36話 貴族少女と黒幕少女
広場は多くの人が集まっており、吟遊詩人が物語を語り、それを聞きに来る人たちを目当てに酒を売る者、肉を焚き火の上で焼く者、楽しげなカップルや夫婦、ナンパが失敗して、落ち込んで子分たちに慰められる山賊などがいた。うん、結果は知っていた、このハードな異世界でナンパは無理だぞ、文化的に。
まぁ、楽しげな雰囲気だとアイは思う。こういった雰囲気は好きだ。なにか売り物があれば、俺も屋台にまざったのにと、元行商人はちっこいおててを握りしめていたりした。根っからの商売人であるアイだった。
「あそこに座りましょ。席が空いてるわ」
フローラが目敏く酒場の主人が置いた椅子とテーブルに移動する。酒場の主人がお客だと、おっさんスマイルを見せるので、フローラは手慣れた様子で頼む。
「ワインをお願い、あとは肉ね」
「あたちたちは、お湯で」
「お肉も!」
アイとララも笑顔で手をあげて頼み、ギュンターはエールをと渋く頼む。あら、とギュンターが椅子に座ったことに、フローラが軽く驚くが、良いんだよ。俺らが食べているのに、側でギュンターが立っていたら落ち着かないでしょ。
「他にも護衛がいたのね。気づかなかったわ」
察しが良い女性は嫌いだぜと、ハードボイルドな笑みを浮かべてアイは肩をすくめる。実際はテーブルにおててがぎりぎり届くぐらいの小さい身体なので、椅子の上でガタガタ楽しそうに身体を揺らした幼女にしか見えなかったけど。
「ギュンターが座るだけで気づくとは、おねーさん頭がまわりまつね」
椅子に座れば僅かでも護衛として隙ができる。それをカバーできる者たちがいるのだと、フローラは看破したのだ。たしかにソードマンたちに離れた場所から護衛させているけどさ。
「お互いに過保護な家で困るわね」
ワインが銅のジョッキに入れられて置かれるので、銀貨を手渡してフローラは肩をすくめる。気配察知には数人が離れてこちらを窺っているのがわかった。
「そんなところにしときまつ。で、おねーさんはあたちになんの御用でつか?」
「ふふん、せっかく私と同じ趣味の貴族を見つけたんだもの。お話したいと思わない?」
ふんふんと鼻息荒く言ってくるので、なるほどねと納得する。いつの世も同好の士を見つけると、友人になろうといきなり迫ってくる人はいたものだ。あのアニメ最高だよなと電車内でお喋りをする人がいたら、そうだよなと知り合いでもないのに話に加わりたくなる感じ。
「あたちは平民でつが、お話はあたちもしたいでつ。お話しましょー」
小さい手足をパタパタ振って、ご機嫌な幼女である。知らない情報もたくさん持っているだろうし、こちらとしても大歓迎だ。もう会わないだろうし。
これを機に貴族の情報をゲットだぜ、むふふ。
無邪気な愛らしい微笑みの裏で、計算高い幼女の中のおっさんがほくそ笑んでいた。ララは肉をムグムグと口に放り込んでいる。貴族にかかわりたくないのもあるのだろうけど、あれだけ食べてきたのによく食べれるなぁ。
「マコト、フローラのステータスは?」
念話にて肩に乗って姿を隠す妖精へと問いかけるが
「駄目だぜ、相手が戦う態勢になるか、実際に戦わないとステータスは解析できない縛りがあたしにはあるんだ」
なるほどと、アイは納得して幼女スマイルで楽しそうにフローラの手をペチペチ叩く。
「フローラしゃんと、お話楽しみでつ。なにをお話しまつか?」
ニコニコ笑顔でフローラを見ながら
「ほら、戦いまちたよ。教えてくれ」
「そういう裏技をよく見つけるよな、まったく。ピピッ、平均24、ちからが高く、すばやさが低いな」
ほぉ、と意外なステータスに少し驚く。鍛えているようには見えない。その手も手荒れも剣だこも見えず、身体もほっそりとしているのに平民よりも遥かに強い。デフォルトでこれだけの能力を貴族は持つのかぁ。こりゃ、テンプレの路地裏で襲われる貴族の少女ってパターンはないな。
