32話 黒幕幼女は森林で経験値稼ぎをする
鬱蒼と草木が繁茂して、頂点が見えない程の高さをもつ木々が聳え立つ中で、木の枝から木の枝へと移動する謎の影があった。
「おりゃぁ〜! 斧技 トマホーク!」
ゴリラだろうか、ナマケモノだろうか? 叫び声が人間に聞こえるが何者であろうか。
「ぶもぉぉぉ!」
ヒュンヒュンと勢いよく回転して森林を歩くガタイの良いオークへと投擲された斧は突き刺さる。血が吹き出してオークはよろめくが、倒れはせずに攻撃をしてきた方向を見て睨む。
「ブヒィ!」
オークはその図体に似合わずに謎のおっさんへと木の幹を蹴り迫ってくる。
「うぉぉぉ、このオーク、オークじゃなくて別の生き物ですぜ! こんなやつ小説とかじゃでてこないですよね?」
毛皮を着込んでいるので、同じオークかと思われたが、髭モジャなその顔は人間である。強面ながらどこか小悪党な雰囲気を醸し出す勇者ガイである。身軽なオークを見て、悲鳴をあげて怯んでいる。
「たしかにオークといえば、重厚な攻撃が普通でつが、よくよく考えるとステータス高いんでつから、木の上ぐらい登りまつね」
「ピピッ、奴の名前はオークウォーリア、平均値30、力が少し高いんだぜ! 毛皮を入れるとガイよりぼうぎょは高いオークの上位種だな」
ゲーム筐体に乗り込みながら、艷やかな黒髪をおさげにしている少し目つきの鋭い可愛らしい幼女と、手のひらサイズの銀髪ロングヘアの妖精が冷静にその様子を観察する。
もちろんアイとマコトである。可愛らしく愛らしい、外へ出かければ人さらいがダース単位で釣れそうな幼女であり、なかったことにすれば良いと思われるおっさんの魂が中に潜んでいるアイ。
元は人間であるかもしれない、一攫千金を狙い人生を波瀾万丈に過ごしてきた経験のある、解説役であり敵の力を解析する妖精マコト。
木の枝から次の枝へと飛び移りガイが逃げ回り、オークも同じく木の枝から木の枝へと移っていく。
「すげーな。物凄いシュールな光景だぜ、これ」
「でつね。お互い図体がデカイから、あんなに忍者のように移動するのは凄いシュールでつ」
貴重なシーンだね、これスナップショット撮る? 撮っちゃう? とガイが必死な形相で逃げ回るのを尻目に、キャッキャッと話す2人である。
「リターン! 斧技 トマホーク!」
手元に斧を戻し、ガイは再びトマホークを放つが、オークウォーリアは冷静に棍棒を横手にトマホークの軌道をずらして回避する。
「うひぃぃ! なにあいつ? オーク? オークじゃないですぜ、戦い慣れしすぎてます! 助けてアイえもーん!」
泣き顔で叫ぶガイ。さすがは勇者ガイ、幼女に助けを求める勇気ある者である。プライドとかはないらしい。というか、誰がアイえもんだ、誰が。
「ガイが戦うって、言ってきたんでしょ! 得意気な顔で!」
「木の上から攻撃をすれば楽勝だと思ったんです! 木の下から悔しそうにその力を活かせずに地団駄を踏むだけだと思ったんですぜ」
たしかにオークといえば、鈍重。筋肉はあるが木の上には対抗できないと思っていたけど、人の足を持ち、筋肉が人外の奴なら木の枝までジャンプできるよね。勉強になりました。
「パイルダーアイ! パイルダーアイ!」
逃げながら叫ぶガイの言葉に口元が引き攣っちゃう。俺のことをどう思ってるか、分かりやすすぎるわ、こんにゃろー。
だがこのままだとたしかにオークウォーリアに殺られるかもしれない。ステータスはほとんど変わりはなくとも、毛皮がある分敵の方がぼうぎょも高い。
「オークウォーリアはパッシブで特性怪力を持ってるな。ちからを10上げる効果だぜ」
「うん、ガイの勝ち目は消えまちたね。こりゃ」
こりゃ駄目だとコインを取り出し、ピンと弾く。コインの金髪ツインテールの美少女がニコリと微笑んだ気がして
