44話 傭兵団を操る黒幕幼女
今日も今日とて王都門を守る門番はあくび混じりで門を守っていた。今日は南門ではなく北門の門番である。北門の門番は気楽だ。山程の荷物を背負った商人や、家畜を連れてきた牧場主、野菜を積んだ馬車などが通るが、基本安全である。
南門と違い、魔物が攻めてくる可能性が極めて低い。北の道は王都の人間の胃を満たし、生活を守るため騎士団がちょくちょく魔物を間引いているのだから。
人通りも多すぎて、怪しい人間など山程いる。なので、見逃す、見逃さないの前に多すぎて調べる必要はない。
北門は楽だなぁと、再びあくびをして、のんびりと眺めていると……怪しい奴らを見つけた。
思わず目を引く集団である。なぜ注目したかというと、半分が見目麗しい若い女性だったからだ。しかもなぜか壺を背中に担いで、えっちらおっちらと歩く者もいた。
いや、怪しいがそれは問題ない。娼館の人間かと思ったがそうではなさそうだし。
なにしろ、皆は汚れてはいるが剣や槍を持っているのだ。その数は30人ぐらい。傭兵だとわかる。しかし、なぜ壺を担いでいるのか? その数は10壺ほど。その壺からなんとなく甘い匂いが感じられた。
門番はその意味を悟った。北門から来て壺を担ぐ傭兵たちと言ったら、だいたいなんなのか察することができる。
あれは蜂蜜ではなかろうか? 最後に見たのはいつだったか……。3年以上前だ。
蜂蜜の重さは金の重さと同じぐらいに価値がある。即ち、あれは金貨の詰まった壺と同等の価値があるのだ。
ゴクリとつばを飲み込み、門番は手に持つ槍をギュッと握り締めて
まぁ、縁もゆかりも金もない俺には関係ないなと、またあくびをして王都を守る門番を続けるのであった。
月光の本部として存在する敷地だけはあるボロ屋敷。どこかのおっさんに呪われた可愛らしい幼女が住むおうちである。おっさんが中にいるという呪い……。なんと恐ろしい呪いなのだろうか。
そして今、幼女は新たな呪いにかけられていた。
「離せでつ! いつまでぬいぐるみ扱いをするつもりでつか!」
「え〜。なんか良い匂いがするし、柔らかいし髪がスベスベだし、良いじゃん!」
幼女は少女の膝の上に乗せられて抱きしめられていた。金色の狐耳をピコピコ動かして、尻尾をぶんぶん振る狐人ランカによって。
髪に顔を押しつけて、クンカクンカと匂いを嗅ぐランカは美少女でなければ通報ものであろう。いや、美少女でも駄目だ、おまわりさんこっちです。
アイはステータス差により抜け出せずにジタバタしちゃうが、仕方ないなぁと諦める。
ガイは、これは百合? いや、中身はおっさんだからノーマルなのか、とか悩んでいたが実にどうでも良い。
ギュンター爺さんが怒りそうな雰囲気を出しているが、ランカはまったく気にしない。マイペースな娘なのだ。
「仕方ないでつ。それよりも、本来の作戦を覚えてまつか?」
「忘れちゃった。なんだっけ?」
あっさりと答えるランカに、ガクリと顔を俯ける。こんなアホな娘だっけ? アホでも作戦はしっかりと熟したはずなのになぁ。
「陽光傭兵団が蜂蜜を持って王都に来る。高値で売り捌いても貴族に目をつけられるのは陽光で、月光は目をつけられないという作戦でしょ? それだと、僕はアイたんと接点を持てないじゃん。そんなの嫌だから忘れちゃった」
あっけらかんと、恥ずかしいことを言いやがるとアイは照れちゃう。幼女の照れちゃう姿は愛らしく可愛らしいので、ランカが頭をナデナデしてくるのであった。支部長の威厳がなくなるから、やめなさい。
