33話 黒幕幼女は気障な騎士と戦う
ニヤニヤと笑う騎士。その後ろから5人の騎士が現れる。気配察知になんで引っかからなかったのかと、アイは舌打ちして
「そういえばガイはレーダーが搭載されていないんでちた」
ぽんと手を打って思い出す。やはり旧型は駄目だねと。意外なことにガイも頷き同意する。どこから持ってきたのか、画用紙を自分の胸の前に掲げて、新たなる身体! その名はガイゼータ! とか書いていた。どこのアニメだ、どこの。
不死の能力を活用しており、身体を捨てることに躊躇いのない勇者がここにいた。2枚目の画用紙に二枚目な金髪がウイングをつけて空を飛んでいる絵が描かれていたが、ウイングって。
「なかなかの腕前みたいだけど、なぜオークの上位種を狙って戦っているんだい? 教えてくれると有難いんだけど」
他の騎士がガイを囲んで、剣を構える。すぐさまレバーを握ってアイは意識をガイぼでぃに移して口を開く。
「武者修行ってやつだ。別に悪いことをしている訳じゃねえだろ?」
警戒の表情で山賊アイが答えるのをヘラヘラと笑いながら首を傾げる。ヤバイ、こいつは強者の匂いがする。こんな現れ方をするのは強者に決まっているし。
アニメや漫画でこんなやついたなと、警戒する。ヘラヘラとしながら強くしぶとい奴。
「う〜ん、たしかにそうなんだけどね。悪いことはしていないけど、それでも良いことを君がしてるとは思わないなぁ。君は自分の顔を鏡で見たことある?」
「ふん、自分の顔なんざ鏡を見なくともわかる。嫌味な野郎だ」
幼女だったら見逃してくれただろうか? 保護はしてくれそう。山賊面のガイはどう見ても怪しい。なんなら昼間の街道を歩いていても怪しい。
山賊アイの言葉に相手はクックと笑い、剣を抜いてくる。見逃してくれないみたい。わかってたけど。
「あっはっは、君は楽しい人だね。そんな君を僕は見逃したいんだけど、これも騎士団の仕事ってやつだ。悪いけど捕縛させてもらうよ」
「そりゃ、残念だ」
男の言葉が合図となり、周りの騎士たちが間合いを詰めてくるのを見て、アイは剣を呼び寄せるか迷うが止めておく。魔法の武器を持っているとは見られたくない。
「おとなしく」
しろ、と言おうとする騎士へと素早く身体を屈めて、足払いを喰らわす。斧で攻撃してくると予想していた騎士は盾を構えていたが、予想外の攻撃にあっさりと倒れ込む。
その隙を狙い、相手の右腕を踏み、手放した剣を手にして、他の連中へと構える。
「皆、盾を構えよ!」
ヘラヘラとした男がなにをするかを悟り、焦って叫ぶがもう遅い。
「剣技 ソードスラッシュ」
アイは剣身を赤い光で伸ばして、横薙ぎする。
倒した騎士を踏みつけて、その先に生えている木へと。
盾を構えて、いつでも盾技を発動させて防ぐつもりだった騎士たちは驚き戸惑う。
「格闘技 腕力強化からの〜大木倒し!」
切れ込みを入れて、今にも倒れそうな大木へと腕を回して、ブンと振る。高ステータスである山賊アイはフンスと力を込めてなんとか大木を持つと、戸惑っていた騎士たちを薙ぎ払う。
慌てるように盾技を使う者もいたが、大木の質量にガイのちからが合わさった攻撃に、ガラスのようにあっさりと砕けて、吹き飛ばされるのであった。
殺せはしなかったが、その鎧を凹ませて呻き声をあげるその様子に戦闘はできないと判断するアイの視界にヘラヘラ男が迫ってきていた。
「その馬鹿力。固有スキルだね、何者だい?」
高ステータスを特技だと思ったのだろうヘラヘラ男が真剣な表情で剣を突き出してくる。その剣の速さは今までの敵の中で特技でなければ、一番速い。
「ちっ!」
