58話 白馬の黒幕幼女様
ザーザーと雨が降る。豪雨であり、目の前もその雨により、よくわからない。その中で猫人族の少女が転げるように走っていた。黒い猫耳に尻尾、自慢であったその両方はびしょ濡れで見る影もない。
いつやむともとわからない豪雨、周囲は静まり返り街道とよぶのもおこがましい泥だらけの道に、周囲は木々が連なり聳え立っている。生い茂る草むらが雨に打たれて、ざわざわと動くのを見るたびに、その草むらから自分を食べようと魔物が現れるのかもと恐怖で心が凍る。
なにより逃げても助けがどこからも来ないと少女は理解しているので、顔を俯けながら走る。
「うぅ……逃げてどうするんだろ……」
その呟きも豪雨の中へと掻き消える中で、泥に足がとられて転んでしまう。バシャリと身体が地面に突っ込み、ずぶ濡れの上に泥だらけとなってしまう。
涙目となり、それでも立ち上がろうとする少女へと声がかけられた。
「大丈夫ですかい、お嬢ちゃん」
野太い聞き覚えの声に顔を上げると、ごつい手が差し出されていて
「ギャー、人さらいニャー! 助けて〜」
大柄の身体に顔は髭モジャな明らかに悪党という男が立っていた。人さらいだ、間違いない。ミアを連れ去って奴隷とかにするつもりだ。
悲鳴をあげて走ってきた道を後戻りしようとした時であった。
「白馬の幼女見参! 幼女アターック!」
可愛らしい幼い声が聞こえてきて、悪党はブヘッとその身体を揺るがせて倒れる。なにが起こったのかと、呆然とする私に小柄ななにかが空から悪党の上に降り立つ。
「大丈夫でつか、おじょーさん」
「は、はぁ、大丈夫ですニャ……幼女?」
目の前の人はフードをかぶってはいるけど幼女であった。黒目が宝石みたいにキラキラと輝くような愛らしい顔立ちの幼女であった。
「もう悪党はたおちました。安心でつよ」
「酷えですぜ、親分……」
豪雨の中で出会った幼女。彼女は何者だろうかと思いながら、助かったみたいと、安堵の息を少女は吐くのであった。
道端に馬車が停止しており、大きな天幕がいくつも設置されていた。天幕が雨を弾き返して、バシャバシャと音が響く中、天幕の中では再会イベントが起こっていた。
「ケインおじさん!」
「ミアじゃないか! 大丈夫か?」
ゴシゴシとタオルで頭をランカに拭かれながら、アイは再会を喜ぶ二人を眺めて、うんうんと楽しそうに頷く。気分は黄門様である。中の人の歳がわかるというものであろう。
「びしょ濡れじゃないか」
「大丈夫、ちびにタオルっていうの貰ったから。これ凄いふかふかであっという間に水が取れるんだ。こんな布きれ初めて見たニャ」
ゴシゴシとタオルで頭を拭きながら、尻尾をフリフリと動かすニャー少女。
「植物繊維製タオルなんて、綿を超えちゃってるんだぜ、社長」
感心したのか、呆れているのかわからない様子でマコトが言ってくるが、別に良いだろ。
「作れたんだから、良いでしょ。加工スキルなら植物繊維も自由自在なんでつね」
「ちょっと斜め上の加工をするとは予想外なんだぜ。ん? ということは」
「バイオエタノールも作り放題でつね。たぶんこの世界は化石がないから石油ないでつし」
「化石って、魔物になるだろうからな……。なぁ、異世界内政チートって、こんなんだっけ? ちょっと違うんじゃない?」
頭をひねる妖精に、バイオエタノールは今のところ作らないよと、ちっこいおててを幼女は振って、再会イベントへと視線を戻す。なんか知らない間に、ケインが驚愕しているがなにがあったのかな?
