57話 最近の魔眼少女
元スラム街の一角。トンテンカントンと辺りから音が響き、人々が忙しなく働き解体が進み空き地が増える中で、子供たちがそんな空き地に集まっていた。再利用をするために石材などが積まれているのを椅子とテーブル代わりにして。
「ここだよっ、たぁっ!」
その中で赤毛のポニーテールを振り回して、少女がパチリと手に持つ丸い板を机に置いてあるボードへと置く。
「あ〜! そこだと俺のが全部ひっくり返るじゃねぇか!」
対面に座っていた男の子が悲鳴をあげるが、ララは容赦なくパタパタと板をひっくり返していく。星マークが彫られている丸板が月マークへと変わっていく。
「またララちゃんの勝ちだ〜」
「すご〜い、負け無しだね!」
「何連勝?」
周りで様子を見ていた子供たちが歓声をあげる。ララは鼻を擦って得意気に手を差し出す。
「はい、干し肉一個ね!」
「くっそー。お前強すぎるぜ。ほらよ」
男の子は悔しそうにしながら、袋から干し肉を出してくるので、フフフとララは笑みを浮かべて受け取る。リバーシに干し肉をかけていたのだ。今のララはリバーシ長者だったりする。
貰った干し肉を口に放り込むと、袋に入れてあった干し肉を机に広げて、笑顔で手を差し出す。
「リバーシ勝負は今日はおしまい。皆で分けて食べよう」
「お〜!」
「ララちゃん、ありがと〜」
「俺からとったやつじゃん」
ワッと子供たちは干し肉に群がり、キャッキャッと騒ぎながら口に放る。和気あいあいとしながら食べるその姿はどこにでもいる子供たちで、元スラム街の飢えていた頃の様子は微塵もない。
「ララはこんなところで遊んでいて良いのかよ? アイ様の召使いの仕事は?」
「今日は休みだよ。週休一日とか言うんだって」
お休みをくれるなんて変な仕事である。皆の暮らしが楽になれば、全員に週休一日制を導入しまつと、アイちゃんは宣言していた。召使いのお休みとは年末に数日貰えるだけなのが普通ではないだろうかと首を傾げたが
「休みに遊ぶと経済? が回るんだって。う〜ん、お金を使う時間が必要なんだってさ、よくわからないけど」
「ふ〜ん、よくわからないや。ところで、この干し肉おいしーね!」
子供たちにとっては経済なんか難しいし、関係ないと干し肉をハグハグとまた食べ始める。今は遊ぶのが仕事なのだ。もう少し大きくなったら仕事をすることになるのだし。
ハードな異世界なので10歳をすぎたら、裕福な環境の人間以外は仕事につく。商会に奉公したり職人の見習いになったりする。世知辛い世の中であった。だが、スラム街の人間はそんな仕事につくことはできなかったので、賃金の安い日雇いをほそぼそとやっていくのが、決められた人生のレールだった。
今は違う。月給制の人足、鍛冶職人や木工職人、酒場の仕事から家具を取り扱う商会、粉屋とか、たくさんの仕事が待っているのである。
お金を稼ぎ成り上がると野望を持つ子供もいて、未来は明るかった。月光支配下は現在好景気の真っ只中なのだ。
なので、子供たちは大きくなるまでは存分に遊ぶのだ。その余裕も各家庭には今やあるのだから。アイの野望ではもう少し仕事を始める年齢層を上げたいと考えているが。
ララもそんな子供たちに混ざって、輝くような笑顔で遊んでいた。こんな日が来るなんて考えたこともなかったと幸せを感じながら。
「あ、ダツ様だ!」
一人の子供が声をあげるので、そちらを見るとダツリョウサンという位を持つ人が平兵士を連れて歩いていた。巡回をしているのだろう。キビキビとした動きで辺りを見回っていた。
最近になって王都に大勢で来た月光の兵士の人だ。皆が皆、騎士と同等の力を持っており、北西スラム街の争いでは圧倒的な力を示したらしい。
