38話 死の都市探検隊な黒幕幼女
死の都市。それは遥かな昔から存在する不死者の都市。神々が去ったあとに存在した魔法都市が魔法の暴走により滅びたとも、巨人を支配しようとして、巨人の王に呪いをかけられたとも言われている。
即ち
「テンプレなイベント用シティという奴でつね」
フンスと幼女は平坦な胸を張り、小柄な背を伸ばしながら目の前の都市を見ながら言うの。ゲームの括りに入れちゃう幼女だった。
死の都市は丘の上から眺めるとわかるが、第二の王都というだけあって、王都と同じぐらいに広大であった。いや、王都よりも立派だ。巨人の谷を塞ぐ形で存在する死の都市は、王都とは比べ物にならない高さの街壁に覆われている。
白亜の街壁は汚れ一つなく輝くようで、草木が絡むこともなく、ひび一つない。まるで建てられたばかりのようだ。
内部は中心にやはり白亜の美しい城が聳え立ち、王都の城と違い芸術品のような城である。周囲は木々が生えて荒れている箇所もたくさんあるが、まったく汚れておらず、蔦も生えていない建物が大量に見えて、石畳も傷もないようである。
「神器でつね。しかも山を背負い川を横に広大な平原と深い森林を背負う丘を持つ王都よりも良い場所でつ」
こちらの方が城塞度も高く、また住みやすい。
「第二王都とは眉唾ものです。王都は武骨な城でしたし、こちらの方が王都に相応しいですな、姫」
「そうだな! あとは海があれば完璧だけど、長大な峡谷である巨人の谷を抜けると海っぽいぜ!」
ギュンターとマコトもアイの言葉に頷く。実際に神々がいた頃は王都であったのではないかとアイは思う。色々な伝説もあり、なにか面白そうな謎もあるが……。
「今は放置でつ。伝説はスキップで。それよりも噂に違わぬ都市でつ」
伝説のテキストファイルは気が向いた時に読むタイプな幼女なので、気にすることはやめる。それよりも現実に目を向けるのだ。
難しそうな顔をする幼女は、なにか不機嫌なの? おやつ食べる? とあやされるかもしれない泣きそうな表情にも見えちゃったが、実際は違う。
「門は開いておりますが、外にもゾンビがあれだけいるとは、死の都市とは納得です」
渋い表情で腕をギュンターが組む。ギュンターの言うとおり、街の門はこれまた巨人を防げそうな50メートルはありそうな街壁と同じく金属ではあるが、なんの素材かわからないピカピカの銀色の分厚い門が設置されている。
その門は細く開けられており、その周辺には300程のゾンビが外で彷徨いていた。
白目を剥き、口からはよだれを垂らし、身体のあちこちは肉が抉れ、骨が見えている。汚れたトーガを着て縄張りを巡回するように徘徊している。死の臭いを漂わせた不死の者である。
「粒子弾とマシンガンがあれば、あの程度地球では簡単に殲滅できたんでつが」
ゾンビなど物ともしない幼女であるが、武器がない。門前でこれだけの数がいるとは予想外だ。一応聖水は持ってきてあるが、適正レベルを超えるダンジョンで魔物避けのアイテムを使いながら進むと、効果が切れた途端に全滅とかしちゃうので、あまり使いたくない。
「やはり殲滅しながら進みますか?」
「そうでつね。新しい交易ルートを作るのは自分たちの手でってやつで」
地球でやっていたスタイルだ。時間も短縮できてメリットが大きかった。無論、危険も相応にあったが。
「かしこまりました。このギュンターが前衛を努めますぞ」
恭しく頭を下げる騎士のお爺さんにコクリと頷き返す。どことなく楽しそうな雰囲気のギュンターなので、アイも昔を思い出して僅かに口元を笑みに変える。
「お〜い、親分たち〜。あっしを忘れてねえですかい?」
後ろから疲れたような声がするので、そういえばと腰に手をあてて後ろをアイは振り向く。後ろにはグデッとスレイプニルに覆い被さるよう凭れかかっている山賊ガイがいた。
