53話 暑は夏い黒幕幼女
王都タイタンの南西にあるスラム街。その中心にある広い敷地を持つ屋敷。庭は刈り込まれていて、綺麗な姿を見せ、屋敷も壁は塗り直されていて、屋根も修復済み。過去の美しい姿を取り戻していた。
そんな屋敷の庭にワイン作成用の葡萄踏みに使う大きなタライの中に、幼女がぷかりと浮いていた。タライは水が張ってあり、その中でグッタリとしている幼女である。
可愛いおさげもぐんにゃりとしており、幼女はこの暑さに参っていた。幼女は暑いのは苦手なのだ。中のおっさんが苦手な訳はないだろう。海千山千の元ウォーカーだし。
「あっぢ〜。夏がこんなに暑いとは、幼女に厳しいハードな異世界でつね」
ぷかりと水に浮かんで、強い陽射しを手で防ぐ。蝉が鳴かないのが夏らしくないけど、うるさいだけなので、別に構わない。
「異世界関係なくない? ふつーの夏だと、僕は思うけど」
「いや、ハードな異世界だから、これだけ陽射しが強いんでつ。あ〜、どこか避暑に行きたい」
「そういえば、アイたんは夏になると北に行ってたよね。北海道とか」
フフフと笑いながら、フヨフヨと身体を浮かせて寝転んでいたランカが笑う。三角帽子にスリットの入ったローブを着込み、のんびりとするランカは汗一つかいていない。
「団長権限でつ。とはいえ、よく暑くないでつね? 見るからに暑そうな耳や尻尾を持っているくせに」
「ん〜。どうやら獣人は寒暖の差に強いみたい。便利な身体だよね〜」
なにそれ、羨ましい。俺も獣人が良かった。でも幼女に狐耳と尻尾……アウトだな。可愛らしすぎて、人さらいがダース単位で狙ってくるわ。鏡は見たことはないけど、愛らしさと可愛さの塊な幼女なのはわかるぜ。
「あ〜。それにしても暑い。王都って、惑星のどの位置にある訳? ん? この世界って、丸い惑星なのか? それとも象とかが支えている平面なのか?」
異世界ならなんでもありかもと思ってしまう。あらゆる法則が変わっていてもおかしくない。既に魔法なんかがあるし。
「それ、今の暑さと関係あるの〜?」
「ないな。あぢ〜」
考えるのは止めて、またぷかりと水に浮く。周りには狼が寝ていたり、ダツが警護にあたったりしているが平和だ。最近は炊き出しも止めて、自活させているから、炊き出しを待って腹を減らした人間も彷徨いていない。
遠くでトンテンカンと金槌の音が響き、皆が忙しく働いているのがわかる。夏でも働く人たちは偉いなぁ。俺は夏休みといって、地球にいた頃は夏は細かい商売しかしなかったな、うん。
「チートをすれば良いじゃん。チート。内政チートとか言うんだっけ?」
「ポピュラーなところでつと、かき氷とかか? あれさぁ、かき氷のかき氷機を作るのが凄い大変でつよ。まずあれを作るとなると、かなりの期間がかかりまつ」
知識チートは前提条件が厳しいのだ。アイスなんか作っちゃった〜とかいうけど、アイスを作るには冷えた容器に入れたミルクをずっと掻き混ぜないと不味いアイスになるんだぞ。空気が混入しないから。売るとなると、人件費が凄いことになっちゃう。まぁ、アイスキャンディーにすれば良いんだけど、なぜかアニメとかだと美味しそうなアイスができているんだよなぁ。
「クリエイトアイスを使えばいいんじゃない? あれは50センチ四方の大きさなら形状は自由自在だし」
「なぬ! そういえばそんな魔法がありまちた!」
ランカのあっさりとした物言いにガバリと立ち上がり、魔法の知識へと思考を向ける。たしかにそのとおりだった。形状は自由自在と記憶にある。彫刻のようにあんまり難しいのはできないみたいだが、今回はそれは問題にならない。
「ナイスランカ! 台所に器を取りに行ってきまつ」
