47話 黒幕幼女はスラム街にて戦う
北西スラム街は10年前に貧困で生まれた他の地域と違い、昔から存在する裏稼業を持つ者の溜まり場ともなっている場所である。
貴族でも一人で入り込んだら命がないと言われていた盗賊や娼婦の溜まり場であった。
あった、だ。過去形である。貴族の浄化作戦の影響は大きく、その傷跡は貧困層が多くなり、裏稼業の人間で力のある者が少なくなった。
群雄割拠、戦国時代もかくやという小規模の集団が増えて混沌としていた。かろうじて力を持つ大きな組織は盗賊の集団と娼婦の娼館ぐらいである。
結局のところ、裏稼業の人間は正攻法で武力を用いて攻めてくる相手には極めて弱かった。なにかしら貴族へと根回しを行い浄化作戦を中止、もしくは適当な所でやめさせるのが正解であったのだが、いくらなんでも全てを破壊しにはくるまいと、高を括っていて根回しをしなかった楽観的な考えにより崩壊してしまったのだ。
そうして廃墟と化して10年。復興支援がある訳でもなく、もはや生きる道がないと諦める人々が住むスラム街に住んでいたのだが……いつもとは違い、昼日中から異変が起きていた。
人々はその光景をまたもや過去と同じことをするのかと、死んだ目で見ていた。騎士団らしき者たちが少しずつスラム街に入ってきたと思うと、通路を封鎖してしまったからである。
異様な集団であった。物凄く静かであり、誰一人言葉を発していないのに、淀みなく集まり陣形を組んでいる。隊長らしき者も声をあげて指示することもない。
訓練されているというレベルを超えた者たちであり、まるで一つの生き物のようであった。
そんな不気味な者たちでも騎士団であろう。持って逃げる大事な物などない。大事なものは己の身のみと、逃げる準備をして眺めていると、少し変な光景となってきた。
薪をそこかしこに置いて、大鍋を置くと火をつけてシチューを作り始めたのだ。肉や野菜をたっぷりと入れて、塩を放り込みグツグツと煮始める。
その匂いにフラフラと住人たちが顔を出すと、一際立派な鎧を着込んだ老年の騎士が声を張り上げた。
「儂は他のスラム街を支配する組織月光のギュンター! 今日はこの北西地域を支配しに来た!」
グルリと見回すその視線は強烈で、見る者に威圧感を与える。
「ざっけんな! 月光、てめえらの噂は聞いてるぜ! ここは俺らのシマだぁ!」
バタバタと足音が響き、路地裏から棒や錆びた短剣を持った人間が100人ばかり現れた。暴力をもってして、ここらへんを支配する者たちであった。
対するギュンターという騎士たちの集団は30人ばかり。しかも10人はシチューを作っている。
「こ、この人数に驚いたか? 俺たちはお前たちに対抗するために連合を組んだんだ。てめえらを倒して、反対にシマを頂くぜ! てめえらの兵士が少ないのはわかってるんだぜ!」
へっへっへ、とボスらしき狼人が手甲で覆った拳を構える。周りの何人かも手甲をつけており、格闘に自信を見せていた。
ふむ、と老騎士は頷いて、おもむろに片手をあげると、空気中から次々と兵士が現れる。屋根の上にもいつの間にかいて、弓を構えており、その数は200人を超える。しかも皆は揃いの武器防具を着込んでいる。
「連合とはちょうどよい。では、降伏勧告をするとしよう」
すぅ、と息を吸うと次の瞬間、大音声で老騎士は辺りへと響き渡らせるように告げてきた。
「これより宣戦布告をする! 降伏する者には温かい食べ物と、後日仕事を斡旋しよう。逆らう者もこちらの力を見たあとでも降伏を認めよう!」
ギロリと物理的力を持っていそうな眼光で、さらに声音を高めて言う。
「それ以外は敵として殺す! ここまで月光の寛容さを受けながら、それでも戦おうとする奴には容赦せん! 各自選択せよ! 月光の支配を受けるか、死かを!」
