3話 幼女の名前はアイ
異世界にてマコトという妖精を肩に乗せて、未だに森らしき場所から一歩も動かずにステータスを見つめる幼女がいた。
「名前はアイ……。アイとマコトって昔の漫画でつか!」
ついついツッコミを入れてしまう幼女。おさげの艶やかな天使の輪がみえる美しい黒髪と、多少鋭いがそれもまた子犬のような感じの黒目、ちっこい鼻に可憐な唇のプニプニほっぺの幼女である。
なぜ幼女なのかというと、5つ目のチートスキルを貰うために幼女化を了承したのだ。聞く限りかなり強いスキルであったし。僕と契約してよ! という極悪な使い魔が叶える願い事の代価のような感じであったが、今は後悔しています。
ちなみに名前の記憶は消されたので、新しい名前を貰ったのだ。
「名前はアイね。よろしくな、アイ」
ステータスを肩に乗りながら、ふんふんと息を吐き、マコトが笑顔で言ってくるので頷く。
「こちらこそよろしくでつ。しかし、これがステータス……手抜き感を感じるよ……。それに幼女は職業なのね」
なぜか、一部ひらがなになっているステータスはこんな感じ。
アイ
共人族
職業︰幼女
体力︰100
魔力︰100
ちから︰15
ぼうぎょ︰15
すばやさ︰15
スキル︰共通語言語読解︰古代、魔法の共通語読解可能
超健康体︰毒、病気、呪い、精神攻撃、寄生無効。6時間の睡眠またはリラックスできる状況で欠損すらも治す健康体になる
作物の手︰女神イチ式の種、育生、加工を一日に9回使える
食糧倉庫︰作物の手による作物及び加工品を格納可能
ゲーム筐体︰ゲームキャラ作成、コインを9回まで使えて操るキャラは3倍のステータスになる。ゲームは1日5時間まで!
女神の加護︰戦闘時に高速思考。女神の加護による知力低下、口調がドライな幼女口調になる
消耗素材︰人1
知識因子︰格闘2、斧術2
装備︰魔法の短剣、自動修復、自動帰還付き
魔法の服、黒のゴスロリ服、ピンクのワンピース、パーカ付きジャンバーとGパンに変形可能。自動修復、自動帰還付き
魔法のリュック︰自動修復、自動帰還付き
「まぁステータスなんて最大の時を表しているからなぁ。常に最大の力を人間が出せるわけないしな。この数値を信用はできないぜ」
「以前のあたちが持っていた格闘術とかは引き継ぎ不可?」
これでも数多くの戦いをこなしてきたのに、何もなし? と小首を傾げる幼女。おかしくないか? サバイバル術とかも俺は詳しいし。
ナイフ術もな、と女神様に貰った短剣をホルスターから外して、くるくると手慣れ風に手で回転させてみせる。その動きは熟練の様子を見せていた。
「あぁ、これはパッケージ化された物だから、独自に覚えたのはスキルにはならねーよ? 製品は女神製のみをお使いくださいってだけで、社長の知識は引き継がれてるぜ」
マコトの言葉に安堵する。自分の経験と技を頼りにして生き抜こうと最初は思っていたからだ。なかったら凄いショックを受けていたところである。
「しかし色々酷いでつ。女神の加護で知力低下って……」
「あいつの加護だからなぁ〜。だけど高速思考はチートだぜ。あればきっと役に立つ。ようはリアルタイムターン制みたいな視点?」
「有用性はわかるでつ。まぁ、ステータス項目に知力はないでつし、それほど下がらないと信じまつ……」
アイは気を取り直して、周囲を見渡す。鬱蒼と茂る雑草に、聳え立つ木々。そのすべてが……。
「見たことのない植生でつね。超健康体スキルばんざ〜い」
小さく両手をあげて喜ぶ。何が毒か? 食べたら駄目なのか、触るだけでも駄目なのか、さっぱりわからない。この場所は既に危険な場所であるのだ。超健康体スキルがなければの話だけど。
真面目に貰っておいて良かったと安堵をしてから、自分の姿を見る。魔法の服の変形パターン、パーカー付きジャンバーにGパン。裾がぶかぶかなのが、あざと可愛らしい。幼女はぶかぶかが似合うと俺も同意します。