「しょうがない。フウグに遠隔で指示を出しますか。それの方が安心できるかもでつし」
巨人の谷から帰還して、既に5日が経過していた。その間に30人の新型ドローンを陽光傭兵団として作ったのだ。本来はランカが団長になる予定だったんだけど、団長はふらりとどっかに行ったということにしておこうっと。
新型ドローンはこんな感じ。
フウグシリーズ 狐人 陽光傭兵団 ステータスは一つ以外は20
フウグ副団長 ルーラ 女性 特性︰怪力 スキル︰格闘術2、剣術3、鞭術3、片手剣術3、盾術2、鎧術2、騎乗術2、気配察知2、気配潜伏2、雷魔法2、回復魔法2 ちから30
フウグリクセン9体 特性︰怪力 スキル︰格闘術2、剣術3、鞭術3、片手剣術3、盾術2、鎧術2、騎乗術2、気配察知2、気配潜伏2 ちから30
フウグシューター10体 スキル︰格闘術2、剣術2、弓術3、気配察知2、気配潜伏2
フウグマジシャン10体 女性 特性︰浮遊 スキル︰格闘術2、気配察知2、炎魔法2、雷魔法3 すばやさ10
人3000を使い+タイプを30作成。ルーラとリクセンは特性怪力を持ったオークウォーリアを10使いました。アーチャーはそのまま。フウグマジシャンは特性浮遊持ち霊を10サブに。霊はステータスが低いからすばやさが下がった。マジシャンだからちょうど良い。いや、良くないけど、浮遊をつけたかったのだから、仕方ない。
ランカが謎の団長ということで、副団長にルーラと名付けをした。真面目な女性副官として。女神様謹製のドローンは賢いから、受け答えに問題はないだろう。念話で逐一状況を伝えて貰っているしね。
と、いうか、まずは皆への紹介だろう。びっくりしているマーサ、ケイン、ララへと声をかける。
「この娘はランカ。新たに来た第三陣の団長でつ。第三陣は陽光傭兵団として、月光と関わり合いがないように振る舞うので、このことはナイショでつよ」
し〜っと、人差し指をたてて、ナイショでつよと言う幼女は可愛らしい。ランカがそれを見て、ワシャワシャと頭を再び撫でてきた。
「ランカだよ。職業は魔法使い、あらゆる敵を高火力で倒していくからよろしくね」
パチリとウインクをして挨拶をする美少女に、マーサたちも挨拶を返してきて
「はーい、質問〜」
「はい、ララ。どうしまちた?」
手をあげて、ララが尋ねてくる。
「蜂蜜は陽光傭兵団が売るのはわかったよ。それじゃ、ここには蜂蜜はないの?」
食べてみたかったと、顔に書いてある残念そうなララに、アイは返答せずに悪戯そうに微笑むのだった。
さて、気を取り直して、ルーラに念話を送る。
「あー、テステステス、ルーラ、状況は?」
「はっ! 閣下、既に我が隊はゴミ団長以外、目的地の宿に到着。蜂蜜を手に入れたとの情報を流しております!」
やけに大きな声で女性が返してきて、耳がキーンとなっちゃう幼女である。てか、今団長をゴミ呼ばわりしなかった?
「既に多数の商人が買い付けに来ております。ただ問題が……」
「ん? 貴族が無理矢理奪いに来た?」
ルーラの落ち込むというか、戸惑う声になにごとかと身構える。
「いえ、価格が安いのです。想定よりも」
「いくらでつか?」
「金貨2000であります。1壺につき」
ふむ、とアイはちっこい腕を組み考えながら、確認をとる。予想なら1万はかたいのに2000?
