305話 想定外は続く
トモは艦長服を着込み、辺りの様子を見渡していた。トモと飛空艇羽釜はリンクしているために、広大な探知能力をトモは使えるのだ。要はレーダーなんだけども。
艦長席に座ってサケトバ改めて羽釜にてレーダーになにかが映り込んだことを確認して、慌ててナビゲーターに声をかける。
「なにかいきなり空に現れたんだし! 謎の光点がでたんだし!」
「待っていてください。ふむふむ、敵は150騎。天馬100、フライドック50、グリフォン1ですね。森林の中に潜んでいたようです」
ナビゲーターがふんふんと楽しそうにしながら答えてくる。ナビゲーターはより詳細情報を得られる能力を持っているのだ。白い髪のメイドさん、即ちシンなのだけれども。
「それだと151騎だし?」
「あれは獣人の国、マッシグラン王国の王狼族の駆る天空騎兵です。ペガサスは平均ステータス40、フライドックは52、グリフォンは180ですね」
トモのツッコミをスルーして、報告を続けるシン。その内容にトモは飛び上がって驚いた。
「180だし? ちょっと強すぎだし!」
「空の王者と呼ばれるグリフォンですからね。特性は常時結界。風圧、気圧の変化はもちろんのこと、あらゆる攻撃を一定に防ぐ強力なスキル持ちです」
「なんで魔物があんなに操られているんだし!」
悲鳴をあげちゃうトモ。魔物は瘴気の集合体なので、特別な儀式や神器がなくては操れないとわかっているからだ。体験談からである。
「トモさん。あれは幻獣です。神々が創りし生命体。ドラゴンとかと同じく繁殖を普通にする魔物とは違う魔法を使う生命体ですね」
「幻獣……聞きたことがあるけど初めて見たんだし!」
「マッシグラン王国は10万人程度の獣人たちの作る小国。ですが特性テイマーを持つ者が多く、王国にテイムしやすい幻獣が多数いるため、それらを操り独立を保っている国です。モニターに彼らを拡大して映しますね」
羽釜は改良したサケトバ改とも言うべき船であり、その全長は120メートルのそこそこ大きな船だ。が、木製であり、モニターなどと近代的装備は武蔵撫子と違い存在しない。
だがシンは力技でモニターを空中に作り出して、敵の様子を見せる。
「今のはナイスまほーでちた。聖杯が強力な神器だと思うでしょー。リークした甲斐がありまちた。ろくごさんじゅう」
掛け算のキャラでやっていく気のアホな幼女はムフンと鼻息荒くお着替えを始めた。小さな冠を被って、フリフリな黄色いドレスを着込んで、パイン姫と書かれているタスキをかけている。
「なんか怪しげなセリフを呟いているんだし! なんで、攫われそうな服に着替えているんだし! そして、どうしてアイを映すんだし! あ〜、ツッコミがしきれないんだし!」
「くっ、私の本能が疼くんです。幼女を映せと!」
駄目なオペレーターだと頭を抱えちゃうトモ。そこそこ常識人だった模様。シンはいったいどこの誰の本能に侵食されているのだろうか。おっさん幼女を撮影する変態はもういるので結構です。
「まぁ、真面目に映すとこいつらですね」
冗談ですよと、ケロリと顔を変えてシンは指を振ると、モニターに映る光景を変える。そこには武装した狼人がペガサスや、羽を生やした馬ぐらいに大きな犬に跨っていた。
