43話 巨人の谷の小人な黒幕幼女
巨人の谷。グランドキャニオンのような谷だが、その光景は遥かにスケールで上回っていた。グランドキャニオンを数倍に広げたような峡谷だ。左右を切り立った崖に覆われて、その崖の頂上は見えない。雲に隠れているので、何キロあるのかと思っちゃう。物理法則など、異世界には関係ないと言わんばかりの高さである。普通ならあれだけ高ければ崩れるんじゃない?
そして峡谷もまた凄い。色とりどりな草木が生えているのだ。というか……。
「あたちたちは、いつの間にか小人になる薬を飲んじゃいました? 飲んじゃったよね?」
艷やかな黒髪をおさげにしている多少目つきがキツめの可愛らしい幼女が疑問を口にする。世界を裏から支配すべく、その知力を幼女に侵食されながらも頑張る元ウォーカーという行商人で元おっさんのアイ。元おっさんのという部分はいらないと思うのだが。
「あっしの愛馬がぁ〜! 食べられたんで、女神様、新しい馬をくだせえ」
「ガイ様、私は灰になっても、歯車一つになっても自動修復で直るのでご安心を。なんだかバリバリ食べられてますが」
10メートルぐらいの長さの草花が、ツルを触手のように動かして頭にある牙が生える花へとスレイプニルを放り込んで、バリバリと噛んでいた。
ちくしょー、そのまま喰われとけと、見かけが山賊な小物皇帝こと、勇者ガイが悔しそうに叫ぶが、デロデロデロ〜、ガイ様はスレイプニルを装備から外せない、とスレイプニルが答えている。余裕だな、スレイプニル。
「ちっ、姫よ、こいつはなかなか手強いですぞ」
他にも迫るうねる蔦を切り払いながら、白髪の老人が老いを見せない鋭い動きをしながら警告してくる。青い鎧に青い盾と剣をもつ、常に味方を守る聖騎士ギュンター。
「奴の名前はマンイーターフラワー。ステータス平均20、ちからが少し高くて、すばやさがほとんどないぜ! ヒットポイント800のタフな敵だな!」
手のひらサイズにして、女神様から渡されたナビ妖精マコト。銀髪ロングヘアを翻して、自らのアイデンティティ、説明役をやっている。
「僕に任せて! サンダーブレード!」
金髪ロングで狐耳とモフモフ尻尾をもつ勝ち気な美少女が、強力な魔法増幅を与える吸魔の杖を振り上げる。魔法使いで、仲間に入ったばかりのランカである。
ガイとギュンターはその掛け声に合わせて、後ろへと大きく下がる。その様子を確認して、天から雷で作られた巨大な剣をランカは落とす。
雷の剣はマンイーターフラワーに突き刺さり、眩く輝くと一瞬で焦げた塊へと変えるのであった。
「さすが魔法だぜ! ステータスが高ければ高いほどダメージ率のアップに、敵とのステータスの差があるほど、さらにダメージを与えるんだぜ。反対にこっちのステータスが低いとまったくダメージは入らないけど」
魔法の説明をマコトが教えてくれるが、と、すると高ステータスでも真理より優れるものはなし、は使えるのかと、がっかりしちゃう。抵抗成功率だけで、後は変わらないと思ってた。
「仕方ないでつか……ランカ、吸魔の杖のちからと能力は?」
「えっと、ちからは120、与えたダメージの1パーセント分魔力吸収だね」
ランカが手のひらにポンポンと吸魔の杖を打ちながら答える。あったな、ゲームでそういう武器。微妙すぎる武器なんだけど、効果が付与されているから、店売りできなくて倉庫に仕舞っておくやつ。しかし攻撃力は高いなあ。
「微妙な効果はともかく、そんなに凄い杖でつか……。やはりギュンターにふさわしい鎧と盾が必要でつね」
装備の効能が高すぎる。良い装備を持たないと、互角のステータスの相手にも負けちゃうだろう。そりゃ、高レベルなのに銅の装備なら負けるわ。縛りプレイしているわけじゃないんたぞ。ちくせう。
