45話 方針を決める黒幕幼女
「なんで甘味が少ないか、でつか?」
幼女はちっこいおててで、木の器に入れた粉をグルグルとお玉でかき混ぜながら、顔を持ち上げる。
「うん、なんでこの世界には、おっとっと、この地域には甘味が少ないから、なんでかなぁと思ってさ」
「そういや、そうだな。あたしもそれは疑問に思うぜ? 砂糖もないなんてさ。蜂蜜もあんな危険な場所にしかないしさ」
ランカが椅子を反対にして座り、背もたれを持ち、ガタガタと椅子を動かしながら疑問の表情を浮かべる。後ろ手に組みながら、マコトも同意する。砂糖ぐらい出回っても良いし、蜂蜜の取得方法が難易度高すぎると考えているのは間違いない。
木の器に、ゲーム筐体の浄化をしておいた卵とヤギのミルクを入れる。残念ながら牛のミルクは手に入らなかったが、浄化をすれば美味しい獣臭くもないミルクになるので問題ない。
入れたあとに、ちっこいおててで再度かき混ぜながら、アイは僅かに考え込み、またうんせうんせとかき混ぜる。
「通常、生き物は生存率を上げるために進化しまつ。その土地の環境に適応したり、外敵から身を守ったり、自分の子孫を残すために」
かき混ぜたタネをボウルから掬いあげて、鉄板に落とすと、じぅと音がして、タネの焼ける良い匂いが部屋に広がっていく。
「さて、この地域はどうでしょー。たぶん凄い美味しいレアなのがあるかもしれませんが、それを抜くと? 身体能力の格差で傷一つ与えることのできないこの世では?」
「なるほど、小さい虫などは生きていけないでしょう。死んだ者を食べる微生物ならともかく、ダニやシラミ、蚊にカマキリ、すべて巨大化でもしなければならないと」
腕組みをしながら、ギュンターが異世界の異様さに気づく。ちからがない虫たちは全滅するに違いない。哀れ食物連鎖から外れてしまうのだ。
「そんな虫たちがいないから、植物は普通の方法じゃ受粉ができない。種なら鳥とかに食べられて広がるだろうけど、自分を甘くする必要もない。両方を解決できる力、魔法があるからだ!」
「はぁ〜、たしかにそうでやすね。魔法で鳥を魅了する匂いをだしたり、魔法で歩いたり、花粉を飛ばして受粉すれば良いんですからね。こりゃ酷い食生活になるわけです。甘味が普通に手に入る環境にないわけだ」
ランカがパチリと指を鳴らし、ガイがうんうんと頷く。
「まぁ、これは証明できないでつ。それだけでは説明できない魔物とかもいるし、たぶん進化論より、神が創造したという説の方が可能性高いでつ」
「ようはわからないけど、可能性としては高いってわけだな。たしかに甘露とかいわれる植物が秘境にありそうだもんな。でも、甘味がない理由にはなるぜ」
幼女の説明に妖精が、なかなか面白い説だったぜと感心する。
アイが、てやっとナイフで上手に焼けてきたタネをひっくり返すと、黄金色にこんがりと焼けたパンケーキが出来上がるのだった。
「じゅるり、難しいお話よりパンケーキを早く食べようよ!」
パンケーキを穴が開くほど見つめながら、ララがフォークとナイフを握り締めて、期待感マックスで言うので、そうだねと、アイはパンケーキをドンドコ焼くのであった。
途中からやり方を覚えたマーサへとバトンタッチして、椅子に座りのんびりと待つ。
鉄板の下には鉄の棒が敷かれて、燃えている。俗に言うバーベキュースタイルだ。鉄の棒は四脚に支えられて宙に浮いていて、その上に乗る鉄板を熱している。
「エンチャントファイアは便利だね!」
「そうでつね。エンチャントあるあるな感じで、一度やってみたかったんでつ。なぜか相手は燃えるけどすぐに熱を無くす魔法でつが、鉄板で焼かれたパンケーキは冷めない。炎だけが鎮火されるのだ」
