306話 力を押し売りされる奴隷少女
少しだけ時は遡る。ペガサスナイトたちが現れて迎撃を開始し始めた時である。
ジュリたちは倉庫の中にこっそりと忍込み身体を小さくして隠れていた。外からは怒号と剣撃の音が響き、倉庫までその音が聞こえてくるので身体を震わす。
「何が起こっているのかな? お姉ちゃん」
「戦いが起こっているみたいなんだよ」
震える声で妹に答える。やはり予想通りに大規模な戦闘が始まったのだろう。なにが起こっているかは自分には理解はできないが。
二人が身体を寄せ合って体を震わせていると、暗い倉庫に小さな声が聞こえてきた。
「そこの少女よ。力が欲しいか?」
ひよこのような可愛らしい声音であったが、薄暗い倉庫の中では返って不気味である。声音の元がどこから来るのか、キョロキョロと周囲を探すと、小さな小箱が揺れていた。
ガタガタと。
ゴクリとつばを飲み込み、ジュリは恐る恐る小箱に近づく。小箱はガタガタと揺れ続けている。
「我が名はマコト。この絶対無敵封印小箱に封印されてから幾星霜……」
揺らしすぎて、茶色い色の小箱はパカンとバラバラになっちゃった。
「あぁっ! まだ接着剤が乾いていなかったか。ちょっとそこ抑えてくれる? これをこうして、と」
中にいたのは妖精であった。アホそうな妖精だとジュリは思ったが、バラバラの箱を押さえて押さえてと再び元に戻そうと箱を組み立てようとするので、勢いに負けて箱を押さえる。
ホッチキスで良いかなと妖精は呟いてバチンバチンと音を立てて。金属の爪みたいので箱を組み立てる。
結果、箱にギリギリ見えるかも知れない歪んだ物が出来上がった。しかし、歪みすぎて妖精は入れなかったので、諦めて床に座って両手を伸ばす。
「なんか、鎖に繋がれている感じな、な? な?」
「あ、はい」
アホそうなではなく、アホな妖精であったと確信してジュリは話を聞くことに決めた。害がなさそうな妖精だと思ったので。それとアホでも妖精は初めて見たので、警戒心も薄れていた。妖精の身体はそれだけ珍しいのだ。
もちろん、間違いだった。警戒心を無くしてはいけなかったと、後々後悔することになるが。
「まずは封印を解除してくれてありがとうな。で、力が欲しかったんだよな? はい、これ。あげるんだぜ」
なにもしていないジュリへと、ちっこい宝石のついた指輪をくれる妖精。怪しげなことこの上ない。
「今は戦いの最中だぜ。え〜と、あたしはマコト。お前の名前は?」
「ジュリですけどぉ……」
のんびりとした口調で、正直に名前を伝えるジュリ。うんうんとそれを聞いてマコトは両手を組み合わせて言う。
「テクマクマコトン、テクマクマコトン、パイルダーマコトンと叫ぶんだぜ! その時、ジュリは強力な力を手に入れることができるんだぜ!」
ウヒヒと悪そうな笑顔を隠せない妖精が怪しげな呪文を伝えてくる。お断りしたい年頃な少女。地球なら変な人が押し売りしてくるんですと通報確実だが、残念ながら世間知らずな奴隷であったジュリは言われたとおりにするかと迷う。
世間知らずな奴隷でも迷うレベルの怪しさを見せる妖精であった。
「ハリーハリー! 急がないとこの船は沈んじゃうぞ! 大丈夫、多分上手く行く予定だから! 皆が嫌がるからテストしてないけど」
全然大丈夫ではなさそうなことを言うが、焦らすようにジュリの顔の周りをぶんぶんと飛ぶ羽虫みたいな妖精の勢いに負けて、とりあえずは言うだけ言って見るかと小さな声でジュリは呟く。
「テクマクマコトン、テクマクマコトン、パイルダーマコトン〜っ!」