「ミスリル以上は装備者の魔力も関係するから、高ステータスじゃないとあまり意味がないぜ。ミスリルも弱い奴が装備すると鋼の名品辺りまで効果が落ちちゃうはずだ。いくら強くてもそれぐらいの能力になるから注意だな」
マコトが武器防具のステータスについて説明してくる。今までに説明を尋ねなかったかなぁ。今になって教えるとは、武器を作ったからか。
「ゲーム的説明ありがとうでつ。でもそれは切れ味とかでしょ? 防具はそこまで影響しないよね?」
「もちろんだぜ、反対に高ステータスじゃないと防具はぼうぎょを高くできない。伝説のアダマンタイトの鎧も、普通のアダマンタイトの鎧程度のぼうぎょになる感じだな」
ははぁ、と感心しちゃう。まったく剣と魔法の世界に相応しい理だ。嫌になっちゃうぜ。
……まぁ、記憶に留めておこう。それよりもこの谷は酷いと思います。
「皆でっかいでつ! なにこれ? なにこれぇ?」
小柄な幼女は辺りを見回して、叫んじゃう。アイが叫ぶとおり、草花も虫も動物も大きかった。他の土地では食べ物が小さすぎて生きていけないレベルで。
「僕の魔法なら一撃だよ! 安心して!」
アイをヒョイと持ち上げて、抱っこしながらランカがニパッと笑う。快活な微笑みは見ている者を元気にする力がありそうだが……。
「ランカ! 全部サンダーブレードで倒すんじゃないでつ! もう8発は撃ったよな? あとどれぐらいの魔力が」
「あそこにもマンイーターフラワーが! サンダーブレード!」
幼女の話を聞かずに、再びサンダーブレードを発動させるランカ。威力が高くど派手な技にすっかりと酔いしれていた。バトルジャンキーというか、トリガーハッピーなランカである。
「これまでの戦いで、消耗素材食人花3、知識因子鞭3を手に入れたぜ!」
マコトがブイサインを手で作りながら言うが、冗談ではない。
「サンダーブレードは目立つから禁止! 離れた場所に巨人がいるんだぞ! 目立つなでつ!」
焦りながらランカを怒る。なにしろ少し先に30〜100メートルの背丈の巨人がそこかしこにいるのだ。さすがは巨人の谷。薄っすらと遠目に海も見えたが、高ステータスの視力で薄っすらとだから、かなりの遠さなのだろう。
そして巨人は強そうなので焦る。だって、動きが速い。たまに走ってなにか獣を捕まえているのだ。巨人って、ゆっくりと歩く者じゃないの?
「くっ、あっしも立体なんちゃらとかいうワイヤーアイテムがあれば」
ガイがわざとらしく悔しがるが、あってもガイは逃げるのに使うでしょ。
「は〜い、僕も魔力が3割切ったし節約するよ、あっ、でっかいダンゴムシ! サンダーブレード!」
ダンゴムシって、気持ち悪いとランカは躊躇いなくサンダーブレードを放って、ガイはここはまさか風の谷? あれはまさか王の蟲? とかわざとらしいリアクションで言っている。ギュンターだけが、飛び出してきた巨大なバッタを斬り裂いていた。さすがお爺ちゃん、幼女はお爺さん子になるぞ。
「全員集合! 少し混乱しているから、一旦態勢を直しまつ!」
幼女は指示を叫びながら、キャラ作成を使う。光が集まり、さっき倒したばかりのマンイーターフラワーが現れる。マンイーターフラワーが周りの敵を掴まえて、バリバリと食う中で全員でフラワーの下で休憩する。
「おー! 凄い凄い! これがアイたんのスキルなんだ! 便利だね〜!」
感心するランカ。たしかに強力だけど、あんまり強くない。でも意外と周りの魔物が攻めてくるのを止めたので意外と恐れられているのかも。
一休みして、ゲーム筐体から干し飯と水筒を取り出して食べる。干し飯とは気分は江戸時代の一休みだ。でも、この世界の干し肉は硬くて不味くて食えんから仕方ない。
干し飯を口にもぐもぐと入れながら、幼女は疲れてため息を吐く。ちょっと予想したくない物が見えるのだからして。
「ここの敵はすべて巨大。ということは、もしかしてあの小山みたいな物が蜂の巣?」
