55話 聖騎士は模擬戦をする
王都から少し離れた南東の森林地帯。常ならば魔物のみが徘徊する恐ろしい地域である。食べ物を探しに来るスラムの人間も今はいなく、危険なこの森林に入り込む者はいないはずであった。
しかし、今は多人数の兵士たちが駆けていた。悪路を物ともせずに、草木をかき分けて、木の根を躱し進む青い服装の兵士たちである。
何を考えているのかわからない平坦な目で先を進んでいたが、大木を通り過ぎようとした時に横合いから鎖でできた鞭が飛んでくる。僅かに驚きの表情へと変えて、多少の動揺を見せて躱そうとするが蛇のように鞭は動き、その身体に絡みつき倒されてしまう。その様子を見た隣の兵士が動揺もなく、鞭が飛んできた箇所へと槍を突き出す。
しかし盾がその攻撃を受け流し、槍を使う兵士へと間合いを詰めると剣にて袈裟斬りにする。すぐに後ろからフォローをかける兵士の槍を後ろに飛び退り鞭を引き戻し、迎撃として繰り出す。
鞭を盾にて防ぐ兵士だが、その隙を逃さずに再び剣撃を繰り出し、兵士は倒されてしまう。
さらに他の面々も次々と現れる敵へと対峙して混戦が始まり、お互いは倒し倒されていくのであった。
「むぅ、ここまで違うのか……」
青き魔法の鎧を纏った老騎士ギュンターは次々と部下から送られてくる念話に腕組みをしながら呻く。部下からは多くの死亡報告がきていたのだ。
森林の手前、丘の上にて数人の兵士たちに守られながら、戦況を聞くギュンターに年若い少女の得意げな声がかかる。
「フウグ一族は新型であります。少数配備ということで、そのステータス、スキルもゲリラ戦仕様にも対応できるのです。ダツの量産型なぞがいくらかかってきても相手では……3対1ぐらいなら無傷で勝てる性能を持つのであります」
報告に次々とフウグが撃破されたときたので、言葉を修正する少女。陽光傭兵団の副団長、名付けをされた特別製の兵士、ルーラである。
ピシリと軍人のような服装をキッチリと着込み、この真夏でも汗一つかいていない。少し悔し気なのは今回投入されたダツ量産機をすべて倒すつもりだった模様。
「今回ダツリョウサンは100体を投入しているのだ。10体、いや、9体のフウグたちに負けられては困る。しかし損害が多過ぎるな」
もちろん模擬戦なので、致命的、もしくはそれに近いダメージを負ったと考えた者たちは倒される。ぶっちゃけサバゲー。剣も槍も布で覆っている。
「損害は47体……ゲリラ戦はフウグに任せた方が良いか」
「統率された軍隊ということであればダツは強力ですが、結局は新型の方が強いのです、新型の方が」
新型新型とアピールする少女へと苦笑いでギュンターは返す。たしかに新型の方が強い。
「だが、新型はコストがかかりすぎる。そう簡単には増やせん」
何しろ1体作るのに100体のコストが最低でかかるのだから。量産するには素材がまったく足りない。姫のドロップ率は神懸かって悪いし。
フフンと、団長とは違い大きな胸を強調するように張りながら、ルーラは得意げになる。
「フフフ、ダツとは違うのであります、ダツとは」
ネームが性格を作るのだろうかと苦笑するが、軍人としての言動が多すぎる。これは怪しまれないだろうか? いや、怪しまれても今更だ。蜂蜜を定期的に持ってくる陽光傭兵団を怪しんで尾行をしてくる人間は多数いるし。
「ところでアメンボ団長は遊んでいるみたいですが、次の作戦はいつになるのでありますか? 我らは今か今かと待っているのですが」
フンフンと鼻息荒く迫ってくるルーラ。軍人として活躍をしたいのに、まったく活躍の場がないので不満げな様子である。
「あ〜、たぶんあと二週間はなにもないぞ。暑いし」
姫は猛暑時は動かないことをギュンターは知っていた。たぶん一ヶ月は動かない。動かない中でも多々の情報を集めて儲け話を探してくるので、そこらへんはしっかりしているが。
「が〜ん! ショックであります。なんか自分たちは館で食っちゃ寝して、たまに蜂蜜を取りに行くふりをするだけなんですよ? ダツリョウサンは月光支配地域を巡回したり、狩りに行ったりしてるのに! 自分たちはフウグホテルでのんびりしているだけです、新型なのに!」
ギュンターの腕をとってゆさゆさと揺さぶるルーラ。必死さが垣間見えるので、たしかに気持ちはわかるなと苦笑する。役目が役目だけに、遊び呆けるだけと今のところなっているのだからして。
フウグがコレクションをしているように見せかけて、武器防具を多数買っては月光に横流しをしているが仕事とは到底言えまい。
「仕方あるまい。姫に今後の方針を今度聞いておこ、ん?」
焦るルーラを宥めるために、姫に方針を聞いておくと伝えようとしたところ、念話が入ってきた。姫からであるが、なんの用だろう? この模擬戦の結果だろうか?
