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黒幕幼女の異世界ゲーム  作者: バッド
5章 スラム街をなくすんだぜ
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51話 ジワジワと浸透する月光と黒幕幼女

 夏の陽射しが強い中、木靴屋の店主は目を細めて空を見上げる。そろそろ夏へと入り、今年も猛暑となる。雪のあまり降らない常に温暖な王都では夏の暑さがかなり厳しい。


 嘆息して棚にある木靴へと視線を向ける。まったく木靴が売れなくなり、もう4ヶ月は経つだろうか。そろそろ蓄えも厳しい。職人たちへの賃金の払いも厳しくなってきた。


 色々と木靴の形を変えたりして売ろうとしていたが、売れる気配はまったくなかった。草鞋が安すぎるのだ。草鞋が売られ始めたときは、草で作ったのかよと、他の木靴屋と一緒に笑ったものだ。スラム街の人間の浅知恵だなと。銅貨5枚ぽっちという安さにも、馬鹿にしたもんだ。精々頑張ってくれと。


 駆逐されると考えていたし、数もそんなに作れまいと考えていた。様子がおかしいと気づいたのは半月程過ぎてからだ。木靴の売上が目に見えて悪くなり、草鞋を履く者たちが目に入るようになってきた。


 慌てて調べてみると、大量の草鞋が売られていた。仲間連中にも聞いたが、王都全域で売られていたのだ。それを知って真っ青になった。そんな数が出回るなんて予想外であったので、さり気なく草鞋売りに尋ねたら、スラム街の連中がこぞって作っているのだとか。月光という組織がスラム街を統一した結果、人々に草鞋を作らせて数を用意していたのだ。


 王都全域なんて、嫌がらせをしようにも多すぎる。対応が致命的に遅れてしまった。それ以降は木靴に意匠を施したりしたのだが……。


「父ちゃん、隣の区画の木靴屋、いや、元木靴屋はリバーシとかいうの売ってるぜ。うちも作らないか? 随分と繁盛してたぜ?」


 最近とみに痩せてきた息子が家に帰ってきて伝えてくる。だが、かぶりを振ってその提案を却下する。


「うちもやりたいんだが、あっちのリバーシは安すぎるんだ。銀貨1枚なんて……うちじゃ3枚で売らないと利益がでねえ」


 材木代に職人代、銀貨1枚じゃ確実に足が出ちまう。しかも数も揃ってやがる。かないっこねぇ、どうやってやってるんだ? 先月の月光からの話を蹴らなければ良かったぜ、畜生。


 このままだと、首をくくるしかなくなると、椅子に座って外を眺めていると、トテトテと幼女が入ってきた。珍しい、客か?


 木靴を眺める幼女の姿に癒やされる。


「意匠が彫られていまつ。これはなかなかの物。ふーむ、店主さ~ん」


「へい、どれを欲しいんで? 嬢ちゃん?」


 久しぶりの客だと、笑顔で問いかけると幼女は首を横に振り


「あたちは月光のアイでつ。このお店を買い取りにきまちた。先月は断られましたが、それから心変わりはありまちたか?」


 にこやかにその幼女は問いかけてくるのであった……。





 木靴屋からてこてこと出てきて、羊皮紙に書いてある店の名を削り取る。


「アイ様、交渉が上手くいって良かったですね」


 マーサが隣から声をかけてくるので、満足げに頷く。


「これで7軒目。手持ちの金貨も尽きましたしこれで今月はおしまいでつね。残りはスラム街の開発に使いまつし」


「毎月全力投球だな! さすがは社長だぜ!」


 マコトが褒めてくれるけど、なぜか全然嬉しくない。なぜだろうね?


「親分は地上げ屋だったんですね……恐ろしや」


 とりあえず恐れた表情でからかってくるガイには幼女キックを入れておく。誰が地上げ屋だ、誰が。


「でもリバーシをいまさら展開するとはなぁ。思いもよらなかったぜ」


「テンプレは儲かるからテンプレなんでつ。とはいえ、消耗品ではないので、王都に出回りきるのも時間の問題でしょー」


「分業制にしているために、数を揃えることができますからな。素晴らしいやり方です、姫。スラム街の人間にも仕事を与えることができますし」


 うむ、と重々しく頷くが幼女なので愛らしさしか見せられないアイはざっと計算する。現時点で既に金貨7000枚とリバーシはなっている。だが、リバーシ一個につき、木材代金に銅貨10枚、だいたいの木枠を切る人に銅貨10枚。リバーシの板にする人間に銅貨10枚、丸みを作り、綺麗な仕上げにする職人に銅貨30枚、お店の主人に銅貨20枚。利益は20枚にしかならない。金貨2000枚の利益なり。


