308話 マッシグラン王国
グリフォンに乗って空を飛ぶことしばし、植生が大幅に変わってきた。異世界名物環境異常である。雪山の隣に砂漠があるとか、湿地の中に火山があるとか。
緑溢れる森林や平原はある場所を境目に急に岩地となった。荒れ地ではない。岩地である。荒れ地ならば硬い赤土にたまに岩山があるといった地形だが、全て岩地である。
見渡す限り一面が岩地でできていた。岩地には高層ビルが聳え立つように、巨大な岩がビルよりも大きな太さで、槍のようにそこかしこから突き出していてる。もしかしたら高層ビルの名残かもしれないとアイはその光景を感動しながら見て推察した。
「アイさん、マッシグラン王国の特徴は岩地のみというところですね。人口9万人。広大な荒れ地に聳え立つあの岩山群に穴を開けて一部は住んでいます」
「ほぇ〜、見る限り緑がじぇんじぇん無いでつね。……一部でつか?」
白黒の上等なメイド服を着るシンの言葉に、そんなに住めそうにないけどと考える。あそこに住むのはエレベーターもなさそうだし、大変そうだ。一般人だと住めないよね? しかも9万人?
コテンと愛らしく小首を傾げて不思議がる幼女に狼娘が口を挟む。
「ほとんどの者、地下に住んでる。あの亀裂の下、街ある」
狼娘が指差す先、たしかに大きな亀裂が岩地にあった。岩地だらけだと思っていたけど、あんなのがあったのね。
深い峡谷となっており、川も流れているのが目に入る。よくよく目を凝らすと……峡谷ではない。岩地の下に空間が広がっており、岩をくり抜いたと思われる家屋が多々存在していたからだ。
どうやら、マッシグラン王国はふぁんたじ〜な住み方をしているみたいだねと、アイは嬉しそうにその様子を眺めるのであった。
バッサバッサとグリフォンが羽を羽ばたかせて、聳え立つ岩の塔のテラスに降り立つ。テラスというか、発着用の場所なのだろう。チワたちがグリフォンから降りると女性の召使いさんが、てけてけ近づいてきて、チワへとお疲れ様でしたと頭を下げてきた。全員狼人である。シェパードからチワワまで多種のお耳と尻尾を持っていた。
なので、んしょんしょとグリフォンから頑張って降りた幼女は、もふもふがしたいでつと、おててを突き出してフラフラと近寄っちゃう。幼女はもふもふが大好きなのだ。
「チワ様、お疲れ様でした。この幼女たちはどなた様でしょうか?」
ちょっとキツめそうな目つきの、ポメラニアンみたいなピンと張ったお耳とふさふさ尻尾を持つ召使いが、なぞに幼女たちへと視線を向けて、誰ですかと問いかけていた。
「ガウ。燻製肉くれた。幼女良い奴。召使い知らない」
「チワさん、私からもこれをどうぞ」
そっと、美しい所作で、可憐な笑みでチワの手に燻製肉をシンは置く。
「白い召使い良い奴」
嬉しそうにさっそく貰った燻製肉をガジガジと頬張るチワ。食べ物をくれる人は誰でも良い人認定をする少女なので、ますますこの国の未来が不安です。
「えっと、あたちの名前は、んと〜、ラブ! ラブと呼んでくだしゃい!」
自分のお名前を言えるんだよと、無邪気そうな笑みで偽名を口にするアイであるが、ラブはどうなんだろうか。中のおっさんは羞恥心はないのだろうか。きっと幼女になった時点で羞恥心はなくなったに違いない。さらばおっさん、また逢う日まで。
「私はシンと申します。この幼女……今なんて名前にしましたっけ? のメイドをしております」
他者を魅了する微笑みで、ちょこんと会釈をするシン。早くも幼女の名前が偽名だと暴露する有能ぶりを見せてくれた。
「はぁ、ご丁寧にどうも……。私はチワ様の側仕えをしております、現在独身、結婚相手募集中のセンリと申します。得意技は無手格闘です」