「あ〜、ギュンター、ルーラ、聞こえてまつか? テステス」
可愛らしい幼女の声が聞こえてきて、目の前にいるルーラが直立不動になる。
「はっ! 閣下、通信状況は極めてクリアであります。模擬戦の結果は後ほど報告書にして纏めて報告致します!」
「あまり森林ではダツリョウサンは使えませんでしたな。フウグにゲリラ戦は任せて良いかと愚考しました」
たぶん結果はすぐに知りたいだろうと考えて、すぐに報告をしておく。姫はその報告を聞いて、なるほどと告げてきた。
「平地だけしか適性はありませんでちたか。森林、山地はフウグが上と。ステータスの違いか……他にもマスキングされた補正があると見まちたが、それはあとで検証しまつ。それよりも、そこらへんにデビルディアと言う鹿が現れまちた」
「デビルディアですか?」
聞いたことのない名前だ。悪魔の鹿?
「鹿の中でごく稀に現れるレアモンスターらしいでつ。角が魔力で切れ味鋭い刃となるらしく、鉄をも斬り裂くとか。狩りに行っているアーチャーからの報告でつ」
「王都のすぐそばに現れたのですな」
「そうでつ。予想でつが、その角は魔力を込めると斬れ味が上がる素材になる予感がしまつ。アーチャーが倒しても良かったんでつが、傷を負う可能性が」
「了解しました! フウグ陸戦隊、これよりデビルディアの討伐に向かいます!」
姫の言葉へと自分の言葉をかぶせながらルーラが了解と叫ぶと、先程までの項垂れていた様子が嘘のように元気に指示を出し始めた。
「リイチ、リジ! 兵を揃えて帰還せよ! 閣下より討伐指令が来た! 急げよ!」
儂もデビルディアとか言うものを倒しに行くかと、移動しようとしたらルーラは手を突き出して、ニヤリと笑ってきた。
「ギュンター将軍、申し訳ないが、気配潜伏を使えない貴方たちでは足手まといになる。ここは戦争屋に任せて貰います」
得意げにフンフンと鼻息荒く言ってくるその姿に困った娘だと思いながらも、たしかに正論だと了承する。姫が聞いたらフラグをたてまつね、ルーラ、と足をパタパタ振って面白そうに笑うだろうが。
「フハハハ! 陸戦隊、出撃するぞ!」
高笑いしながら、森林から戻ってきたフウグリクセンを連れて駆け出していくルーラ。調子に乗りまくっている様子である。
「ふむ……模擬戦で終わるのも勿体無い。狩りでもついでにしておくのだ」
ダツリョウサンに指示を出して、さて、ルーラの手並みを拝見するかと、ギュンターもルーラたちの後を追うのであった。
デビルディアとは、強そうな敵の名前にしてはあまり強くないらしい。悪魔でもなく、あくまで平民の狩人が出会うと死を予感させる程の強さであり、平穏な平原に現れる強者であるからこそ、そう名付けられたとか。
その図体は3メートル程の大きさをもち、黒く光る角は金属のようなテカリを見せている。目つきも草食動物にしては鋭く好戦的にも見えた。毛皮も普通と違い真っ白である。白馬みたいに突然変異体なのだろう。
平原にて余裕綽々で草を食んでいるところに、ピゥと音がして矢が飛んでくる。デビルディアはその音に反応して、地を蹴りギリギリで回避して、臨戦態勢となる。