 たぶん来月は同じ程度売れるけど、それで終わり。あとは他の領地に売り捌く必要がある。とすると輸送費も入るので、利益は雀の涙だろう。いや、輸送費も含めて、他の領地では値上げすればよいのか。


 草鞋がだいたい金貨6500枚、蜂蜜代が3万枚。シルから買い込んでいる野菜や肉代が5000枚。3万3500枚が手元にあって、お給料でむにゃむにゃ。ケインたちの給料は金貨5枚にしたよ。残り2万枚。木靴屋の買い取りに7000使ったから、残りは全て施設作りに突っ込んで邁進してます。


 今やスラム街は建築ラッシュである。酒場を作り、家を直し、木材を加工する人々がそれを手伝う。どんどんと景気が良くなっている。北西も壁を作り終えたので、あとは中を整備するだけだ。


「さっきの木靴屋を見ましたか? なんと木靴に意匠を彫っていまちた。あそこの職人に他の職人へと意匠のレクチャーをしてもらい、木の髪飾り、木の器に意匠を彫ってもらいましょー。椅子やテーブルも作ってもらって、スラム街で売りにだしましょうね」


「次は家財屋かよ。なんにでも参入するのな」


「許可制でないのがいけないんでつ。慣れていない間は不格好になるはずでつから、スラム街で品質を見極めながら売ってもらいまつ。品質が良くなってきたら、平民区に参入でつね」


「テンプレで稼ぐことをメインにしないのな、社長って」


 リバーシはあんまり儲からないじゃんと、マコトが口を尖らす。たしかに見た目はそうだろう。だが、違うのだよ、リバーシには意味がある。


「リバーシは外に売りに出す自然な理由になりまつ。王都の方からきまちたって、アピールでつ」


「親分は消火器を売る人だったのか」


「幼女パンチ!」


 飛び上がって、ガイの顔にちっこいおててでパンチを入れておく。誰が訪問販売の詐欺師だ、誰が。


「王都にはこれ以上手を出さないのですか?」


 疑問顔で尋ねてくるギュンターへと、俺は考えを伝える。そうしたいのは山々なんだけどね。


「平民区に浸透するのにも時間がかかりまつ。あんまり強引な参入は余計な敵を作りまつからね。ゆっくりと浸透するのでつ」


「アイたん……強引な参入をしていないと思っているんだね……」


 ん? ランカさん、言いたいことがあれば聞きますよ?


 酒場に家具屋、そして大工。街を開発するのに必要な面子は揃った。食料品はシルから手に入るし、兵士も揃った。スラム街はこれで時間経過でまともな街となるに違いない。


「では、修復の終わったお屋敷で宴会といきましょー」


「おー!」


「りょうかーい!」


「畏まりました」


「なにを買ってきやす?」


「ガイ様、買い込むので、一緒に来ていただけませんか?」


 皆が同意してくれたので、月光の異世界宴会をやりますかと、幼女はご機嫌な表情でスキップをしながら帰るのであった。おっさんがスキップしたら、映画ならば編集でカットされるに違いないので、アイは幼女に転生して良かっただろう。