この少女の爵位は高いのか、爵位が高くなる程にステータスが高いと俺は予想しているのだ。金と力があり強いステータスの人間を長い年月で取り込むのが貴族だと思うし。
とりあえず話の中でわかれば良いかと思いながら、俺はフローラと話を始める。
「で、お名前を聞かせて貰えるかしら?」
フローラは俺を幼女よりも上に見ている素振りで尋ねてくる。どうやら高ステータスの貴族は年若くても頭が良いのが当たり前っぽい。本当にそうなのかはわからないが、皆が皆、同じ態度をするので本当なのかもしれない。
「アイは平民の女の子で5歳でつ。最近、この王都にきまちた!」
頑張って自己紹介をしました感を出して、にっこりスマイルな詐欺幼女。おっさんとしてのプライドは売れないので、全力で幼女パワーを使うのだ。おっさんは幼女としての行動をするのに躊躇いはないのだ。売れないおっさんのプライドは倉庫に仕舞っちゃうアイである。
「ん〜。アイの家名を教えて欲しいんだけど……。教えてくれるつもりはないのかしら? 私はフローラ・ドッチナー。ドッチナー侯爵家の次女よ」
自分の家名を教えるから、貴女も教えてと言外に伝えてくるフローラ。
「こーしゃくさま! 凄い! フローラしゃん、侯爵様の次女ですか! すごーい! あたちは平民でつ」
「何人もの護衛に、純粋共通言語を使って、見たことのない仕立ての服を着て?」
「落ちぶれたんでつよ! 今はへーみん!」
パタパタと足を振って平民と名乗り、あくまでも家名を教えてくれない幼女にフローラは諦めたのか、ため息をつく。
「それじゃ、私も平民のフローラで。さっきの家名は忘れてね?」
「忘れまちた! 同じ平民でつねフローラしゃん」
侯爵家かとアイは驚きつつも、ありがたい情報だとホクホク顔になる。幼女のホクホク顔は癒やされる可愛らしさを見せていた。
「アイはどこから来たの?」
興味津々で尋ねてくるフローラ。その瞳は好奇心で輝いている。悪い娘ではなさそうだ。でも、不思議に思うことがある。
「なんで外から来たと思うんでつか?」
「あぁ、それ? それは護衛を連れているから子爵以上の爵位だと思ったから。男爵以下の有象無象なら貧乏な人も多いし、そんな人たちは護衛を連れずに平民地区を出歩くわ」
「ふ〜ん」
「護衛を連れて歩ける金持ちの爵位持ちなら、平民地区は彷徨かないわ。すぐに醜聞になって、私みたいに婚約者が決まらないということになるから」
手を振って、苦笑気味にワインを口にするフローラ。ワインと言っても水みたいな物だ。酒の種類に入れるほどのアルコール度数もないし、生水を飲むよりも良いんだろう。中世ヨーロッパみたいな水代わりにしている感じ。
「こーしゃく家でも婚約者が決まらないんでつか……フローラしゃん大変でつね」
貴族主義ってやつかと呆れる。いや、違うな。それに合わせて婚約者候補として相応しい格の相手がいないのだろう。侯爵家も大変だ。しかし、フローラは悪戯そうに微笑みアイを見てくる。
「それが、その方が楽なのよ。私は固有スキル持ちだから、錬金術でお金も稼げる。だから、今は家で自由な立場。ふふふ」
「……あたちはここに来て日が浅いのでつが、ドッチナー家は錬金術でゆーめーなの?」
あら、とキョトンとした表情のフローラがするから、有名なのだろう。しかし錬金術? 何というロマンチックな言葉。金の匂いがするぜ。
「あぁ、外国ではそれほどドッチナー家は有名ではないのかしら? 固有スキル成長を促す太陽を使い、マノクト草を育てるドッチナー家を聞いたことがない? 甘い甘い魔力ポーションを作れる家を」
「甘い物? 魔力ポーション!」
ガタガタと椅子を揺らして、幼女は驚いちゃう。甘い物? いや、魔力ポーション? マノクト草って、なんじゃらほい?