ふんふんふ〜んと、機嫌良くアイは全員にパンケーキが行き渡ったことを確認して
「さて、食べましょー」
三枚重ねにしたふっくらパンケーキに、小さい壺に移した蜂蜜をたらりと垂らす。ケチったら美味しくないと、たっぷりと。
トロリと蜂蜜がパンケーキにかかり、焼き立てのパンケーキに甘い匂いが鼻をくすぐる。
皆もそれぞれ蜂蜜をかけていく。バターもヤギのミルクを撹拌して作ったので、パンケーキの上にちょこんと乗せて出来上がりだ。
ガイとギュンターは少しだけ蜂蜜をかけて、ランカはたっぷりと。マーサは恐る恐るちょろっと。ララは壺が空になるまで。ララはかけすぎだろ。
「うん、なかなか美味しいでつ。甘いのは久しぶりでつね」
幼女になって、甘いの大好きになったと確信しちゃう。おっさんの時は胸焼けするレベルだからだ。
「あたしは小さい身体でラッキーだったと思っちまうぜ」
自分専用の小さな小さなナイフとフォークを持つマコトが目の前にある妖精と同じくらいのパンケーキを食べながら嬉しそうに言う。たしかに自分と同じくらいの大きさのパンケーキはロマンかも。
「ふわぁぁぁ! あんまーい! これが蜂蜜って言うんだね!」
「美味しゅうございますが……美味しゅうございますが……」
感激でララは目を輝かせて、マーサは蜂蜜の値段を知っているので青褪めていた。問題はないのになぁ。
「パンもふっくらとして……信じられないぐらいに美味しゅうございます」
「加工でホットケーキの粉に、ムグムグ」
マーサの言葉に、おっとっと口が滑りそうだったと、マコトが口を噤む。ホットケーキの粉が一番美味しいだろ。小麦粉だけで加工ができるんだから、たくさん作ったんだ。外には出回らせないけどね。今はまだ。
「蜂蜜おかわりっ!」
器用にまたパンケーキを焼き始めたララが、空の小壺を掲げるので、子供は無邪気で癒やされるねと、脇に置いておいた壺の蓋を開ける。中にはなみなみと蜂蜜が入っており、小壺へと移してあげる。
「たくさん食べてください。丘みたいな量がありまつから」
ブリザードって凄いんだね。魔法を見誤っていたよ。一週間近く経っているのに蜂の巣は凍りついたままだ。定期的にブリザードをランカに撃たせれば、絶好の氷室になる。そして大量の蜂蜜もね。周辺には倒した何体かのマンイーターフラワーを配置しておいたし、巨人の目につくほどの大きさでもないし。
ハグハグとララとランカがパンケーキを食べまくる中で扉がノックされたので、ガイに開けさせる。
「どうも支部長。っと、良い匂いが外まで広がってますよ」
「気にすることはないでつ。それよりもケイン、上手くいきまちたか?」
中に入ってきたのはケインである。美味そうですねと椅子に座りマーサにパンケーキを勧められる中で、報告をしてくる。
「はい、北東、南西のスラム街の連中は山程の飯と仕事を斡旋するという言葉に頷きました。あくどい稼ぎをして頷かない連中は……ダツ様たちの力を見て納得しました。今頃頷いておけば良かったと、墓の下で思っているでしょうが」
「よろちい。良くやりまちた。ケインもたくさんパンケーキを食べてくださいね」
ありがとうございます、とパンケーキを頬張るケイン。たぶんこいつは蜂蜜の値段をよく分かってない。マーサだけ、恐る恐るちょびちょびと小壺から蜂蜜をかけては、パンケーキを食べていた。
「これで残りは北西だけですな。月光の支配地域も順調に広がっており、良いことです、姫」
「そうでつね。残りは北西……。多少のお金を持つ裏稼業の人たちがいるとか。最後のスラム街を手に入れるためにも、今後の予定を話しておきまつ」
フォークとナイフを置いて、真面目な表情になる幼女。皆がその様子に真剣な表情になる。それを見た幼女はこれこそ黒幕でつねと、嬉しくてちっこい足をパタパタさせちゃうが、幼女だから仕方ない。幼女はわかりやすいのだ。
