46話 蜂蜜売りな黒幕幼女
トンテンカンテンと音が響き渡り、多くの人間が忙しく行き交っている。様々な人種が汗を流して、仕事をしている。石を運ぶ者、木材を削る者、煉瓦を積む者。焚き火の上に大きい鍋が置いてあり、グツグツとシチューが煮えている。お昼に差し入れだと、笑顔で子供たちが黒パンを籠いっぱいに入れて、渡して回る。
皆が皆、一生懸命に仕事をしているのを見て、ここは本当にスラム街だったのだろうかと首を傾げてしまう。
「普通の町並みに見えるわ。周りを見なければ」
フロンテ商会の革部門長シルは、周りのボロ屋を見てやはりここはスラム街だと思い直す。
「……ですが、これだけの人々を雇うとは……。どこからこのようなお金が?」
セバスが戸惑うように口にする。もはや草鞋を売って稼げるレベルではないと考えているのは明らかだ。
なにしろ、屋敷を一気に直そうと多くの人足を雇い、大工もかなりの人数雇っている。金貨1500枚程度では納まるまい。5000枚は少なくともするだろう。
しかも辻には酒場も建てられている。なので、この地域一帯は騒がしいことこの上ない。
「どうなのかしら? 別にお金を稼ぐ方法があったのかもしれないわ」
予想は簡単につくが、それは口にしない。これは秘密にしておいた方が良い。私の生命線だ。話が漏れたら殺されると思うが、上手く立ち回れれば、莫大な利益となるのだから。
「はぁ、そうですか……ここのスラム街のボスは変わり者ですな……危険な相手ですぞ、お嬢様」
老年ながら鋭い眼光でシルへと忠告してくるが、既に時遅し。戻れない場所に自分はいるのだ。
「危険な相手だからこそ、お金儲けのネタがあるものよ。今日はご機嫌伺いだから、セバスは待っていて良いわ」
「っ! しかしそれではお嬢様の身になにかあれば」
「この屋敷に入った時点で、自分の身を守れないことはわかっているわ。それじゃ、会いに行きましょう」
屋敷からマーサが出てきて、恭しくお辞儀をしてくるのを見て、不敵な笑みを浮かべて中へとシルは案内されるのであった。
シルが部屋へと入ってきたのをボロっちい椅子に座りながら、幼女はニコリと微笑み出迎えた。
「よくきてくれまちた、シルさん」
黒幕っぽいかな? きっと黒幕っぽいよね、と幼女はニコニコ笑顔で、怪しい雰囲気を出そうと懸命に頑張っていた。小柄な可愛らしい幼女では無理だと思うのだが、まったくめげない幼女である。中の人が厨二病だから仕方ない。
シルは丁寧にカーテシーで挨拶を返す。
「ご連絡を今か今かとお待ちしていました。まさか二ヶ月も待たされるとは思いもよりませんでしたわ」
「色々と忙しかったんでつ。そろそろ夏になる季節、王都は蜂蜜ラッシュで、多くの傭兵さんが巨人の谷に行っているとか」
「命知らずの方たちですわ。門にはダークビショップがいて、通れなかった、山裾を登り崖から仲間が降りて行ったが帰って来なかったと、失敗者が多数いるようですが」
そうなのだ、様子を見に門へと行ったらなんとダークビショップがリポップしていたのだ。しかも2体。あいつを倒すのはかなり厳しいだろう。たぶん城のボスが送り込んできたに違いない。
やばかった。やはり良いタイミングで死の都市を抜け出たということだ。あと、弓で釣れば一体ずつ倒して、無限経験値稼ぎができるかもとか、少しだけ思っています。
「色々と王都は騒がしいのでつね。あたちはあんまりお外に出かけないのでつが。ボロ屋ですがお座りくだしゃい」
ボロボロの椅子へと座るように勧める。屋敷を直すのはあと一ヶ月は余裕でかかるし、ボス部屋は後回しなのだ。お金は有限なので、優先的な場所に回すのである。
失礼しますと、にこやかな笑みでガタつく椅子に座るシルを眺めて、たいした胆力だと感心しながら話を続ける。