「それで船頭さん、本当に舟を操れるのか? あいよ、いつも舟を操っているのを見ているから大丈夫でさ。おいおい、この人、不安なことを……」
幻獣スレイプニルがぺちゃくちゃと落語を続けていたりした。まったく口を噤むようには見えないので、さすがは返品が相次ぎ生産中止になったバイクだとアイは苦笑いをする。名前通りすぐに市場から消えた幻の獣だと言えよう。
「こいつ、オートで走るのは良いんですが、ずっと話しかけてきやがって……。精神攻撃無効なのに、あっしはぐったりです」
「あ〜、ガイ、お疲れさまでちた。それじゃ一時間休憩してから街へと行きましょー」
珍しく気遣っちゃう幼女である。さすがにこれは酷い。
「では、休憩時間を楽しめるように、新しい噺を。目黒のサンマを一つ」
まったく止まる様子がないスレイプニルが新たな噺をしてくるので
「帰還! リコール! 返品! 格納!」
ガイが鬱憤を解消するように怒鳴り、スレイプニルは精霊界へと光の粒子となって戻っていった。精霊界に戻ったことにしておこう。もしくは幻獣界。幻獣界が格好良いので、そちらにしておこう。ガイの心を保たせるためにも。
「ほらほら、ガイ。焼き鳥と日本酒でつよ、ほらほら〜」
「うむ、ガイよ。少し休むが良い」
「さすがは幻獣スレイプニル。扱うのは大変なんだぜ」
気の毒なガイに皆は優しい声をかけるのであった。
「マコト、誰が上手いことを言えと」
ツッコミを入れる元気は残っていた模様。
きっちり一時間後、アイたちは門前に移動していた。ガイが道中に倒したウォードウルフから手に入れた素材を使った5体の狼ドローン、小さな枝を持ち、肩に妖精を乗せる幼女に斧と片手剣を持つ山賊、青いプレートメイルを着込み、剣と盾を持つ聖騎士のパーティーだ。
なんだか、幼女がごっこ遊びをするのに、大人たちが付き合っているようにも見えるが気のせいであろう。なんの力も持たない木の枝をぶんぶんと勢いよく振って、てこてことのんびりと歩いている幼女が目立つからではないと信じたい。
だが、幼女はごっこ遊びをしているように見えるが、至極真面目なのだ。これからは己の命を賭け金に挑む冒険なのだから。
アイはジリジリと一番近いゾンビへと近づいて
「わーっ! 月光支部長アイ、見参!」
大声をあげちゃうのであった。なにが幼女にあったかと、普通の人ならばアイを心配するが、このパーティーの面子は誰も心配はしない。
「マコト、戦いの咆哮をあげまちた。解析よろしく」
「つくづく裏をかいてくるな。あいつは裏技がないように作ったはずだが、良いぜ! 戦いは開始された、敵はゾンビ多数、生命感知を持つちから10、他は2の魔物だな!」
戦わないと解析できない裏をついてくるアイへと苦笑いを浮かべながら、翅をパタパタと羽ばたかせてマコトは敵の解析結果を告げる。
「気をつけるんだぜ、ゾンビは半アストラル体だ。魔法でのダメージ、炎以外は頭を切り落とすか、潰すかしないと動き続けるからな!」
「ガイ、弓矢にエンチャントファイア後、ゾンビを釣れ! ギュンター、前衛にて敵を向かい撃つのです! あたちは魔法の待機状態にしまつ」
なんだか、紙のゲームみたいな感じをする指示をキビキビとアイは出して、ガイもギュンターも真剣な表情となる。
「ではいきますぜ! エンチャントファイア」
ガイが喚び出した魔法の弓矢に炎を付与して、ゾンビを狙う。その距離は200メートル程。弦を引き絞り、力を込めて矢を放つ。
炎を纏った矢はゾンビの胴体へと命中するが、よろめきながらこちらへと向きを変えてくる。
「倒れない……次弾てーっ」
