307話 天才少女は真実を知る
ペガサスナイトたちが立ち去り、羽釜は空をのんびりと遊弋していた。高空にいるので既に敵はいない。
「あ〜、皇帝陛下? 色々とさ聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
いつの間にかブリッジにて、のんびりとお茶をしていた少女。陽光帝国のスノー皇帝にアウラはジト目で近寄る。どうやら、彼女の手のひらの中で行動していたようなのだ。謀を目論んでいたのだろう。自分はそれに上手く使われたらしいと気づいていた。
「え、と、アウラさん、お疲れ様でした。それとディーさんも」
コーヒーカップをソーサーにたおやかな所作で戻しながら微笑むスノー皇帝。薄幸の美少女のように見えるが、腹黒いんだよねと、アウラは騙されない。
使われた自分も自分なので仕方ないが、それでは済まないのが政治の世界なのだ。多少は怒ったふりをして、報酬を高めてもらわないといけない。
「正直に言いますと土台無理な話だったのです。奴隷解放をトート帝国全体で行うなど」
スノー皇帝が平然とした表情で告げてくる内容に納得する。たしかにそのとおりだったのだ。いくらメリットを前にしても、頷かない者たちはいることはわかりきっていた。それでも大丈夫だと思ったのはスノー皇帝陛下がいるからだ。月光商会の幼女がついているからだ。
なので、知らず知らずに盲目的に大丈夫なのだと考えてしまった。よくよく考えると駄目である。まさか自分がそんな愚か者になっているとはと、アウラは悔しく思い拳を握りしめる。
「ふっ。反乱が起きるのは予想済み。小国が反乱軍と組むことも予想していた、か? 聖杯という餌で上手く獲物は釣れたみたいだな?」
ディーが腕組みしながら鼻を鳴らす。想定どおりだからか
そのセリフを聞いても気にもしていないスノー。クスリと可愛らしく微笑むのみ。
「そのとおりです。奴隷解放を不満に思う貴族たちは陽光帝国が奴隷を引き取りに来る前に必ず反乱を起こします。されど彼らはトート帝国の正規軍と戦い、介入してくる可能性がある陽光帝国の軍とも戦わなくてはならない。そのような軍勢は持たないために、絶対に周辺諸国に助けを求めると予想していました」
「酷い話だよ。陛下は戦争は起きないとは……言ってなかったか。防げるようなニュアンスで言っていたけどね」
ジロリと責めるようにスノー皇帝をアウラは睨む。功績を求めて、この仕事を受けたのに、これではマイナスである。それではアウラの立場では困るのだ。話し方から、この仕事が失敗するのは予想済みであったようなので、形式上は抗議せねばなるまい。
「本来はガイさんに頼む予定だったのにアウラさんが立候補してきたんじゃないですか。拒否してガイさんに頼むことは難しかったんです」
そのようなことをすれば、魔法爵を贔屓していると噂される。それではスノーも困るのだ。贔屓ではなくイジメなのではと勇者が訴訟をするかも知れないが、贔屓である。裁判官も可憐な少女と髭もじゃのおっさん(犯罪的ハーレム持ち)を見たら、勇者は敗訴確定。追訴を嫉妬した裁判官にされて、条例違反ですと牢獄行きになる未来も見えます。
「む………」
口を尖らせて言葉を返してくるスノー皇帝に言葉を詰まらせてしまう。たしかにそのとおりだ。功績を焦りすぎたか……。目に見える餌に食いついたのは自分である。
「この反乱を鎮圧するためにウルゴスさんは陽光帝国に救援を求めてきました。反乱軍を倒し、一気に中央集権体制を作るみたいですね。陽光帝国への対価は森沿いの小国まで続く細長い領地です」
反乱が起きる前から支援要請とは、ウルゴス皇帝も策士である。
「む? 細長い領地?」
