37話 ふぁんたじーを感じる黒幕幼女
次の日である。ボロ屋敷こと自宅で幼女は勉強をしていた。ふんふんと話を聞いて興奮気味に身を乗り出して、マーサの話を足をパタパタさせて、おさげをぶんぶんと子犬の尻尾のように振りながら。
「ふむ、王都から北東に二週間移動したら、そんな物があるんでつか」
「はい。山裾に存在するかつての大都市。既に名前は忘れられており、不死者の徘徊する死の都市と呼ばれています。なぜ不死者に埋め尽くされたかは不明です。その都市の後ろに巨人たちが住む巨人の谷がありますので、なにかしら巨人の呪いを受けたと伝説では言われております」
ほ〜んと、椅子に凭れてアイは楽しそうにする。アイの楽しそうな笑顔は愛らしく癒やされちゃう。
そんなふぁんたじーな地域が存在したなんてと、ますます足をパタパタさせちゃう。興奮して幼女化が激しいおっさんである。
「蜂蜜は巨人の谷のマウンテンビーが溜めています。通常は聖水にて不死者を遠ざけて、谷に入ったら巨人に壊されたマウンテンビーの巣を見つけて、そこに残る蜂蜜を回収するという話です」
「巨人が壊した……。巨人が食べたあとの巣を狙うのでつね、納得しまちた」
「親分、残りカスなんて汚いですぜ、幼女の身体にも悪いと思うんでやめときましょう」
すぐに合いの手を入れるガイ。さすがはガイ、親分の身体を気遣うなんて、優しい部下だ。俺は感動しちゃうぜ。
「そうでつね。残りカスは汚いから、あたちたちで巣を破壊しましょー」
「その方が綺麗で良いよな!」
「うむ、ガイよ。たまには良いことを言うな」
幼女の言葉と、妖精と騎士がその話に乗るのを見て、アワワワと墓穴を掘って慌てる山賊がいたりした。
が、俺もガイ一人で巣を破壊なんて命令は出さない。昔のガイとは違いコストもかかっているので、その身体を壊されるのは困るのだ。戦車は大量に作って損害を気にしなかったけど、陸戦型白い悪魔はコストが高いので大事にする感じ。使えはするが、コストが高くそこまで強くないので、そこそこ大事にしちゃうのだ。
ゲームIQ200の野望を思い出して懐かしく思いながら、アイは気を取り直す。
「今回の作戦は月光を前に出すつもりはないでつ。既に連絡して第三陣を呼んでいまつ。彼女の部隊は見栄えが良いので、月光を隠す良いカモフラージュとなるでしょう」
「もう第三陣! あっしの強さを見せたいんですが!」
危険地域に行きたくないと言ってる割には、活躍の場を求める勇者であった。セコすぎて涙が出ちゃうぜ。
もちろん、この場にいるマーサやケインたちへのカモフラージュであるが、そろそろ第三陣が必要なのは間違いない。
「彼女らはコストがかかりますぞ? 大丈夫ですか、姫?」
ギュンターが話に乗って、しかも遠回しに素材が足りないのではと問いかけてくるが、その解決策は考慮済みだ。
「死の都市にはギュンターが出張って貰い、巨人の谷にて合流を考えてまつ。ガイはそこまで馬で移動でつね」
からくり馬には期待している。疲労がなさそうだし。馬の脚が速ければ数日で到着するだろう。そして言外で死の都市で経験値稼ぎこと、素材集めをすると伝える。
「それならば問題はないでしょう。しかし彼女ですか……」
ううむとギュンターは顎に手をつけて顔を顰めるので、次のキャラが誰かは想像ついているのだ。その態度で、ギュンターたちの正体に確信を得る。
ガイは彼女を知らないので、誰ですかいと俺を見てくるが……。まぁ、予想通りなら彼女となるだろう。ガイは会ったことがない。というか、ギュンターは記憶があるな、こんにゃろー。たぶんガイも。幼女は知らないふりを続けるけどね! 気にせずに俺は扱き使うけどな! 不死の能力持ちなんだから!
