302話 鉱山都市の企み
飛空艇羽釜はキルンの街へと到着した。都市全体の人口の1割近い奴隷が家畜小屋よりも酷い小屋で寝起きしているのを上空から眺めながら。
目の前の光景に、アウラたちは気まずくも思う。少し前までは自分たちも農奴に同じような生活をさせていたのだから当然だ。
「むふふ。これからみなしゃんの笑顔で溢れるようにするのでつよね。楽しみでつ」
むふふと紅葉のような可愛らしいおててで口元を押さえて、幼女は期待で顔を綻ばせちゃう。
なぞの幼女の奴隷解放後の未来を語るその姿に、アウラはふっと笑う。その気負いのない未来を信じるセリフに力付けられる。
「たしかにそのとおりだね。あたしらしくなかったよ。こんな湿気た面じゃ、相手も不安に思うだろうし」
パンッと自分の頬を叩いてアウラは気を取り直す。為政者としても失態だ。たとえ間違っていても自分の表情を曇らせて家臣に不安を持たせてはいけないのだから。幼女の態度を真似しないとねと考えて。
幼女を参考にしてはいけません、この幼女はポジティブすぎて真似するととんでもないことになりやすぜと、アウラの内心を知ったらどこかの勇者が忠告すると思うが、勇者はこの場にいなかったので、残念ながら幼女の評価が上がっただけであった。
「では、そろそろ着陸するし〜。皆さんシートベルトはないから転ばないように気をつけるんだし」
トモ艦長が気楽そうに手を振り、飛空艇は鉱山前の広場に着陸するべく高度を下げ始める。広場には出迎えの人間だろう上等な服装の男と鎧を着込み、短槍と盾を持ち完全装備の騎士たちも整然と並んでいるのが見える。
「それじゃ、聖杯も持ってきてくだしゃい。落とさないように気をつけてくだしゃいね」
コテンと小首を傾げて、エヘヘと笑う幼女の言葉に魔導騎士たちが船の中から2メートル程度の木箱を持ってやってくる。大人数用テレポートを使うための神器、聖杯というものが入っているとアウラは説明を受けていた。
魔導騎士たちとは違う、ロングコートにサングラスを着込んだ、腰まで伸びた美しい金糸のような金髪のスタイル抜群の美女がその横に立っている。異色の装備をしているその美女は冒険者ギルド初の黄金ランクとなった美女だ。今回の護衛として雇われたと聞いている。
聞いてはいるが……。アウラはその姿に顔を顰める。
「ご苦労さん。あんた、船に乗る前は隻眼隻腕の姿じゃなかったかい?」
隻眼隻腕で、その身体も半分がスライムに喰われたような溶けている女であり、髪の毛も半分しかなかったはずだ。鉄仮面をつけていたはず。黄金ランクではあるが、その恐ろしい容貌から恐れられていたはずなのだが?
「は〜いっ、あたちが癒やしまちた。魂も半分ほど食べられていたので、癒やすのが大変でちたけど。食べられていた半分は昔に手に入れていたので、大丈夫でちたよ」
おててを掲げて、お手伝いを頑張りまちたと褒めて褒めてとアピールする小さな子供のように発言する幼女。ぴょんぴょんと飛び跳ねて可愛らしい。言っている内容はまったく可愛らしくないが。
簡単に人間のできる限界を超えた技を使ったと言う幼女に口元を引きつらせるが、それ以上に気になることがアウラにはあった。最初に会ったときは、その容貌から誰かはわからなかったが……。
「彼女の言うとおりだ。妾の身体は癒やされた。完全にな」
「初めましてじゃないような気がするんだけどねぇ?」
疑わしい表情で美女を睨むように尋ねるが、美女はフッと妖艶に笑う。
「妾の名前はディー。今の妾はそれ以上でもそれ以下でもない。初めまして、アウラ侯爵」
「……あぁ、初めまして。ディー」
「装備もあたちが売りまちた! やっぱりサングラスは外せないと思うんでつよ! サングラスは売り出したのにあんまり売れないのでディアナしゃんには宣伝塔になってもらいまつ! 盲目無効スキル付与付きのアイテム。それがサングラス! しかもかっこいいでつよね!」
そう言って、ディーは腕組みをして挨拶を返してくるのであった。そして幼女よ、貴女はディーの名前を間違えています。ディーも慌てる素振りを見せないから隠す気あるのか?