崖のそこかしこに小山か、小さくても丘レベルの巣が見える。もっと大きな物も見えるが、砕けているのもある。たぶん巨人が壊したのだろう。蜂が一生懸命に直していた。
高ステータスでも小さな蜂に見えるので、かなり遠くなのだ。近くの蜂の大きさを考えたくないです。
「あっしは思うんです。あれは蜂じゃなくて、巨大生物です。地球を守る防衛隊の出番だと思いますぜ。帰りましょう」
早くもヘタれる勇者ガイ。その心は無謀と勇気を履き違えないのだ。
「予想外な場所ですが、倒せると思いますぞ。そこの小娘の魔法ならば」
「お爺さんじゃ無理だもんね〜」
ケラケラと笑うランカに、ウヌっと顔を厳しくするギュンター。この二人は仲が悪い。単純にランカは戦闘以外は動かない娘なので。バトルジャンキーは普段はニートレベルに働かないので、ギュンター爺さんがいつも苦言を呈していたものだ。
「残りのフラワーを目立たない所に置いて、転送ポイントにしまつ。ランカ休憩しまつ。ギュンター、ガイ、あたちはランカを格納して、ゲーム筐体で寝まつので、あとよろしくでつ」
んじゃ、と手をあげて俺はゲーム筐体に潜り込み、寝るのだった。おやすみ〜。
6時間後、特に魔物に襲われなかったと説明するガイとギュンター。そこかしこに魔物の死骸があるんだけど? でもドロップが無いから、敵が出なかったことにしておこうっと。
「ギュンター! ガイ! 弓で釣って!」
その後で、1番小さい蜂の巣へと向かった幼女たちである。マンイーターフラワーに5回絡まれて、2個の消耗素材を手に入れたので、倒した場所に作っておいた。キャラ操作による転送を使うためである。定期的に蜂蜜欲しいし。
「はっ! 了解しました!」
「アイ、D、F! アイ、D、F!」
ギュンターが真剣な表情で矢を放ち、ガイもおちゃらけながらも、表情は真面目に矢を放つ。
蜂は一撃であっさりと墜落していく。予想外に弱い。
「マウンテンビーは平均ステータス28、魔法ぼうぎょ以外のぼうぎょを無効化する特性ファイナルアタックを使うぜ!」
「関係ない! ステータスが低ければね!」
ランカにゲーム筐体で入り込みアイは意識をランカに移して、目を見開いて、叫ぶ。
「特技 連続魔からの〜ブリザード10連発!」
魔法使いアイはブリザードを発動させる。環境変化クリエイト系広範囲魔法ブリザード。広範囲が吹雪に覆われて凍っていく。その魔法があっという間に蜂の巣を覆い、しかも10連発というチートアタックを発動させて、まるで氷玊のように凍らせてしまうのであった。魔法ではあるがクリエイトの特性と環境変化を起こすブリザードはなかなか溶けないだろう。
「操作終了っ!」
たあっ、と幼女は操作を終えて飛び出す。
「え〜! 僕の操作時間短くない? 数分じゃん!」
ブーブーとランカは不満一杯で口を尖らせるが、その足をポンポンと叩く。
「ランカ、魔法使いはこんなもんでつ。瞬間火力が高いでつが、魔力が無くなれば、ただの人でつから」
しかも連続魔持ちである。あっという間に魔力はすっからかんとなるのであった。もうランカの魔力は100を切っている。
「山蜂357匹特性ファイナルアタックを手に入れたぜ! 即行終わったな!」
「魔法使いがパーティーに入ると、あるあるネタでつ。弱体化パッチで同じ魔法を受けるとダメージが減るとか、わけわからん黒魔導士殺しのパッチが当たらなければ大丈夫でつよ」
昔のネトゲーでそんなのあったんだよと、雪と氷で凍りつく草木をパリンパリンと砕きながら歩いていき、白く凍りついた蜂の巣へと到着する。
「さ、ゲーム筐体に壺はたくさんありまつ。どんどん蜂蜜をいれましょー」
小さな丘程の蜂の巣の凍った蜂蜜を手にして、黒幕幼女は花咲くような満面の笑みで宣言する。
あっさりと巨人の谷の探索を終えたのであった。まだ、この谷は適正レベルでないので撤退します。