48話 スラム街を完全支配する黒幕幼女
勇者ガイ。その凛々しい表情と爽やかな顔つき。細身でありながら力強さを感じさせる、若い女性にきゃあきゃあといつも言われる男だ。少しガイの妄想が入っているかもしれない。
街角に蹲り、辺りの様子を覗き見る髭もじゃの毛皮を着た大柄な体格のガイは、きっと未来はそうなるはずだと信じている。未来は無限大なのだ。
その姿は獲物を探す小悪党にしか見えないので、未来は暗雲に覆われている可能性があるが、未来は無限大なのだ。きっと地下帝国から抜け出して、パチンコで一発逆転をするのだ。
ギャンブルで一発逆転は必ず失敗すると思われるが、ガイは常にチャレンジ精神に満ち溢れている。チャレンジ精神とは少し違うかもしれない。たぶん一の目しか出ないサイコロを作っても、相手が奇跡の一のゾロ目を出して、そこで話は終わりな予感がする。
そんな小悪党Zはフンフンと鼻息荒く、慌てながら道を駆けていくチンピラたちを見る。
「どうやら、ギュンターの爺さんは上手くやったようだな。敵が手薄になっていやがる。あっしの第13勇者遊撃隊の出番だな。あっしの主人公っぷりを見ていてくだせえ、親分」
クックックとほくそ笑むその姿は、どう見ても主人公ではなく、小悪党にしか見えなかったのだが。
ガイの後ろにはダツソードマンたちが待機している。恐らくは最終防衛ラインが崩壊すれば、盗賊たちは逃げるでしょとアイが予想して、ガイたち精鋭部隊を先行させたのである。
「裏口の見張りは二人。窓のそばに一人か。アーチャー、窓のやつを倒せ。盗賊たちに戦いというものを教えてあげましょう」
不敵なる声音で指示を出す女性が、なぜか加わっていたが。
「……なぁ、なんでお前がいるの? 待機って言われてない? どうして指揮官面してるの?」
疑問の声をあげるガイに、灰色の短髪をした狐耳と尻尾をもつ軍人めいた真面目そうな狐人は冷たい視線でガイを見る。
「自分は閣下に直々に名付けをしてもらった身だ。それなのに、未だに戦果はなし。羽虫団長は高火力すぎて、屋敷に待機であるし、ここは自分がフウグ一族の力を見せなければなるまい」
フンスとふくよかな胸をぽよんと張って、陽光傭兵団副団長の美少女、フウグリクセンのルーラが答える。
「名付けをすると、なにか変わるのか? まぁ、それならあっしの指示に従い」
「では作戦を開始する! ソードマン、アーチャー、ガイ行くぞっ!」
「お、おい、ちょっと待て! 待てったら〜。それはあっしの役目! 待って〜」
ルーラの指示を受けて、全員は裏口へと駆け出す。ガイは名付けをしたら、なにか変わるのかもと疑問に思いながら、ルーラたちにおいていかれそうになって、慌てて駆け出す。さすがはガイ。勇者に相応しい役どころである。
裏口にいる二人は斧を持ち、体格の大きな、いかにも戦士といった男たちである。駆けてくるルーラたちに気づいて身構えてきた。窓のそばにいる見張りは、アーチャーが走りながら撃った矢に当たり、叫び声をあげて倒れる。
「くそっ! 月光の奴らか、いつの間に!」
「フウグのルーラだ! 悪いが死んでもらう!」
切れるような鋭い声音で、ルーラが剣を抜き放ち斬りかかり、相手も斧を横手に構えて、剣を受け止める。
「我らヌモヲ兄弟の力を見ろ! 片手斧技 クラッシュアックス」
ルーラの横からもう一人が片手斧を振り上げて、黄色のオーラを纏わせて襲いかかる。それをルーラは冷笑を持って見てとり、斧技は外れて、轟音と共に石畳を叩くに終わる。
「小僧、技を撃てば敵が倒せると?」
ふわりと後ろへ体を回転させて、木の葉のように下がりながら印を片手で組む。
「エンチャントファイア!」