「実はでつね。蜂蜜の壺は今いくらかと言うことを聞きたいと思いまちて」
「二ヶ月前は久しぶりの蜂蜜に、その値段は高騰しましたわ。あっという間に貴族に捌けたとか。一壺金貨3万は堅かったらしいですが、この間、またも陽光傭兵団が持って来たため、安定した供給が見込められると考えられて、金貨2万で売られたとか」
「陽光傭兵団はまだたくさん持っているらしいでつね。新たに2壺を売りたいと言われたらどうしますか?」
シルの眉がピクリと動き、動揺の気配を見せる。今月陽光傭兵団が持ってきたのは2壺。たった2壺のはずなのに、まだ2壺あるのかと、シルは内心で驚愕していた。
「そ、そうですわね。まだまだ蜂蜜を欲しがる貴族は大勢います。まだまだ売り払えます。一壺1万で」
「5000」
「え? は?」
なにが5000なのだと、アイに言われたシルは戸惑うが、アイはニコニコと無邪気な微笑みで言葉を返す。
「山程のエールの樽にワイン樽、馬車いっぱいのお肉をお土産にすれば、陽光傭兵団は一壺金貨5000枚で売ってくれまつ。良かったでつね、シルさん。大儲けできまつよ」
「それは大変な儲けとなりますが……なにをお求めになられるのでしょうか?」
あまりにもうますぎる話にシルが警戒の目を向けるので、欲しいものを口にする。
「シルさんのおうちは肉と穀物を扱っているとか。輸送費を含めた原価に近い金額で、優しいシルさんにスラム街の人たちに売ってほしーんでつ。皆はお金の勘定ができないから、あたちが一括で買い上げまつけど」
あたちは、優しー幼女なのでつ、とウルウルおめめで提案するアイ。中身がおっさんであるので、黒いオーラが見えていたかもしれない。
シルは思考を激しく回転させて考える。今の相場に貴族への人脈作り、利益は安く見積もっても金貨1万5千から2万。スラム街の人数を食べさせるだけの食糧はどれぐらい? 原価であれば月に3000から4000枚の金貨となるだろう。即ち利益は本来その倍。損失は多く見積もっても金貨5000枚であるから、こちらが丸儲けだ。年利益金貨40万のフロンテ商会ならば、一気にシルは存在感を増すに違いない。
「あぁ、安く卸すのはナイショナイショでいきましょー。美談というのは、こっそりと広がるものでつしね」
「……本当にその値段でよろしいのでしょうか、アイ様?」
疑り深いなぁと、アイは苦笑しちゃうがそれで良い。裏切ったら殺されると、以前鉄のナンチャラをけしかけたシルは思っている。それに、ここからお付き合いをしていけば、きっとシルは商会主になるだろし、抜き差しならない関係へと変わるだろう。
大店が味方って、心強い。シルの情報は調べてあるのだ。隠していなかったので、簡単にわかったけど。
「商会主になりたいのでつよね? あたちは頑張る少女の味方でつ。一緒に頑張って商会主を目指しましょー」
えいえいおー、と幼女は手を掲げて掛け声をかける。愛らしいその姿にこぞって、紳士たちは手をあげるだろう。おっさんの場合は政治家の決起集会にしか見えないので、幼女ぱわースゲーである。
「え、えいえいおー! ですね」
シルも恥ずかしげに手を掲げるが、目が笑っていなかった。まぁ、それはそうだろう。手強い兄弟がいるようだしね。
そのあとは王都の最近の状況。貴族の勢力争いが激しくなっているようだとか、夜会の話や現在の平民の流行りなど、世間話をしてシルは帰っていった。
バイバイ、また遊びましょー、と手を振り玄関まで見送る幼女は、その無邪気な微笑みから、お姉ちゃんとたくさん遊んだんだねと、ほっこりとしてしまうに違いない。シルの執事はその様子を見て、癒やされると目尻を下げていたし。