「挨拶をしている暇があったら、こっちも船を降りる準備をしようぜ。聖杯も箱から出しておかないとな」
「はっぱろくじゅうし、そうでつね」
「掛け算になっちゃったぜ」
ザーンの言葉に、もはやキャラ立てを斜め上に行く幼女と、呆れる妖精を前に、アウラも準備をすることにする。
「全員完全装備の上、船から降りる準備をしな! あたしらは陽光帝国の顔だ! 恥をかくような真似をするんじゃないよっ!」
気迫を込めて指示を出すアウラ。そう思うならちょろちょろとリスのように気ままに動く幼女を抑えておかないといけないと思うのは考え違いだろうか。
「アウラ侯爵の手腕を見せてもらおとしようか」
クックと笑い、ディーは聖杯の元へと戻る。木箱から取り出された聖杯を皆に見せつけるように持ち歩くので、その護衛である。冒険者ギルドの宣伝も兼ねているらしい。いったいいくつ目的を兼ねているのかと、アウラは苦笑しながら自分も正装に着替えるべく部屋へと戻る。舐められないように武装をしていく予定である。
……それに少しきな臭い。広間にいる騎士たち、完全装備の上に数が多いような気がしたのだ。
「さて、ここからが本番だ」
虎のような肉食動物の笑みをして、侍女がその笑顔を見て震えたのはご愛嬌である。
「ようこそキルン鉱山へ、アウラ侯爵! 私はサーベッツ・ディッシュ子爵と申します。この鉱山都市の代官の役目をウルゴス皇帝陛下より預かっております」
「お出迎えありがとうございます、サーベッツ子爵。陽光帝国より奴隷の引き取りに参りました」
ギョロ目の痩せぎすの男が胡散臭そうな作り笑いと共に、両手をあげて大袈裟に歓迎の言葉をかけてくるので、多少冷ややかになりながらも笑顔でアウラも応える。
タラップから降り立つと同時にサーベッツは近寄ってきたのだ。後ろに騎士たちを連れて。
威圧するつもりなのだろうかと疑いを持つ。ざっと500人は騎士たちはいる。こちらは魔導騎士団50人、アウラ麾下の騎士団150人である。だが、こちらには話に加わらず見守るだけとはいえ、英雄のギュンター卿に、属性剣の使い手ディー、そして自分もいるのだ。倍程度の騎士たちでは威圧などできないし、意にも介さない。
奴隷たちを持っていかれるので、嫌がらせなのだろうか? それとも襲いかかってくるのか? しかし、彼らからは敵意を感じはするが殺気はない。なにをするつもりなのだろうかと首を傾げる。
「奴隷の引き取りに参った。話は伝わっていると思うんだが?」
「もちろんです。皇帝陛下より勅命を受けておりますゆえ、問題はありません」
「そうか、それでは名簿を受け取ろう」
考えすぎかと思いながらアウラが確認すると、あっさりとサーベッツは頷き、領主館に案内してくる。
「あたち、せーはいっ」
「あたしもせーはいだぜっ」
よじよじと聖杯の中に潜り込んで、顔をちょこちょこ出しながら、キャッキャッと遊ぶ幼女たちは目に入らないことにしておく。オリハルコン製であり、神々しい光を放つ杯であるが幼女のせいで玩具に見える不思議。
サーベッツの視線が鋭くなり聖杯を見ていたのをちらりと確認しておく。なにか企んでいることは確かなようだね。
応接間に案内されると名簿がいくつも山となって積み重なっている。かなりの数の巻物だ。下調べした際には23000人という信じられない人数である。それを全て引き取る。これからも。陽光帝国に、だいたい150万人近く。タイタン王国からは50万人近くの農奴も。
途轍もないスケールのデカさに、やり甲斐を感じて不敵に笑う。これらを上手く取扱えれば陽光帝国での勢力争いで一歩抜きん出ることができるはずだと。