しかして、求める物が細長い領地とはなぜだろうと不思議に思い首を傾げる。あまり利益のなさそうな領地だからだ。
「そうです。小国まで続く細長い領地。欲しかったんです。大陸間鉄道を作るために」
可憐な花のような微笑みでコトリと首を傾げる愛らしい皇帝陛下を見て、やっぱり敵わないなぁと苦笑をする。大陸間鉄道がなにかはわからないが先々のことを考えてスノー皇帝が考えていることは理解できた。
「小国は弱小国に見えますが、実際はトート帝国も戦えば被害が看過できないレベルの力を持つ国です。まぁ、小国なので武力以外は困っていることが多いらしいので、なぞに幼女さんが解決してくれるはずです。そうしたらきっと大陸間鉄道を敷くことができるでしょう」
「なんだか楽しそうな話だね。その大陸間鉄道ってのは」
「ふふっ。楽しいですよ。夢と希望……様々な物を乗せて走りますから」
ふぅんと楽しそうに微笑むスノー皇帝を眺めてアウラも興味を持つが真剣な表情へと変えてきたので気を取り直す。
「では、サンシティに戻り次第、アウラさんは将軍としてトート帝国の支援に行ってください。ギュンター卿率いる聖騎士団を連れて行って良いです。兵の数は3万人」
「はっ! 畏まりました!」
今度は失敗はしないと誓い、アウラは頭を下げる。今回は失敗したが、戦功とは万人にわかりやすい功績だ。スノー皇帝は汚名返上のために将軍の座につけてくれたのだろう。恩は返さないとねと。
「ディーはどうするんだい?」
戦争に出て活躍すれば騎士、いや、ディーならば貴族になれるはずだ。なので、一応尋ねてみる。
「フッ。戦争に出張る気はない。私はまた冒険者稼業に戻るとするさ」
肩をすくめて答えるディーに、予想通りだと驚きはしない。彼女はかなり恨みを買ってもいるだろうし、いまさら表舞台に出てきてもらっても困るだろう輩が多い。
「まぁ、たしかにその方が良いかもね。それじゃまた会う日まで」
「気が早いな。それではサンシティに着くまで酒を飲めないのか?」
「ん? たしかにそうさね。それじゃ一杯やるとするか」
「そうだな。では酒を持ってくるか」
そうして、ギュンター卿ももちろん加わり、楽しい宴が始まるのであった。
その頃、マッシグラン王国の英雄と呼ばれる狼人のチワは母国に戻る最中で戸惑っていた。
「おー! パイーン。たたたすけて、まりーも」
なんだか変な幼女がフリフリドレスを着て、お尻をフリフリ体をクネクネさせて可愛らしく踊っていた。レッツダンスと言って、踊りを見せるが湾曲したツルツルの聖杯の中に踊っていたのでコロリンと転がってしまうのであった。
聖杯を奪取したのは良いが変なおまけがついてきたのだ。艷やかな黒髪をおさげにしている少しやんちゃそうな愛らしい顔つきの幼女が聖杯の中にいたのだ。小柄な子猫のような可愛らしい幼女は聖杯の中でキャッキャッと転がりながら意味不明のセリフを吐いていた。
「おまえ、なに? いつの間にいた!」
「最初からいまちた!」
チワが問い詰めるように尋ねると、元気いっぱいでおててをあげてニパッと愛らしい笑顔でご挨拶する幼女。だが、単純な娘だと馬鹿にされることもあるチワも不自然すぎる状況にさすがに騙されなかった。まぁ、空を飛ぶ中でいきなり現れた幼女だ。騙される方がおかしい。
「うそ! それうそ! 聖杯持ち上げた時に幼女、中にいなかった!」
空の杯だったはずなのだ。だが、気づいたらいたのである。誰これ? 誰か答えをくれないかなと周りを見るが、チワのそばには相棒のグリフォン以外はいなかった。キャウンと飛びながらもチワの戸惑いに気づいて、グリフォンことポチは首を曲げて見てくるが人語は話せないので意味はなかった。