か細い声で聞き逃してもおかしくなかったのに、嵌めた指輪は正常に起動した。指輪がピカリと光り輝き、眩い輝きに目を瞑り
「フハハハ。マコトダブルゼータの力を見せてやるんだぜ!」
気がついたら、グリフォンの前で高笑いしていた。しかも身体がピクリとも動かない。辛うじて口だけは動く。
「なんでぇ、ジュリの身体が動かないのぉ〜」
泣きそうになって叫ぶと、頭の上にいると思わしき妖精がフハハハと悪役みたいに高笑いした。妖精ではなくて、なにかたちの悪い奴らしいとジュリは気づいたが、時既に遅し。
「大丈夫。これはアイのゲーム筐体を解析して、酒を呑みながら銀髪メイドが作り上げた完璧な神器! その名もマコトーンの指輪なんだぜ! 使った奴をあたしが操れるんだ!」
魔法を低確率で封じることができそうな名前である。
「どこらへんが完璧なのかわからないよぉ〜。やめます。この指輪返します!」
「返却は15日後に受け付けるぜ! それじゃ悪役退治と行くぞ。メガトンマコトパーンチ!」
頭の上で妖精がじゃがじゃか音をたてる。他者から見たら、ちっこいレバーといくつかのボタンがサークレットにつけられているとわかる。それらをマコトがガチャガチャ動かすと、ジュリの身体は不自然に動き始め、パンチといったのに、杖を振りかぶってジャンプした。
グリフォン目掛けて杖を振るわんと近寄るが
「ヘンテコなやつ!」
チワの言葉に阿吽の呼吸でグリフォンが前脚で叩き落としてきた。ペチリと叩き落されて、甲板を擦るように転がるジュリ。
「くっ! こいつやるな!」
素早くジュリを立ち上がらせるマコト。ジュリは目は回っていたが痛みは感じなかったので不思議そうだ。
「あぁ、ご安心ください。貴女にはマコトの念動障壁と同じ力を与えてあります。なので、ダメージは一切受けませんよ。シールドエネルギーが切れるまで」
「さらっと、最後の発言が不穏だよぉ。なんだかどんどん減っていくこの棒みたいなやつ?」
空中に突如として現れた半透明の板。そこに映った銀髪の美女さんが伝えてくれる内容はあまり安心できなさそう。なにしろ、私は摺り足でグリフォンに近づいては、猫じゃらしの如くバシバシ殴られているので。そして空中に浮かぶ棒が攻撃を受けるごとにどんどん減っていっている。
「シールドエネルギーが尽きた際は、妹さんのところに棺桶に入った状態でテレポートします。ペナルティは次の日は筋肉痛で動けなくなる、ですね。エネルギーが尽きない状態でバトル終了の場合、お食事券をマコトさんの奢りで貰えますよ」
「あたしと契約したんだから、勝利は確定だぜ! あたしは昔、ゲーセンの対戦相手に連コインのマコトさんと恐れられていたからな!」
大木をも砕くだろうグリフォンの前脚の一撃を受けながら、懲りずに起き上がり、またまた摺り足で近づき吹き飛ばされる連コインのマコト。即ち勝つまで連コインをして対戦相手が嫌がるというマナーのなっていない妖精であった。
「うぐ……ふええぇぇ」
怖くて遂にジュリは泣き始めて、ゲゲッとマコトは慌て始めた。
「ご、ごめんなさい。怖かったか? 密航するぐらいだから強靭な精神の主人公適正を持つ少女だと思ったんだ!」
罪悪感マックスで妖精はオロオロと慌てた。自分の周りにはノリの良い仲間ばかりだったので気弱な人がいるとは思っていなかったのだ。なんだかんだ言ってノリノリになるだろうなと考えていたが、気弱な少女だったのでおおいに慌てる。