「彼女は目立ちたがり屋で、バトルジャンキーでつ。きっと月光の光を隠す太陽となるはず」
「それじゃ、死の都市へと出発か? ふぁんたじーな地域の冒険。楽しみだぜ!」
マコトは俺のセリフによく設定を思いつくなと、感心していたが元行商人はそれぐらいお茶の子さいさいなのだ。フフフフ。
「では、食糧を用意していきまつよ。ダツたちは置いていきます。ここの防衛も必要でつし」
「そうですな。多少不安に思うところはありますが」
ギュンターの賛成を受けて、まぁ、大丈夫だろうと思うし
「死の都市まではガイのみで移動。ガイが到着したら、あたちたちも移動しまつ。月光本部から送られてきたからくり馬は使えまつよね?」
「へい、まだ見てはいませんが、使えると思いやす。というか、あっし一人で移動するのは決定なんですね?」
トホホと肩をおとすガイだが、仕方ないでしょ。からくり馬はガイしか持ってないのだ。からくり馬って、どんな馬なのかわくわくしちゃうぞ。
「お待ちください、アイ様。アイ様も向かわれるんですか?」
マーサが心配げに口を開く。どうやら幼女が死の都市に行くのを止めたい模様。たしかに教育に悪いところなのは間違いないだろう。
「アイちゃん、死の都市にはゾンビとかいるらしいよ。私が小さい時は悪い娘は死の都市の化け物に食われちゃうって、母さんに怒られたし」
がぉー、と可愛らしい手をあげて怖い顔を作るララ。怖いというより、笑えるのはご愛嬌。
だが、そんな脅しは効かないのだ。
「……大丈夫でつ。ゾンビ相手は慣れていまつ」
昔からゾンビは嫌というほど退治してきたのだ。今更怯む俺たちではない。
「大丈夫ですぜ、ララちゃん。あっしはゾンビ退治のプロなんで。グールの大群に絡まれるとヤバイですが、きっちり親分を守ってみせまさ」
「あたちの魔法が死の都市では必要になるので仕方ないでつ。ギュンターがいるので、問題はありません」
フラグを立てる発言だが、立てたフラグはぶち破る。強敵などがいたら逃げるだけだ。地球の時とは違うのだ。犠牲はもはや出さないと、アイはキラリと目を光らせる。幼女が目を光らせると、つまみ食いを狙っているようにしか見えないが。
「慎重に行動するので大丈夫ですぞ。無茶はしないと約束しましょう」
「うぅ、気をつけてくださいね? アイちゃん、危険と思ったらすぐに逃げるんだよ?」
ギュンター爺さんの言葉に渋々ながらもララは頷くが、皆は不安そうな表情を隠さない。見たこともない場所、しかも不死者だらけの都市ならばたしかに怖いのはわかる。
だが1日5時間縛りの欠点がゲーム筐体にはある。都市の探索が長引くなら、最初から操作して入る訳にはいかない。なので、魔法援護ができる幼女も一緒に探索予定なのだ。
「月光の力を知る時、とあたちは貴方たちに宣言しまつ」
ふふふと微笑む黒幕幼女。もしかしたら、初の危険な探索の可能性は高い。だが、だからこそだ。そろそろ幼女も戦いに加わるパターンをやらないといけない。逃げれそうな戦いで試すのだ。
マーサたちが、緊張でこちらに威圧……される訳はなく、大丈夫かな、この幼女? と心配げに見てくるので軽く嘆息する。
やっぱり幼女だと、凄みがないねと。
北の王都門を通り抜け、しばし人通りのない所まで移動をアイたちはした。マーサたちはお留守番。月光幹部だけである。
なぜ来たかと言うと、ガイのからくり馬を見るためである。たぶん、からくり馬というからには、歯車が見えちゃっている、似非江戸時代で出てくるようなからくりの馬だろうと、わくわくしちゃう。
幼女が目を輝かせて、早く呼び出してよと山賊に顔を向けていると、鼻を擦ってガイは得意気に右手を天へと掲げる。自分も見たことがないのに、なぜか自信満々な男である。この先のオチがわかるテンプレっぷりだ。