サーベッツへとこれで全部かと顔を向けると、ギョロギョロと目を動かして卑屈そうに作り笑いを浮かべて
「こちらで全部です。契約により犯罪奴隷は引き取らないと聞いておりますので、それらの名簿は抜いてありますが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、スノー皇帝陛下からもその内容の契約だと聞いているからね。それじゃ確認を」
と、巻物を取ろうとした時であった。
「うぉーっ!」
「貴族を倒せーっ!」
「命を奪われるな〜っ!」
外から人々の轟くような必死さを感じさせる咆哮が聞こえてきた。ピクリと眉を顰めて、サーベッツへと視線を向ける。既に家臣はその手を剣にかけている。
「何事だいっ?」
「私もなにがなんだか? おいっ、外の様子を見てこいっ!」
サーベッツが慌てて部下に確認するように指示を出す。が、その口元が僅かに笑みへと変わっていることにアウラは気づく。
なにが起こったのかも、その瞬間理解した。天才と言われるのは伊達ではない。そしてこれがどんなに馬鹿な事柄なのかも予想できた。
「チッ! 奴隷が暴動を起こしたのかいっ?」
部下が帰ってくる前に、アウラが確信したように発言したのを、サーベッツはぎょっと驚く。まさかなにも聞かずに予想するとは思ってもいなかったのだろう。
「馬鹿にしてもらっては困るね。あたしが、いや、陽光帝国が奴隷を引き取るという情報を間違った形で奴隷たちにリークしたな? 反乱を扇動するように誰かを送り込みもしたかっ!」
声を荒げて、サーベッツの首を掴んで持ち上げる。元大領の女王であったのだ。その高ステータスは子爵如きが及ぶものではない。
「ガッ、し、知りませぬな。元々奴隷たちはふ、不満を持っていましたからな、離してもらおうかっ、それともここで戦争の引き金をお引きになさいますか?」
苦しみながらも、アウラの言葉に敵意を剥き出しにするサーベッツを舌打ちをしながら、テーブルに放り投げる。ガラガッシャンとテーブルに放り投げられたサーベッツは痛みに顔を顰めるが気にせずに考える。
反乱を起こす奴隷。大勢の奴隷が加担しているはず。だからこそサーベッツは騎士たちの数を揃えていたのだ。完全装備の騎士たちの力は平民などでは相手にならない。その肉体能力の高さ、強力な武技。10倍の平民たちが戦いを挑んでもあっさりと駆逐されるだけだろう。さながら、雑草でも刈り取るように騎士たちは、倒していくはず。すぐに反乱は鎮圧されるのだ。
「反乱をしたと言って、全員犯罪奴隷にするつもりだね。……まさかそこまで大胆なことをするなんてね」
犯罪奴隷は引き取りの対象外としていたのが仇となった。スノー皇帝陛下にしては珍しく失態だ。この結果を招く可能性があったのだから。犯罪奴隷も丸ごと引き取ることにしておけば良かったのであるのだから。
そしてもっと失敗したのは自分である。そこまではするまいと思っていたのだから。早めに部下をこの街に潜らせておくべきだった。
ギリリと歯を食いしばりサーベッツを睨むが、相手はニヤリと狡猾そうに嗤い立ち上がって、余裕そうに服の埃を落とす。
こいつ殺してやろうかと、殺意を持った時に、ドアがバンと開かれて慌てる騎士が口を開く。反乱だと叫ぶつもりだろうと苦々しく見ている中で言う内容は
「サ、サーベッツ様っ、ど、奴隷が……」
「反乱を起こしたかっ! それではすぐに鎮圧を」
予定通りだと鼻息荒く意気込むサーベッツが指示を出そうとするが騎士は首を横に振る。
「いえ、なんだか宴会をしています。……宴会です」
「はぁ?」
「はぁ?」
サーベッツはもちろんのこと、アウラも首を傾げて、宴会? と予想外の報告に不思議に思うのであった。