「ありゃりゃ……これは失敗でしたね、マコトさん。いーけないんだーいけないんだー、なーかした、なーかした」
銀髪メイドがからかってくるので、ますますいたたまれなくなっちゃう。
「わかった! あとで良い物をあげるから! とりあえずはハイパーマコトキャノンだぁ〜っ!」
戦いを終わらせないとと、マコトはボムボタンを押下する。ジュリの胸が輝き、虹色の光線が奔流となって発射された。
「ワウ?」
だが、その膨大な光の奔流をグリフォンは横っ飛びで躱し、空へと光線は飛んでいく。その光線は空にいたペガサスナイトたちに命中し、クリスタルに敵は封じ込められて落ちていった。
「非殺傷にしておいたんだ。魔法少女だからな! 優しい魔法なんだけど……聞いてる?」
エグエグと泣くジュリに、こわごわと聞くが泣き止まないので、仕方ないとリセットボタンを押す。魔法少女の姿はかききえて、ジュリは倉庫に戻るのであった。
やばい泣かしちゃったよと落ち込むマコト。いつの間にか周りが酷すぎて、悪ノリレベルが一般人には洒落にならなかったと反省する。珍しく反省をする妖精だった。
なにやら訳のわからないことになったので混乱していたチワであったが、今の魔法が危険なことは理解した。なので、次の作戦にすることに決めて、突風を自分を中心として巻き起こす。
「わおーん!」
チワが吠えると、グリフォンは猛然と駆け出して、周囲を取り囲むスレイたちを吹き飛ばし、目的の物に駆け寄った。
目的の物。即ち聖杯である。グリフォンから飛び降りると、聖杯を掴み、よいしょとまた飛び乗るチワ。
「聖杯いただく。チワ、作戦どおり!」
そうしてニヤリと笑うと、グリフォンを舞い上がらせて空へと飛んでいく。
「助けてぇ〜、るるるいーじ!」
マコトが落ち込んでいるので、大丈夫かなと思いつつ、幼女はおててをあげて助けを求めた。聖杯の中にいて、今か今かと待っていたので。攫われちゃう良い子な幼女なのだ。誰かたしゅけて〜。
「それと、倉庫の様子はこんなんでつよ〜」
運ばれながらも、マコトへと伝える。あん? とマコトが首をひねり銀髪メイドが倉庫を移すと
「あ〜、怖かった。これは報酬をたっぷりと貰わないとねぇ。うっしっしっ」
「やったね、お姉ちゃん! 美味しいものが貰えるといいね!」
気弱そうに泣いていた少女はどこにもおらず、強欲そうな笑みの少女が映っていた。そんな少女を妹が褒めていたりもした。
ジュリが年若く奴隷頭になったのは、頭が良く要領もよく、何より強かだったからである。危険そうだがら泣き真似をして逃げたが、実入りが良さそうだと笑っていた。タフでなければ奴隷は生き残れはしないのだ。
名女優よりも名女優なジュリだった。ガーンとマコトはショックを受けて、やはり自分の周りの奴らはたちが悪いと、二度と反省しないぞと誓ったのであった。
「ちょっとどこまでが計画だったんだい!」
アウラは茶番を見て呆れたが、グリフォンナイトが聖杯を奪い去ったので、これは謀略だと悟った。聖杯をピンポイントで盗みに来るとは、最初から情報が漏れていたからに違いない。いや、リークをわざとしたのだろう。
「ふむ……。狡猾なことだな」
剣を収めて、ディーが肩をすくめる。これはきっと不要な奴らを炙り出す謀略だ。
「陽光帝国の皇帝陛下は随分と頼りになるのだ。妾と違って」
だからこそ南部地域を統一できたのだと、遠ざかるグリフォンナイトたちを見ながら寂しく笑うのであった。
恐らくは大きな戦争が再び起こるのだろう。そして陽光帝国は敵対するものを撃破して、欲しいものを手に入れるに違いない。