4話 幼女は戦闘をしちゃう
異世界初戦闘はゴブリンでした。
幼女はニヤリと笑い、素早く足を踏み出す。土を蹴散らし身体を屈め、短剣を片手にゴブリンへと迫る。
見た目らしからぬ速度。幼女でも山賊のガイよりはステータスは上だ。ゴブリンがどれくらいのステータスかはわからないが、ゴブリンが強かったらナイトメアモードの異世界だと思う。女神様はそこまでは酷いことをしないはず。
ゴブリンは餌だと考えていた幼女が泣き叫ぶどころか、まるで小さいが豹のように駆けてくる相手に驚きで動きを止めてしまう。
「ふっ。培った格闘術をみせてやるでつ」
ドヤ顔でさらに足を早めて加速するアイ。まずは一匹と短剣を握る手に力を込める。
その速さは以前の自分を遥かに超えて、加速するその勢いに風を肌に感じ、身体の羽のような軽さに酔いしれて、おさげの髪の毛がたなびく。
そしてゴブリンへと肉薄していき
ゴロンゴロンと小玉のように丸まって転がっちゃった。
「へぶっ!」
ゴブリンを通り過ぎて、勢いよく木の幹へと激突してようやく止まる。ゴチンと結構痛い音をたててぶつかったアイはフラフラとなり頭を抱える。
「いったー! 痛いでつ、とても痛いでつ!」
かなり痛かった。かなり痛かったと幼女は涙目となっちゃう。なんで? どうして? 転ぶ原因はなんだ?
アイは自身の肉体に自信があるのだ。危険地帯で商売をしていたのは伊達では……。ん?
頭を抱えているおててを眺めて気づく。手足を見て確信しちゃう。
「リーチの長さにまだ慣れていないんでつか!」
幼女になって、まだ一時間も経っていない。なんで俺は幼女になったのか。アホだな。
後悔の声をあげて焦る幼女へと、いきなり突撃してきて、転んで自爆した姿をポカンとしてゴブリンたちは眺めていたが、そのアホな姿にギャッギャッと笑い襲いかかってくる。
ヤベーと、慌ててちっこい手足を振り回し立ち上がろうとするが、慣れていないせいで、駄々っ子が床でジタバタしているようにしか見えない。
ゴブリンたちが棍棒を持ち上げて、目前まで来るのでますます焦るアイ。幼女へと棍棒が振り下ろされそうになった時
「あぶねぇっ! 親分」
二メートル近い体格のガイが間に飛び込む。
ゴブリンがガイへと棍棒を振り下ろし、ボグボグと鈍い肉体が叩かれる音がして、ガイが殴られる。
「へへ、大丈夫ですかい、親分?」
痛さを耐えながら、親分の盾になりニカリと笑みを浮かべるガイ。
「ありがと。それじゃ、反撃といこうでつ」
サラッとガイにお礼を言って、落ち着きを取り戻したアイは目を鋭くして、手にある短剣を下投げで投擲をする。
素早いその腕の振りは慣れており、そして速く力強かった。
「ギャッ」
ゴブリンの頭に突き刺さり、そのまま深く突き刺さったゴブリンは致命傷となり地にズルリと力をなくして倒れ伏す。
「リターン」
冷静な声音でアイが呟くと自動帰還能力が働き、そのちっこいおててに再び短剣は転移して帰還する。
「ガイ、痛がるフリは止めてさっさと片付けろでつ!」
まだまだ親分の為に盾になるぜと、苦痛の表情をしていたガイはギクリと身体を震わす。
「音でわかるでつよ! 全然効いていないでつよね!」
「バレていましたか……。しょうがねぇなぁ、ポイント稼ぎはここまでだ」
バレちまったかと、ガードしていた腕を解き、ガイは獣のような笑みを浮かべ咆哮する。体内の魔力を活性化させて、その力を体内に巡らす。
「格闘技 腕力強化」
身体を赤いオーラで纏い斧を手にゴブリンへとその凶悪な目を向ける。
「説明するぜ! 各スキルはレベル2毎に技を覚える。ガイは力を5上げる格闘技を覚えているんだぜ!」
マコトが説明役と肩にタスキをかけながら、ノリノリで手を掲げて説明をする。
