304話 想定外
屋敷から慌てて出て、奴隷地区へと走ったサーベッツはその光景を目にして激昂していた。顔を真っ赤に怒りで変えて、煮えくり返るその感情を怒声へと変えて叫ぶ。
「いったい全体なにが起こった? なぜ宴会となっているんだ」
目の前にはパンを食べ、ベーコンにかぶりつき、酒を飲んで楽しむ奴隷たちの姿があった。信じられない思いで部下に尋ねるが部下も戸惑いを見せるだけだ。
「ふ。今日は休みとしたのだろう? ならば宴会をしようと彼らは考えたのだろうな」
冒険者ランク最高であるゴールドを持つディーがその様子を見ながら、腰に片手をつけて冷ややかに言ってくる。ちなみにゴールドは光速の攻撃ができることが条件なので、ディーは苦労もせずに最高ランクになった。条件ガバガバだったので、後で規則は変えられました。
その言葉にサーベッツは読まれていたかと歯噛みする。アウラたちもこの場でこの光景を目にしており、ニヤニヤと笑っているのが、また頭にくる。アウラはニヤニヤしているが内心はホッとしているのは秘密である。
聖杯に入ったは良いが、器がすべすべで滑って出れましぇんとアホの娘が悲しげな声をあげて出ようとしていたが、杯がすべすべすぎて、コロリンと小柄な身体が滑って転がって出れなくなっていた。実にどうでも良いことなので、置いていかれた模様。
「そうだね。これで馬鹿な行いは終わりだ。さて、応接間に戻って名簿を再度確認させてもらうとするよ」
「クッ……」
アウラは顎をクイッと持ち上げてサーベッツを睥睨して伝える。その言葉に拳を強く握りしめて憎々しげにサーベッツは睨んでくるが、負け犬の遠吠えであった。
さすがは陛下だねと、手をまわして、暴動を未然に防いでくれたスノー皇帝陛下に感謝の念を送りつつ、再びアウラたちは屋敷へと戻ろうとするが、アウラたちをダンディな声が遮ってきた。
「失敗はまだしておらぬ。こいつらを殺して、正義の狼煙を上げれば良い」
「ん? あんたは何者だい?」
屋敷へと戻ろうとするアウラたちを、老齢に差し掛かりそうな男を中心に何人かの騎士たちが街角から歩み出てきて行く手を阻んできた。男はその手に強力な魔力を帯びていると思わしき巨大な斧を持っており、穏やかな表情でアウラを見てくる。
ゾワッと背筋が総毛立つ感覚がアウラを襲う。穏やかそうに見える男だが、激怒しているとその纏う空気から悟ったからだ。
「我が名はレックス・フォード。栄えある魔帝国の公爵。国を滅亡に導く愚かな皇帝を廃して新たなる皇帝となる者だ」
「フォード……聞いたことがあるね。たしか帝国でも穏健派のトップだったと思うけど?」
アウラはトート帝国に来る前から、南部地域が統一される前から、情報は集めていた。常に監視をしておかないと、いつ侵略に来るかわからなかったからだ。その中でもフォード公爵は穏健派であり、戦を好かないと言う噂を聞いていた。目の前の人物がそうだとすると噂が間違っているか、それとも……。
「色々不満が溜まっていたということかい?」
さもなくば穏健派でも耐えられないことがあったか、だ。恐らくは後者。そう読むアウラがレックスの表情を観察していると、表情が悪魔のように醜く歪み憤怒のとなり大きく叫んできた。
「コォのノノを、ワタシ自らがァ、ドドドレイの真似をしてえぇぇ、このけいかぁぁくをうたてたにもかかわらずぅ、邪魔をしおってええ、ゆぅるさぁぁぁん!」
その叫びは魔力を纏わせて波紋のように広がっていき、辺りの空気をビリビリと震わす。ゴコゴゴとか言う擬音がピッタリの怒り方である。