「ゲームの始まりでつね」
「てれってー、マジンガイにパイルダーアイだぜ!」
幼女はニヤリと悪戯な笑みを浮かべて、妖精は手を振りあげてノリノリで叫び、コインは投入口に入るのであった。
それにしても、マジンガイって、ボスの乗るロボットより弱そうだな。
枝を飛び乗って涙目で逃げるガイの目が鋭く変わり、次の枝へと移る際にクルリと回転させて枝を鉄棒代わりに身体の位置を変える。
「ぶほっ?」
オークウォーリアが向き直ってきた人間を見て驚く。ニヤリと凄味を見せる笑みを見せて、山賊はオークへとジャンプする。
「俺が相手だと今までのようにはいかないぞ、猪野郎」
オークが予想外に近づいてきたガイぼてぃを操る山賊アイに驚くが、もはや木の枝からジャンプしており体勢を戻せない。アイはオークウォーリアの肩を握り、その上に倒立すると勢いを込めて回転し、その身体を落とす。
逆さまになったオークウォーリアは、絶妙のバランスで落ちていき、逆さまになって落ちていく。
「幼女の断頭台!」
紳士諸君が受けたがりそうな技名を叫び、その首に膝を押し付けてそのまま地面へと叩きつけるのであった。
ズシンと音がして、オークウォーリアは血を吐き倒れ伏す。
「ふっ、山賊の断頭台と名付けるべきだったか」
「それだとガイが死にそうだぜ?」
ガイがモニター越しにコクコクと頷いているので、山賊だとは自覚がある模様。んじゃ、幼女の姿でこの技が使えるように成ろうと、碌でもない決意をするアイであったりした。
「残念だけど、何も手に入らなかったぜ」
「問題ないぜ。出るまで倒す! それが俺の戦い方だ」
胸を張る山賊アイ。立派な言葉だが、言ってることは過去の情けないドロップ率を物語っていた。実にしょうもない。
「5時間の時間制限に気をつけろよ?」
「大丈夫。さっき蛇を何匹か倒して消耗素材も手に入れたからな。そこらへんに何匹か潜めさせておく」
キャラ操作をすれば、余裕の瞬間移動ができる。ガイを格納して自宅の蛇を操作、明日にここらへんに潜ませておく蛇にまた移れば良いのだから。
「それと最初の目的。騎士団のちからを見るのはどうするんだぜ? 元々はそれが目的だっただろ?」
「騎士団が手強いことはわかった。つまらない戦い方で作業的だったが、戦争とはそれが一番だからな。だが、もう見ても意味がない。あの戦法なら魔物に苦戦しないし、最後まであの戦法でいくだろ」
山賊アイは肩をすくめて騎士団を覗いていた際の感想を口にする。戦法は独特であり興味深かった。きっと何種類もあのようなファンタジー独特の戦法があるんだろう。武技を中心にした戦いは素晴らしかった。必殺技を連発して敵を倒す。……うん、かっこ悪いけど、それが一番の戦法だ。
でもその色々な戦法を見れないのは意味ないし。隊長クラスも戦いに加わる様子はなかったし。
「解析じゃないから推測になるけど、下級騎士は平均ステータス20、上級騎士は平均ステータス30だったな。下級騎士は鉄製の装備、上級騎士は鋼の装備。でも、前列の重装騎士は鉄製でもステータス20でも動きが鈍くなる程の分厚い装甲だからぼうぎょは高いぜ」
マコトの分析に、なる程騎士は平民とまったくステータスが違うと思いながらも不満なことがある。
「騎士と平民とでステータスが違うなら、手に入る消耗素材も分けるべきじゃないか? それの方が強いドローンを作れるのに」
ステータスをドローンは上げられないのだ。基礎能力が高い奴が欲しい。
だが、マコトは後ろ手にぷかりと浮いて念話を返してきた。
「そりゃ駄目だぜ。人素材は特性以外は同じステータス。なぜならば概念がすべて同じだからな」
そこで不思議に思い、意識をゲーム筐体へと戻す。
「ん? あれだけステータスが違うのに?」
不思議に思って、首を傾げてしまう幼女だが