「それは来る商人全部でつか?」
「はい、端数は同じではないですが、だいたい2000ですね」
なるほどと、アイは口元を曲げる。不機嫌になっちゃった? おーよしよし、とランカが撫でてくるが、ペチリとその手を叩く。
「一見さんが高価な品を持ち込むと、たまにありまつね。馬鹿にしやがって」
たぶん今回限りの取引だと思って、安値で買い叩こうとしているのだ。商人たちで談合をしているのだろう。地球でも同じようなことはたくさんあった。そして、俺は泣き寝入りはしないタイプだ。
「それじゃ、仕方ないでつね。ルーラ、1壺開けて皆で飲みなさい。周りの人にも奢って良いよ。曰く、高値で売れなければ、死んでいった仲間に顔向けできぬと。なので、ここで全てを飲み干そうと」
「……ふふふ、それは楽しそうでありますな。了解です、ご指示のとおりに」
含み笑いをして、ルーラが念話を切る。きっと、ルーラのいる宿屋は面白いことになっているだろうと、幼女は椅子に凭れて悪戯そうに笑うのであった。ところで、本当にドローンって自我ないよな? あとでマコトに確認しておこうっと。
オルデ商会のクーべ。貴族との贅沢品の取引を主としている大手商会の商会主。宝石から美術品、珍しい魔物の剥製と幅広く商いをしている肥えた男は今噂の傭兵団がいる宿屋の前へと、馬車から転がり落ちるようにして降りた。
宿屋の前には人だかりができて通れない。祭りのような喧騒が聞こえてくる。
「小僧、貴様にも奢ってやろう。ほら、手をだせ!」
甲高い女性の声が聞こえて、そのあとに喧騒がさらに大きくなる。
「ありがとうございます! すげーっ! こんなに甘いの初めてだ!」
「副団長殿、俺のコップにも!」
「あたいの皿にもおくれ!」
汗だくで息を切らし、肌に嫌な汗の感触をクーべは感じる。
「良いだろう! まだまだ壺にはたっぷりあるからな!」
女性の声が聞こえて、そのあとにさらにどよめきが起こるのを耳に入れて、ゾッとしてしまう。なにをしてる? なにが起こってる?
息せき切って報告に来た部下の言葉にまさかとは思うが……まさかまさか……。
「クーベさん! 来たのかい、大変なことになってるよ!」
「あんたの言うとおりにしたら、とんでもないことを、あいつらは始めたよ!」
「あぁ、信じられない……」
クーベの姿を見て、大勢の人間が血相を変えてやってくる。皆、顔を青褪めさせていた。
「待て待て! なにが起こってるんだ?」
落ち着くようにと、手を振ってクーベは宥めようとするが
「あの馬鹿傭兵たち、蜂蜜が安いって、死んだ仲間たちに安値で売っては申し訳ないと、自分たちで、いや、周りの人にも配りながら蜂蜜を食い始めたんだ!」
「あんたが、どうせ一見さんだから、皆で口をあわせて安く買い叩こうなんて言ったから!」
「あぁ、数万枚の蜂蜜が……手に入れたら禍根を残さぬように山分けするなんて話に乗らなければ良かった……」
やはり食べるのか、正気ではない。たしかにもう次の取引はない相手だからと、安値を提示して買った者と山分けと考えて他の商会と組んだ。貴族に伝手もない貧乏傭兵だと考えてたのだが……。
「そろそろ2つ目を開けようか?」
と、声が聞こえてくるので、人波を掻き分けて前に出る。
「や、やめろー! その壺は2万の価値はあるんだぞ! やめるんだ!」
叫ぶクーベに気づいたのか、今まさに2つ目の壺を開けようとしていた灰色の髪のショートヘアの狐人の美女性が薄く笑った。
「そうか? 自分には金貨2000程度の壺だ。飲んでしまって良いと思うんだが?」
再び壺の蓋を開けようとする女性へと、慌てて駆けつける。こいつは本当に飲むつもりだ!
「き、貴族に目をつけられるぞ! せっかくの蜂蜜をドブに捨てるようなものだからな!」
「空の壺に貴族が目をつけるとは思わないが?」
確信めいた女性のその返答にクーベは歯噛みする。そのとおりだ、無くなった蜂蜜に興味は持つまい。コイツラは壁越しに崖を越えて巨人の谷に入ったとも聞いている。谷に行く方法もわかっているのだ。命知らずにも程がある方法だが。
「い、1万で買おう!」
「この空の壺も合わせてか? この壺は良い壺なんだろう?」
空のどこにでもある素焼きのツボを見せて女性は嗤い、クーベは負けを悟った。こいつは頭が良い……。このような交渉に慣れているのだ。
「ずるいぞ、クーベさん! 俺は金貨1万1千だ!」
「あたしはさらに千のせるわ!」
「俺は三千!」
他の商会主たちが買い取ろうと、声を張り上げる。場は競りへと変わり、あっという間に高値へとなり、クーベも他の者に負けじと加わる。
「わかった! 空の壺も買い取ろう! その壺は良い物だ!」
そうして、一夜にして蜂蜜は売り捌けて、陽光傭兵団は金持ちとなる。
その裏で狡猾な黒幕幼女が、クフフと可愛らしくほくそ笑んだが、誰も裏にいる人物に気づかなかった。
一人を除いて。