アイちゃんが高笑いをしながら、時代はもはや大艦巨砲主義ではなくなったのでつよ、と得意気に胸をそらしていたのを思い出す。
「俺も将来は兵士になるんだ。ダツ様みたいになりたい」
子供らしい可愛さを見せて、男の子が手を振るとダツ様たちはこちらに気づき軽く手を振り返して通り過ぎて行った。
「あたしはまだなにになるか決めてない」
「ぼ、僕は木工職人」
「なにが良いかなぁ〜、大工さん?」
「私、お嫁さん!」
キャッキャッと笑顔でお喋りをしながら、ララはふと思う。むむむと極めて重要なことを。
「なんか干し肉の味が凄い違うよね」
ハムハムと干し肉を食べるが、固くて噛み切れなくしょっぱいだけのものと、固いけど噛み切れて、肉の味がする干し肉があることに気づく。
「それはアイ様が作ってたやつだよ。ダツ様たちが狩ってくる鹿とかを燻製にしていたんだ。で、大量に作っちゃって配ってたんだ」
やんちゃそうな男の子が教えてくれるが、そんな話は知らなかった。きっと私が休みの時だったんだろう。
アイちゃんは常に何かしら実験をしている。していない時は、なにか考え事をしているのだ。む〜、私たちと一緒に遊べば良いのになぁ。
皆を見て、こんなに笑顔でのんびりと遊べるようになったのはアイちゃんたちのおかげだと、改めて思う。皆が笑顔であるのを知ってほしいのだ。アイちゃんたちがしたことがどれぐらい凄いことかを。
それに一緒に遊びたい。そういえばカキ氷って美味しかったなぁ、また作ってくれないかな。
つらつらと、そんなことを思いながら皆とお喋りをしながら干し肉を食べていると、ガラガラと道路を荷車が通る音がしてきたので、なんだろうと覗き見る。
そこには荷車を牽く、見るからに悪党っぼい大柄の男性と、しずしずと歩く女性がいた。女性の方はちょっと高価そうな銀の可愛らしい髪飾りをつけていた。
「空樽でも重いですぜ。なんであっしがこんな物を。唐突に買ってこいとか、親分は言うんだから〜」
荷車には山と樽が積まれているが、どうやら空らしく石畳を通る音と共にガタゴトと浮き上がっていた。
「ガイ様、私もお手伝いしましょうか?」
女性の方、私の母さんなんだけど、母さんがガイさんに尋ねるが、慌ててガイさんは首を横に振る。
「こんなのは軽いもんですぜ、あっしは力持ちなんでさ」
たしかに力持ちだ。というか空樽とはいえ荷車に山と積まれている。平民では絶対に無理な重さだ。
それを文句を言いながらも、軽々と運ぶガイさんは騎士並みだ。即ち、荷車を牽くような方ではないのに、おちゃらけて片手で、軽々と牽いていく。
月光の地位から言っても、部下に牽かせれば良いはずなのに、なんだかんだ言って、自分で運ぶので優しい人だとわかる。
「ガイだー」
「髭もじゃー」
「なんかちょーだい?」
髭もじゃで強面、大柄の体格でいかにも悪党というガイさんだが、皆から慕われている。特に子供たち。
「こら、荷車を牽いているから、近づくな。ほら、これをやるから。俺に登るな!」
んしょんしょと、ガイさんをお気に入りの小さい女の子が、肩によじ登ろうとする。ワー、と皆で囲むと困り顔になるガイさん。
「あれぇ〜? 兄貴じゃないですか? 荷車を運んでいるんですか? 俺たちも手伝いますよ」
街角からケインさんたちが片手をあげてやってくる。ぞろぞろと現れて、荷車を代わりに牽こうとしてくる。でも、凄いわざとらしい現れ方だと思うんだ、ケインさん。
「なぁ、お前らさっきから尾行していなかった? あっしの気配察知に引っかかっていたんだけど?」
ジト目で告げるガイさんに、ケインさんたちは顔を見合わせてすっとぼける。
「いや、俺たちは今来たところですよ。兄貴がどれだけ荷車を牽けるかなんて賭けてないですよ?」
