです。他にもたくさんありますが、基本はこんな感じです」
食べてみてくださいと勧めてくるので、元より断る選択肢はない私たちは恐る恐るお菓子とやらを口にする。いえ、私だけで、召使いはあっという間にドーナツとやらを頬張り始めた。なにか変ね? 食べたことがあるのかしら。
疑問に思っていたのも、口に広がる味を感じるまでだった。
「あ、甘い! これ甘いです! ふんわりとした柔らかい滑らかな味……角砂糖をこれは上回ります!」
「生クリームです。スポンジも苺も美味しいですよ」
瞠目して、私は口の中へと夢中になってショートケーキを入れていく。試食サイズなだけあってあっという間になくなってしまい寂しく思うが、まだ他にもある……あら? ドーナツが全部無いわ。
「召使い? ナジャ? なんでドーナツがないのかしら?」
「試食サイズなので仕方ありませんよ、女王。感想としてはなかなか美味しかったとこたえれほくます」
ごくんと口に入れた召使いをジト目で見る。これじゃあドーナツは食べれないが、プリンを食べれば良いか。
「美味しかったみたいでなによりです。それじゃあ次にあの人に会うときはお強請りしてみたら良いですよ。では退屈になったら世界を旅する謎の訪問者は帰ります。そろそろお昼ご飯の時間ですし」
「あ、はい、ありがとうございます! えっとお名前を」
慌てて私は少女の名前を聞こうとするが、既にその姿はどこにもいなく、降臨してきた証拠は本がポツンとあるだけであった。
神らしいと苦笑をしつつ、プリンを食べながらお菓子大全のお菓子を次々に見ていく。生クリームとチョコレートを食べたおかげでなんとなく味の想像がつき、口の中によだれが溢れてしまう。
「次はショートケーキのホールですね。やはり基本らしいですし」
「……ケーキを頼むんですか?」
「えぇ、ケーキは基本らしいですし」
生クリームとやらは美味しかった。至高の味と言えよう。次はお腹いっぱい食べたいわと、ショートケーキでもたくさんの種類があるので迷っていると
「特技 雷公」
ぽそりと呟かれた言葉と共に魔力の高まりを感じ、その場を素早く離れると、雷が今までいたところを通り過ぎていった。
「なんのつもりですか、ナジャ?」
ナジャの固有スキル雷公。その身体を目にも止まらぬ速さへと強化し、纏う雷はレッサードラゴンを一撃で焼き尽くす。決勝でも、その技を使われて苦戦したものだ。
「貴女が、貴女がいけないのです! ドーナツを頼まないから!」
涙ながらにナジャが……。は?
「私は貴女と共にいたかった。ですがここまでです! ドーナツ派閥筆頭ナジャがこの本は預かります。今月分を幼女から貰ったら帰ってきます。それまでさようなら〜」
自分の数十倍の重さを持つお菓子大全を軽々と持ち上げて、スタコラサッサと逃げ出す召使いに呆然としてしまう。
そしてその言葉に、ワナワナと身体を震わす。
「ナジャが乱心したわ! 皆のもの、ナジャを捕まえなさい!」
ケーキを頼むのだ。ショートケーキだけでも数え切れない種類がある。ケーキ一択であるのだ。
後にこれはケーキ、ドーナツ、プリンの三国時代と呼ばれることになり、それぞれのお菓子の派閥が作られて、お互いが切磋琢磨して、メニューを頼める権利を争う天下お菓子大会を毎月開くようになるのだが。
「待ちなさい! 私に敵うと思っているんですか! アクセル!」
超加速をして追いかけるティターニアには想像もできなかった。
天下お菓子大会により、益々妖精たちが強くなるなんて。