シーンと静寂が生まれる。皆は老騎士の言葉に驚くが、後方で煮えているシチューが真実だと言っているようであった。耳聡い者は既に月光の話を聞いており、そそくさと早くも鍋へと向かっていた。
「ざけるなっ! 死ねっ!」
狼人たちは老騎士へと襲いかかってくるのを、冷徹な目で見ながら剣を抜く。
「開戦の狼煙をあげるとしようか」
そう言って、狼人たちへと立ち向かうのであった。
「格闘技 腕力強化 拳技 パワーストレート」
「格闘技 腕力強化 拳技 パワーストレート」
「格闘技 腕力強化 拳技 パワーストレート」
三人組で、同じ技を連携をとって狼人が使い、ギュンターの死角に入るように撃ってくる。狼人の身体能力は高く、獲物を狩る狼の群れの如く、素早く間合いを詰めてくる。
通常ならば、どれかの技が決まり、敵を怯ませて倒すのであろう。うまい連携であり、鍛えられていたが
「片手剣技 疾風三段突き」
ギュンターには通じない。剣を身構えて、突きの態勢をとると、一回の突きで幻の如き三回突きを疾風の速さで発動させる。
「げっ」
「ガハッ」
「グ」
本来は一人に対して撃ち込む突きを、物理的力を持つ三段突きという特性を利用して、ギュンターは三人組に放つ。本来は撃てない範囲にも、幻の突きのため発動し、見事にその身体に撃ち込む。
変幻自在な三段突きを既にギュンターは使いこなして応用していた。そうして、敵が怯んだところを
「剣技 ソードスラッシュ」
追撃の剣技にて、三人纏めて斬り裂くのであった。
「格闘技2、拳技2ゲット! あたちが覚えまつ! さらに拳技2ゲットでつ!」
「そういえば、またパッチが適用されたぜ! 幼女もパワーアップできるように、低いレベルのスキルも手に入るようになったぜ! 確率は最盛期のガチャのSSSRぐらい。今日はサービスで、ドロップ率はいつものと同じにしているけど」
「今のあたちはノッている! 勝ちの流れが見えまつ! 問題なし!」
きゃあきゃあと、幼女の嬉しそうな念話が届く。フッと優しい笑みになるギュンター。
「やろう!」
ボスが怒りの表情で攻めてくるが、ギュンターの後ろから矢が光の矢となって何本も飛来してくる。
「弓技 パワーアロー」
「弓技 パワーアロー」
「弓技 パワーアロー」
複数のダツリョウサンが弓技を使い、何本も矢を放ったのだ。屋根の上から、路地の合間から、ギュンターの後ろから。息のあった同時攻撃を回避することもできずに、狼人はハリネズミの如く矢が刺さり絶命したのであった。
「きゃー! 格闘技3、拳技3をゲット! ドロップ率が神だよ、今日は当たり日でつ!」
きゃほきゃほと、飛び上がって喜ぶ幼女の様子が想像できてしまう。こんなにドロップ率が良いのは初めてだと喜ぶ姿は、いつものドロップ率の酷さを教えてくれていた。物欲センサーの恐ろしさである。
「くそったれ! 短剣技 武器落とし!」
「短剣技 武器落とし!」
「短剣技 武器落とし!」
「短剣技 武器落とし!」
今度はチンピラっぽいのが、舌打ちしながら、技を使ってくる。他に3人が同じ技を使い、まるで手元に絡むような斬りつけを複数してきた。指を狙った攻撃なれど、多少腕を動かすだけで回避できてしまう。
「説明しよう! 武器落としとは、敵の装備を解除する技だぜ! 成功率が同格相手でもかなり低いけどな!」
マコトの言葉に、なるほどとギュンターは納得する。
「よく考えておる。連続で武器落としを使えば、成功率は上がると考えたのか」
「ゲームのような考えをするのは現実でも同じでつね。相手が悪かったでつが。リターンあるし」