ゴブリンたちがその赤いオーラに覆われた山賊の様子にたじろぐ。
「オラァッ!」
動きの止まった隙を見逃すわけもなく、ガイは斧を薙ぎ払う。豪腕から生み出された死の旋風は3体のゴブリンたちの身体を紙切れのように切り裂き吹き飛ばす。
「ていっ」
可愛らしい声と共に再び短剣が空中で煌めき、最後の1体の喉に刺さり、苦悶の表情をしながら喉を掻き毟りゴブリンは倒れるのであった。
あっという間に血生臭い地帯となってしまったことを気にすることもなくパンパンと服の汚れをはたきながらアイは立ち上がる。なかなか最初の戦闘としては良かったのではないかと、周りを見渡しながら、短剣をホルスターに戻す。この自動帰還はかなり戦闘に使えるな。
クールに決める幼女だが、先程転んだことはなかったことにしたらしい。え? そんなことがありましたっけ? 幼女だから、あたちは忘れまちた。
早くも幼女の力を利用して都合の悪い記憶はなくすアイ。もはや幼女になったんだから、幼女パワーを使うのだ。使いまくるのだ。
頭の悪そうなことを思いつつ、ゴブリンの死骸へとてこてこと近づく。
「あ〜、親分。いつからあっしがダメージをうけていないことに気づいてました?」
ゴブリンの死骸を足でつんつんしながら眺めるアイに、頭をかきながら気まずそうに山賊が尋ねてくる。
「最初からでつ」
アイはジト目でガイを見ながらも、助けてくれたしねと、ちっこい肩をすくめて、気づいたことを話す。
「ステータス15って、低い数値だと思ったけど、実際あり得ない加速をしましたち。この数値って、洋ゲーのように1の違いで大きく変わるんじゃないでつか?」
ゴブリンへと攻撃を仕掛けた時の加速を思い出す。風を風圧として肌に感じた。あんな感触は初めての経験であったし、ナイフを投擲した時もそうだ。以前の身体の俺でも躱せない速度であり、ゴブリンの身体へとめり込む威力は意外だった。
「そうだぜ! あたしが見たところ、ゴブリンのステータスはオール3。山賊にはあんな棒切れじゃ傷も与えられないぜ! せめて刃物じゃないとな」
ピピッと片手をこめかみに当てながら口ずさむマコト。こいつは戦闘力を測ることが可能なのかな? それだと役に立つんだけど。な〜んか怪しいけどね。ステータスを信用するなと本人も言っていたしな。
「刃物でもないと傷つけられない……ダメージ0がある世界、か。強者がぶいぶい言わせている世界なのかなぁ。でも、それこそあたちの望む世界。くふふふ」
ちっこいおててを口にあてて、ほくそ笑む幼女。悪戯を考えているようにしか見えないアイである。
マコトとガイは顔を見合わせて、怪訝な表情となる。
「あの親分の夢って、なんですかい?」
「あいつに聞けよ。あたしは恥ずかしくって聞けねーよ」
「どんな感じなのか、気になるんですが……」
そっぽを向いてマコトが教えてくれないので、腕組みをして苦笑をするガイ。へんてこな夢なら親分には聞けないですぜ。
「マコト。この世界は魔石とか、それに類いする物が魔物にありまつか?」
ゴブリンを見ながらアイは確かめるが
「テンプレ世界かってことか? あ〜。わかんね〜。あたしはこの世界のこと知らねーもん。基本情報もスキルとかに限るんだぜ」
「そういや、ネタバレはつまらないから、自分で調べろと言ってまちたね」
チッと舌打ちをして、確かめるしかないかとアイはガイを見ると命令する。魔石があるなら売れるだろうし。小説とかだと、ご都合主義アイテムであるからして。
「おい。この死骸を解体して魔石があるか確認しろでつ。心臓あたりが怪しいでつが、隅々まで調べろでつ」
「隅々までですかい? それは」
山賊は幼女へと嫌な表情を向けるが、アイは既に今の戦いの結果をステータスボードで確認していた。人をこき使うのは慣れている元隊商団長である。
