60話 決闘をする黒幕幼女
広場には大勢の人々が突如として始まったわけのわからない決闘を固唾をのんで見に来ていた。正直、展開が早すぎて、ルノス自身も混乱していた。なんで我は決闘することになったんだっけと。
対するは明らかに強力な杖を持つ狐人だ。くるくると杖を回転させて余裕を見せていた。
決闘代理ということで、見るからに魔法使いの少女が対峙している。決闘を持ちかけてきた幼女の姿はなぜか見えない。決闘することになったケインも意味不明だと表情が語っていた。周りの人々のケインを見つめる視線も、なにがあったの?と 疑問の視線だ。
ケインを隣の小悪党っぽい男が肩を叩いて慰めていた。
「親分は面倒くさい意味のないイベントはスキップする癖があるんでさ……。諦めろケイン」
「なんかこう……弾劾をしたり、秘密裏にかつての仲間を頼って潜入して、決死の覚悟で戦うと思ってたんですが……」
「英雄譚にならないニャね」
話している内容は、相手側も戸惑っているということだけだ。ならば仕方ない……。
「後悔するぞ、狐人! 獅子王たる我と戦うことを決めて!」
「……テンプレだなぁ。子猫では僕には敵わないよ。なぜならば僕は陽光傭兵団団長にして、月光の魔法使いランカだからね」
なぜか雰囲気の変わった少女へと眉を顰めて睨む。……なにか、先程と違う感じがする。力の質が変わったような……。
傭兵を率いていた頃の命の危険を伝える直感が、相手と戦ってはいけないと騒音をうるさく奏でる。
だが、ひくわけには行かない。……意味がよくわからない展開だが。
「では始めるぞ、魔法使い! 魔法使いが絶対だとは思わないことだな!」
腰につけていた袋からいくつかの指輪を取り出して、指に嵌める。傭兵をしていた頃に集めたマジックアイテムの数々。
「起動! レジストマジック、ディフェンスマジック! エネルギーボディ」
次々と魔法の指輪の力を起動させる。ルノスの身体が輝き魔力が力となり宿る。
「卑怯というなよ、決闘では当たり前だからな」
両手斧を手に持ち身構えて、ランカという少女へと言うと、少女は肩をすくめて口元を歪めるのみ。
「魔法使いに対して、速攻をかけてこない時点で君は負けているよ。残念ながらね」
杖を構えて狐人の少女も対峙するのであった。
ランカの身体に乗り移ったアイはレバーを握りながら、う〜んと悩んでいた。
「説明するぜ! レジストマジックは魔法抵抗力アップ、ディフェンスマジックは魔法攻撃軽減、エネルギーボディは珍しい魔法だな。魔力の半分をヒットポイントに変える魔法だな! あいつ、歴戦の傭兵だけあって魔道具をたくさん持ってるみたいだぜ」
マコトがご機嫌でくるくると宙を飛ぶ。説明ができて楽しそうだね。
「ルノスのステータスは? 戦闘態勢になったよね?」
「相手のステータスは平均65! ちからが高く、少しすばやさが高いんだぜ! ヒットポイントは400だな」
「とすると、エネルギーボディでヒットポイントは500を超えてまつね! それなら大丈夫と信じまつ!」
ルノスのちからを信じるぜ。レバーを強く握って意識をランカに移す。
「ランカにサイバーダーイブ!」
「ノリノリなんだぜ」
幼女はマコトのツッコミをスルーして、ランカへと意思を移す。それと同時にルノスが地を蹴り一気に間合いを詰めようとしてくるので杖を向ける。
「ゆくぞっ!」
「サンダーブレード」
ポソリと呟くと膨大な魔力が杖に集中し、凶悪な力を解き放つ。ルノスが次の一歩を踏み込んだ時である。天空から雷の剣が墜ちてきて、ルノスの巨体に突き刺さり、眩い光を放つ。周囲も焼け焦げて、煙がその身体から立ち昇る。