腰にはホルスターがあり、魔法の短剣が格納されている。背中にはリュックを背負っている。たしか30メートルのロープに、火打ち石、毛布、保存食糧が一週間分入っているはず。
うん、昔のゲームを思い出させるラインナップだねと、アイは懐かしく思う。おっさんにとっては懐かしい思い出なのだ。大学時代によく遊んでいた。一人で。
このゲームは一緒に遊べる友人を探すのが大変だから、一人で五役やっていたおっさんである。実に寂しい大学生活だったとわかる。
「さて、早速ゲーム筐体スキルを使うか?」
マコトの言葉にかぶりを振り否定する。幼女化というアホな取引をしたことにより、手に入れたチートスキル。もちろん使いたい。説明だけだと、よくわからないところもあったし。
「説明は聞いてきまちた。でも一日に5時間しか使えないし、試すのは周りを確認してからにしたいでつ」
使えるスキルだと聞いているので使いたいが、まだ辺りの様子をわからないと、安全策をとりたく思う。洞窟とかないかなぁ。
「いや、自分の姿を見ろよ。もうおっさんじゃないんだぜ? そんな小柄な可愛らしい姿じゃ食べてくれと獣に言ってるもんだぜ。ちなみにあたしは見せたい人にしか姿は見せないし気づかれない。それにどんな攻撃、拘束も効かないから安全なんだぜ。攻撃力はないけどな」
マコトが冷静にアイの今の姿を指さして忠告してくれる。たしかにそう言われると、そうだった。ある日出会ったクマさんにぺろりと食べられそうなサイズである。
たぶん魔物とかいるし、そうすると餌にしか見られないに違いない。幼女なので。可愛らしい幼女なので。なぜ俺は幼女化を受け入れたのだろうか。普通に考えて、頭おかしいな。
「あ〜……。そういやそうだったでつね。でもなぁ」
ピンチの時に使いたい。まだキャラ作成を使っていないので、デフォルトの一人しかいないし。やられたら困る。
ゲーム筐体スキルとは、キャラを創って操るスキルなのだからして。キャラがなくなると意味ないのである。
しかしマコトは解決手段をあっさりと教えてくれた。こいつ意外と良い妖精かも。
「消耗素材は人が一個あるしそれを使用すれば作れるから、デフォルトの初期キャラを出しておいた方が良いぜ? オートモードにしておけば、ゲームを始めたことにならないし、従者として使えるからな」
あぁ、そういえばと、幼女はちっこいおててをポンと打つ。オートモードとかあったね、そういえば。
「たしか消耗素材は文字通り使うと無くなり、知識因子は無くならないんでちたね。なるほど、オートモードなら護衛にはうってつけでつか」
今のところは、周りには危険が無さそうだが、見たことのない虫がチラチラと草木の陰に見えるし、危険な動物が現れるかもしれない。幼女の身体でも負ける気はそうそうないが安全策を取るべきだ。
なので、そわそわしながらスキルを使うことにする。デフォルトのキャラは出さないとステータスに表記されないから何が出るのか知らないのだ。可愛らしい幼女がソワソワする姿は紳士な人を身悶えさせることは間違いない。
なので、かつての厨二病を呼び起こし、頬を赤くして興奮気味に右手を掲げる。
ていっと、少しだけジャンプして背伸びをしながら叫ぶ。その姿は可愛らしく知力低下の女神の加護が効き始めていると思わせるアクションであった。
「いでよっ、我がサーヴァントよっ」
聖杯を巡る戦争はしないけど、これは心躍るイベントだと、精神年齢が幼女に侵食されているアイは大声で呼ぶ。
空中に複雑な魔法陣が光の線で描かれて、完成した後にゆっくりと何者かが出てきた。
大柄な体格。毛皮を鞣した上着を着た片手に斧を持った髭もじゃのおっさんで顔つきが悪人である。
どう見ても山賊です。ありがとうございました。しかもやられ役の山賊だ。
「チェンジで。リセマラってできる?」
ジト目で情け容赦なく告げるアイ。どうやら星1を引いちゃったぜ。
だって、こういうのは美少女か、強そうな英雄じゃないかな? 強そうに見えて弱いやられ役にしか見えねーよ!
