50話 スラム街の聖女な黒幕幼女
ガヤガヤとオンボロ屋敷の広間には大勢の女性たちが集まっていた。女性ばかりなので、ギュンターには出ていって貰い、マコトとランカだけである。
女性たちは歳も様々だし、人種も様々である。共通なのは薄汚れていて、痩せているところだ。あんまり儲かってはいないらしい。なんでだ? 娼婦ってのは、文明発祥以来の仕事なのに。
イメーネが不思議そうな顔をして、コテンと首を傾げるアイへとその理由を教えてくれる。
「私たちは娼婦と言っても場末の者たちです。ちゃんとした娼館は平民地区にあり、奴隷商人が経営しています」
「あ〜、なるほどね。考えられているな、奴隷商人がやるならいくらでも娼婦を用意できるし、力を持った商人だから娼婦は逃げることもできないか」
ふむ、と幼女は顎にちっこいおててをそえる。隷属魔法のないこの世界。力のある人間しか奴隷は持てない。そして奴隷商人ならば、娼婦を用意できる。使い捨ても可能だ。奴隷の扱いは鉱山労働か、娼婦、荘園にて働かせるのみで、一般には出回らない。劣悪な状況なのだ。
さらに深く考え込む。それならば奴隷の地位ということで、見下してハマる男もいまい。奴隷だってそうだ、懸命に働くことはない。なにしろ稼いだお金は全て奴隷商人の物。江戸時代の吉原みたいに奇跡の確率だが、年季明けや身請けという言葉もないはず。奴隷という立場が妻や妾ということにもなるまい。
しかして、奴隷商人がやっているので身元はしっかりとしていると。人々は安心して娼館へと行けるのだろう。病気を気にしなければだけど。ステータスが高いと病気も防げるからなぁ。そこが地球と違うところだから、裕福なステータスの高い人間はそこらへん気にしないのか。
安い娼婦を求めるとなると、スラム街となるわけか。なるほど、だからここの人たちは貧乏なのね。
「これは都合が良いでつね。奴隷商人の動きが気になりまつが、きっと上手くいくはず……」
これからのことを考え込む。上手くいったら儲けものとしよう。駄目で元々だ。奴隷商人の経営する娼館も気に入らないし。
「おーい、アイたん? また眉を顰めているよ〜」
「ん? 少しばかり考えこんじゃいました。では、まずは病気から治しましょーか」
このハードな異世界で良いところ。それは状態異常回復の魔法レベルが極めて低く万能なところだ。毒も病気も簡単に魔法で治せちゃうのである。
失敗確率はステータスと回復魔法レベルに依存するけど、成功するまでダイスを回せば良いのである。凶悪な毒や病気だと、ステータスと回復魔法レベルが高くないと、自動的失敗になるようだけど。
「まずは重症者からかけまつよ。体調の悪い娘、いまつよね?」
てこてこと歩いて、いかにも体調の悪そうな女性のそばへと近寄る。痩せ細っており、よくここまで来れたなと感心するレベルである。
「ゴホッゴホッ。あの、私の病気を治して頂けると?」
「もちろんでつ! テクマグダララン、キュアディジーズ!」
相変わらず怪しげな詠唱で、病気回復の魔法を唱える幼女である。キラキラと光が輝き、女性へと降りかかる。
「テロリン、アイは女性の病気を癒やしたぜ!」
マコトがログ代わりに教えてくれて、女性は咳が止まり驚く。
「身体が楽になりました! あ、ありがとうございます、アイ様!」
「いえいえ、そ~いえばここに来れなかった病人もいまつか? 治しちゃいますけど」
そう答えて、無邪気な笑みで、なんともないよとちっこいおててを振るアイに、歓声をあげて女性たちはあたしもあたしもと集まってくるのであった。
「あたしのおかーさんも病気なんです!」
「私も胸が悪くて」
「身体の具合が」