「グァァァ!」
悲鳴をあげて、ポテンとルノスが倒れる。
「死んじゃった? もしかして死んじゃった?」
ちょっとヤバイなと、魔法使いアイはルノスを眺めるが、よろけながらルノスが立ち上がるのを見て安心して息を吐く。
「魔法って手加減ができないから危険だよね〜。良かった、生きてて」
「ま、魔法が抵抗なく? いや、あまりの魔力の強大さに意味をなさなかったのか! しかし負けるわけにはいかぬ! 特技 獅子の血!」
ルノスは己の最高の固有スキルを発動させる。巨体が集中された魔力により輝き始めて身体を毛皮が覆い、真の獅子王へと姿を変えていく。これこそ百戦百勝のルノスの切り札。この技で将軍すらも倒したことのある奥義である。
「説明しよう! 獅子の血はステータス全体を20もあげる特技なんだぜ! あいつの自信の源だな」
「へー、サンダーブレード」
魔法使いアイは相手が特技を使っている間に魔法を唱えておきました。
再び雷の剣が墜ちてきて、グギャアと悲鳴をあげて、ルノスはポテンと倒れてしまうのであった。
「魔法使いって、残酷なんだニャ」
気絶してしまったルノスを見て、ポツリとミアが呟くのであった。
「しょ、勝利、月光の魔法使いランカ!」
おぉ〜、となんとなく釈然としない群衆がパチパチと拍手する中で魔法使いアイの勝利で終わり
「高レベルの魔法使いに決して戦士は勝てないのだ〜」
くるくると杖を回転させて、ランカは決めポーズをとり、馬車へと帰り、入れ替わりに幼女が焦った表情で飛び出してくる。まだ死んでないよねと。
戦いは終わり、ルノスへと幼女は手を掲げる。
「ピコピコピコ、ハイヒール。ピコピコピコ、ハイヒール」
淡い光が焼け焦げたルノスの身体を覆い、焦げた毛皮を元に戻していく。元に戻った毛皮は消えていき、元の人間の肌へと戻っていく。いつ見ても不思議な光景だ。ふぁんたじーという感じ。
詠唱はもう適当すぎるので、なんらかの補正が入っているのかもしれない。幼女補正とか。
溶けた鋼の胸当ても、ガイが槌を使って剥がしていく。幼女も心配なのでルノスをペタペタと触る。
「大丈夫かな? 指は大丈夫でつか? 指輪も溶けているかも! あたちがとってあげまつ!」
傷一つない指輪をウンセウンセと奪おうとするシーフアイ。目がドルマークになって、お宝回収団と化している。幼女だから、指輪を貰っても許されるよね?
常に幼女の地位を悪用するおっさんがここにいた。ドロップドロップと呟いてもいる。殺さなかったので、ドロップが何もなかったのだ。殺してもドロップがなかったなんてあるわけない。
「こ、ここは? 我は負けたのか」
目を開けて、指輪を取ろうとする幼女のおててを防ぎながら、ルノスが起き上がる。チッ、と幼女が舌打ちするが気のせいにしておこう。
「僕の魔法であっさりと負けたね。驚く程あっさりと」
ランカが飄々とトドメの言葉を刺す。
「うぐ……ベイス、本当か?」
ルノスは悪夢だったのではと、希望を持って副官に声をかけるが、力なく首を横に振るので、嘆息する。負けたと実感できたのだろう。あぐらをかいてこちらを睨んできた。
「……意味がわからない決闘であったが、負けは負けだ。だがケインを王にするのか? 我との戦いで敗れた男を? それともその狐人か? アイとか言ったな。まさか貴様が王になるか?」
「傭兵を率いて、ビンボーなこの里に戻ってきたルノスさん。ビンボーな里をなんとかしようと考えて戻ってきたんでつよね? 戻ってこなければ、贅沢な生活を少なくとも貴方はできたはずなのに?」
アイが優しい微笑みで問う。内心テンプレだよねとか思っているのは内緒だ。