きっと幼女たちがその姿を見たら、焼肉屋さんなの? 吸血鬼な焼肉屋さんの立ち方なの? と、やんややんやと嬉しそうに拍手しただろう。シリアス台無しにする可能性があったが、喜ばしいことに聖杯の中で未だにコロリンコロリンと転がって、それをキャッキャッと楽しんでいたのでいなかった。
「奴隷を引き取るウゥぅ? ふざけるなぁぉ、あの道具たちは私たちが代々管理してきたのだ! 繁殖もさせて増やしてきたのだぞ! それを横からカッ攫われてダマっていられるかァァ!」
憤怒のレックスは斧を掲げて、魔力を集中させる。斧から突風が巻き起こり、アウラたちはその威力に目を細めて腕で顔を防ぐ。
「パンパカパーン! 冒険者ギルドのエース、スー・ジューサーが只今参上! クハッ」
空気を読まないスーがワハハと走ってきたのだが、レックスは怒りと共にその場でスーの方へと斧を横薙ぎにする。走ってきたスーはズンバラリンと上下に身体を断たれて地面に転がった。速攻退場する見事なやられ役である。
「神器か?」
その威力にアウラは驚く。僅かに空間が歪みスーへと不可視の斬撃が飛んだのを見た。神器持ちなのかと警戒するが、その言葉を鼻で嗤うレックス。
「はっ、どいつもこいつも神器神器神器神器神器神器。これは魔法武器だっ! 我が家に伝わる数十年の時をかけて作られた魔法武器、暴風の斧よ!」
魔法武器。神器よりもその威力は低いが、その分利便性が高い武器である。神器のように大量の魔力は必要なく1か月に1回しか使えないということもない。己の魔力を籠めていつでも使用できる武器だ。
問題は1つ作るだけでも、腕の良い魔道具製作者が年単位の時間をかけなければいけなく、失敗したら貴重なミスリルなどの素材も壊れて使い物にならなくなると言うことだ。なので、あまり出回っていないのが現状である。どこかの幼女や髭もじゃはホイホイ作れるかもしれないが。
「我が属性は風。風の魔法と相乗することで、鉄をも切り裂く切れ味を見せるのだァァ!」
「うざいな、貴様。光輪剣」
ディーが自慢げに説明するレックスへと、抜き手を見せぬ速さで剣を振るう。自らの特性属性剣の1つ。ゴールドランクまで冒険者ランクを上げることのできた最速の属性剣を振るう。
光のサークルが瞬きをする間にレックスの身体を走り、抵抗を許さずに分かつ。あっさりと倒したかと思ったのだが。
「む?」
地面に落ちる前に、レックスの姿は溶けるようにかききえた。血も飛び散ってはおらず、偽物だとわかる。
「クハハハハ! 我が属性は風と言っただろうが! 魔帝国を支えてきた我が家門の力を思い知るが良い!」
空間から滲み出るように、何人ものレックスが現れて哄笑する。フッとその様子を見てディーは笑う。
「そういえば、魔帝国の奴らはブリンクが得意であったな。よく透明化と合わせて使ってくる鼠のような暗殺者がきたものだ」
「薄汚い暗殺者などと一緒にしてもらわないでもらおうか! 侮辱の言葉、死を持って償えッ!」
激昂するレックスたち。影まであって本物がどれか見極めるのが通常は難しい。
「魔力よ砂となりて、地面を覆え、サンドフィールド」
だが、アウラが地面に手をつけて魔法を発動させると、一面に薄っすらと砂が広がる。数センチ程度の砂であり、なんの効果もない魔法ではあるが、その意味するところにレックスは舌打ちする。
「ちっ、ブリンク封じか!」
「そのとおりだよ! 魔帝国は度々あたしらにちょっかいをかけてきていたから、対抗策もつくられているのさっ!」
かつての南部地域の中央にある大きな領地の王には度々魔帝国からの侵入者がいたのだ。そのような奴らはだいたい透明化とブリンクを使ってきた。それに対抗するための魔法を作られたのである。