トテトテと水でビシャビシャの身体を気にせずに屋敷へと向かうアイを見て、ランカは思考が幼女よりだなぁと、微笑むのであった。
台所に到着すると、ていっ、と身体を浮かせて木の器をゲット。プールの中で食べましょー、と幼女は贅沢これに極まれりと微笑んで、また庭に駆け戻る。ついでに小さな壺も手にとって、中を満たしておく。
「お、なんだなんだ? なんか食うのか?」
肩に貼り付いて寝ていたマコトが目を擦りながら起きるので教えてあげる。
「かき氷を食べるんでつよ。真夏にサイコー」
「そりゃ良いな。あたしも食べるぜ」
ウキウキと庭へと戻って、タライの中に戻る。準備は万端、あとは作るだけ。
「かき氷いっちょ〜。クリエイトアイス!」
もはや詠唱でもなんでもないセリフを言って幼女は氷を作ると、ドサリと雪の塊が生まれるので、おっとっとと器で受け止める。意外とずっしりしていて、ヒエヒエである。そしてふわふわであった。イメージどおりである。
「上手くできまちた! これに壺に入れたいちごシロップをかければ完璧でつ」
加工済みのいちごシロップ。同じ味で色が違うシロップではなくて、いちごを使った贅沢なシロップだ。
白い山脈にかけられた赤いシロップ。完璧なイチゴかき氷だ。
そっとスプーンで掬うと、きめ細かなまるで綿のような氷の感触が返ってくる。
「魔法サイコー! 初めて魔法に感動してまつ」
「マジかよ。社長らしいなぁ」
「僕も木の器を持ってこよ〜」
やはり魔法は生活の中で使うと有り難みがわかる。ちっこいお口に入れると、冷たさと甘さが相まって、身体が冷えてスッキリとして美味しい。これこれ、ふんわりとした感触、安いかき氷機だと、氷の粒になっていてあんまり美味しくないんだよ。
頭が痛くならないように、しゃくりと食べ続ける。夏は三食かき氷で良いかも。幼女は常に健康体なので偏食しても問題ないのだ。
「あ〜! なんか美味しそうなの食べてる! それに涼しそうっ、私も入る〜」
「ぶはっ」
屋敷の外からララが叫びながら、勢いよく飛び込んでくる。バシャンと水が跳ねて幼女は水を頭からかぶっちゃう。さすがは子供だ。天真爛漫なその行動にアイは苦笑する。
アイは幼女だから、ララより歳は若いのだが、おっさんという寄生体が精神年齢をあげていた。
「水をかけまちたね! お返しでつ! ていていっ」
ずぶ濡れになったでしょと、ララへとちっこいおててで水をかける。やられたら倍返しだと。やったな〜と、ララも水をかけてくるので、水の掛け合いっこで遊ぶ幼女だった。たぶんおっさんという寄生体は水に溺れていなくなったのかも。
「まったく酷い目にあったでつ」
水がかからないように、咄嗟にステータスの高さを活かして遥か高空へと投げた器をナイスキャッチしとく。幼女の出汁が入ったかき氷は食べたくない。危ない危ない。
「ナイスキャッチだぜ」
氷の山からマコトが顔を突き出して言う。……まぁ、マコト入りでもいっか、こいつが汚れたところって見たことないしね。
「ねーねー、私もその赤と白の食べたい!」
ゆさゆさと揺さぶってくるので、仕方ないなぁと、優しい笑みを浮かべて、もう一度クリエイトアイスをアイは使うのであった。
「そこの壺に入っているイチゴシロップをかけて、食べるんでつよ」
「はーい! 蜂蜜じゃないよね? これって、なぁに?」
バシャバシャとイチゴシロップをかけまくるララが、なんだろうと不思議そうにしながらも、氷全体にかけていた。赤い料理って、食べたことがないのだろう。この世界の料理って雑だし。
「あたちがイチゴを集めて作ったシロップでつ。というか、なんで味がわからないのに、躊躇いなくかけれるの? これが若さか……」