戸惑いながらも丁寧に会釈を返してくれるセンリ。20代なのか、アピールは男の人にしてください。
「貴女たちは、なぜ戦に向かったチワ様と共にいらっしゃったのでしょうか?」
戦場からなぜに幼女たちを連れて帰って来たのかとセンリが尋ねてくるので、そりゃあ不思議だよねとウンウンと頷いて教えてあげる。
「戦場になったんで、避難していたらチワしゃんが助けてくれたんでつ! たしゅかりまちた!」
舌足らずな口調で、命を助けられまちたと、身体をクネクネさせて頬に両手を添えて答えるアイ。幼女は真実しか言わない嘘のつけない子なのだ。
「わう? そうじゃなくて」
「実はビーフジャーキーは袋で持っているんでつよ」
首を捻るチワへとビーフジャーキーを麻袋ごと手渡す。命を助けてくれたお礼だよ、お礼。
「ガウ! たしかそうだった! チワは命の恩人!」
袋に手を突っ込んで、めいいっぱいにビーフジャーキーを掴み取り口に頬張るチワ。英雄、買収に弱いことが判明。
「怪しいのですが……」
「これ、お土産でつ。つまらないものでつが」
センリのおててにプチシュークリームの入った紙袋を手渡す。なんですかこれと、鼻をヒクヒクさせて、甘い香りを嗅ぎ取ったのであろう。センリは躊躇いなく一つを口に入れてもぐもぐすると、クワッと目を見開いた。
「ようこそ、いらっしゃいました、ラブ様。ささ、こちらへどうぞ」
手のひらをくるりと翻して、満面の笑みにてセンリはこちらへと案内してくれた。召使いも買収に弱いことが判明しました。
「きゃあ、告白されちゃいまちた! 初対面なのに!」
「アイさんの愛らしさに一目惚れしちゃったんですね。無理もありません」
早くも名乗った偽名を忘れて、ラブって言われちゃったよと、お返事どうしようと困っちゃうアイと、ウンウン仕方ないですね、アイさんはこんなにも可愛らしいのでと頭を撫でてくるシン。コントの相性良すぎな二人であったので、これを見たらマコトが悔しがるのは間違いない。ちなみにマコトはテレポートしてこようとしていたが、シンの転移阻害に阻まれてテレポートできなかったりする。
「……なかなか楽しそうな客人ですね、チワ様」
「うん! チワは凄い! 偉い! 英雄!」
半眼となって皮肉を言うセンリの言葉を、褒められたとふくよかな胸をポインと張るチワ。こっちの主従もアイたちに負けていないアホっぷりであった。
ザラザラとした岩肌に、窓ガラスがないので、石板で窓が抑えられている。獣臭い臭いがしてくるので、蠟燭は獣油を使っているとわかる。椅子もテーブルもごつい石製で、毛皮が床に敷かれていた。
英雄の住む家にしては、極めて貧しそうだとその内装を眺めながらアイは思う。あまり豊かな生活ではなさそうだ。アイの後ろにカルガモのように召使いさんがついてくるし。
監視をしているのではない。ど〜もど〜もと政治家よろしく握手と共に生クリームたっぷりシュークリームを手渡したら、ついてきました。懐かれたらしいです。
食欲に忠実な人たちだねと呆れるが、それだけ食料に困っているのか、甘い物に弱いだけと言う感じもするけど。
案内された応接間には、既に白髪の老いた皺だらけのお爺さんが座っていた。やはり狼人である。チワへとちらりと顔を向け、こちらへと鋭い眼光を向けてくる。その威圧感を感じさせる眼光からまだまだ現役の戦士なのだろう。
「チワ、この者たちは?」
「ガウ、戦場で避難していた。チワ、助けた!」
えっへんと胸を張るチワ。その表情から嘘は見えない。記憶を捏造しちゃったらしい。他人事ながらますます不安になっちゃう娘である。
「あたちはパイン姫と言いまつ。お〜、ただただしゅけて、るりーじー」
攫われるお姫様役もできるんだよと、両手を掲げて可愛らしいひよこのような声音でバグったようなセリフを言う幼女に、老人は目を丸くするが、かぶりを振って気を取り直す。