うへぇ、と斧でゴブリンの死骸を分解するガイを尻目に、アイは色々と今の戦いの結果を考える。魔法の短剣は血糊も脂もついていた。だが少しすると綺麗になったので自動修復は汚れもとるのであろう。
それに自分の力と手足のリーチの違いも気をつけないといけない。これは練習あるのみ。そして、ゴブリンには魔石があるのだろうか? とすると魔道具がたくさんある便利な世界とも推測できるのだが……。
解体に類いするスキルを持たないガイが血まみれになりながら、解体を懸命にして魔石を探すのを見ながら思う。
「たぶん無いでつね……そうなると資金稼ぎはどうするかという話になるのでつが……」
女神様は金銭の類は全くくれなかった。なので通貨の価値から調べないといけない。国別にお金が発行されている予感がするし、なにかを売ろうにも価値がわからなければどうしようもない。
ん〜、と迷うアイはステータスログにゴブリン素材1を手に入れたと記載されているのに気づき、ますます難しい表情になってしまう。
「なぁマコト、ガイが倒した結果もドロップはあたちにくるんでつよね?」
「あぁ、もちろんだぜ。作成したキャラが倒したゲーム素材も全部アイに手に入るぜ? ステータス表記上だけどな!」
マコトが俺の頭にぽすんと乗って、教えてくれる。と、するとだ。
「確実にドロップするわけじゃないんでつね〜。これは厳しいでつね」
あ〜、と幼女はちっこい身体をコロンと地面に寝そべってがっかりしちゃう。完全ドロップ制でないと辛い。強敵を倒しても素材が手に入らない可能性があるからだ。特に消耗しない知識因子はなかなかドロップしそうにない予感。
「親分〜。なにも出ないですぜ〜」
手を血まみれに、身体にも体液やらをつけて情けない声でガイが報告してくるので、念の為にもう一体解体をしてと、鬼畜な命令を出そうとしてアイは、ふと気づく。
「ガイ〜、周りには気をつけるのでつよ〜。血の臭いに惹かれて」
魔物が来るかもと今更ながらに気づき、注意を促そうとするがそれは遅かった。絶望的に。
情けない声で血まみれのガイが立っていたが、バスケットボール程の氷球が木陰から飛んできたのだ。
その氷球はガイの頭に命中して、あろうことか氷球が頭を覆ってしまう。
アイはその様子を見て、ガバリと立ち上がる。気配はしなかったはずなのに、突如として攻撃されたことに目を見開き驚く。
「いったいどこから?」
木陰を見ると陰が伸びて、1メートルぐらいの真っ黒な毛皮のアライグマが現れた。上手くいったとほくそ笑む姿がなぜかわかる。
ガイをちらりと見ると、身体を赤いオーラで覆わせて斧を自分の頭にぶつけるところであった。口元を破壊してなんとか口だけを覗かせて、呼吸をするガイであるが、アライグマは再び氷球を空中に生み出して追撃をしようとしていた。
「チッ、舐めるなでつ!」
ここでガイが倒されるとやばい。ターゲットが自分だけになった時にあの攻撃を躱し続けるのは難しいかもしれない。
それにあのほくそ笑む姿は気に食わない。強者のつもりだろうが、そうはいかない。
「コイン投入! ゲーム開始でつ!」
ちっこいおててに金色のコインを生み出す。そしてスキルを発動させる。
ゲーム筐体スキル。騙されたような気もするが、強力なチートスキル。
その可愛らしい涼やかでいて、やんちゃな幼女の声音での叫びに応えて、空中に魔法陣が蒼い線で描かれていく。
そうして、宙から少しづつその姿を現す。
タイヤの無い普通自動車のようなゲーム筐体。体験型ゲームに使われるよりも大きなその筐体がずずんと降り立つ。
躊躇いなく、八重歯を光らせて幼女はゲーム筐体へと入るのであった。