「人は皆同じ概念だぜ。ステータスが違うのは神の概念が混じっているからだな。そしてあいつは神と名乗る奴が大嫌いだから、概念を取り込むことはないぜ。神そのものを倒す以外にはな」
「なるほどでつ。騎士が強いのは神の血が混じっているからなのでつね。獣人も含めて全てのステータスは基本10だったのでつか。平民が弱いのも神の血が混じっていないからでつね」
「鋭いな。そのとおりだぜ。この世界の神は支配者と被支配者の立場をはっきりさせるために、そんな狡いことをしたんだ。もう滅びたけど」
酷い話だ。しかも人の努力で超えられない壁を作りやがって。そんな神なら女神様が嫌って当たり前だ。そして、この世界が停滞しているのも理解できた。こんな世界じゃ庶民が成り上がるのは難しすぎる。
「難しすぎる問題でつね。魔物が存在して、それを駆逐するのに支配者の血を持つ者は必要……」
「そこは諦めるんだな。格差ってやつだぜ」
「そうでつね。被支配者の血を消せるちからを黒幕なあたちが持てるまでは。平均ステータス20ぐらいまで上げられれば、格差問題も薄まるでしょー。神の血が残るなら良い部分だけ利用するまで。ま、長い目で見ましょ」
アイがなんでもないことのように、未来で解決させると言うのをマコトは驚きを持って見つめた。血をなくすのではなく利用する。そんなことが可能なのか? だが、そんなことが可能なら少しはマシな世界へと変わるだろう。
「あいつが気に入るはずだぜ。あたしは不老だし、それができるか見守ってやるよ」
優しい微笑みでマコトが告げて
「そんな遥かな未来より、目の前でつ。オークの平均ステータスは15、雑魚はいらないでつ。騎士団が雑魚オークを倒している間に上位オークを倒しましょ、倒しましょったら倒しましょ」
キャホーと喜ぶ幼女。手をふりふりと振って喜ぶ姿に、あのシリアスな様子は気のせいだったのかと、目をごしごし擦る妖精だったが
「そういうの、横殴りとか言うんだぜ?」
「ふっ、バレなければ晒されないのでつよ。と言う訳でパイルダーアーイ!」
「自分で言っちゃったぜ」
ノリノリで叫んで、山賊アイへと意識を移し、カサカサと黒い何かのように木に登って、次々と現れるオークから、上位種をトマホークで釣りまくるアイであった。
その姿はまさに山賊。ガイの姿に相応しいだろう。
そうしてじゃんじゃん狩っていき、物欲センサーの恐ろしさに驚愕して数日が経過した。
物欲センサーの恐ろしさに驚愕して。
「ふぃー、なんとかオークウォーリア16、以上……おかしくない? ねぇ、200近く倒したのにドロップ率おかしくない? あんなに倒したのに」
地団駄を踏む山賊ぼてぃを操るアイ。もう4日間戦っているのに、ドロップ率が10パーセント切っているよ?
「ハイオークも倒したのに、ドロップドロップって呟いて倒すからだぜ。幼女が悔しそうにぶつぶつ呟く姿は怖かったんだぜ」
マコトの言葉にゲーム筐体に意識を戻して、口を尖らせちゃう。
「出ないんだもん! なんで出ないんでつか? なんであたちだけいつも出ないの? なんで皆がドロップしたのに、あたちだけドロップしないで気の毒そうにトリガーアイテムを集めてやるからと、哀れそうに同情されないといけないの? うわーん!」
こんにゃろーと、ゲーム筐体の中でマコトの頬を器用に引っ張り泣き叫ぶ幼女である。
「痛くはないけど、やめろよな! マコトキッーク」
ゲーム筐体の中で幼女と妖精がバタバタと暴れて、操作を止めるんならキャラ操作を解除してくだせえと、ガイがモニター越しに呆れながら見ているさなかであった。
「ねぇ、君はなんでそんなことをしているのか、僕に教えてもらえないかな?」
突然後ろから声をかけられて、3人は驚きアイはレバーを動かし視点を変える。
そこにはニヤニヤと笑う騎士が立っていたのであった。