一人ずつ治しますよと、聖なる幼女となって、小枝を振りながらアイはどんどんと回復させていく。ステータスを上げたことにより、ヒットポイントも魔力も増えているので、とりあえず重症者は治す。他の人たちは魔力が足りないから、明日広場で皆の前で治すね。幼女が回復魔法で人々を治す姿を皆さんに見てもらおうっと。
とりあえず女性たちが落ち着いたところで、口を開く。
「とりあえず場末の娼婦は止めて貰いまつ。身体を削るだけで良いことありませんし」
その言葉に娼婦たちは顔を見合わせて困った表情となりざわつき始める。
「あたしらはなにもできないんだけど?」
おずおずと一人が前に出てきて伝えてくるので、うんうんと頷く。ずっとそう思っていたんだろうね。しかし、当り前だけど、そんなことはない。できるが、このハードな異世界では仕事が貰えないだけだ。
「なにもできないなんてことはないでつ。お仕事は斡旋しまつ。娼婦の仕事をやりたい人はいまつか?」
その言葉に何人かが、おずおずと手を挙げる。あ〜、やっぱりいるのね。理由は幼女だからわからないでつけど。指を咥えて、バブバブと赤ん坊化する幼女である。
「えっとでつね。娼婦は希望制にしまつ。それと、しばらくは娼婦は休止して貰って準備ができるまで待ってもらいまつ。その間は他の仕事をしてね」
「休止って、どれぐらいですか?」
「とりあえず娼館を作りまつ。立派なのを。それに教養も覚えて貰って〜。半年は必要かな? 準備がかなり必要なうえに難しい……上手くいくかなぁ」
女衒はやりたくないんだよね。でも娼婦に娼館は必要だ。長い目で見る必要があるが、昔から偉い人たちが口を軽くする場所なので。
これは微妙な問題なので要相談だ。借金を持ち、娼婦で金を稼ぎたい人間……う〜ん、教養を売っていくことも難しい。どうやれば良いか。昔の人たちはよくこんなことできたな。……それができるツールが必要なのかもしれない。
幼女は常に頭を回転させて、次々と新たな考えを検討していくが、周りの人たちはどうなるのかはわからないが、この優しい幼女ならば上手くしてくれるかもと、期待の視線を送るのであった。
もちろん幼女はそんな視線には気づかずに、てこてこと広間を歩き回っていたんだけど。
スラム街の対応は終わりである。いや、終わりではないが一応の指針はたてたと、幼女は平民地区をてこてこと歩いていた。平民地区は相変わらず騒がしく活気がある。
「草鞋〜、草鞋はいらんかね〜」
「お、一つおくれ」
「あいよぉ、銅貨5枚でさ」
道端を見ると、ごく当り前の風景となった草鞋売りとお客さんの取引があった。アイに気づきペコリと草鞋売りが頭を下げてくるので、パタパタと手を振っておく。
「既に草鞋売りは平民地区に溶け込んでおりますな」
「だね〜。う〜ん、僕は外国人が草鞋を当たり前のように履いているのを見るのは、なんだか不思議な感じがするけど」
ギュンターの言葉にランカが不思議そうにする。たしかに草鞋を履く外国人の姿は奇妙かも。でも、問題はない。
「良いことでつ。まだまだ草鞋の需要は高まっていまつ。どんどんと売っていきましょー」
ムフフと、無邪気な微笑みで草鞋を履いている人々を見る。これだけ人がいるにもかかわらず、8割の人が草鞋を履いていた。僅か数ヶ月でよくぞここまでと、思いついたアイ自身も感心する程だ。それだけ木靴が高く、しかも履きづらかったのだろう。木靴は硬いしね。
雑踏の中で歩いていくと、目的地に到着する。
「とーちゃーく! お待たせしまちた〜」
元気よく挨拶をする幼女。シュタッとちっこいおててを掲げて、元気よく挨拶だ。幼女は挨拶ができる良い娘なのだ。
常ならば、そんな幼女の挨拶に相手も笑顔で返してくれるのだが……。
「あぁ、いらっしゃい。マーサさんが紹介してくれたのは……君で?」
ギュンターとランカ、そしてマーサを連れた幼女である。見た目には責任者に見えないことこの上ない。この娘なのと戸惑っている景気の悪そうな男が挨拶を返してきた。