姫の言葉通りだ。この技は怖くはないが弱者の技なのだろう。手加減は無用と、右足を踏み込み、圧倒的ちからの差で目の前の敵を斬り裂く。
その横から、ダツリョウサンが槍を突き出し、残りも次々と屠る、
「剣術2、短剣技2、盗術2をゲット! あたちが取得しまつ。盗術の技は鍵開け? なるほど。あっ、また短剣技2、盗術2ゲットでつ! これ同じスキルを敵が持っているから、ドロップ率が良いように見える罠? 罠感知2、罠解除2もあたちが覚えまつ。また同じのが出たよ……」
次々と倒れていく敵。その中で幼女のしょんぼりとした声が聞こえる。ドロップ率変わってないでつ……と。
いつもどおりな幼女はすぐに気を取り直すだろうと、ギュンターも剣を振って立ちはだかる敵を倒していく。
「せ、精鋭だったのに、こいつらなんて強さだ!」
それなりに自信はあったのだろう。作戦も考えてきて自信満々であった相手の顔が青褪めていく。なにしろ、ダツリョウサンは槍を突き出すその速度も同じで、攻撃に際して、声も掛け合わないで、敵の死角へと息をぴったり合わせて、連携をとって攻撃をしてくるのだ。
そのあり得ない戦いっぷりに、まともに打ち合うこともできずにどんどん仲間は倒れていくのを見て、諦めの表情となってしまう。
半分程も倒したあとに、諦めた者たちが武器を捨てて投降してくる。身体を震わせて大地に膝をつき、逆らうことをやめるのであった。
「人11ゲット……やっぱりドロップ率変わってない……。もしかして、幼女パワーアップのドロップ率アップデーも、今日は碌なのがでないからやってくれた? うぬぬ、図られたでつ。これいつもは絶対に出ない予感……」
駄目だ、ダメダメだと落ち込むその様子から、珍しいスキルはなかったのだろう。持っていたら、その人物はスラム街にはいないから仕方ない。
戦いが終わり、静まりかえった戦場。多くの死体が転がっている中で、ギュンターは再度勧告をする。
「見たとおり、連合を結んでも月光の前には無力! もう一度降伏勧告を行う! 死か、服従して食糧を受け取るかだ!」
戦いの様子を見ていた人々は圧倒的な月光の力を見て、ゾロゾロと家から出てきて、鍋の前に並ぶ。忙しく並び始める人々の持つ木の器に、ダツリョウサンがどんどんとシチューをよそっていく。
「こりゃ、本当にタダなのか?」
「あぁ、俺は噂を聞いて他のスラム街に移住しようと思ってたんだ」
「俺は月光という組織を前から知っているんだ。悪竜を倒す組織なんだぞ」
「あんた、ここらへんじゃ見ない顔だね?」
温かい食べ物を食べながら、人々は笑顔を少しだけ浮かべる。未だに月光の力を信用してはいないとわかる。が、それも時間の問題であろう。
「ギュンター様、第二、第三区画の制圧を終えました。第四から第五にかけて防衛ラインを敷いている者たちと戦闘中」
「うむ、儂も前線に出よう。慎重に行動せよ」
念話にてダツリョウサンが連絡にくる。何人かのダツリョウサンが戦況を伝えてくるのを聞きながら、ギュンターは満足げに頷く。
「量産型の成功により最低限の防備はできるようになったか。スラム街を利用しての戦場での戦闘力の高さもわかった。その連携振りには目を見張る物があるな」
念話にて瞬時に連絡をとりあい、敵へと襲いかかるダツリョウサンは多少高い性能のキャラよりも遥かに役に立つ。裏切りもない心強い味方だ。
「では、あとはガイに任せるか。敵をひきつけているのだ、ボスに逃げられないようにしろよ」
マントを翻し、そうして聖騎士は前線へと移動するのであった。
「人素材8! もうなにもスキル落ちねーでつ! やっぱ、ここは駄目でつ〜!」
どこかの黒幕幼女の悲鳴が聞こえたが、いつもどおりなドロップ率だった模様。