まさかこんな幼女がボスだとは思うまい。黒幕だ、黒幕をしていると、セバスの様子を見て、ますますぴょんぴょんと飛んで上機嫌に見送っちゃう。セバスは今度はなにかお菓子をお土産にとかシルに話しかけていたし。
「なぁなぁ、あたしらの方が不利な取引だったんじゃね? だって金貨……何万かの儲けになるんだろ?」
肩に姿を隠していたマコトが現れて尋ねてくるのを自室に戻りながら聞く。
「たしかに見た目はそうでつね。これで商会主になれば、シルはあたちにとんでもない恩を貰ったと考えまつ。それは信頼と信用と言うお金の価値にはできないものでつ」
部屋に戻り、椅子に座りながら答える。隣の部屋に控えていたガイたちがゾロゾロと入ってくるのを横目に話を続ける。
「それに蜂蜜の高騰は今だけでつ。いずれは砂糖を出回らせる予定でつので、今だけのボーナスタイムでつよ」
「確変タイムって、やつですかい、親分? 777が来たとかですね!」
ガイがおどけるが、おっさんぽいぞ、あ、おっさんだったか。いや、主人公らしくはないな。小悪党Zよ。
「貴族に対抗できる力を持ったということですかな、姫よ?」
「僕の魔法でドーンと倒しちゃうよ! 任せて!」
ギュンターとランカの言葉にかぶりを振る。
「まだそこまでとは自惚れていないでつ。でも、まぁ、貴族の目を誤魔化せる程度には軍が揃いまちたね」
パチリと指を鳴らそうとして、やっぱり幼女のちっこい指ではならないので、しょぼんとしつつ、パンと両手を合わせて拍手をすると、壁の陰から人影が現れる。
アイの前に跪くその男は平凡で、どこにでもいそうな男だった。鉄の胸当てと鉄の槍、腰には鉄の剣、弓と盾に矢筒を背中に背負っている。
「王都に根付く準備は整ったと思いまつ。ダツ一族の兵士をようやく呼び寄せまちた。500人の兵士でつ」
ダツ一族というか、新たに人500を使って二ヶ月間毎日作り上げたドローンはこんな感じ。
ダツリョウサン 特性 量産 全てのステータスが+5
格闘技2、剣術2、槍術2、弓術2、盾術2、鎧術2、気配察知2、騎乗術2 オールステータス10、特性により+5
なんか作成が100を超えたら、全員に特性量産が身についたのだ。地味に良いスキルなので嬉しかったアイである。なんと、特性量産は1回の作成で100人作れるのだ。素材は必要だけれども。さすがは量産型と言えよう。
ついでに元からいたソードマン2体の剣術、アーチャー2体の弓術のスキルレベルを素材骨弓を40使い3にしている。スキルレベルの差は馬鹿にはできないし、彼らは量産型のリーダーとして活動もできる。
「500人分の装備は凄い高かったでつが……。7万枚の金貨が吹っ飛びまちた。中古品なのに……」
意外と高かった。意外とではなく、高かった。中古品を密かに買い集めて、ダツスミスに直させたのだが……。
たった500人で金貨7万枚である。シミュレーションゲームのようにはいかないと痛感した幼女であった。シミュレーションゲームは最初から武器を装備しているか、激安大売り出しセール並みに安いのに……ハードな異世界で嫌になっちゃう。
たしかに戦国時代で、装備は兵士が自分持ちになるはずだわ。破産しちゃうよ。白馬を揃えた袁紹凄いな。公孫瓚だっけ?
「アイたん、また全額お金を注ぎ込んだんだね。いつものごとく」
「アイ……あたしは今猛烈にシンパシーを感じてるぜ!」
ランカが以前を思い出したのか、呆れた表情で言ってきて、マコトがあたしも常に全力投球だったと目を輝かすが、ほっとけ。しっかりといつもリスクマネージメントはとっているだろ。資産は残しているんだから。
「兵士が揃いまちたし、北西スラム街を攻めまつ! これにてスラム街はなくしまつので、各員奮闘を期待する!」
ハハッ、と皆が頷いて、黒幕幼女ははりきって皆に役割を振っていくのであった。