35話 祭りを楽しむ黒幕少女
月光支配下のスラム街。着々と平民区との境界線に壁を建てているが、幼女のおうちのお庭だから、壁を建てるのは当たり前なんですと、その中に潜むあくどいおっさんは訴えていた。違法建築をしながら開き直るおっさんである。
アイの屋敷は広大だが、ボロボロだ。未だに雨漏りはするし、窓は木板で打ち付けられている。壁の前に屋敷の修復とギュンターお爺さんが訴えていたがスルーした。優先順位があるのだと。宮殿を直すのは外交が必要になってからで良い。まずは防御を固め軍備を揃えるのだ。
なので、未だに全てがボロボロな街並みのスラム街。だが、月光の支配下になり食べ物を手にできて、仕事を用意されたことにより、笑顔が浮かび人々は希望を持って暮らしている。今日よりも明日、明日よりも未来をと。幸福な生活が待っていると信じて。
その中でも今日は特別であった。騎士団が遠征から帰還して、それを祝い祭りをするのだから。
今までならば、スラム街の街角に隠れるように平民区を覗き見て、その楽しそうな雰囲気と、屋台に並ぶ食べ物を羨ましそうに眺めるだけであったが、今年は違う。
祭りを前に、人々は行列を作りワイワイと楽しげにお喋りをしながら自分の番が来るのを待っていた。
何を待っているのかというと、何列かに分けて作られている行列の先頭に月光幹部が立っており
「お祭り楽しんできてくださいね」
その中でも支部長たる幼女は握手と共に銅貨を10枚配っていた。
「ありがとうございます、アイ様。いやぁ、祭りに参加できるなんて、初めてでさ」
「なにか果物が買えるかねぇ」
「ありがとー、アイ様」
少額であり、子供のお小遣いレベルではあるが、感激してスラム街の住人、いや月光配下の民たちは喜びながら銅貨を貰っていく。
まさかタダでお金を配るボスがいるとは考えてもおらず、自分たちも稼いでいるから、祭りを楽しめると笑顔を浮かべている。
「うむ、祭りを楽しむが良い」
ギュンターもいつものしかめ面ではなく、僅かに柔らかな表情で手渡している。
ありがとうございますと、住人たちが頭を下げて去っていき、ガイも隣でふんふんと鼻息荒く銅貨を配っていた。
「どうです、お嬢さん。今日はあっしと一緒に祭りを楽しむとか」
「ごめんなさい、ガイ様。今日は恋人とまわるので」
そっすかと項垂れるが、次の女性にもめげずに声をかける勇者ガイ。戦果は纏わりつく子供たちと、兄貴と懐くむさ苦しい男たちだけの模様。さすがは勇者、ハーレムは近いだろう。きっと100年後くらい先には希望があるはずだ。
祭りの日にお金をばら撒けば、民忠もうなぎのぼりだよねと考えたしっかり者の黒幕少女は皆へお小遣いを配ることにしたのである。銅貨10枚ぽっちを配るのは情けないが、ない袖は振れないのだ。幼女の袖はぶかぶかだけどね。
それに6000人の住人に配ると、金貨60枚になる。現状ではカツカツすぎて、自分でも狩りに行こうとアイが考える程火の車な財政状況であった。だが、そんな様子は欠片も見せずに、ニパッと無邪気な微笑みで今日も幼女は頑張ります。
「さて、配り終えまちたし、あたちも祭りに行きまつか」
息抜きは大事だよねと、うーんと背伸びをして身体をほぐす。異世界の祭りとは楽しみ……あんまり期待度は上げない方が良いけれどね。
「アイちゃん、一緒に行こ!」
ララがひまわりのような笑顔で手を差し出してくるので
「良いでつね。一緒に遊びましょー」
一緒におててを繋いで街中へと入る。その姿は幼女そのもので、中の人は女神によって封印されたのだと思わせる光景であった。
雑踏の中で、ララと仲良く周りを見ていく。焚き火の上にでかい鍋があり、グツグツと湯気をたてて煮えており、反対側では串焼きの肉を売っていた。果物や野菜が並び、人々は楽しそうに買い食いをしながら練り歩く。
「はぁ〜。これは凄いでつね。これだけの人々がいるんでつか」
道を歩きながら祭りならではのざわめきに感心しちゃう。普通の日に歩くのとはやはり屋台の数が段違いだし、珍しい物を売っていそうだとわくわくする。
異世界に転移して三ヶ月。普通に街でわくわくするのは初めてなアイである。ハードな異世界でも息抜きが必要だねと改めて思う。地球産の野菜とか料理でチート無双も良いが、異世界ならではの楽しみもあるんじゃないかなと、幼女は顔を輝かす。
肉はスルーしたいが、ララが離れない。ガゥと可愛らしい肉食動物は買って買ってと訴えてくるので、ガイへと支払いをするように指示を出そうとして、姿が見えないことに気づく。あれ?