叫びと共に剣が炎に包まれて、相手はその力に怯む。炎は術者を傷つけない。その装備も。しかし、敵は炎の剣を受け止めれば斧は熱されて、掠るだけでも火傷を負う。
その隙を逃さずにソードマンたちが袈裟斬りにて斬りかかるのを、斧使いたちは慌てて弾く。
だが、完全に体は泳ぎ、胴体ががら空きになってしまう。
「戦いというものを教えてやります! 剣技 ファイアソードスラッシュ!」
炎の剣身が伸びて、横薙ぎに振られた攻撃。その威力をもろに胴体へと受けた二人は体を燃やし、血を吹き出して地へと倒れるのであった。
「やった! 斧術3、片手斧術3ゲットでつ!」
念話で、ようやくまともなドロップがと、幼女の喜ぶ声がする。今回は様子見に徹する幼女な模様。
アーチャーがドアへと近づき開けようとするが、首を横に振って鍵が掛かっていることを示す。
「ガイ様に任せな。俺は金庫の鍵開けは得意だったんだ」
勇者ガイの勇者特性鍵開け。まさに勇者ガイしかつかない特性かもしれない。得意げにドアへと向かうその姿は自信に満ち溢れていて。金庫の鍵開けを得意がるのは、社会的にまずいと思うのだが。
だが、ドアへとガイが向かう途中で、屋敷側から開かれる。
「やっぱり月光は別働隊を用意してたんだね」
疲れた表情ではあるが、顔立ちの整っている女性がドアに手を掛けながら、こちらへと語りかけてくる。服が古着でも比較的新しい様子で、しかも扇情的であった。耳が尖っておりエルフだと見てとれる。
「む? 娼婦の者ですか?」
ルーラが燃え盛る剣を携えながら、相手へと問いかけて、ガイはエロティックな感じだと照れていた。
「えぇ、私は娼婦の元締めイメーネよ。私たち娼婦は月光に降伏するわ。手土産はボスたちの逃げ道を教えると言ったところで良いかしら?」
「もちろんでさ。イメーネさん、このあっしに任せてくれれば。グヘッ」
ガイがイメーネの手を取り格好をつけようと、キリリと決め顔になるが、ルーラが後ろから蹴り飛ばす。容赦のない狐人である。
「こちらは急いでいるのです。で、ボスの逃げ道とは?」
「こっちよ。壁がいくつか壊れて外れているの」
イメーネは蹴られて倒れ込んだガイを嘆息しながら見たあとに、案内をしてくる。
「ねぇ、なにか今蹴られなかった? 俺を誰か蹴らなかった?」
「美少女の蹴りはご褒美だ。良かったでありますね、ガイ殿」
しゃあしゃあと言うルーラ、そのしなやかな脚をクイッと動かして見せて、むむむとエロいかもと納得してしまうガイ。新たな扉を開こうとする勇気ある者なので、あとでアイに正気に戻れパンチを喰らうことは確実であった。
しばらく静まりかえった屋敷の中を先へと進むと、スラム街にあり得ない新品の服を着た五人程の男たちが革袋を背負って、壁を開けようとしていた。
「罠ではなかったのでありますな。エンチャントサンダー」
燃え盛る剣とは別に、腰に巻いていた鉄の鎖に雷を付与して、ルーラたちは足を速める。
「ちっ! イメーネッ、裏切りやがったな!」
ボスらしき男が舌打ちして、息を切らしながらついてきたイメーネが肩をすくめる。
「私は逃げ出す相手と連合を組んだのではないわ。私たち娼婦を守る人間と手を組んだの。即ち貴方ではないことは間違いないわね」
「ちっ! 奴らを殺せ!」
意外と素早い動きで敵のボスの指示を受けて、短剣を構えて幹部たちらしき者たちが迫ってくる。ソードマンが剣を振り迎撃するが、意外にも上手く剣を受け流す盗賊たち。
ルーラは一人の敵と相対して、剣に力をこめる。あえて敵が受け止められる程の速さで斬りかかり、短剣で受け止めさせるが、怪力の特性持ちのルーラはそのまま跳ね飛ばす。
「ダツとは違うのです! ダツとは! 剣技 ファイアソードスラッシュ!」