「そのとおりだ。我はこの里をなんとかしたい! 多くの人は食うことができずに外へと出稼ぎに行き、金もなく身よりもないので、一般人なら奴隷にされてたり、スラム街で死んでいき、戦士階級は傭兵となりやはり死んでいく。悲惨な里をなんとかしたいのだ!」
地面を拳で叩いて悔しそうにするルノス。立派な考えだ、素晴らしい。見るからに脳筋ぽいし、里の復興=他の街への侵攻となったのだろう。まぁ、手早い解決方法だけど、絶対にもっと悲惨なことになるよ。
「王は貴方で良いでつ。ただし、月光の配下として。あたちはここらへん一帯の支部長なので、あたちの配下となりまつ。報酬は取り敢えず食料。通貨があっても今は意味ないでつからね」
「……食料が貰えるのであれば文句はない。里の者をひどい扱いをするつもりなら、最後まで抵抗するがな」
「僕の魔法でやられちゃうけどね」
ウグッと、言葉に詰まるルノス。たしかにランカは強すぎたけど、魔法使いだから仕方ないと思う。
「まぁ、月光の力をごろうじろ。穀物倉庫はどこでつか?」
「ん? あぁ、ほとんど空っぽだがな」
「大丈夫でつ。それじゃあ見せてくださいね」
おとなしくなったルノスに案内されて、てこてこと一行はついていく。
しばらくして、がっちりと石で作られた穀物倉庫に到着する。どうやら過去の遺物でこの里に似合わないかなりの大きさだ。耐久力を上げる魔法がかかっているそうな。
あたちは鶴ですので、中に入ったら駄目でつよ、覗きも禁止と言い残し幼女だけが穀物倉庫に入って数十分後。
「こ、これは? なんだこれは!」
「どうやってこれらを?」
ルノスとベイスが驚きで目を見張り倉庫内を眺めていた。
米俵が積まれており、様々な野菜が山となっていた。額にかいた汗をちっこいおててで拭き取ってアイは二人へと声をかける。
「これだけあれば半年は持つでしょー。反論は受け付けまつ。月光の配下になる契約金でつね、この場合契約食料でつか」
テヘへと笑う幼女を二人は驚愕の表情で見つめる。狐人の魔法はたしかに強大であり、見たこともないレベルであったが、食料をこれだけ出せるこの幼女の方が凄い。
「ど、どうやってこれだけの食料を?」
尋ねるルノスへと幼女は微笑みで返す。
「そんなことより、米の食べ方を教えまつ。鍋はありまつよね?」
スラム街は鍋がなかったので、疑っちゃう。が、ルノスたちは鍋はあると答えてきたので安心して米の炊き方を教えるのであった。
「あ〜、なんか凄い早さで戦争が回避されたニャ。意味がわからないニャ」
その夜、篝火をたてて人々がお腹いっぱいにご飯を食べている中で、ミアは首を傾げて不思議そうに呟く。
「安心しな、ミア。俺もまったく意味がわからん」
ケインがおにぎりを片手に隣に座る。周りではワイワイと初めてかもしれない量の食べ物に、競うように食べている。
「この食べ物も王都にいた時は見たことがないな。コメだったか?」
おにぎりを頬張りながらケインも不思議に思う。怒涛の展開だったからだ。
「それはでつね、ケインには悪いんでつが、あんまりこの里の支配に時間をかけたくなかったんでつ」
てこてこと幼女が歩いてきておにぎりをぱくつく。ちっこいおててを使いむしゃむしゃ食べるその姿は普通の幼女にしか見えない。
「ここをアンダーカバーにしまつ。妖精の国というのが予想通りの場所なら良いんでつが……」
「イベントスキップってやつだぜ」
マコトが姿を現して口を挟み、ミアは妖精だと驚く。
「普通にやると、きっとお使いクエストやら、戦争パートがあると思いまちた。だから、これでいいんでつ」
黒幕幼女はフフフと笑って、獣人の里をあっさりと支配してしまうのであった。