「サモン! からくり馬!」
ガイの掛け声と共に、宙に魔法陣が描かれ始めて、どこからか、ちゃっらちゃ〜とBGMが流れてきた。女神様悪乗りしすぎです。
そうして、からくり馬は姿を表す。地面へと降りるその姿は黒き滑らかな毛皮、勇壮な眼、どんな悪路をも走ることができる脚を見せる。
予想外にしょぼい馬ではなかったので、驚いちゃう。まじか。
「お〜! この黒い毛皮、頼りになりそうな大きな眼に、丈夫そうな脚……。親分、これ馬?」
ガイが困りきった顔でこちらを見てくるので、コクリと頷き返す。
「ポニーでつ」
「ポニーだな」
「民間用のポニーだな」
ギュンターとマコトも俺の言葉に同意してくれる。うん、紛れもなくポニーだな。
「私は民間用スレイプニルです、主。これからはスレイプニルとお呼びください」
ポニーが自己紹介をしてくる。うん、紛れもなくポニーだ。
「ポニーですけど、これはポニーではないですぜ! え? ふぁんたじー世界でこれに乗ると、物凄く目立つんですが!」
ポニー改め、スレイプニルの言葉をスルーしてガイが叫ぶが
「どうせ馬なんて滅多に使わないし、作るの面倒くさいって、あいつが在庫処分品を……いや、神の馬を下賜してきたんだぜ、良かったなガイ!」
マコトが真実を語りそうになって、テヘペロと舌を出す。
「これバイクですよ! 大手コーポレーションが発売したポニーじゃないですか! AIがウザイってすぐに販売中止となった!」
こんなの異世界で乗ったら、目立つどころではないとガイは悲鳴をあげる。うん、たしかに気持ちはわかる。女神様適当だな……。
黒い金属の胴体、光る二つのライト、脚というか二つのタイヤをした悪路走行可能なバイクがそこにいた。どこからどう見てもバイクです、ありがとうございます。
「私は女神に改造されております。魔力1で3キロ走れる燃費、壊れても直るボディ、時速180キロまで出るハイパワー、操縦者が寝ていたら寂しくて話しかける機能と、完全無欠なバイクと、いえからくり馬となっています」
「お前、英雄の乗っていたバイクのレプリカとして売られたのに、あまりにもウザくて即行返品された奴じゃねぇか。てか、最後の機能はいらねえよ! 女神様、返品! 返品を〜!」
「無駄だぜ、次のバイクからAIは外しておくって言ってたからな! ちなみに身体を変えてもポニーは初期装備として同じ奴がつくから。省エネってやつだぜ」
うぉ〜、とガイは天へと訴えかけるように泣き叫ぶが仕方ないのだろう。笑っている女神様が幻視できちゃうので。悪戯な神だから諦めろ。
「見られたら、即行逃げるんでつよ。それにこちらの方が遥かに都合が良いでつ。疲労を考えなくて良いでつから」
慰めの言葉を一応かけておく。俺のバイクじゃないしな。道中寂しくないだろうしね。
「はぁ……まぁ、たしかにそうなんですが、ふぁんたじーにバイクですかい」
「精霊とでも言っておけば良いんでつ。格納もできるし、名前がスレイプニルでつし」
「さすがはアイ様。そのとおりです。私は幻獣スレイプニル、コンゴトモヨロシク」
ノリが良いなぁと、全員で苦笑するがバイクの利点は大きい。頑張ってくれ、ガイよ。
「仕方ねぇ……。行ってきまーす!」
諦めの吐息をついて、ガイはスレイプニルに乗りエンジンを吹かす。ほとんど聞こえないエンジン音に、これなら隠密行動可能だなと、アイは感心する。
「ガイ様、新たなる主に伝えておきたいことがあります。実は私は完全初期タイプで、落語を網羅しておりまして、道中で操縦者が退屈しないように……」
ぺちゃくちゃとスレイプニルが声高にガイへと話しかけながら遠ざかっていく。悪路走行可能なバイクなので、あっという間に見えなくなる。
「隠密行動は無理かなぁ」
哀れなる山賊を見送り、苦笑混じりに自宅へと帰る一行であった。