56話 妖精と黒幕幼女の異世界談義
ふんふんふ〜んと、鼻歌を歌いながら、幼女はゲーム筐体のベッドに寝そべりお絵描きをしていた。その姿はお絵描きを楽しむ幼女そのもので、非常に可愛らしい。きっと道行く人がその光景を見たら、ほのぼのと眺めて仕事に遅刻してしまうぐらいに愛らしかった。
「できまちた! 都市再開発の概要地図でつ!」
書いてある内容は可愛らしさの欠片もなかった。おのれ、おっさん。退魔の読経で倒せないだろうか。もう少し幼女らしくして欲しいと紳士たちは思うだろう。
ゲーム筐体から飛び出た幼女はテテテと歩いて、自室から会議室へと移動する。綺麗な屋敷に直ったので気分が良い。廊下の床も張り直し済みだ。後は絨毯でも敷きたいところ。窓には窓ガラスも嵌めたい。
まだまだ夏の陽射しも強いが、幼女の活動限界を超えた暑さではなくなったのである。
「皆いまつか?」
ドアをウンセと飛び上がってノブに張り付き開ける。誰かいるかな〜と、覗くと
「ありゃ、マコトだけでつか」
タライに置かれた氷柱の上に張り付いていたマコトしかいなかったので、しょんぼりしてしまう。にしても、寒くないのかな?
「よー。今日は誰もいないぜ。ガイとマーサは酒問屋からの酒の納入確認。ギュンターはルーラと軍の模擬戦、ランカはどこかで昼寝じゃね?」
「なんだ、ランカだけおかしくねーでつか? まぁ、いっか。せっかく書いたのに」
ポイと画用紙を放って、最近になって購入した長椅子へとダイブする。ガツンと硬い感触が返ってきて痛い。幼女にはあまり良くない硬さだ。
「あ〜、綿にイグサ、ふかふかソファに畳もほちいでつ」
「作れば良いじゃん。簡単だろ? 地球の木と綿、イグサを使えば簡単にできるんだぜ」
「目立つから却下。作物の手って、広範囲に渡って植物を作れすぎでつよ。もはや食べれない物も作れまつし」
「木とか食べるじゃん、虫とかが」
キョトンとした表情で妖精が言ってくるので、あぁ、なるほどねと見ている尺度が違うことに気づいた。
「そういうことでつか。人間が食べるものの限定でなくて、生物が食べれるレベルのは全部と。ちょっと神様視点を見誤ってまちた」
「ごめん、嘘なんだぜ。あいつは作物を選り分けるのが面倒くさくて、植物すべてをスキルに適用しただけ。適当なんだぜ」
「さよけ。相変わらずの適当さでつね。感心しちゃったじゃないでつか」
テヘッ、と舌を可愛らしく突き出して真実を語るマコトに苦笑するが、たしかに食べれる植物だけを選り分けるなんて面倒くさすぎる。俺も助かっているし、別に問題ないか。
画用紙だってスキル加工による物だ。これもテンプレチートな存在だがどうかなぁ。この世界で量産できるかな? 木々を紙のために伐り倒しまくったら、魔物のスタンピートが起きそう。……起きないか、異常な成長力で木々は生えてきそう。異世界の繁殖力と成長力こえー。
「ところでこれなんだ? スゲー緻密に描いてあるけど」
フヨフヨと浮いて、放り出された画用紙を興味深くマコトが見てくる。たしかに画用紙に手書きで書いてあるのに製図したように綺麗な図である。高ステータススゲーというやつだ。実際は幼女の元々の器用さが伸ばされた結果であるが、アイは比較対象がいなかったから気づかなかった。
これはガイにも同じことが言えて、ガイはドワーフも裸足で逃げ出すレベルの器用さになっており、作るアクセサリーは物凄い美しかったり可愛かったりしていたが、自覚が全然なかった。
「それはスラム街再開発計画でつ。住んでない住居をいったんすべて壊して、木々を生やして公園を作ったり、商店街を作成、街並みも綺麗にしまつ。解体にも開発にも人はたくさん必要でつし」
「公共事業でバンバン景気を良くしようとする政治家みたいなんだぜ」
「今はそれでいきまつ。次の内政チートはお決まりの物にしたいでつが、下準備が必要でつし。これをやれば一年は仕事がなくならないでしょー」
「相変わらずの用心深さなんだぜ。でも、そろそろ砂糖とかを流通させるのか?」
マトモなお菓子とかをそろそろ食べたいぜとマコトは言うが、作ってるでしょ……いや、そういえば、パンケーキ以外はカキ氷だけか、お菓子を作ったの。もしかして、俺がお菓子を作れないと思ってる?