「ランカ、なにが起こってたのかわかる? ランカ?」
「びしょ濡れアイたんも可愛らしいなぁ〜、ゴシゴシ拭きましょ〜」
ランカが聞いていると思って尋ねるが、ランカは俺のことを拭くのに集中していた。まったく二人のことは眼中に無いらしい。仕方ないなぁ、俺の可愛らしさは罪だな。
フッとニヒルに笑おうとして、クシャミを我慢するように見えちゃう幼女である。
「なんだか、ケインの故郷が大変らしいですぜ。近くの都市国家に攻め込もうとしているとか?」
「ふ〜ん、南部は混沌としているんでつね」
ガイの言葉にふ〜んと頷く。その言葉通り、俺たちは今タイタン王国南部へと来ていた。
南部は都市国家連合にて支配されていた。様々な人種が都市国家を作っており、タイタン王国よりも特色豊かな地らしい。ドワーフが住む山脈にある鍛冶の国や、エルフが住む森林内の精霊国が有名らしいが。
連合と言っても外敵が現れた時に手を結ぶだけで、他は自由。仲が悪い都市国家同士もあり複雑な連合国だ。マーサから学びました。
「一番の問題は都市国家同士なら争いになっても、特に問題はないといったところでつか」
「スゲーよな。力のある都市国家が他の都市国家を攻めて統一とかしないのか?」
マコトの問いは当然だ。覇王が現れてもおかしくないが
「外敵に隙を見せることになりまつし、他の都市国家が同盟して頭一つ抜けた都市国家を攻撃しまつ。過去にも何度か穀倉地帯の都市国家が統一しようとして、失敗しているらしいでつね」
やり方が下手なんだろうなぁと、俺は呆れちゃうけどね。そんなのはいくらでも方法はあるが、現実では想定どおりにはいかないか。
「そうなんです! ミアが言うには近くの集落を襲って兵を揃えているらしいです!」
ケインが話していた俺たちへと血相を変えて近づいてくる。ランカがタオルでパシッとケインを叩き遠ざける。
「アイたんに近すぎ。シッシッ」
ランカは細身に見えて、そのパワーはケインなど相手にならない。タオルとはいえ、結構な痛さがあったのだろうケインは顔を抑えながらも話を続ける。
「取り敢えず、そこの猫人たんから話を聞きまつ。あたちの名前はアイ。月光支部長のアイでつ。わぷっ」
フンスと鼻を鳴らして、立ち上がろうとして、ランカが持っていたタオルに頭を突っ込んじゃう幼女がいた。こういう時の幼女は格好良く決められないのだ。幼女なので。
「ミアの名前はミアにゃ。偉大なる虎人ミケの娘ミアなんだニャ」
「……えっと、その語尾のニャはなんでつか? ミケが虎人なの?」
「ニャ? うちの方言ニャ。ミケ父さんは虎人ニャよ」
「さよけ」
ハードな異世界なのに、ニャか……。ここを作った神様の顔が見たいぜ。ガイがニャー少女が遂にキターと小躍りしているが気持ちはわかるぜ。
「ちびは月光の支部長? ケインおじさんの部下かニャ?」
小首を傾げるミア。黒猫人なのだろう、黒髪にぴょんと生えた猫耳、しなやかな長い尻尾、歳は13歳ぐらいの可愛らしい顔立ちの少女である。
「馬鹿っ! 俺はこの方の部下だ! 変なことを言うなよっ」
「え〜! こんなちびの部下なのかニャ! ケインおじさん、都会に行って弱くなった?」
慌ててミアの頭を掴んで、頭を下げさせるケイン。ミアはその言葉を聞いて驚きを示すが、たしかに幼女がボスとはおもわないよね、これぞ黒幕として正しい姿。
「ケイン、よろちい。別に気にしてませんから」
黒幕ぽいと、ゆらゆら身体を振って、ご機嫌になっちゃう幼女である。
「お〜、可愛いよアイたん。パシャパシャ」
まるでカメラ撮影するように、ランカが手を掲げて手を四角にしているけど、撮影できていないよな? なんで銀の神様、この特殊能力は役に立ちますとか呟いているんだろ? 気にするのはやめておこうっと。精神の健全さを保つためにも。
「ケインは強いでつが、あたちの部下はそれ以上なんでつ。信じるか信じないかは、ミアに任せまつ」