先頭は言わずもがな、8メートルはある体格の空の王者グリフォンである。力強く羽を羽ばたかせて接近してきていた。
「仕方ないんだし! 迎撃を開始するんだし! 魔導騎士たちを発進させるんだし」
「了解です。各機出撃開始してください」
ちなみにブリッジはトモとシンの二人だけである。地味に寂しい。羽釜はトモだけで動かせるので仕方ない。
「ザーン、魔導騎士出るぜ!」
ノリノリでモニターに映る元気っ娘なザーンが楽しそうに報告して浮遊で空を駆けてゆく。
「ラムサ、魔導騎士でます」
「ダンケ、魔導騎士でるっ!」
「続けてどうぞ」
シンが許可を出すと二人も飛んでいく。浮遊を使えれば問題はない。ペガサスたちと戦えるだろう。
「スレイ隊も行きますっ!」
部下のマジックナイトであるスレイたちが手に嵌めている指輪を使うと、半透明な板が生まれる。浮遊を持たないので、スレイたちは浮遊板に乗るしかない。
浮遊板の速度は遅いが仕方ない。スレイたちは浮遊板に乗りノロノロと空へと飛んでいく。
すぐにザーンたちは魔法を撃ち合い、戦闘を繰り広げるのであった。
「なんかすぐに落とされそう……」
心配するトモと予想通り、スレイたちは敵の魔法に耐えられなくて、ひょろひょろと落ちていっちゃう。ありゃりゃとシンも肩をすくめてしまうのであった。
「ちっ! またやられたか!」
敵の攻撃はウインドアロー。殺傷力はないが敵をその風圧で吹き飛ばす。浮遊板に乗ったノロノロ運転なスレイたちはその攻撃を受けて、板から落ちていってしまう。
ザーンはその様子を見ながら舌打ちする。空中戦はぜーちゃんや、グラスバード、それか浮遊持ちではないと勝てないみたいだ。
「板乗りが機動性の高いペガサスに敵うかよっ!」
「うっせー! マジックバレルショットガン!」
調子に乗って迫るペガサスナイトにザーンはその手を翳して魔力の散弾を放つ。迫ってきていたペガサスナイトはその攻撃を受けて、ヘロヘロと落ちていく。
「ザーン団長! これは勝ち目がないですよ!」
ラムサが報告してくるので、悔しそうに、いつもは元気な笑顔の少女は顔を歪める。
「ちっ、抑えられないか」
ペガサスや、フライドックは飛行速度がかなり速い。加えて機動性も高いので、ザーンたち3人ぐらいしか戦うことができないのだ。しかもペガサスより強力なフライドック、そしてグリフォンもいる。
「ザーン? 男みたいな名前だな」
「黙ってろ! ガンバレルビーム!」
騎士槍をまたもや近づいてきたフライドックナイトに向ける。ズドドドと槍からビームが放たれてフライドックへと命中させる。ビームを受けたフライドックはヘロヘロとまた力を失って落ちていく。
「これは想定外だろ! 奴隷反乱だけだって聞いていたのに!」
「それにフライドックを倒すのも限界ですよ」
「先にこちらの魔力が尽きるかっ」
「いえ、ポメラニアンをしゅきなので」
真面目な表情でダンケが言うので嘆息する。これだから犬派はと。全く、まったくもぉ〜。
フライドックは大きな巨体ではあったが、ポメラニアンであった。狐みたいな顔つき。ふさふさして愛らしいその姿にダンケは攻撃を躊躇っちゃうのだ。
なぜ、ポメラニアンなのだろうか? ブルドッグや、シェパードでは駄目だったのだろうか? ポメラニアンって小型犬だよ?