「そのとおりです。この方が貴方たちを助けてくれるアイ様となります」
「は、はぁ、そんじゃ奥に来てくれるかい?」
奥へと案内してくれる男へとついていく。てこてこと歩く中で棚に埃を被って置いてある木靴が目に入る。売れている気配はまったくない。
奥へと進むと、何人かのやはり景気の悪そうな男たちが待っていた。こちらに気づき困った表情で見つめてくる。
「この方が貴方たちを救ってくださるアイ様です。皆さん」
「こんな小さな娘が?」
「貴族なのか?」
「助かるのならばなんでもいいよっ」
それぞれが顔を見合わせて話し合うので、アイはにこやかに両手をあげてご挨拶。
「げっこーのしぶちょーというんでしたっけ? それの責任者のアイです! よろちくお願いしまつ!」
元気な幼女ですと、ぴょんぴょんと飛び跳ねちゃう。挨拶って、重要だよね? 第一印象は大切なんだぜ。
ホッと肩の力を抜いて、男たちの緊張が解ける。良かった、皆は安心してくれたようだ。なんでランカが笑いを堪えているのか、あたちはわかんない。
「えっと、おじょーちゃんが私らを助けてくれるのかな?」
与し易そうだと、一人が声をかけてくるので頷く。
「えっと、げっこーが貴方たちのお店ごと買い取りまつ。一律金貨1000枚! 継続して店主さんと職人を丸ごと抱えて雇いまつので、ちょっとお安いですが」
「うちは木靴しか売ってこなかったんだ。職人もそんなに難しい仕事はできないよ?」
彼らは言葉どおり、木靴屋である。確認したが6軒の木靴屋が集まっていた。10軒以上声をかけたが、革靴を作る傍らに木靴を作っていたり、他にも仕事があったりして来なかったのだろう。
純粋に木靴しか作ってこなかった靴屋、職人もそこまで腕がないのを抱え込んでいる者たちが集まったのだ。というか、集めたのである。
「大丈夫でつ。木靴を作れる技術があれば問題ありません。木を形成する技術が欲しかったので」
羊皮紙を取り出して、店主たちに見せる。
「これからはあたちのお店となって頑張ってくださいな。えっと、げっこーの配下になること。配下から抜けて独立するには……えと、んと、金貨10万枚? 払うこと〜」
金貨10万枚とは凄いなぁ、とその無邪気な言葉に店主たちは顔を緩ませる。うん、しっかりと契約書に書いてあるよ。物凄い長さの契約書だから、しっかりと読んでおいてね。
指をおりおり、舌足らずな言葉を伝える。50店舗ぐらいの木靴屋を発見したが、まずは6軒で良いだろう。
「ど〜しますか? あとで契約を結んでも良いでつが、他の木靴屋さんが来ちゃうと、枠はいっぱいになっちゃうかも〜」
契約書は読んでおいてね。契約する前に。俺は必ず読むぜ。
「そ、そうなのかい? 賃金はさすがに安くなるのかな? でも、今の状態だと首をくくるしかないからな……」
「仕方ねぇ。悪いようにはならねえだろ。このままだとうちは木材代金も支払えずに親子で奴隷行きだ」
「うちもスラム街に行くことになるよ……のった!」
皆は契約書に名前を書いてくれる。凄いなぁ、この人たちはびっしりと書いてある契約書を全部読んだのか。俺は一時間はかけて読むけど。
まぁ、ブラック企業ではない。裏切らないように違約金をちょっと高くしているだけだ。口頭でも伝えたし大丈夫だろ。
それに俺は異世界文明というか商人を信用していない。金貨1000枚稼げるようになったからお金を返すと言われて、アイデアや技術だけ持ち逃げされても困るのだ。この世界は特許制度ないし。
「社長は詐欺師になれるぜ」
隠れているマコトがこっそりと言うが、騙してない。まったく騙してないよ? 幼女嘘つかない。
「なんにせよ、ようやく異世界テンプレができまつ。ようやくね」
木靴がまったく売れずに借金だけが残る木靴屋が安堵の表情で契約書にサインをしていくのを黒幕幼女はニコニコと見守るのであった。