 ガイがマジで? え、マジで王都の野菜を使うんですかい? と怯んでいたが


「もちろんでつ! そろそろあたちたちも王都に慣れましょー」


 輝く笑みでガイへと告げる。


 そろそろ俺たちも異世界の食べ物に慣れるべきだ。この異世界で暮らしていくのだから。


 拠点ができたことだし、アイはご機嫌に帰りながらそう思うのであった。




 月光の本部、支部ということになっているが、アイの自宅は見違えていた。庭は刈り込まれている。一部は畑用として壁で囲まれているけど。


 屋敷もヒビもなく壁は綺麗に塗り直されている。扉も木窓も修復済みで普通の屋敷となっていた。お金持ちのおうちである。次の目標は窓ガラスを嵌めること。


 そんな立派な邸宅で、カンパーイとコップを掲げて皆で宴会をアイたちはしていた。


「カンパーイ!」


 たまには馬鹿騒ぎも良いだろうとアイは周りを見渡す。ガイたちだけでなく、月光の部下たち、スラム街の者たちもいる。


 皆は笑顔で鍋からシチューをよそい、黒パンを頬張り、エールを飲んでいる。元スラム街の人間とはもはや思うまい。小奇麗な古着ではあるがしっかりとした服装。


 その表情に影はもはや見えない。良いことだ、俺がこの地に来てから半年……ようやく拠点を手に入れた。


 未だに零細企業であり、力のある者たちにはあっさりと潰されるだろうが、それは俺の才覚次第だ。


 少しは皆が慕ってくれると良いなぁと思うけど。幼女は繊細なのさ。


 マコトは異世界のみの野菜で宴会と聞いて、逃げ出していたが。


「アイちゃん、こんなに肉がいっぱい! 食べよ〜」


 日頃、肉どころかその日のご飯を食べることが難しかったララが満面の笑みで焼き肉を勧めてくる。ありがとうとちっこいお口で齧ると、刷り込んだ塩の味が肉によくあって美味しい。美味しいということにしておこう。


「ガイ様、シチューが煮えていますよ、どうぞ」


 マーサがガイへと器によそったシチューを手渡しているのが見えた。優しい笑みに釣られてシチューを貰うガイ。うんうん、美味しく食べてくれ。


 今まで苦労していた分、幸せになってねマーサと思う。よくララをあれだけ天真爛漫に育てたものだ。その凄さに感心しちゃう。


「ランカ、お前はもう少し仕事を探せ! 自分にできる仕事があるはずだ」


「え〜、僕は仕事を探しているよ? アイたんの護衛」


「それは儂の仕事だ! お前はぶらぶらしすぎだぞ」


「魔法使いは瞬間火力があれば良いから、それ以外はぶらぶらしてて良いの」


 ギュンターとランカが仲良さそうに……。うん、仲良さそうにしている。あの二人はなんだかんだ言っても、戦闘で連携をとれるのだ。仲良さそうにしておこうっと。


 俺もひょいとシチューを取り上げて、スプーンで食べる。豆乳で煮込まれた人参や玉ねぎが甘くて美味しい。お肉が入っていれば良かったけど、贅沢は言うまい。


 異世界で再びこいつらと暮らすことがあるとは……。思いもしなかったぜ。俺はこの世界で暮らしていく。世界を相手に無謀な試みをしていこうじゃないか。


「……ねぇ、親分? 俺らのシチューはお湯に塩を入れただけなんですが、なんで親分のはホワイトシチューなんですか?」


「気のせいでつ。シッシッ」


 近寄るな、覗き込むな、これは普通のシチューだよ。


「アイちゃん、一口ちょーだい。……! スゴーイ、このシチュー美味しすぎる! 食べたことがないよ、こんなシチュー」


 ララがひょいとスプーンで俺の器からシチューを掬って、口に入れて驚く。そう? 普通だよ、普通。


「親分、そろそろ王都の飯に慣れるって言ってなかったですかい?」


「ごめん、無理。駄目だわ、幼女のお口には合わないわ」


 人間、苦手な食べ物ってあるよね? 俺にとっては異世界の野菜かな? 幼女は野菜嫌いだから仕方ないよね?


「ズリー! あっしもそっちを食べますよ! あっしにもください!」


「アイたん、僕にはオレンジジュース!」


「む、では儂は焼酎を」


 ワイワイと皆が迫ってくる。幼女は繊細なガラス細工の身体なんだから、おさわり禁止!


 ララまで、なんか食べたいと身体を揺すってくるので、なぜか微笑みが浮かび


「さて、物語なら第一部完と言ったところだが、あたちはここがスタートでつ」


 不敵な笑みで、黒幕幼女は次の指針をたてるのであった。

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[一言] ララちゃん太りそう(確信
[良い点] おっさん 面白い [気になる点] おっさん ガイに慈悲を [一言] 前作からの読者です。 今まで感想書きたかったのですが 引っ込み思案ゆえ中々書けずにいました。 しかし現在酔っぱらっており…
[良い点] 勝ったな!第一部完! [一言] 月光&陽光ともに人数が結構いる+現地人の雇用費用も考えると、やっぱ人件費でぶっとびますなぁ。 ある程度は食べ物で回収するにしても、アイ個人しかできない事なの…
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