66話 妖精国にて観光する黒幕幼女
妖精女王ティターニアとの話し合いは無事に終わり、アイはてこてこと花園を散策していた。
「魔物はいないで、妖精たちが住む世界でつか。理想郷でつね、食べ物はたくさんあって、仕事をする必要がない……。不思議なことにそうなると、妖精でも仕事を作り出すから面白いものでつ」
「遊んでばっかなんて、すぐに飽きるんだぜ。あたしはゴメンだな。常に人間は全賭けで生きていくんだぜ!」
全賭けして妖精になってしまったマコトの言葉は凄い重みがあった。まったく懲りてないらしい。
「マコトの言いたいことは理解できますが、それでもこの国を出るという選択肢はなかなか取りにくいものなのですよ。ここら辺でどうでしょう? 岩山があり、周りには花園。最高の立地条件だと思いますが」
アイはセフィの言葉にコクリと頷く。岩肌が突き出ている岩山が花園の中にあった。ここを巣にすれば良いだろう。
ちっこいおててを掲げて、幼女はキリリと決め顔になる。ランカがカメラ小娘になって、地面に寝そべり、ウヘヘと激写してくるけど、誰の影響?
「サモン、マウンテンビーリョウサン300!」
その言葉と共に、空中に魔法陣が描かれて、普通よりもこぶりな50センチ程度の蜂たちが羽音をうるさくして大量に現れた。
「ほー。これがアイの召喚術ですか。これ程大量の蜂を召喚して、なおかつ魔力消費に伴う時間制限がないとは凄いですね」
感心するセフィに、そうでしょうそうでしょうと胸をそらす幼女である。鼻高々で調子に乗って、くるくる回転もしちゃう。
そしてピタリと回転を止めて、ちっこい指を掲げて、マウンテンビーへと指示を出す。
「蜂の巣を作り、蜂蜜を集めなさい! マウンテンビー!」
マウンテンビーはその言葉に頷いて、花園へと散らばっていき、命令通りの行動をとり始める。
ブンブンと羽音をたてて空を飛ぶその姿は通常ならば警戒しないといけない敵だが、クリエイトされたマウンテンビーなので問題はない。蜂蜜を手に入れるために使う場所を慎重に探していたのだが、ここなら問題はたぶんない。
常に咲き誇る花園。通常の大きさのマウンテンビーだと普通の大きさの花から蜜を採取するのは難しいが、サイズを小さくしたので大丈夫のはず。たぶん、恐らく、メイビー。気になることが一つあるけど。
「これで蜂蜜も交易品の一つにできるでしょー」
「そうでやすね。これは交易の目玉になりやすぜ。さすがは親分」
「安全に蜂蜜が手に入るもんね。アイたん凄ーい!」
ガイとランカの褒め言葉にますます胸をそらして高笑いをする幼女。得意げになりすぎて、コロンと胸を張りすぎて後ろに転がる愛らしさも見せちゃう。
「ここは魔物はいないけど、大丈夫なのか、社長? 後ろを見て見るんだぜ」
不穏な言葉をマコトが吐いて、そっと指をアイの後ろに向ける。うん、わかってる、わかってるよ。当然だよな。
「見て、蜂蜜を作れるんだって」
「一口ぐらい食べても良いわよね?」
「私たちの一口なんてたいしたことないもんね」
「毎日食べにこよー」
花の影に隠れたつもりの妖精たちがコソコソと話していた。妖精ではなくハイエナかな? このままだと、蜂蜜は集めたそばから食べられちゃうのは確実である。
「蜂蜜を食べたそーな妖精しゃんたち! 食べないで守ってくれれば、凄いあまーい果物をたくさんプレゼントしまつよ?」
対抗策は考えておいた。というか、そうしないと駄目だろうとは予想していました。
というわけで、もう一度。
「クリエイトピーチ、バナナ、柿!」
柿は英語でなんというかわからなかったおっさんである。格好をつけたいが決まらないのは実におっさんらしいが、力は正確に働いた。しかもすべて最高級の糖度の高い種類だ。