舌打ちをして山賊アイは剣にて下から掬い上げる。カチリと金属の音をたてて、ヘラヘラ男の剣が上に流れたと思いきや、鋭角な軌道にて立ち直り、横薙ぎをしてきた。
後ろへと下がるアイだったが、回避しきれずに僅かに胴を切られてしまう。間合いを詰めて、連撃へと入ろうとするヘラヘラ男へと足を踏みしめ、斧を投擲する。
「斧技 トマホーク」
鋭い回転と共に敵へと向かう斧であったが、相手も間合いを詰めるのをやめて剣を構えて魔力を集中させて呟く。
「剣技 パリィ」
銀色の光が剣を覆い、滑らかな動きでトマホークを弾いてしまう。
「やるね。でも僕には効かないよ!」
銀色の残光と共に剣撃が連続で襲いかかってきて、その鋭い連撃は山賊アイの身体に傷をつける。
「こいつ、正当な強さだぜ。剣術4は確実にある! こいつの平均ステータスは45、素早さが少し高いんだぜ!」
「スキルが2も離れてやがるのか……。ステータスの差で圧し潰せるか?」
マコトの言葉に舌打ちしつつ、騎士とはこれだけ強いのかと記憶しておく。数値が1の違いでちからが変わるのがスキルだ。ならばステータスの差で決めると、踏み込みを強くして剣を右左と力を込めて振るう。
その剣の速さを見て、ヘラヘラ男は剣をまたもや滑らかな動きで振るい、受け流すが慌てたように後ろへと間合いをとった。
「君、強いね。身体能力は準将軍級? 剣の腕はそれほどでもないから、今まではその身体能力で敵を圧倒してきたんだね?」
「答える必要はないなっ!」
ヘラヘラ男の剣を覆っていた銀の光が消えていく。たぶんパリィの効果が切れたのだと察し、山賊アイはさらなる攻撃を繰り返す。暴風のように振るわれる剣の攻撃だが、ヘラヘラ男は冷静に魔力を集中させてきた。
「特技 風は捉えられず」
特技かとアイは唸り、次の瞬間にその効果を見てとれた。振るった剣がヘラヘラ男に当たると思われた瞬間、柔らかい風のクッションがその攻撃をずらしたのだ。
「説明するぜ! 特技、風は捉えられずは物理回避率大幅アップ、すばやさを10上げるんだぜ」
「ゲームで回避率が上がる技があったが、こんな感じで攻撃が受け流されたのか、納得だ」
こんな風の障壁が身体に覆われたら、そりゃ回避率は上がるなと納得する。ゲームの回避率アップの秘密がわかっちゃった。
だが、この障壁。ふんわり柔らかいクッションのような風の障壁だ。貫いて攻撃を当てるにはかなりの力を籠めないとならない。
どうしようかと、迷うアイへとヘラヘラ男はさらに魔力をためてきて
「片手剣技 疾風三段突き!」
風のような速さで突きを繰り出した。マジかよと剣を横手に防ごうとするアイだが、ファンタジー世界だとその攻撃を見て、改めて思った。
なにしろ、本来の突き以外に二つの突きが幻影みたいに現れたからだ。
合わせて三つの疾風突き。高速思考の中でアイはピンチを悟り、急所だけは守るが肩に左腕、腿と攻撃を受けて傷つくのであった。
「多段攻撃は第二レベル技だぜ。即ちスキル4で使える技だ、疾風突きと合成させてきたな。強力だが、一撃の威力は低くなるぜ」
「全段当たれば大ダメージか。クリティカルが出ると手がつけられないよな」
マコトが教えてくれる説明に、ハードな異世界なのに技はライトな異世界ぽいと考えつつ思う。これは敵わないと。
たぶんすばやさは敵が上、剣の腕も装備の質も上だ。ならば逃げるかと考えるが……。モニター越しにガイがまた画用紙に新たなる身体、その名はガイゼータと描いてあるのを見せてきたので、ニヤリと笑う。どうやら遠慮なく使い倒して良いらしい。
「その傷と出血じゃもう戦うのは無理だろ? おとなしく捕まって欲しいんだけど?」
「面倒くさいのは嫌なんだよねと、お前は言う」
「面倒くさいのは嫌なんだよね」