「ふ〜ん……。取り敢えずその話はおいておくニャ。それよりもケインおじさん! まさかセンジンの里に戻って来たニャ?」
「あぁ、そうなんだ。アイ支部長が興味をもたれてな」
ミアがケインへと勢い込んで尋ねる。ケインは戸惑うように俺を見てくるので、代わりに回答をしてあげる。
「ケインの故郷が森林内にあると聞きまして。行商の傍ら、見にいこうという話になったんでつよ。部下に里帰りをさせたくて」
なぜ王都にケインが流れてきたか、話を聞いたのである。ケインは王都の南西、森林沿いに10日ほど進むと森林内へと入る道があるので、その道を進むと存在する獣人の里、センジンの里から流れてきたらしい。一応都市国家らしいが、5000人程度の小さな里らしい。
その里の奥には妖精の国があるらしい。ふぁんたじーな世界を再び見れそうな予感。ケイン自身は勢力争いで負けちゃったらしい。よく聞く話である。
だが、そこで俺は興味を持った。里の立地が極めて良い。森林に囲まれて、攻めにくく守りやすい。元は妖精の国を攻めるために、昔のタイタン王国が切り開いた拠点を里へと変えたらしいが、好都合な場所だ。妖精にも会いたいしね。
「ついでに行商もしておこうと思いまちて」
ニッコリと微笑む幼女に、ミアは怪訝な表情となりケインを見つめる。なに言ってるのかわからないといった表情だ。
「あそこには獣王ルノスがいるんだよ? 今は戦争の準備真っ只中の!」
「獅子人でつね。ケインから聞きまちた。長年傭兵をやってきた男。50人近い傭兵団を連れて帰ってきたとか」
犬猫獣人はハッキリとちからの差がわかる。基本平民は犬猫人、戦士位が狼虎人、レアが獅子人だ。熊人や狐人とか兎人は特に見かけは変わらないらしい。馬はいない、ケンタウロスがいるしね。
「今は戦士階級を集めてるんだニャ! 200人はいるんだよ! 行商に行ったら、全部奪われちゃうニャ!」
金切り声をあげるミアへと、静かな瞳で幼女は見つめる。
その視線になにを見たのかニャー少女はギクリと身体を震わせて、それでも自分がなにを感じたのかわからずに戸惑っていた。
「聞きまちたよ。センジンの王はルノスとの一騎打ちで破れたとか。それで権力の譲位が行われたとも。馬鹿な話でつが、これはなにか裏があるとも思いまつ……。ミアはなんのために里からでたんでつか?」
静かな声音で語るアイにミアはぽそりと答える。
「無理だニャ。隣の都市国家は鉄の装備を揃えて、外壁もあるから無駄死にするだけニャ。戦争を防ぎたいニャ」
考えなしの行動だが、少女らしいなぁと俺はミアを優しく見つめる。なんというか、俺にはピッタリの立地にある里だけど、その暮らしは……って感じなんだろ。
「それじゃあ、新たな王への一騎打ちを望みまつ。王に勝ったらその人が王になるんでつよね?」
「で、でもケインおじさんは強いけど、ルノスには敵わないよ? ルノスは久しぶりの獅子人として産まれただけあって凄い強いニャ」
こちらへと強い口調で伝えてくるミア。その声音には恐怖が混じっているのがわかる。
「どちらが獅子王に相応しいか、決戦ですね親分」
「ガイは獣人じゃないから却下」
自信満々に、どおれ、俺の出番かとガイが不敵に笑うが獣人の方が良いでしょ。
ガーンとガイは項垂れて、獅子王の名前はきっと俺にピッタリなのにと、地面にのの字をかく。
「と、すると僕の出番ということかな、アイたん?」
目をギラリと光らせて、後ろに立つランカがアイを抱きしめてくる。久しぶりの戦闘にわくわくしているのだろう。
「そうでつね、ランカの出番でつよ」
「えっと、お姉さんが戦うの?」
ミアがおずおずと尋ねてくる。ランカを上から下まで眺めて、魔法使いであるのだろうとは予測したが、華奢な身体であるので不安を隠せない様子。
「ゲームの始まりというやつでつ」
フフフと悪戯そうに微笑んで黒幕幼女は里へと向かうのであって。
ちなみにギュンター爺さんは本部にお留守番である。一人は本部に残して置きたかったので。