63話 妖精王女対最強妖精
森林は静寂に包まれていた。妖精の国マグ・メルの第一王女にして、強大な力を持つセフィと、突如として現れた月光を名乗る組織の最強妖精と宣うマコトとの戦いを前に。
「えいっ、ライトニング」
「モンキー」
たまに魔物が顔を出してきたが、他の妖精の放つ魔法であっさりと黒焦げになっていた。
「みたか今の? 瞬間発動だ……。妖精おっかねー」
ガイが瞬時に雷を放った妖精を見て、あわわわわと身体を震わす。たしかに瞬間発動が妖精にとって当たり前なら驚愕の戦闘力を持つ。皆が妖精を怖がるわけだ。
そしてガイは震えて恐れる役柄がぴったりあっていた。さすがは小悪党勇者ガイ。
うちの妖精と違って、普通の妖精はかなりの強さを誇るらしい。うちの妖精と違ってね。
「うぉぉぉ〜、ゴゴゴゴゴ」
マコトが身体を屈めて、力を溜める。どこの野菜人なんでしょうか、擬音まで口にしています。自分が傷つかないとわかっているので余裕綽々の態度だ、自称元女優の演技っぷりに涙がでちゃうわ。
もちろん空気も震えないし、身体をオーラが覆ったりもしない。静寂の中で、ギャッギャッと鳥の声がどこからか聞こえてくるだけである。
だがセフィにとってはそうではなかったらしい、
「むむっ! なんという魔力! クッ、魔力が急速に増大しているのがわかる! ハァァ〜」
セフィはマコトを見て、嬉しそうな表情になり、自身も真似をして身体を屈めて力を溜める素振りを見せる。もちろん、オーラもなければ、空気も震えない。
「あれあれ? あっしの目が曇りましたかね? 嫌な予感がしますぜ」
「強大な力を持つ者が嵌まる罠にあの妖精王女はいる感じがしまつ」
珍しくガイと意見が合う。ほら、漫画とかだとたまに強大な力を持て余して斜め上にいっちゃう人がいるじゃん?
「まずは小手調べといきましょう。ウインドアロー」
力を溜め終えたのか、セフィの手がマコトに向けられて、風の矢が物理的力を備えて放たれる。ちからが強いために暴風となった矢は正確にマコトへと命中するが、蒼い障壁が生まれ風の矢を吹き散らす。マコトの身体には傷一つなく、銀髪が僅かにたなびくのみ。
「おぉ〜! あの娘すご〜い! セフィの風の矢でだいたいは吹き飛ぶし、防いでもふらついて普通は動けないのに!」
いつの間にか俺の側に集まっていた妖精たちが歓声をあげる。
「すごいすごい」
「セフィとの遊びについていけそうな娘だよ」
「これで騎士団ごっこにつきあわされないかなぁ?」
キャッキャッと妖精たちがあげる声に、ジト目となってしまう。なんとなくオチがわかったぜ。わかりたくなかったけど、わかっちゃったよ。
アイは表情を消して、決闘を眺める。せっかくマコトが勝てるように仕組んだのに意味がなかったかも。
「平均ステータス120、ちからが高くて、すばやさがとてもとても高い、か。その程度じゃオラには敵わねぇ」
いつの間にか、自分をオラ呼びするアホ妖精。その言葉を聞いて、ワクワクと顔を輝かす妖精王女。
「ステータス? 意味はわかりませんが、なんという私の心に響く言葉……。それでは貴女はどれくらいなんですか?」
「オラのちからは倍増できるんだぜ。マコト拳5倍! ゴゴゴゴゴ、ちからが180にはなっていく!」
カエルでも探してやればよいのかな? もういいや、妖精たちと戯れようっと。
「ねーねー、アイたん、おはぎ一個貰うね」
五個程出したおはぎを一個とって頬張るランカ。決闘の条件が……。まぁ、いっか、セフィは関係なく楽しそうだし。
「黒いのに美味しいの?」
「わわっ! これすごい甘いよ!」
「ホントだー! 果物より全然甘いよ、これ!」
「頂きまーす」
好奇心旺盛な妖精らしく、恐る恐るおはぎに齧り付いてその甘さに驚いた。わぁっ、とイナゴのようにおはぎに群がってくる。やっぱり妖精は甘い物好きらしい。しかし、おはぎに多数の妖精が群がると少し気持ち悪いかな。
そんなことをアイが思いつつも決闘は続く。
「私もステータス? というのを上げられるぞ。マイティボディ、ヘイスト、クイック!」
次々と強化魔法を唱える妖精王女。煌めく虹の光がセフィを覆う。
「説明しよう、マイティボディは全ステータス50%アップに強力な物理、魔法防御を備える。ヘイストはすばやさ2倍、クイックは術者の任意の時間、3秒間だけすばやさ10倍だぜ。全部超レア魔法だな!」
説明は絶対にするレディなマコトか振り向いてきて、魔法の効果を教えてくれるがマジか。
「ええっ! ちょっとアイたん、あの妖精シャレにならないよ?」
「あの装備を入れると、とんでもないステータスになっていそうな予感がしまつ……」
ランカと二人でそのちからに驚いてしまう。魔法凄すぎない?
