59話 センジンの里へと入る黒幕幼女
ボロっちい屋敷だと獅子の鬣を生やすルノスはつまらなそうに思う。節穴だらけだし、先程の豪雨で雨漏りが酷い。これが都市国家センジンの国王が住む宮殿なのだと干し草のベットに寝っ転がりながら苦笑する。
雨が降り止み、ようやく外へと出られると、足音荒く寝室のドアを開ける。数人の召使いが頭を下げてくるのを、鷹揚に手をあげて返して、外へと向かう。
外への扉を開けて外に出ると、眩しい程の陽射しに目を細める。屋敷は小高い丘の上に建っており、里全体を一望できた。
石壁に囲まれた里。昔に妖精国を攻めるために大規模な拠点として作られた場所だ。はるばる遠くから石を持ってきて壁を作り上げて、当時、最低限の自活ができるように猫の額ほどの大きさの畑が作成された。
王国が妖精国にこてんぱんにやられて、捨てられた拠点に殿として戦士の一族であった獅子人のセンジンたちが残されたのが、この里の始まり。
タイタン王国はその後、妖精国に受けた痛手を回復しようと無理な増税をして、圧政に苦しんだ人々の反乱により南部地域を失った。その時点でこんな拠点など捨てれば良かったのに、なぜかそのままセンジンたちは住み着いてしまったのだ。
自分が王になれる魅力を感じたのか、タイタン王国の命令を最後まで聞き届けたからかはわからないが、何にせよ貧乏な里が生まれてしまったのだ。
外には魔物がいて開拓など望めないし、猫の額ほどの広さの畑ではまったく食料が足りない。里の者が傭兵として出稼ぎに行き、そのほとんどは帰ってこない。
「呆れる程最悪な里だな」
思わず声がついて出ると
「それも貴方が王になったことで変わります」
後ろから声がかけられて振り向くと、狼人の副官ベイスが立っていた。古ぼけてはいるが手入れのされている鉄の胸当てを着込み、真面目な表情をしている。
長年、傭兵団を率いてきた中で生き残ってきた強者だ。忠誠心が高く、隣の都市国家を攻め落とすことに賛成してくれた。
「隣の都市国家とはいうが、3日は離れている……。あちらは平原を持ち、狩りも上々だ。こちらのような貧乏な名前だけの都市国家とは違う。……我らの新たな道が隣の都市国家を制圧することで!」
「はっ! 既に兵士は訓練に入っております。元々戦士階級は鍛えておりますので、あと半年間もあれば準備ができるかと」
「うむ、さらなる力を……なんだ、あれは?」
転がるように、犬人がやってくる。息を切らして、丘へと登ってきたのだが、なにがあったのだろうか?
犬人は息を整えると、ピシリと背筋を伸ばす。
「ルノス王! ぎょ、行商人がやってきました! しかも馬車5台も!」
「馬車5台? そんなにたくさんの馬車がこの里に? 通貨など持っていない者たちも多いこの貧乏な里にかっ!」
思わず声を荒げてルノスが尋ねると、犬人は尻尾を丸めて身体を震わす。ルノスの気迫に気圧されて震える犬人を尻目に、里の門へと目を向けると
「うむ……たしかに馬車が来ているな。なんだあれは?」
「おかしいですな。ここに来るメリットはまったくないはず……。魔物が多く徘徊する道を通りここまで来てなんの利益が?」
ベイスも目を細めて同意する。おかしな話だと。
「まさか隣の都市国家が我らの目論見に気づいたのか? いや、奴らは我らのことなど眼中にないはず。所詮傭兵しか仕事がない里だと考えているのだからな。行ってみるぞ!」
「はっ!」
丘を駆け下りて、二人はなにが起こったのかと門へと行く。
そうして門へと辿り着き、ポカンと口を開けて唖然としてしまうのであった。なぜならば……。
門の前で幼女は張り切っていた。ワハハと笑い調子に乗っていた。もうビッグウェーブに乗るサーファーの如く。