……ありそうだな、俺は元ウォーカーだから、それはもうたくさんのお菓子の作り方を網羅しているんだが……デザート類は売れまくったし。だが、それを知られたらいつもお菓子を作れと言われそうだし、黙っとこ。
「ん〜。砂糖はまだでつかね? 貴族たちが蜂蜜の味を思い出して甘味が流行る頃に砂糖は投入したいし、やっぱり目立ちまつからね。他の物にする予定。雇用を増やす仕事にしたいんでつが」
「なんだよ、それはがっかりなんだぜ」
あーあ、とため息をつきながら、マコトは氷柱の上へと戻る。
「今は金貨月2枚で5000人雇ってまつ。正直安すぎな賃金でつから、もう少し増やしたいのでつが資金が全然足りません。蜂蜜と草鞋だけの儲けではきついでつ。酒場からの収入が待ち遠しいでつね。食料品は格安で売ってまつから、あまり黒字にはならないし、家具屋は未だに不透明。アクセサリー屋はまだまだ様子見といったところだし」
「いくら稼いでも社長は金が足りないとボヤく未来が見えるぜ。まだ7ヶ月しか経っていないのに、もう金貨4万枚ぐらいの月収入があるんだぜ」
「4万枚なんて、端金でつよ。あたちの目標の前には小金も良いところでつ」
サラリと自然な口調で言うアイにマコトは末恐ろしいなと感心する。見てる世界が庶民と違い過ぎる。どれくらい稼いだら、大金とこの幼女は思うのだろうか?
社長スゲー、とキラキラした目でマコトはアイを見つめる。あたしも人間に戻ったら、4億なんて端金ですわ、オホホと高笑いして投資しようと決意する。
常にいらん事を決意するマコトである。酷い目にあっても懲りるということを知らないので仕方ないが。
「そ~いえば、気になることがあるんでつよ」
ふと、思い出したとアイは気になることをマコトに尋ねる。どうしても気になることがあるんだよね。
「エルフ、ドワーフ、長命じゃないんでつか?」
ハードな異世界で長命なのは、圧倒的に種族として有利である。世界を支配してもおかしくないぐらいに。
だけど、この世界。なんだかエルフもドワーフも普通なんだよなぁ、なんで?