ゾンビの意外な硬さに眉を顰めて、アイが命じると、ガイはリターンにて矢を引き戻し、再度狙い打つ。動きの遅いゾンビであるため、あっさりと胴体へと命中すると、その身体はボロボロと崩れて灰となって地に落ちていく。
「ガイのパワーで倒せない……。魔法武器の攻撃力と炎の追加ダメージだけしか入らないのでつね」
アイはゾンビの力を正確に推し量る。ゾンビのぼうぎょでガイの攻撃を耐える理由はそれしかないと看破した。
「何体か釣られたようですぞ、姫」
鋭い声音でギュンターが告げてくる。たしかに矢で攻撃したゾンビの周りにいたゾンビたちがこちらへと動き始めてきていた。しかし、全員ではない。ほんの一部だ。
「アクティブ状態になったら、生命感知の範囲が広がる? 共有の能力持ちなら、全部が一斉に動き始めるはずでつから、生命感知はアクティブで300メートル程度、ノンアクティブだと200メートル以下でつね。接敵してきたゾンビを片付けろ、ギュンター!」
「承知!」
ギュンターは迫るゾンビを横薙ぎに斬り、まずはダメージをと様子を見て驚く。
ゾンビが白い炎に覆われて、灰となったのだ。
「説明しよう! 聖騎士の隠し特性、聖なる身体だぜ! 悪魔、不死系にダメージ特効なのは知っているだろうけど、その際に聖なる炎での追加ダメージをドカンと与えるんだぜ!」
「聖なる身体? 身体でつか? ……ギュンター、ゾンビに触って見て!」
マコトの伝える聖騎士の特性にピンとくる。身体かぁ。
近づく他のゾンビへとギュンターが小手に覆われた手で触ると、ゾンビは触られた箇所から白い炎が発生し、そのまま数秒後に灰となって消えてしまう。
「なるほど、聖騎士の能力というわけですな。これは便利だ」
ギュンターは手をワキワキと握ったあとに、フッと渋く笑う。歴戦の老騎士はそのまま剣を鞘へと仕舞い、地を蹴ると鬼ごっこの鬼のようにゾンビたちに触れていき、白い炎の柱がたちどころに周りに立ち昇る。
「おーっ! これは凄いでつ! 聖騎士は特定条件下なら、これだけ強いなら、サクッとギュンターだけで倒せまつ……が、魔法が通じるかも確かめておきたいので、少し下がって! 狼、奴らを誘き寄せるのでつ」
「ウォン」
狼たちは忠実にその指示に従い走り始める。その速度と、地を這うような動きにゾンビたちは喰らおうと動くが、追いつけるはずはなく、うまく誘導されてひとかたまりになって、こちらへと向かってくる。
「はんにゃーら、ほんにゃーら、フリーズストーム!」
小枝を複雑に動かして、相変わらずの詠唱内容を口にして、アイは魔法を放つ。
ゾンビの集団の中心に氷雪の竜巻が発生して、次々と氷の刃で凍てつき斬り裂かれて砕かれバラバラになっていく。
「おー。これならゾンビは相手ではないでつね。魔法すげーでつ」
その様子を見て、ふんふんとアイはご満悦と可愛らしく微笑んじゃう。ついでにぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んじゃう無邪気な幼女の姿を見せてしまう。
だって、まともに使ったのは騎士への不意打ち程度。今回みたいなマトモな戦闘は初めてであったのだからして。
「おし、ギュンター、魔力が勿体無いので、ここまでにしときまつ。あとはよろしくでつ」
「姫はのんびりとお待ちくだされ、すぐに片付けますので」
ギュンターが頼りになる面持ちで頷き、こりゃ出番はないなとガイも弓矢を下ろす。
そうして僅かな時間でゾンビたちは聖騎士のタッチで倒されるのだった。
「人58の素材が手に入ったぜ!」
「ゾンビは人扱いでつか……。まぁ、良いでつ。それじゃ中に入りましょー」
マコトの言葉に、苦笑いを浮かべながらもアイ一行は門を潜り抜けて、死の都市へと入るのであった。
遠くより見られていたことなど気付かずに。