馬車の前でフンフンと鼻息荒く、たすきをかけて。げっこうしぶちょうと書いてあるたすきだ。
「月光、月光の支部長アイでつ。センジンの皆様こんにちは。アイでつ、アーイでーつ。皆さんにご挨拶をしにきまちた」
なんだなんだと集まる人々へと笑顔で手を振る幼女である。予想外に行商人ではなく、幼女が出てきたので驚きで目をまんまるにしていた。
「なんだか、昔を思いだすぜ。誰かさんとそっくりだ」
肩に乗るマコトが呟くが誰なんだろう。幼女にはまったくわからない。今度誰なのか聞いてみようっと。
「今日はあたちのお願いを聞いて欲しくてきまちた! これはほんのご挨拶。どうぞ食べてくださいね」
パチリと両手を叩いて可愛らしい微笑みで合図を出す。その言葉に合わせて、ダツたちが次々と竹皮に包んだ物を次々と人々へと手渡す。
「なんだこりゃ?」
竹皮を開くと白い塊が現れるので戸惑う人々。なんだか変な匂いがするが、食べ物らしい。
「食べ物でつよ。食べてみてください。あ〜んと」
愛らしい幼女に微笑まれて、思わず手に取り口に入れてみると
「おぉ! なんじゃこりゃ、美味いぞ! 仄かに甘くて食べ甲斐がある」
三個のおにぎりを勢い込んで口に放り込む。いつもは小麦すらないので、黒パンすら口に入らない。狩りで手に入る肉や少しばかりの野菜で食い繋いでいるのだ。
それが腹に溜まる食べ物。しかもほんのり甘くて食べ甲斐がある。皆は我も我もと群がってくる。大勢の獣人が集まってくるが問題はない。
「はいはい、大量にありますので並んでください。どうぞどうぞ」
ニコニコ笑顔で受け取る人々。お腹が空いているのが丸わかりだ。
「お嬢さん、里を案内してもらえませんか? デートと言う訳ではありませんが」
ガイが犬人の女性に歯を光らせて、ナンパをしていた。小悪党にしか見えないのだが、自覚はない山賊である。
「ごめんなさい、私は既婚なんです」
勇者ガイ。常にチャンスを狙う勇気ある者。幼女の怒りを買うことを恐れずに戦い続けるのだ。頑張れ勇者ガイ。
「ガイは後でお仕置きでつね。さぁ、どんどん食べてください」
アイはキランとお仕置きの光を目に宿らせて、口元は微笑みに変えて。
「やめろっ! やめるんだ!」
ワイワイガヤガヤと人々へとおにぎりを手渡していく中で、鋭い威圧感が籠められた声がするので、見ると獅子の鬣をした大柄の男性が立っていた。大柄の体格は2メートル半。同じ人間なのかな? 異世界ふぁんたじーだぜ。
「なんでしょー? あたちのやることになにか?」
コテンと首を傾げて尋ねるアイ。その愛らしい姿にも癒やされる様子もなく、獅子人は怒鳴る。
「行商人と聞いたが何者だ? この地になにをしに来た!」
空気がビリビリと震えて、周りの人たちがその怒声に怯む。
なるほど、こいつが獅子王なのね。傷だらけの顔、鍛えられた筋肉、歴戦の勇士といった感じ。
ナイスな展開である。周囲を見渡すと戸惑う獣人たちに、ルノスの周りに集まった狼人や虎人。皆は薄汚れており、痩せている。スラム街の人たちよりマシかなぁ。
フンスと平坦な胸をはり、幼女はルノスを見つめる。
「貴方が獣王ルノスでつね。こんにちは、あたちは月光の支部長アイでつ。ケインのボスと言ったほうが良いでつかね?」
「ケイン? ケイン! 鉄拳のケインか! なんだ報復に来たのか?」
身構えるルノス。背中に背負った巨大な斧へと手を伸ばし、周囲の獣人たちも身構えるが、予想内だ。
ちっこいおててを振り上げて、ニヤリと笑いたくて、幼女なのでニコリと微笑んじゃう。
馬車の影からケインがミアを連れて出て来たので、さらに緊張が増すが気にしない。鉄拳のケイン……二つ名って良いな、俺もほしいとか思っていたりした。きっとおっさん幼女のアイとかが相応しいと思うがどうだろう。