肩をすくめるヘラヘラ男が、ギクリと身体を震わすが、そんな予想は元オタクには簡単なことなのだ。
「動揺したなっ!」
周りを確認して、山賊アイは自分が隠れることができる草むらへと飛び込みながら
「リターンからの、トマホーク!」
手元に斧を引き戻し、素早く敵へと再度トマホークを放つ。
「魔法武器だと! くっ、パリィ! 疾風三段突き!」
特技では迎撃できないと悟り、相手の武器が魔法武器だと驚きながらも卓越したセンスでトマホークを受け流し、必殺の剣技を草むらに隠れた相手へとヘラヘラ男は放つ。
姿は見えないが、今のは手応えありだと、剣を構えながら草むらへと近づく。
「ちょっと君は洒落にならないね。悪いがどうあっても連れて行く」
草むらへと油断なく近づき、怪しい男がどう出るか構えるが
「そうはいかないでつ。悪いけどこれでおしまいでつね」
舌足らずな子供の声に面食らう。なぜ子供がと不思議に思うヘラヘラ男だが
「真理より優れしものはなし! フリーズストーム!」
小さな手が草むらから突き出されてきたと思うと、視界が一瞬で氷雪の世界へと変わり、自らの身体を凍りつかせ斬り裂いていく。
「魔法防御の護符があるのに! こ、これはムスペル家の……謀られたか……」
胸元に隠されている魔法を防ぐ護符が発動もせず、自分の身体が凍っていくのを感じ、敵の正体を男は悟った。罠だったのだと。しかし既に時は遅くヘラヘラ男はその意識を闇へと落とすのであった。最後に自分を殺した相手がわかるように、手の中へと護符を引きちぎり握りしめながら。
草むらからガサガサと音をたてて、ガイを格納して幼女に戻っていたアイは周辺を見る。さすがは魔法抵抗ゼロにする特技。その威力は折り紙付きで、草木も倒れた騎士たちも凍りつき真っ白な氷原と化していた。
血だらけの手を掲げて、ギュンターを喚び出して、アイは冷酷なる指示を出す。
「まだ息があるとマズイでつ。完全にトドメを刺しておいてください」
アイは漫画や小説でたくさん見てきた。僅かに息があるとかいって、あれだけダメージを受けていたのに回復する面倒くさいキャラを。このヘラヘラ男には悪いが、生かしておくわけにはいかないのだ。確実に息の根を止めておく。禍根を残すのはアニメや小説の中だけで良い。
「はっ! 了解しました。しかし姫のお怪我は大丈夫ですか?」
「あ〜、痛いでつけど大丈夫でつ。かなりの痛さですけど。グスン」
涙目になっちゃう幼女である。自爆同然の範囲魔法を放ち、素早くゲーム筐体に逃げ込んだのだが、それでもダメージを負ってしまった。敵を倒すためとはいえ、ヤバイ賭けだった。
「最初から儂が戦っておれば……申し訳ございません」
ギュンターの申し訳なさそうな言葉に、手をふりふりとさせて痛みで蹲っちゃう。幼女は痛みに弱いのだ。
「ヒール、そんなことはないでつ。ヒール、ギュンターの場合、このヘラヘラ男は分が悪いと考えて逃げていたでしょー。その場合の方が面倒くさいことになりまちた」
ガイならば倒せると考えたからこそ、このヘラヘラ男は戦ったのだ。頭の良さそうな相手なので、きっとギュンターを前にしたら逃げていたはず。
ヒールを唱え続けるが、ぷにぷにおてては無惨にも傷だらけになり、治しても痕が残っちゃう。まぁ、寝れば元通りだけど。
なにはともあれ、騎士は倒した。こいつ隊長レベル? 隊長レベルでこんなに強いとは……騎士団恐るべし。上級騎士じゃないよね? こんな奴がうじゃうじゃいないよね?
最悪、こんな奴らがゾロゾロ来たらヤバイなと思いつつ、ギュンターが騎士全員にトドメを刺したことを確認すると、黒幕幼女は自宅へと戻る。
そうして、静寂を取り戻した森林には激戦の跡と騎士の死体だけが残るのであった。