「まぁ、まぁ、わかりまつ。世界って不思議がいっぱいでつもんね。鷲の頭に獅子の胴体を持つグリフォンとか、ポメラニアンの空飛ぶ犬派とか……ポメラニアンでつっ! あとで子犬をわけてくだしゃい!」
いまさら気づいたのか、空飛ぶポメラニアンに驚き、目を輝かせる幼女。幼女は可愛らしいものが大好きなのだ。たとえ、馬ぐらいの大きさであろうとも、もふもふだよと突撃する予定である。でも飼い主と引き離されるのは可哀想だから仔犬を分けてねと考えた。お世話をちゃんとするから、お世話をちゃんとするからと。だいたいそう言い張る子供はお世話はしない。
「わ、わう??」
コロコロと表情を変えて、話もコロコロと変える気まぐれな幼女にチワは戸惑うので、コホンと咳払いをなぞに幼女はした。
「覚醒してから、幼女の面が大きくなりすぎてまつね。失礼しまちた。マッシグラン王国の英雄チワしゃん」
「チワの名前知ってる! お前、何者?」
チワは自分の名前を言われて驚いた。それを見てアイは確信した。この娘はアホの娘だと。知ってるも何も戦いの最中にずっと政治家よろしく名乗ってたじゃね〜かと。
「言葉を片言に話すキャラってアホな娘というイメージがつきまつよね。で、チワしゃん。あたちを騙せると思われれると困るんでつけど。アホな娘なんだなぁと思うんでつけど」
「うが? ………お前……頭良い? チワ元々こんな感じ」
ふっふっふっと含み笑いで、頭が良いのを隠してまつよねと深読みしちゃった幼女はガーンと口を大きく開けちゃう。ショック、絶対に頭が良くて、それを隠しているタイプと思ったのに。
「アホな娘なんでつか?」
「わう?」
ふっ、バレたら仕方ないとか、クールな顔になってくれないかなぁ? 幼女のご期待は心底不思議そうに首を傾げるチワの純真そうな顔を見て裏切られた。本当にアホな娘な模様。
「むぅ〜。グリフォンを操るのはたしかに英雄級。高ステータスなら知力が高いと思っていたのでつが」
「ステータスに知力の項目はないのですよ、アイさん」
「また、人が現れたわん!」
空間からふわりとスカートを広げながら白きメイドが上品な所作で現れたので、チワはますます混乱した。なにが起こったのかさっぱりわからない。
ぱちりとアイが指を鳴らすと、グリフォンの周囲の空間が一瞬陽炎のように揺らめく。
魔力の流れを持ち前の明敏なる感覚で感じ取って、チワは驚くが、何事もないように幼女は腕組みをする。しゃあない、力を見せちゃうかと、少し鼻をピスピスと鳴らして得意げである。
トート神を倒して手に入れた、一生分の運を使い切ったと思わしき、ドロップ。あらゆる魔法を使える知識因子「万魔」。そしてスキル魔法瞬間発動を手に入れたのだ。手に入れた時にはやったぜと、ふんふんふーんと幼女はちっこい身体をぴょんぴょんと飛び上がらせて、ダンシングしちゃったのだ。
なので見せびらかしたくて仕方ないのである。幼女は見て見てと自慢したいのだ。ちなみに自分とランカに結晶を使用して覚えさせました。これ、幼女と大魔導しか覚えられなかったんだよね。万魔や、瞬間発動を戦士系が覚えるのは不自然なので仕方ない。
「認識阻害魔法でつ。これで周りからは聖杯を持って飛んでいるだけに見えまつよ」
「グルルル、お前ら何者! 人間じゃない!」
「これ、ご挨拶のビーフジャーキーでつ」
「きゃうん! とっても良い奴!」
牙を剥き出しにして警戒の唸り声をあげた猛獣は、こんなに柔らかい燻製肉は食べたことがないワンと、喜びで表情を輝かせてあっさりと懐柔されて飼い犬っぽくなった。マッシグラン王国の未来が心配な感じだな。
「あたちは戦いに来たのではないのでつ。まぁ……裏で動くつもりで来たんでつけどね」
クスクスと子猫のような愛くるしさを見せて、なぞな幼女はいたずらそうに微笑むのであった。