「ガイはナンパに行ったぜ。ようやく自我が固まってきたみたいだな」
「自我? あぁ、キャラ設定ではない個性が生まれ始めたということね。嘘くさい説明でつ。最近のあいつは誰かを思い出すんでつが」
「少ない情報で、なにが起こったのか推察できるのが社長の凄いところだな! 後半は聞かなかったことにするぜ」
マコトが自我の一言で察した俺を感心したように言うが……後半は聞かなかったことにするとは、ちゃっかりしているなぁ。この間からあることを疑っているのだが……まぁ、不死の存在だし、今度はあっさりと死んでも大丈夫だと放置しておくことに決める。
「仕方のない男ですな、あいつは。月光幹部としての自覚を後でしっかり教え込んでおきますぞ」
憤慨するギュンターだが、別にお祭りだし良いよと、アイは手をふりふりと振る。いつもは忙しいし、危険な……不死だから危険ではないな。きつい仕事だし。
しばらくのんびりと買い食いしながら歩く。主にララが。美味しい食べ物がないんだもん! くそう、早く貴族の目を気にせずに食べ物を流通させたい。
「さて、食べ物も良いでつが掘り出し物も探しに行きましょー。そういった露店はありまつか?」
「うん! こっちだよ、こっち!」
案内を買っただけはある。ララはすたこらと路地へと向かう。路地に入ると、ゴザが敷かれてマントを羽織った者たちが軒を並べてガラクタを売っていた。
「こういうのでつ! こういうのを、あたちは望んでまちた!」
幼女らしからぬダッシュで、アイは商品を眺める。元ウォーカーの血が騒ぐぜと、ちょろちょろと商品を次々と観察していく。
「お〜。やっぱりウォーカーだけあって、こういうのは好きなのな」
「マコト、わかってないでつね。こういったガラクタの中に高価な物が隠れているもんでつ」
ちっこいおててで、ツボを眺めながら興奮気味に答える。ヨーロッパ地域とかは特に掘り出し物が多かった。大儲けしたもんだ。今は売れる伝手もないし、なにが高価な物かわからないけど。
幼女が物珍しそうにキャッキャッと売り物を眺める様子に、店主は苦笑混じりに、そのおさげをぶんぶん振る可愛らしい姿にまなじりを下げる。
可愛らしい幼女なのだ。見かけは。見かけだけは。高価な物を見つけたら怒涛の如く値引きを求めて買うジャッカルのような幼女だが。
「む〜。鑑定スキル、鑑定スキルが必要でつ。でも、ここは目利きを、己の目利きを信じるんでつ。ん〜、このツボは幾らでつか?」
小ぶりのツボを手に取り、ハイッと店主へと見せる。これはきっと高価なツボだ。たぶん。
地球では知識を元に鋭い目利きをしていたおっさんであるので、自分の目利きを信じていた。が、店主の口元が曲がるのを目敏く気づき失敗を悟っちゃう。
やっぱり知識がないと駄目か、ちくせう。目利きはできなくても、観察眼はあるおっさんであるので、店主の対応ですぐにわかるのだ。
「良い物を見つけたね、お嬢さん。これは魔法の道具でね。中に食べ物を入れて置くと腐りにくいんだよ。保存魔法が掛かっているのさ」
「保存? 保存魔法なんて、あるんでつね。いや、ゲームではハードな魔法の世界は渋い使い道の魔法がたくさんありまちた。なぜ、今まで見たことがなかったんでつかね。あ、これは買いまつよ、銅貨20枚で」