「あ〜。長命なのがエルフやドワーフに多いのはたしかだぜ。それでも寿命が100歳になるといったところか。魔法使いは例外としてな。平均寿命は共人や獣人と変わらないぜ」
「なんで? エルフは1000歳とかじゃないの?」
「エルフに限らず、体力、魔力が高い奴らは老化に対する抵抗ロールをする感じといえば理解できるか?」
「なるほど、わかりやすい説明ありがと。そしてエルフ、ドワーフは基礎体力や魔力が平均的に高いから少しだけ平均寿命が長いと」
ダイスで抵抗ロールを振るわけね。歳を取れば取るほど難しくなってくるのだろうけど。
「わかったぞ、それならエルフやドワーフは物語のように繁殖力が低いわけでもないから、支配圏を広く持っていておかしくない。だけど共人は誰とでも繁殖できる。共人はその点を利用して繁殖するから人数の多さでカバーできるわけか。獣人はステータスが元から高いやつが多いから、それで種族的不利をカバーしていると」
ケインたちはすばやさが高い。それは肉体的強度の高さにも繋がっているはずだ。と、すると獣人族は全体的な強さを誇ると予想をする。
「さすがは社長。その察しの良さにはいつも感心させられるんだぜ。そのとおり、だからこの世界は種族的差別がないんだ。ん〜、ほとんどないと思うぜ」
「共人主義を掲げて、共人のみでの繁殖になると数が減って、他の種族に圧倒されちゃうもんね。対してエルフたちも自分たちだけで繁殖するのは魔物が徘徊して、命の値段が軽いこの世界ではヤバイと理解しているわけか。なるほど、よく考えられていまつ」
小説などでよく見る人間主義、または人間を奴隷にしている亜人主義はこの世界では起こりにくい訳か。神々が実際に世界を統治した過去があり、神器もそこかしこに残っていることも関係しているのだろう。唯一神信仰などが生まれない環境なので。
「んじゃ、次の質問。なんでエルフは精霊使いじゃないの? ドワーフも器用ではなさそうだし。スラム街に普通にいて、他の種族と一緒の仕事しているし」
「努力と環境。貴族ならエルフも精霊使いはいるし、ドワーフだって毎日鍛冶をしていれば、凄いのが作れるぜ。あくまでもデフォルトでステータスが少し高いだけなんだぜ」
「学ばなければ精霊使いにはなれないし、鍛冶場がなければ、鍛冶の腕も磨かれないということでつね。ハードな異世界でつこと。……でも、当たり前の論理でもありまつか」
天才は努力しなければなれない。いくら多少魔力が高かったり、器用な指を持っていても、裕福な人間か、鍛えられる環境でないと意味がないのね。納得。
「結局行き着くところは金でつか。精霊使いになるには、教師が必要。鍛冶をするには鍛冶場と金属が必要と。どこらへんにふぁんたじー要素があるか疑問に思っちゃう世知辛い異世界でつね〜」
金、金、金、だ。地球でも異世界でも、文明があり、通貨の概念がある以上は結局そうなるわけね。やっぱり金かぁ。
「あんまり街にいると、ふぁんたじーを感じないでつよね。文明度の低さに目を瞑れば」
「人間はどこでもやることは一緒だろ。知らなかったのか?」
マコトの言葉に、プッと笑ってしまう。たしかにそのとおりだ、人間がやることなんて決まってる。善行も悪徳も混ざっているのが人間なのだ。俺も含めて。
「ふふ、なかなか面白い談義でちた。それじゃあ、やることが同じな人間として、活動を再開するとしまつか」
むふふふと、幼女は可愛らしい笑みをみせて、長椅子から降りる。
「次はなにをするんだよ? 金はないんじゃないの?」
「もちろん、そのお金を稼ぐためでつ。頼んでおいた馬車がそろそろ納入されるはずなので」
「あぁ、リバーシを売りに行くってやつだろ? どこに売りに行くんだ?」
リバーシ。激安の銀貨1枚にして売れ行きが良すぎて、王都の住民に行き渡り、あっという間に在庫が溜まったものである。まぁ、在庫ができても別に問題はない。木材を切ったり削ったりと、だいぶ家具を作るための練習になったので。ボードは板を薄く切らないといけないし、丸い板を作るために滑らかな丸みをもたせるのも、絵の具が無いので星と月マークを丸板に彫っているのだが、それらはすべて家具やアクセサリーの練習となった。
既にほとんどの木職人は家具やアクセサリーを作らせるように指示している。見習いがリバーシを作るようにしているレベルだ。それらも合わせて在庫処分として外へと売りに行くのだ。
「売りに行く場所は決まってまつ。一つストーリークエストを放置していたでしょ? そのクエストをしにいくんでつ」
「クエスト? あぁ、あれか。それじゃあ旅行になるんだな! 街や村に泊まるんだろ? 楽しみだぜ!」
マコトがそれを聞いて、翅を羽ばたかせて宙を舞う。妖精らしい可愛さを見せて、アイもムフンと楽しそうにする。
「あんまりお泊りは期待できないでつが、それでも楽しみでつね」
そろそろ夏休みも終わりだねと、黒幕幼女はクスリと笑うのであった。