「私のステータスは……530ぐらいには上がったかな? ククク、小手調べといこう!」
含み笑いをしつつ、ちょっと不安そうな表情でセフィが翅を広げると同時にその姿が消えた。
いや、消えたように見えたのだ、あまりにも速すぎて。一瞬のうちにマコトの懐に入り、軽そうなヘロヘロパンチをお腹へと打ち出す。
もちろんマコトはまったくセフィの動きが見えていなかったが、自動障壁は完璧に発動した。壁が空から生み出されて、セフィのパンチをあっさりと防ぐ。
「むぅ、手加減しすぎたか?」
その様子に戸惑いながら、またセフィは姿を消す。
「ぶげらっ」
次の瞬間、面白そうな悲鳴をあげて、ガイが吹き飛んだ。ゴロゴロと転がり気絶をしたのか目を回している。その側にはセフィが浮いていた。
「私の力はいつも通りだ……。とすると……本当に貴様は強いのだな! クイック!」
どうやらデバフでも受けて弱くなったのかと、山賊で試したらしいセフィは喜色を表して、再び消える。
「サンダーストーム!」
次の一撃はマコトの後ろから放たれた。雷の嵐がマコトを覆い、その熱量にて焼き尽くそうとするがまったくマコトを傷つけることはできない。
マコトは手を水平に振る。その瞬間に雷の嵐が掻き消える。
「フッ、む、無駄なことだぜ。あたし、じゃなくてオラには通じない。通じないけども、少し怖かったからやめてくれると嬉しいぜ」
雷の嵐が消えたのはもちろんマコトのちからではない。魔法の持続時間を測って消える瞬間にいかにもマコトが消したように見せただけだ。あと、効かないとわかったら、中位魔法を放つとは、その容赦のなさにコイツ友だちいないだろとも、口元を引き攣らせつつ思っていた。
「アハハハ! 遂に私のライバルに出会えたぞ! この数年間、友だちから何度セフィはやりすぎるから、もう遊ばないと言われたり、死ぬかもしれないから嫌だと言われてきたか! 遂に私のライバルが! ライバルが現れたのだ」
上機嫌のセフィである。心底嬉しそうに笑いながら、悲しい過去を披露してきた。ちょっと涙が出ちゃうな。
「ググ……ここで怯んだら女優魂が泣くぜ! 良いぜ、オラのライバルとして認めよう、妖精王女セフィ!」
「やった! 固有スキルも使って良いか? 物凄い威力で一回グリフォンに放ったことがあるだけなんだが?」
「グリフォンはどうなったんだぜ?」
「綺麗に森林ごと真っ二つに」
「却下。必殺技は滅多に見せちゃいけないんだぜ。それにそろそろあたしの攻撃の番なんだぜ」
冷や汗をかいてマコトは日和った。いかに最強の防壁を持っていても、怖いものは怖い。なので、ババッと手を掲げてポーズを取る。
「あたしの技を見せるんだぜ! ちなみにライバルと書いて友になりたかったら、この技を受けたらやられなくちゃいけないからな。奥義だから、奥義、わかる? 奥義なのに破れたら悲しいだろ?」
「むむっ、わかる、とってもわかる。私も固有スキルを破られたら泣いちゃうかもしれませんから」
コクコクと頷くセフィと、詐欺なアホ妖精。てやぁっ、とマコトは妖精王女へと掴みかかり、その身体を宙で水平にする。
「これぞ、あたしの一族の三大奥義が一つ。マッスルマコトインフェルノ! 敵をサーフボードに見立てて、壁へと激突させる技なんだぜ!」