店主の言葉に考え込む。付与魔法という物もあるのかと。ついでにツボも買っておく。
「いやいや、このツボは保存魔法のツボで金貨1枚は」
「そんな保存魔法は掛かっているようには見えないわ。ねぇ、保存魔法が本当なら、金板100枚出すわ。売ってもらえる?」
後ろから口を挟んでくる女性のからかう声にアイは振り向く。
そこには白い大きなツバをした帽子をかぶる上品な仕立ての赤いワンピースを着た女性が立っていたのだった。足元を見ると滑らかな革の靴を履いており富裕層だとわかる。
いや、この女性は富裕層というより……。
目を僅かに細めるアイ。幼女が目を細めても、眠たそうにしか見えないが、その様子に気づかず女性はにこやかな笑みで店主を眺めていた。面白そうな表情をしている女性。
女性というか、少女。だいたい12から13歳、青髪のロングヘアーでやんちゃそうな顔で口元を釣り上げている。
即ち、厄介ごとを好むタイプ。そしてこのハードな異世界では、厄介ごとを好むタイプは力を持っていることを示している。テンプレだが、貴族かな? 厄介ごとを好むタイプでも、弱ければこの異世界では、あっさりと死ぬのだから。
相手も少女とはいえ、ヤバイ相手だと気づいたのだろう。なかなか観察眼がある。慌てて、しどろもどろな口調にて
「保存魔法がかかっているかもという夢と希望をかけられた、そんなツボですので。お嬢さん、銅貨20枚で売りましょう! さぁ、どうぞ」
ツボを俺に渡してくると、さて店仕舞い店仕舞いと呟いて、慌ててゴザに置かれていた商品を纏めて逃げるように去って行くのであった。なかなか危機感もある男だこと。
「ありがとうございまつ。安くツボが買えちゃいました」
ペコリと少女に頭を下げてお礼を言う。もう少し高いと思ったので。
「気にすることはないわ。騙されて泣いてしまう子供を見たくなかったのよ」
「騙されるところでちた。怖い怖いでつね。保存魔法なんてそんなのあるんでつかね」
そんなものないよね〜、と小首を小さく傾げて同意を求めちゃう。幼女がそんなことを言えば、だいたいの人がそうだよね〜と頷くが少女は頷かなかった。
面白そうな表情でアイを見ながら微笑む。
「またまた。魔法を見たことのない平民でもあるまいし。こんにちは、異国の貴族さん。私はフローラ。フローラ・ドッチナー。こんなところで異国の方にお会いできて嬉しいわ」
軽く膝を屈めて挨拶をしてくる少女に、やっぱり貴族なのねと警戒しながら、俺も挨拶を返す。
「あたちもお会いできて光栄でつ。でも、あたちは貴族じゃないでつよ。どこにでもいる平民でつね」
ちょこんと膝を屈めて幼女は微笑む。癒やされる微笑みに口元を緩めながらフローラは広場を指差す。
「こんな路地には碌な物がないわ、私がもう見てきたから保証するし、ちょっとお話しない? 異国の貴族と話してみたいと思っていたの」
「人の話を聞かない方と、お話をしたいとは思えません。あたちはただの平民!」
皮肉げに俺が言うと、フローラはあらあらとますます楽しそうにする。面白そうな相手を見つけたと考えたに違いない。
「では、騎士を護衛につけている平民さん、少し私とお話しない?」
片目を瞑り、ウインクを悪戯そうにしてくるフローラに、こちらも面白そうな人を見つけたよと、内心で微笑みながら黒幕少女は広場へと向かうのであった。