「まずは陽光の予定でつ。陽光が手に入れた金額は金板1600枚。金貨にして16万。この世界の金の埋蔵量がとても気になりまつが、たぶん金脈を回復させる魔物や精霊でもいるんでしょう。それか、ゴロゴロと金脈があるかでつ」
「話がズレてるよ、アイたん」
またこの人の解析癖が出たよと苦笑してランカが忠告してくるので、おっとっとと幼女は肩をすくめて話を続ける。
「まずは一攫千金を成した人間らしく、陽光傭兵団はでかい屋敷を買いまつ。そして毎日毎日一ヶ月間に渡り、酒場とかでお大尽をやりまつ。新品の服も買っちゃって、何着もの鎧や武器も買い漁りまつ。宝石とかもね。使う予算は6万枚」
ちっこい指をフリフリと振りながら、皆を見渡しすアイ。6万枚と聞いて、またマーサが青褪めているが、金額の多寡を気にしないで欲しい。
「この時点で、景気良く金を使い果たすだろうと、皆に思わせまつ。そこで馬を買い込んで、故郷に錦を飾ると半分ぐらいの人数が王都から去ります。たっぷりと金貨を持って」
「なるほど、金貨の行き先はどこに消えるか、ということですな」
その意味をすぐに悟るギュンターへと、コクンと頷き正解と言う。どこにその金貨は消えるんだろうね? 幼女にはわからないでつ。
「そして、一ヶ月も経つとその人たちは王都へと帰ってきまつ。やはり、王都が暮らすのは良いと。蜂蜜の入った壺を2個程持ち帰ってきて。そうしてまた半分の仲間が外へと出掛けて、一ヶ月後には蜂蜜の入った壺を持ち帰りまつ」
「こうして王都には定期的に蜂蜜が供給されてきて、僕たちには定期的なお金が入ると。お〜、アイたん賢〜い」
パチパチとランカが拍手をして、幼女はテヘへと身体をよじり照れちゃう。幼女は褒められるのが大好きなのだ。そしておっさんの魂は封じられてしまったかもしれない。別に封じられても構わないだろう。
「これを機会にダツ一族の人たちをたくさん連れてきまつ。武器防具が行き渡るように中古品を集めて、新品も陽光から横流しして。500人を連れてきまつ」
「かなりの数ですね。あっしが将軍で良いですかい?」
フンスとガイが手をあげるが、ギュンターの配下に決まってるでしょ。オンリーワンは常に孤独なのだ。頑張れ小悪党Z。
「ガイは数人を部下にした遊撃隊でつ。将軍はギュンターにお任せしまつ」
「はっ! お任せください!」
ギュンターが重々しく頷いて、ガイは遊撃隊も主人公ぽくて良いなとニヤついていた。ガイよ、遊撃隊はだいたい酷い目にあうんだよ? まぁ、良いけどさ。
「まずは北東、南西のスラム街を壁で囲みまつ。人足をさらに雇いまつよ。そしてあたちの屋敷から始めて、交通の便の良い場所に酒場を作り、隣に兵の駐屯所を作りまつ」
「それ、なんていうシムなゲームだ? ゲームと違って、酒場が隣にあると兵たちは……ダツは真面目だから大丈夫なのか」
呆れたようにマコトが口を挟み、途中で気づく。ダツならば仕事中は一滴も酒を飲むわけがないと。
「酒屋への伝手は大工の棟梁から紹介して、酒場は月光の人たちにやらせまつ。まずは半年間、これでいきましょー」
「家は直さないのね。どこのカリブ海の独立国か聞きたいぜ。今は植民地時代ってやつか」
家は金がかかるのだ。直すにも住民から金を出させたい。補助金をバシバシ出すので、サッサと住居を出したいところだ。
「方針は決まりまちた。……蜂蜜が定期的に出回るようになったら、あの商人少女に声をかけましょー。きっと今か今かと待ちわびているだろうし」
パチリと可愛くウインクする黒幕幼女の後ろには大量の蜂蜜の入った壺が置いてあるのであった。