そういうわけでいつもは頼りなる友達は、まったく役に立っていなかった。魔装があるから大丈夫と、ポメラニアンを触ろうともして噛まれそうになっていたりもした。
それにアイの様子がおかしい。いつもあの幼女はおかしいだろと、知っている人間はツッコミを入れるだろうが、そういったアホなおかしさではなくて、あれはなにかを企む表情である。
聖杯の中にずっといるのも怪しいとジト目になっちゃう。助けて、るるるいーじ、とかなんか練習しているし。
なんというか……怪しい。ヘロヘロと落ちていくスレイたちも魔装があるから無傷なのに、再び浮遊板に乗るわけでもなく、飛空艇を守るように陣形を組み始めているし。
「俺にも一枚噛ませろっての!」
再び迫るペガサスナイトたちの横を槍を振りながら通り過ぎる。新たなる指示が出ないので、どうやらザーンたちだけで抑えろということらしい。
飛空艇にはグリフォンが降り立ち、大暴れをしていたが、戻ってきたアウラたちが戦いに加わっていた。
その能力はペガサスやポメラニアンとは一線を画す。ポメラニアンでは鷲にも勝てないかもしれないが。
加勢したいが、周りのペガサスたちが邪魔だ。敵が多すぎる。
「ワォーン! 王狼族の英雄、チワ! 敵を倒す!」
グリフォンに乗った垂れ耳とボンボンみたいな尻尾が可愛らしいワンダフルな少女が牙を剥き出しにして、叫んでいた。グリフォンをテイムしている少女なのだろう。
「ちっ! こやつ、やけに硬い!」
光輪剣でグリフォンの背に乗るチワという少女へと攻撃をしているディーが顔を険しくしている。光速の剣撃がグリフォンに奔るが、皮膚を切ることも出来ない。結界により防がれてしまうのだ。
光輪剣は最速の剣であるが、攻撃力は低い。それでも雑魚魔物如きは両断できる威力を持っているのだが、さすがは空の王者といったところか。
それに騎乗しているワンコ娘の身体が僅かに光っている。なにかテイムした幻獣を強化する固有スキルを持っているのだ。
「槍も効かないか。硬すぎだね、こいつ」
アウラも舌打ちしながら、前脚で横に薙いでくるグリフォンの攻撃を屈んで躱す。突風が髪を煽り風圧が身体を押し付ける威力を感じさせる。
「ガウガウ、チワのグリフォン無敵! ポチ、敵を倒せワン」
チワと言う名前なのだろう。ワンコ娘は牙を剥き出しにして吠える。たしかにグリフォンの力は圧倒的だ。ギュンター卿ならば勝てるだろうが、ギュンター卿は包囲してくる敵の騎士団を防いでいるのでいない。大勢の敵を防ぐか、グリフォンを倒すか、迷うところだが、大勢に対抗する方を頼んだのだ。
グリフォンはディーたちと組んで戦えば勝てると計算していたが、誤っていたかもしれないとアウラは考える。
ガクンと身体が揺れで傾ぐ。船が揺れたのだ。全員を収容したので、羽釜が浮上し始めたのだろう。ギュンター卿が戻ってきたかと確認するがまだ来ていない。
「むぅ、こいつ隙がないぞ」
ディーがグリフォンの戦い方を見ながら唸る。バックステップをして、こちらの攻撃を躱し、前脚を牽制に使い、嘴で突いてくる。テイマーの操る幻獣の能力に感心してしまう。
どうしようかと迷った時であった。
「うぉりゃぁー! マコトキックッ!」
横合いから少女が飛んできて、グリフォンの結界を打ち破り、頭に蹴りをぶちかます。
「ぎゃうんっ!」
グリフォンが身体を揺らして頭を振る。ぶちかました少女は軽やかにバク転をすると、甲板の縁に着地した。
「ふっ、良いところに現れちゃったみたいだな」
ビシッとポーズをとって、ムフフと笑う少女。
「待たせたなっ! あたしが来たからには安心だぜ!」
右手を上げて、左足を伸ばして得意げに
キラリンと頭につけた金のサークレットを輝かし、ピンクと白のフリフリドレスを翻し、ハートマークの宝石がついているステッキを手に持って
「世界のヒロイン、魔法少女マコトダブルゼータ、只今見参っ!」
フハハと自己紹介をするのであった。魔法少女である。どこから見ても魔法少女である。そして顔つきがマコトではない。
「ひぃー! ジュリの身体が勝手に動いているぅ〜、な、なんでぇ〜」
なんか魔法少女は泣いていた。飛空艇に忍びこんだジュリであった。よくよく見るとサークレットの角部分を握りしめている妖精がジュリの頭に乗っていた。
「あたしは考えたんだ! どうすれば主人公的な存在になるかを! やっぱりスーパーロボットとかに乗らないと駄目だと気づいたんだ。そして魔法少女も主人公的存在。魔法少女に乗れば最強なんじゃねと?」
なにやら変なことになりそうだと、ジュリの頭の上で高笑いするマコトをジト目で見てしまうアウラであった。