「だって、見るからに美味しそうなんだもん! 私の直感にピピッてきたの! はむっ。 ……あ、あまーい!」
ぴょこんと飛び跳ねて、驚きの表情でララが感想を言う。なにこれ、なにこれ、と、シャクシャク食べていき、可愛らしい顔を顰める。
「なんかキーンと頭が痛いよ! なにこれ? はぐはぐ」
「そこは一旦食べるのを止めて驚くところでしょ。なんで食べ続けるんでつか。まぁ、氷をいっぺんに食べると頭が痛くなるときがあるんでつよ。特に問題はありません」
「ふ〜ん、野いちごを集めて、こんなに甘い物を作るなんて、アイちゃんは凄いね! 天才だ!」
ララが尊敬の目で見てくるので、少しニヤけてしまう。
「たまたまでつ。天才なんてそんなことはありまつので、どんどん褒めていいでつよ。フハハハ」
腰に手をあてて胸をそらして高笑いをしちゃう。少しどころではなく、調子にのる幼女だった。褒められると幼女は調子に乗っちゃうので仕方ない。ちっこい身体の幼女の調子にのる姿は極めて愛らしい。
「僕も貰うよ〜」
横から手が伸びてきて、壺をとりランカがかき氷の上にシロップをかける。ランカも氷を自由に作れるので、自分で作ったらしい。
「身体がなんとなくベタついた感じだぜ」
パシャンと水へとダイブするマコト。イチゴシロップが身体についたのに、まったく汚れていないように見えるが気分の問題なんだろう。
パシャパシャとバタ足で泳ぐので、小さい躰も便利なところもあるなぁ、と少し羨ましい。魔法でなんとかならないかなぁ。ワンチャンある気がするぞ。
「くぅ〜、冷たい! かき氷なんて久しぶりだなぁ。僕もタライに入って、もっと涼もうっと」
ローブを勢いよく脱いで、下着姿になるランカ。下着も脱いで入ろうとするので、慌てて手をぶんぶんと振って制止する。
「なんで真っ裸で入ろうとするんでつか! あたちとララは服のままでしょ」
若い少女の裸が陽射しの下で輝いており慌てる。こいつ羞恥心ないの?
「だって水着はないし、下着もローブもこれだけなんだよ? 僕は濡れたまま過ごすことになりたくないよ。あ、僕の裸って綺麗? この若い肢体を見てどう思う、アイたん?」
ニヤニヤしながら、後ろ手になり身体をそらすランカ。ちくせう、からかってやがるな。
「ランカさん、とっても綺麗!」
「そうでつね。でも、どちらが背中でちたっけ? ブフッ」
「ほー。そんじゃアイたんに僕の胸はこっちだと教えてあげよ〜」
うりゃー、とランカが俺を抱き上げて胸に埋めてくるが、そんなことで照れる歳は過ぎてるぜ。なぜならば、幼女だからな! おっさんだと通報されるかもだけど。
「おりゃーでつ! 幼女のテクニシャンな力を見せてやるでつよ!」
ちっこいおててをワキワキさせて、幼女アタックをしちゃう。年若い少女にこんなことをすると、逮捕確実なおっさんだが、その外装は幼女なのだ。碌でもない時に幼女の立場を利用するアイである。
「手つきがやらし〜! キャハハハ、くすぐったいよ! アハハハ、そこは駄目だって!」
「私も遊ぶ〜! てやぁっ!」
楽しそうなアイとランカの様子に笑顔でララも加わってくる。きゃー、と叫んで水の中へと三人はもつれ込み、キャッキャッと水を掛け合い遊ぶのであった。
フヨフヨと翅を羽ばたかせて、マコトはタライから脱出した。仄かに身体を輝かすと、その身体を綺麗にする。
「やれやれ、潰されちまうぜ」
口を尖らせて楽しそうに遊ぶ三人を眺めるが、フフッと微笑みを浮かべる。
「楽しそうだぜ。まぁ、たまには良いんだろうな、こんな日も」
空を見上げると、強い夏の陽射しが目に入り、妖精は昼寝でもするかとフヨフヨと涼しい場所を探しに飛んでいくのであった。