花園の周りに大量の桃の木、バナナの木、柿の木が現れる。もちろん実も美味しそうに生っていた。木の状態でも食糧倉庫に入れられることに気づいて入れておいたのだ。
用心深いというか、常に交渉材料として様々な植物を育てていた黒幕幼女である。コレクター気質もあるので、色々集めちゃうのだ。
「これは3日に1度、実が生って、3ヶ月保ちまつ。この果物を妖精しゃんたちにプレゼントしまつ! 3ヶ月後にはまた木を植えにきまつよ」
100本ずつの木にビッシリと生っている果物。これなら妖精国のちびっ子たちは余裕で食べれる量だ。ちなみに某牧場ゲーム的な樹なので、20日間育てると一季節間果物が採れる仕様です。
「うわー! この桃っていうの柔らかいよ! 美味しー」
「バナナというのも舌触りも良くて甘いよ!」
「シャリってして、柿も初めて食べる味!」
あっという間に蝗害のように果物へと群がる妖精たち。ビジュアル的に恐怖を覚えるからやめてほしいんですけど。
「皆しゃん。蜂蜜は食べないでくれまつか?」
コテンと可愛らしく首を傾げる幼女へと、妖精たちはは〜いと元気よく返事をくれるのでひと安心するのであった。ぽそりとたまにしか食べないと言う言葉も聞こえてきたけど……。
「たぶん三割は食べられるんだぜ」
「……仕方ないでつ。果樹園だけでは飽きるでしょーし。良い子な妖精さんたちには美味しーお菓子を今度来たときにお土産にするつもりでつが……。あ、これはあたちが作ったお菓子の一部なので、置いていきまつね」
マコトの言葉は当然であるが、妖精たちの理性的な行動を俺は求めたいのだ。なので、妖精たちを信じるぜ。テーブルを出して、ショートケーキのホール数個とドーナツ数十個、バケツプリンを何個か信頼の証に置いていきます。
ちなみに生クリームとかは豆乳で代用しているが、味も舌触りも本物のミルクっぽいんだよなぁ。しかも上質のミルク。女神様の優しさを感じちゃうぜ。
なになに? お菓子? お菓子ってあんまり美味しくないんじゃない? と好奇心旺盛の妖精たちがそろそろと近づいてくる中で、セフィが呆れた表情で俺を見てきた? ん? なにか言いたいことある?
「……今のお菓子と言う物は私にも後でくたさいね? 欠片も妖精を信じていない幼女よ。当然だとは思いますが」
コホンと咳を一つして、気を取り直したのか、セフィは言葉を続ける。
「妖精の国マグ・メルの名前を貸すだけで、これほどの物を貰うのは平等ではありません。セフィロトの下に行きましょう」
「これから妖精の国が産出した物を求めて、外敵が来るかもしれないのですから、あたちの方が貰いすぎだと思うんでつが」
今回用意した物だけではない。砂糖やら何やらも産出したことにするつもりなのだ。わんさか妖精の国を目指す者たちが出てくるだろうし。
「望むところです。私たち妖精はこう見えて好戦的なんですよ? 退屈凌ぎにちょうど良いでしょう」
セフィは手のひらサイズの大きさでありながら、凄味を感じさせ……。ちっこいので、そんな感じはしなかったけど、ニヤリと笑うのであった。頭をナデナデしておきます。ナデナデ。うむ、俺よりちっこい相手だとなんとなく嬉しいな。
「私の威圧を尽く受け流すのは、貴女たちぐらいです。どうやら月光は精神耐性を持つ人間たちなのですね」
苦笑いに変えて、頭を撫でられるセフィが呟くが、小さな呟きなので誰も気づかなかった。
生命の樹セフィロト。地球での伝説ではあらゆる生命の源という話だったが、この世界では常に周囲を豊穣の地へと変えて、連作障害無効、豊作、人間たちは見つけた途端に手に入れようと争って、最終的に生命の樹を燃やすという存在らしい。
なんというか、人間の業だねと、その話を聞いて幼女は苦笑を禁じ得なかった。ゲームでは戦争に勝てば重要な地は無傷で手に入るが、現実ではそうはいかないだろう。