「それでチワ。レックス殿の依頼どおりに聖杯とやらは奪ってこれたのか?」
「うん! 聖杯奪ってきた。物凄い魔力感じる。きっと強い力を持つ神器!」
チワはフフンと得意げに老人に答える。誰も名前を口にしないので長老と渾名をつけることにしようとアイは決めたりする。
「そうか……。ではレックス殿が到着するまでは聖杯を厳重にして仕舞っておくように」
長老が指示を出すと、畏まりましたと召使いたちが頭を下げて去っていく。
「聖杯……本当にそのような物があるとは思っていなかったが、どうやら問題なく手に入れられたようだな。これで我が国もひと息つけると言うものだ」
安堵したのか表情を穏やかにして椅子に凭れかかる長老。その様子を見て、チワも嬉しそうに椅子に座る。座っていいよと言ってくるので、んしょんしょと椅子によじ登って幼女はちょこんと座るが、小柄な幼女はテーブルが高くて頭まで隠れちゃう。
仕方ないですねとシンが身体を抱えてお膝に乗せてくれて、ようやくテーブルに手が届いた。
「マッシグラン王国に来たのは初めてでつが、面白い住居でつね。観光しても良いでつか?」
無邪気そうな笑みで小首を傾げて尋ねる。ふぁんたじ〜な住居再び。是非観光をしたいのだ。
「ふむ……客人たちにはマッシグランの街並みは珍しかろう。あぁ、儂はマッシグラン王国の王、マッシグラン12世だ。よろしくな嬢ちゃん」
「あたちの名前はパイン姫でつ! よろしくマッシグランしゃん」
脅威には思われなかったのだろう。穏やかな笑みで自己紹介をしてくれるマッシグラン王へと挨拶をする。
「あ、これはつまらないものでつが」
月光饅頭の詰め合わせセットをテーブルに置いて、ずずいとマッシグラン王へと押す。訪問したらお土産は基本でつ。
「ふむ、お土産とはありがたい。なにもない所だがゆっくりとしていくがよい。あとで部下に送り届けるように命令を出すとしよう。チワ、案内してあげなさい」
「ありがとうございまつ! それじゃチワしゃんお願いしまつね」
「ワフ。チワに任せる!」
あっさりと観光が許されたので、喜んじゃう幼女であった。
岩の塔は王族たちや、空を駆るものたち専用の住居らしい。まぁ、飛べない者たちがこんな岩のてっぺんに住めと言われても困るだろう。飛べない召使いさん、お疲れ様です。
それ以外は特に見るものはなかった。聖杯を大事そうに運ぶ集団とすれ違ったので、頑張ってねと小さくおててをフリフリしながら見て回ったが、たんに岩をくり抜いただけで、陽射しが強いのが難点だと思ったぐらい。
やけにきれいに岩がくり抜かれているので、魔法とかでくり抜いたと思われる。
「この王国では陽射しに当たるのが一番の贅沢だったのですよ、パイン姫」
「陽射しが? ……亀裂の下に住む人たちにとっては陽射しが一番ということでつか」
センリが俺へと教えてくれる。テラスでのんびりと日向ぼっこをしているわんころが何人かいたので、なるほどと納得する。亀裂の下に住めば、陽射しが贅沢品となるのは当たり前だ。
「それじゃあ、亀裂の下に案内してくれまつか? どのように暮らしているのか観光したいのでつ」
「わう。わかった! 案内する! ポチに乗る!」
チワが元気いっぱいで教えてくれるので、ありがとうございまつと、おててをあげ笑顔でお礼を言いながら、この王国のことを考える。
「異世界ふぁんたじ〜ならではの、悩み事がこの地にはあるみたいでつね」
「そうですね。この国の悩み事を解決すれば、反乱軍の力を削ぎ落とすことができるでしょう」
シンの言葉に頷いて、さて、黒幕はどう動こうかなとパイン姫は薄っすらと幼女らしからぬ笑みを浮かべるのであった。