技ではなく、力にて無理矢理敵の態勢を崩して、隣にいる敵も巻き込んで、炎の剣で横薙ぎに斬り裂く。
パイルダーアイと、ガイがボスと相対するのは嫌なので閣下に任せようと叫んでいるが、スルーして倒れ込む敵を乗り越える。
「くそったれ! 盗術 シーフステップ!」
ゆらりとボスの体が揺らめく。恐らくは回避技なのだろう。が、ルーラは腰につけていたチェーンウィップを外して、ボスへと振るう。
「回避技など、リクセンには効かないのであります! 鞭技 ライトニングバインドウィップ!」
ボスへと振るわれた鞭が、相手を囲むように何重にもくるくると回る。そして、その囲いは絞られて、揺らめく敵を捕らえるのであった。
回避技にて通常攻撃は回避できるが、捕縛系は逃げられないように発動する。シーフの天敵であった。
「グァァァ!」
付与された雷により、電撃が体を流れて苦しむボスへと剣を身構えて突きの態勢をとり、ルーラは不敵に笑う。
「自分の初陣、貴様の首を頂く! 片手剣技 疾風突き!」
麻痺をしているボスの首元へと、疾風の速さで剣は突き刺さり、血を噴水のように吹き出して、ボスは倒れるのであった。
剣の血糊を敵の服でゴシゴシと拭い取り、鞘へとルーラは仕舞う。他の敵もダツと、ボスを倒されたので目立てなかったガイが倒し済みである。
「この革袋の中、金貨や金板が入っているぞ!」
素早く落ちていた革袋の中身をしゃがみ込んで確認する勇者ガイ。その姿はまさしく勇者。勇者はこのようなアイテムを常に調べて手に入れるのだ。ヘソクリだって見逃さない。
小物に見られる可能性があるにも構わずに、小悪党の演技をする勇気ある者である。その姿にシンパシーを、いや、助けられたことに感謝するイメーネが近づく。
「本当ね。金貨2000はあるわ。これ、どうするの?」
「あぁ、親分に上納するつもりだが」
「少しぐらい抜いてもバレないんじゃない? 私は貴方とワインで乾杯したいわ。他にも可愛い女の子はたくさんいるし、宴会でも良いわね」
イメーネがこの男はちょろそうねと、媚びる笑みで悪魔の囁きをするが、ガイはきっぱりと断る。
「親分はしっかりと報酬をくれるからな。ここで誤魔化して、ヒヤヒヤしながら酒を飲むより、正当な報酬を貰った方が美味い酒を飲めるんですぜ」
それに日本酒などはアイしか持っていない。たくさん金貨を持っていたら怪しまれるし
「やったー! 盗術4、気配感知3、気配潜伏3、短剣術3、罠感知3、罠解除3をゲットしまちた! 盗術4は可能性としてドロップしないと思っていたんでつが! あとは幹部たちらしき者のスキルでつね」
きゃあきゃあと、小鳥の囀るような可愛い声が念話にて聞こえてくるので、ネコババは無理なのだった。
「あら、意外とお堅いのね。……ねぇ、それじゃ、私をボスに紹介してくれる? 皆でサービスしちゃうわよ?」
「支部長は優しいから安心しな。月光タイタン王都ナンバースリーのガイに任せてくんねぇ」
「きゃあ、ナンバースリーなの? 頼もしいわ!」
イメーネがガイの腕にしがみついて、微笑みを見せる。
ドンと胸を叩くガイ。ガイは優しいので弱き者を助けるのは当たり前なのだ。胸をぎゅうぎゅう押し付けられているからでは、決してないに違いない。
「たいした相手ではなかったでありますね。閣下、敵の主要拠点の制圧に成功しました」
その様子を見て、呆れて肩をすくめながら念話にてルーラがアイへと報告する。
「ルーラ、よくやりまちた。ギュンターに最終防衛ラインの制圧命令を出しまつ」
「はっ! 我ら月光のために!」
敬礼を相手には見えないのにする軍人ルーラである。
そうして、スラム街最後の砦は月光により制圧された。タイタン王都のスラム街は全て月光支配地になり、黒幕幼女はホッとひと息つくのであった。