「報復じゃないでつよ。この里のことを聞いて興味が湧いたんでつ。あたちの目的に相応しいとね」
「目的? 目的とはなんだ?」
ルノスの警戒心顕な言葉に、人差し指をたてて告げる。
「ここを月光の支部にしたいんでつ! 人里離れて攻めにくく守りやすい。あたちは宣言しまつ! 月光に皆さんを雇うと! その際にたっぷりの食べ物を保証しましょう!」
周りがその宣言に動揺を示す中で悪戯そうに笑う。
「隣の都市国家を攻めるより遥かに良い選択でつ。たとえ勝っても占有し続けることができる文官もおらず、被害だけがでかい絶望の未来よりもね」
「隣の都市国家を攻めることを……ミアッ! 喋ったのか!」
大音上で叫ぶルノスにミアは怯むが、それでも勇気を出して口を開く。
「だって負けるニャー。鉄の装備をしてるのは傭兵の数人、他は銅の装備が限界ニャ」
「それは我らの気合いで覆す! 我らの困窮した暮らしをなくすために!」
異世界根性論が出ちゃったよとアイは呆れる。第二次世界大戦の日本みたいな感じだ。そしてその未来も簡単に予測できちゃう。
「あー、アイたん、気合いで勝つってさ。もうほっといて良いんじゃない?」
呆れた声で馬車の中からランカが欠伸をしながら出てきて言う。それだと俺が困るんだよ。この里は俺が欲しいのた。
「ルノスと言いまちたね。前王を倒して王になったとか。なんか八百長の匂いがしますけど、前王は未来を求めてそうしたんでしょう。んじゃ、新たな未来を求めて決闘しましょ。こっちはケイン、決闘代理ランカで」
きっと里出身じゃないと駄目なんでしょうと、ケインを指名する。もちろん決闘は代理が可能だから、相対するのは代理人ランカで。
「僕がランカだよ、精神論の獅子さん」
クルリと杖を回転させて、ランカがルノスへと不敵に笑う。狐耳がピコピコ動いているので可愛らしい。触っても良いかな? 良いよね?
そっと、触りに行こうとする幼女は放置してルノスは両手斧を手にして、歯を剥き出しにして唸る。
「魔法使い……意味がわからんっ! そのような決闘を受けるいわれはないっ!」
おいおい、こいつ真面目だねと少し驚いてしまう。わかったとか言って、すぐに決闘を受けると思ったのに。
「僕に勝ったら、この馬車にある食べ物を全て進呈するよ。軽く半月はお腹がいっぱいになるレベルの米さ」
馬車を指し示して、悪戯そうに笑うランカ。馬車を見て期待に満ちた表情になる人々。空気と化したガイにケイン。仲が良い師弟である。
人々の視線に気づいたルノスは舌打ちをする。これを断ることはできない。それだけ人々は困窮しているのだから。
「ルノス王っ! やめておいた方が」
ベイスがこっそりと耳打ちするが、ルノスはかぶりを振って否定する。なにが目的かわからないが、初めてともいえる里に訪問した行商人たち。意味不明にも食べ物を配り、決闘をふっかけてきた。断ろうにも食べ物が目の前にあるとなったら断ることは不可能だ。人々が許さないだろう。
たとえ魔法使いでも。
「大丈夫だ。魔法使いの魔法など防げる用意もある。楽に勝ってみせる!」
ルノスはランカを睨み……浮遊を使いランカの耳をぷにぷに触っている幼女を見なかったことにして怒鳴る。
「良いだろう! センジンのルノスが相手をしてやるぞ!」
「オーケーだよ。アイたん、そろそろ正気に戻ってくれないかな?」
「はっ! あたちはなにを……了解でつ。馬車の中へと戻っておきまつね」
モフモフに夢中になっていたことに、自分自身で驚いた表情の黒幕幼女は、なにかの呪い? と疑いながらも馬車の中へと戻るのであった。
呪いではなく女神の加護である。