第二、第三の矢が飛んでくるが、軽やかに角を振り回して、迫り来る矢を尽く落とす。
「なるほど、狩人がデビルと名付けるだけはありますな」
しかしいつの間にか接近してきた人間が脚を狙い剣を横薙ぎにしてきた。
「剣技 ソードスラッシュ」
赤い光を纏い、伸びた剣身が迫るので、慌てて飛び跳ねて数メートル先へと飛ぶのだが
「鞭技 バインドウィップ」
「鞭技 バインドウィップ」
既に潜伏していた新たな人間が繰り出す鎖の鞭に脚を搦め捕られる。
たたらを踏むが強力な脚の力により踏みとどまり、角に魔力を込める。仄かに光る角を搦め捕ってきた鞭へと振るい、あっさりと鉄でできている鞭を斬り裂いてしまう。
すぐに鞭を振るってきた人間を斬り裂いてやろうと、向きを変えるデビルディアであるが、向きを人間へと変えた時を狙い澄ましたように、後ろから湧き出すように新たな人間たちが襲いかかってきた。
「鞭技 バインドウィップ」
「鞭技 バインドウィップ」
「剣技 ソードスラッシュ」
「剣技 ソードスラッシュ」
合わせて四人、完全に息の揃った攻撃で人間たちは武技を放つ。後ろ脚を両足とも搦め捕られると、その脚に剣が振るわれて斬られてしまう。
さすがに耐えきれなくなるデビルディアが後ろ座りになった時、既に目の前に最初に剣を振るってきた人間が大上段に剣を振り上げて迫って来ていた。
「白いの。性能だけでは自分らには敵わないのでありますよ!」
角と角の間に的確にルーラは剣を叩き込み、その頭を斬り裂く。
デビルディアはその一撃にてフラリと身体を揺るがすと、どぅと地面へと倒れ込むのであった。
ギュンターはその様子を遠くから確認して、ほうと感心の息を吐いた。
「堅実な戦い方だな。あの勢いならば無謀な突撃でもするのかと考えていたが、どうして仲間が傷つかず確実に敵を倒せるように上手く囲んで倒したか」
フラグを立てたかと考えていたが、儂の力は必要なかったみたいである。テンプレのように危機に陥って助ける騎士が現れたというような展開にはならなかった。
「閣下! ルーラ隊から報告です。ルーラ隊は見事白い雄鹿の撃破に成功しました!」
得意げにキャホーと飛び上がって喜ぶルーラ。フウグ隊がハイタッチをしながら喜んでいる。
「凄えんだぜ! 新型機が配備されていないのに、白い悪魔を倒しちゃったぜ」
「よくやりまちた、ルーラ。ルーラには月光一等勲章をあげまつ。ところでマコト、ログにドロップが表示されませんよ? バグってまつ」
「バグってないぜ。わかってるくせに」
キー、と幼女の嘆きが聞こえてくるので苦笑してしまう。どうやらいつもどおりのドロップ率だった模様。
さて、儂もルーラ隊に日本酒でも褒美に渡すかと思いながら帰途につく。
「団長が幼女になった時はどうなることかと思ったが、この世界で生きていくには完全にやり直した方が面白い、か」
自分は聖騎士といった者になった。ならば孫娘のようになった団長を守って見せようと、のんびりと帰る老騎士であった。