「うおーい! 酷いですぜ親分。リセマラできないからな! チェンジ不可だから。あっしは役に立ちますから」
山賊がその言葉を聞いて、傷ついたような顔をして、手揉みをしながら媚びる表情をしてくるので、その情けない姿はますますやられ役にしか見えない。というか自我があるのかぁ。使い捨てしづらいな。
「使い捨てれば良いぜ。作り直す際に自我は新たな肉体に移せるし、いらなかったら捨てればいいんだぜ」
どうやら俺よりも情けがない者がいた模様。具体的には肩に乗る妖精。
「頑張ります! 頑張りますので、どうか末永く使ってくだせえ」
幼女に土下座をする山賊がここにいた。土に額をつけて土下座する姿に50点と、謎の点数をつけながらアイは嘆息する。
「自我の引き継ぎ可能かぁ。使い続ける程、頭は良くなると。だから知力の項目がないのね」
山賊のステータスがステータスボードに記載されたので、納得しながら眺める。こんな感じ。
ガイ
共人族
職業︰山賊
体力︰100
魔力︰100
ちから︰10
ぼうぎょ︰10
すばやさ︰10
特性︰呪い、精神攻撃、寄生無効
スキル︰斧術2、格闘2
「山賊じゃん」
やっぱりやられ役だった。名前だけは、なんか主人公っぽいけど似合わないなぁ。
土下座するガイを見ながら、仕方ないなぁとアイは使うことに決めるのであった。
「まっ、良いか。現実だとガイの強面の方が役に立ちまつしね」
使うことに決めた理由は簡単だ。なにしろ少し離れた場所から、ギャッギャッと蛙の鳴き声のような潰れた声が聞こえており、だんだんと近づいくるのだから。
たぶん幼女の掛け声を聞いて近づいてくる模様。迂闊であったと舌打ちする。幼女はテンションがあがると叫んじゃうのだ。その可愛らしい声は皆の注目を集めてしまう。
次からは気をつけようと、記憶に刻んでおき短剣を抜いて身構える。
幼女を隠すほどの背丈のある草むらがガサガサと鳴り、何者かが現れた。緑の小柄な幼女よりも少し大きな怪物。棍棒とも言えないそこらの枯れ枝のような物を片手に持ち、鼻の尖った、乱杭歯を剥き出しによだれを垂らしてこちらを見ている者。
有名な怪物、ゴブリン。それが5体も現れた。紳士な人たちではなかった。ある意味紳士な人たちの方が強敵だけど。
「いきなりのゴブリン戦でつか。ダイスの準備はOKでつか?」
「任せてくだせえ。勇者ガイの力をみせてやります」
「山賊でしょ」
ジト目でアイは素早くツッコミをいれて、ゴブリンを睨む。
「あたしは応援だぜ! ガンガンいこうぜ!」
マコトがやって欲しくない作戦名を叫んで、翅を羽ばたかせながらノリノリで叫ぶ。実に楽しそうだ。そして、戦闘では役に立たなそうだ
ゴブリンたちはアイを見ながらギャッギャッと叫び、嬉しそうに醜悪な笑みをニタリと浮かべた。
「よし、あたちのでびゅー戦といきまつか」
話し合いの余地はなさそうだと、幼女は獰猛な獣の笑みを浮かべ……られなくて、つまみ食いをしようとする悪戯っ子の笑みを浮かべる。
幼女がそんな笑みを浮かべれば、なにか欲しい物がありますかと、紳士なら声をかけちゃうだろうけど、ここは異世界、ハードな世界。
初めての戦闘を始める幼女たちであった。