「サーフボードとはなんですか?」
あ、それはね、とこしょこしょセフィの耳元にマコトが囁く。言葉だけではわからなかったみたいで、地面にお絵かきをして説明していた。グダグダすぎるが、セフィは熱心に聞いていた。
そうして宙へと浮いて、セフィの背中にマコトは乗って叫ぶ。
「マッスルマコトインフェルノ!」
「あ〜、一番しょぼい奥義でやすね」
「あれ、空飛ぶ敵には意味ないんだよ」
「あれだけ奥義の中でもしょぼいよね」
外野が好き放題に宣うが、マコトは両手で耳を抑えて、マコト族絶対防御技、妖精の壁の構えをしながら、フヨフヨとカタツムリのような遅さでセフィと一緒に木まで飛んでいく。たぶん、他の奥義は動きが複雑すぎて使えないから、一番簡単な奥義にしたことは間違いない。
「てやあっ!」
「うわあっ、やられた!」
木の幹にコツンとあたったセフィは、まったく痛そうに見えなかったが、フラフラポテンと地面に落ちて、マコトは天へと拳を掲げる。
「5分26秒、決め技マッスルマコトインフェルノでマコトのKO勝ち〜、カンカンカンカン」
ノリノリで叫ぶアホ妖精と、うぅ、やられた〜と嬉しそうに言う厨二病妖精がここにいた。
「さよけ」
幼女はその光景をジト目で見ていたが、仕方ないことだろう。なんにせよ、勝ったのだからどうでも良い。
戦い終わって、皆仲良くおやつタイムとなり、おはぎをパクつく…こんなこともあろうかと、たくさん作ったんだよと、幼女が次々と出していき、妖精たちは歓声をあげて齧り付く。
「それじゃ、妖精騎士団はセフィのごっこ遊びなんでつか?」
「見も蓋もないことを言いますね幼女よ。装備はミスリルツリーから採取したものですし、皆はマグ・メルでも力の高い者たちです。これまで数多の魔物を駆逐してきたんですよ」
粒あんを齧りながらのセフィの言葉に納得する。アホっぽいがこの妖精たちは実力者らしい。セフィの手加減した攻撃を痛いというだけですませるのだから、そのステータスは凄い高いに違いない。
「でもマグ・メルには迷いの森の呪いとミスリルやアイアンツリーを使ったウッドゴーレムもたくさん配備されているから、本当は必要ないんだけどね」
横から他の妖精が口を挟むが、戦いを忘れたら危険だとセフィが反論する。たしかに平和なれしたら、この世界では危険だ。テンプレだが、呪いの森やゴーレムを無効化できる魔法とか魔道具を作った敵が現れるかもしれないし。
「あたちたちが勝利したので、女王には取り次いでもらえまつよね?」
「良いでしょう。これ程甘い物を作り出せる幼女よ。見たこともないこれらの品々。きっと女王は興味を抱くでしょうから」
真面目な表情で返答してくるセフィだが、先程の姿を思い出すとなんとも……。がっかり王女だからなぁ。
「妖精族……少し甘くみてまちたが、恐ろしい娘たちでつね」
「色々な意味でそうでやすね」
アイとガイはなぜ妖精が無邪気なのかを悟って呟く。圧倒的な力を持っているからこそなんだろう。英雄に連れ添うだけはある。
「なんか魔法を教えてくれないかなぁ」
ランカの言葉に、ゲームキャラはドロップ以外で強くなれるのかしらんと考えながら、黒幕幼女たちは妖精の国へと入り込むのであった。