なので、強力な魔物が徘徊する森林ぐらいにしかないらしい。人間の国だとどうしても他国が燃やしに来るとか。圧倒的力を持つ国ならば持っていそうだけど。南部にある精霊国は下位の黄金樹を持っていると聞いたし。
そんな生命の樹セフィロトの下へと辿り着いた一行は、ざわめく木の葉から射し込む陽光を受けながら、その威容に感心していた。
「こういうの見ると、ようやく異世界に来たって自覚できまつね」
「死の都市やら、巨人の谷やら、良い場所とは言えなかったもんな」
「あっしはここもあんまり良い場所とは……こら、お前ら! 今度は生命の樹の天辺に連れて行こうとしないでくれ〜。たーすーけーてー」
マコトの言葉に納得しつつ、ガイが妖精たちに運ばれて行く姿を見送る。せっかく城の天辺から戻ってきたのに、今度は生命の樹の天辺に運ばれて行く。これで戻ってきたら、次は山脈の頂上に運ばれそう。
「綺麗だけど、ピカピカともう光らないんだ。オフオン機能って、どこにでもあるんだね」
「光っていたら居住できませんからね。生命の精霊が通常はオフにしているんです」
その巨大な樹を下から眺めているランカにセフィが答える。生命の精霊優しいな。
「ウィースッ。人間なんて珍しい。もうしばらくはオンにはしないから。あの女王めんどくせー」
なんだか不良っぽい、頭ボサボサの半透明の少女が半裸で現れたが、たぶん幻覚だ。生命の樹を守るためのトラップだろう。尻をポリポリかいているおっさんくささを見せている美少女だから、見た人に精神ダメージを与えるトラップだと思われる。そしてオンにしていたのは女王のせいだったのね。
「セフィロトはあらゆる生命の源。即ち混沌を司り、そのために怠惰になって」
「セフィ、スキップで。その話は長くなりそうだからスキップで。で、生命の実は?」
あたしに興味を持たないとは良い共人だなと、セフィロトはフヨフヨと笑顔で帰っていった。うん、ごめんね、セフィロト。
「なにかイベントクエストが始まると思って、スルーしたね、アイたん?」
「あたちは自分の進めているストーリーを一先ず区切りの良いところまで進めてから、サブイベントを進めるタイプなんでつ。一つに集中した方が効率良いでつし」
「サブイベントを進めないと、レベルが足りなくなるじゃん。その分良い装備とか先に手に入るし、難しいところだけど」
う〜んと、ランカは狐耳をピコピコと動かして迷うが、そのバランスは間違えないようにしておくよ。
二人してゲーム脳な考え方をするのであった。
「あれが生命の実です。あの実を齧れば欠損もあらゆる状態異常も呪いすらも治します。一年に一度、一つしか生らないのですよ」
「なんか大量に生ってまつが?」
「採らなければ腐ることなくそのまま樹に生っているのです。なので、マグ・メルではいざという時のためにとってあります」
鈴なりに巨大な樹に生っている林檎のような実。黄金の実である。美しいその実は生命の樹に大量になっていたので、ウンウンと頷く。
「不味いんでつね」
「いざという時に備えて」
「凄い不味いんでつね」
「金塊を齧る感じですね。しかも味は混沌とした苦味やら臭みやら……。食べられないです」
美味しければ妖精たちは放っておかない。それが残っている時点で推して知るべし。
「やっぱりハードな異世界でつ」
「そうだな。なんというか幻想がどんどん崩れていくよな」
マコトと二人で嘆息をしちゃう。なんで味も混沌な訳? いや、そうなる意味はわかるけど。
「気軽に食べれない分、仙豆よりマシでつね。とりあえず一個予約しておきまつ」
他にも魔力により威力が上がる希少なミスリルツリーやらアイアンツリー。強力な杖の素材になる妖精樹も見せて貰ったが、加工技術がなかったので無意味でした。
どうやら妖精の国への入国もレベルが足りなかったんだなぁと、黒幕幼女は嘆くのであった。