「そうそう、子供たちの壁を超えられないのが本命でしたよ」
「今日の夕食代が稼げました」
飄々と告げるケインさんたちに、噛みつきそうな表情になるガイさん。
「覚えとけよ、お前ら。今日の酒場での飯代はお前たち持ちな」
ガルルと唸って言うガイさんにケインさんたちは、そんなぁと声をあげるが、ガイさんは舌が肥えてるのでワインしか飲まない。飲み代は自分で持つだろうから、やっぱり優しい。
それにケインさんたちがガイさんを手伝わずにいたのって、別の理由があると思うんだ。
母さんは顔を俯けて、少し頬が赤いけど夏だから暑いのかな? フフフ。
私は悪戯そうにニヤニヤ笑いをしながらガイさんに近づいて気づく。
「これ、なぁに?」
お金を入れる小袋ではなさそうな小袋が腰に下げられている。なんだろうと、ていていっと小袋を引っ張る。
他の仲間たちも、なになに? と好奇心旺盛に小袋の中身を覗き込もうとして、ガイさんはワチャワチャになってしまう。
その隙に小袋の中身を一つ取るけど
「ガイさん、これなぁに?」
なんだろ? 黄色い塊? なんだか硬そうな黄色い物だけど?
「あぁ、そりゃドライフルーツって言ってな。干した果物だよ。マンゴーフルーツを親分から貰ったんで」
「ハグハグ」
果物、なるほど干しぶどうみたいな、のか、な。
「あ、あまーい! 凄い甘いし、口の中に入れたらすぐ柔らかくなる! なにこれなにこれ」
あまりの甘さに驚いて飛び跳ねてしまう。蜂蜜も美味しいけど、こっちは果物の歯応えや食感があって美味しい! 食べたことのない果物だ。
「私も食べるぅ〜」
「俺も俺も」
「甘え〜」
「あたちも食べるでつ。皆でわけましょー」
他の友だちも私の言葉を聞いて、ドライフルーツとかいうのに群がって食べる。皆はその甘さに蕩けそうな顔になり幸せいっぱいと、もぐもぐと口を動かす。
一人だけ、どうぞどうぞとマーサやケインたちに配っていく幼女がいるけど。
「お前らはイナゴか! というか、なんで親分がいるんですか? そしてどうして空にするまで皆に配っていくんでやすか?」
もうツッコミきれねーよと、ガイさんが叫ぶ中で、ドライフルーツとか言うのを配っていた幼女がフンスと息を吐いて胸を張る。
相変わらずその小柄な体躯と可愛らしい顔を見ると癒やされる。なんとなくほのぼのとしちゃうのだ。背伸びをする幼女といった感じで。
「いつまで待っても来ないから、見に来たんでつ。そうしたらドライフルーツ配布会をしていたんで手伝いまちた。あたちって優しー」
「あっしには全然優しくないですよね? もう少しその優しさをあっしにも分けて欲しいんでやすが……まぁ、良いでさ。それよりもこんな空樽をどうするんでやすか?」
ポリポリと頬をかきながら、ため息を吐くガイさん。またよじよじと子供がよじ登ろうとしていた。
「それは会議で伝えまつ。さ、そろそろ行きまつよ」
てこてことアイちゃんは歩き始める。なにかあるのかな? 私も行こうっと。ガイさんは優しく子供を下ろしてついていく。
またね〜、と手を振りながら友だちと別れてついていく。歩きながらチラリと母さんを見ると、もう既に普通に戻っていた。
う〜ん、私にお父さんができる日は遠そうだ。のんびりと見守っていようっと。えへへ。
「あれ? 馬車があるよ?」
アイちゃんの屋敷に到着すると、いつもと違う光景が目に入る。
一頭引きの馬車が五台、屋敷の庭に止められており、何人かのダツさんたちが集まっていたのだ。
「これから久しぶりの仕事をしようと思いまちてね」
フフフと可愛らしく笑みを浮かべるアイちゃんに新たな仕事をするんだねと、魔眼少女は苦笑するのであった。