「えぇ、魔力ポーションとは言うけど、実際は甘味として貴族たちは飲んでるわね」
ムフンと得意気に胸をそらすフローラ。少女なのに胸は豊かだね。さすがは貴族と思いながら確認する。魔力ポーションなのに、甘味として利用されている? ということは……。
「この地には他にあまーいものはないんでつか? 王都で見たことないんだけど」
「蜂蜜ならあるわよ。あれも貴重だけど」
「蜂蜜があるのに、希少な魔力ポーションを飲んじゃうんでつか!」
聞く限り魔力ポーションは希少なのに? 蜂蜜で良いじゃん! あと、砂糖がないのは確定だ。少なくともこの地域周辺には。
「巨人の谷に取りに行かないといけないし、最近はまったく出回ってないわ。あそこに行くには、死の都市を横切らないとならないしね」
……なんかすっごい異世界ファンタジーな語句が出てきたぞ? 死の都市? 巨人の谷? ゲームなら新しい場所が解放されましたとポップするところだ。フローラはクエストトリガーなキャラだったのか。ありがたや〜。拝んじゃうぜ。
「それよりも平民たちの暮らしって、どう思う? 私はたいして違いがないと思うの」
蜂蜜とか、マロンチックな場所の数々は常識なのだろう。話を変えてくるフローラ。まぁ、たしかに有名な話っぽい。マーサに聞いても良いし、そこらへんの吟遊詩人を捕まえても聞いても良い。
「料理は同じ? フローラしゃんはどう思いまつ?」
「肉も野菜も足りないけど、それ以外は同じかしら。味はあんまり変わらないわね。それよりも平民はなんで同じ服をいつも着ているのかわかる?」
「お金がないんでつよ。平民は古着が普通なんでつ」
お互いに平民の暮らしを話し合い、その後は時間が過ぎていくのであった。
そうしてしばらく経った後、フローラはそろそろ帰らなきゃと席を立つ。ララがお腹いっぱいとグデっとしていて、微笑ましい。
「それじゃ、楽しかったわアイ。またお会いしましょうね」
「あたちも楽しかったでつ。今度会う時には錬金術を教えてください」
「初歩的なのなら良いわよ。それじゃあね」
ぶんぶんと幼女が手を振ってお見送りする中で、青髪を翻して笑顔でフローラは立ち去っていく。本当に楽しかった。有益な時間でした。
そうして、姿が見えなくなり、ギュンターが耳元へとこっそりと囁く。
「あの少女はこの間の貴族と一緒にいた者ですな」
「そうでつね。ギュンターが殺されるのを見るのが嫌で帰った人。あの歳なら抗弁できないでしょうし、帰るだけ良識がある娘みたい。どうやら、この間の人があたちたちだとは気づかなかったみたいでつね。」
ちょこんと小さな肩をすくませるアイ。もちろん気づいていたよ。あちらは初対面という顔だった。ローブを着込んでいたし、遠目だったから気づかなかった模様。
「やはり気づいておられましたか」
「うん、貴族の中でも彼女は変人なんでしょう。こうやって平民地区にお忍びでくるぐらいでつし。それはあたちたちから見たら善人に見えますが……好奇心だけある少女で、そこまで善人ではないと思いまつ。……まぁ、侯爵家ですし、仲良くしましょー。接点がこれからもあれば、でつが」
貴族の伝手は貴重である。その常識もどのような情報があるのかも。この先に接点があればという条件付きではあるが。
まぁ、目をつけられない程度に接点を作れば良い。幼女ならそれが可能なはず。
「目をつけられても問題はない方法も思いつきましたし、今日は良い日でちた!」
むふーむふーと、鼻息荒く幼女は言って、さすがは姫とギュンターが尊敬の目をしてくる。肩に乗るマコトは眠りこけており、ララがお腹いっぱいで幸せだよ〜と隣を歩き、酒場ではあっしの奢りだ、チクショーという声が響いてきた。
日が落ちる中で、お祭りは大収穫だったなと、満足しながら黒幕幼女は帰途へとつくのであった、