原理は簡単だ。ただサンドウォールの魔法を改造して、地面に薄く砂を広げる形にするだけ。ただその効果は高い。何しろブリンクは肉体を持たない幻影のために、砂に足跡がつかないのだ。透明化は反対に足跡がつく。アウラはその魔法をもちろん取得していた。
「終わりだな、レックス」
ダンッと地を蹴り、ディーは砂に残る足跡に迫る。狡猾なことに足跡のみであり、そこにレックスの姿はない。ブリンクと同時に透明化を使っているのだ。
「属性剣技 雷神剣」
剣に紫電を走らせて、雷を落とすが如くレックスがいるだろう場所へと剣を振り下ろす。何もない場所に見えるが、ガキンと金属音がして、手応えが返ってくる。
バリバリと雷が走る中で、斧にてディーの雷神剣を受け止めるレックスの姿が顕になる。高熱を伴う雷神剣にて身体が焼かれていくが、このまま押し込めば勝てるだろうディーはタンと地を蹴り、後ろへと下がる。
「ファイアウェーブ」
ディーのいた場所に燃え盛る炎の渦が通り過ぎていったのだ。
炎の高熱に眉を顰めて放たれた方をちらりと見ると、サーベッツが杖をこちらへと向けていた。
「ふん、さすがは元魔帝国。強力な魔法使いが多数いる、か」
「ふん、そのとおりよっ。レックス様、ご無事で?」
サーベッツがレックスが危機的な状況と考えて魔法を放ったのである。戦い慣れているとディーたちは警戒する。常に魔物たちと戦争を繰り広げているだけのことはある。
「あぁ、助かった。少しばかり頭に血が上っていたようだ」
レックスは腰の袋から薬を取り出すと飲み込む。火傷が淡い光と共に癒やされて消えていく。ポーションまで持っているらしい。
「者ども! ここが新たなる皇帝の初陣である。敵を殲滅せよっ!」
威風堂々と大きく声を張り上げるレックスの言葉に、周りの騎士たちが呼応して剣を抜く。どうやら国際問題は気にしなくなった模様。
さらに一人の騎士がスクロールを使うと、空へと色のついた玉が飛んでいく。
「陽光帝国の者たちに降伏を勧告しよう。この街には3000の騎士たちを用意しておいたのだ。そなたらでは勝ち目はないぞ!」
余裕を取り戻したレックスの言葉にアウラは顔を顰める。やりすぎだ。こいつらはギュンター卿の力を知らないのだろうか? ……いや、詩人の話が大きすぎて誇張されていると考えているのかもしれない。実際に目で見なければ、あの力は信じられないだろう。
ギュンター卿は飛空艇にて留守番をしている。酒をかっくらっているとも言う。
「仕方ないね。お前らっ、退却するよっ! 飛空艇まで、な、なんだあれ?」
「これは?」
退却の指示を出そうとするが飛空艇の付近から白い光の柱が登っていくのを見て驚く。レックスたちも何事かと戸惑っていたが、なにが起こったのかはすぐに理解した。
宴会をしていた奴隷たちが残らず消えたのである。
「おぉっ! これが聖杯の力か! あの優しき光! あれこそが私が持つに相応しい! 急ぎ聖杯を確保せよっ!」
レックスはその光を見て恍惚とした表情となり、気を取り直すとすぐに指示を出す。
「こっちも急ぎ退却だ!」
この状況で大規模テレポートを使うとはと驚いていたが、たしかに退却したら、残る奴隷たちが酷い目にあうと考えられる。現状に鑑みて使用するしかなかったのだろう。
慌てて退却するアウラたちと聖杯を確保しようとするレックスたち。混乱の中で新たなる戦争は狼煙を上げたのであった。
「いてて……。いきなりやられちまったぜ」
「見事なやられっぷりでやした。つけ髭をあげるでやすよ」
「あんた誰?」
蘇ったスーのやられっぷりに感動して、通りすがりの髭もじゃが、つけ髭をプレゼントしようとしていたがどうでも良い。