299話 冬皇帝と天才少女
「膨大な金額となりますぞ! 国庫が空になりますっ! 我らは反対です!」
バンとテーブルを叩いて大声をあげる大臣をスノーは涼し気な顔で受け流していた。
サンライトシティ皇城の会議室にて、今回の議題を聞いてローグ大臣を始めとした重職の家臣たちが集まっているのだ。飛空艇を駆使して各地の高位貴族たちも集まっており、今回の議題の重大さがわかる。
「ククク……くくく……くぅくぅ……」
スノーの隣にいる太った黒尽くめの者が、含み笑いをしていた。最後の方は寝息っぽい。上下合体モードは駄目っぽかったので、前後合体モードな2人羽織に見える黒尽くめ。可愛いよ、アイたんと少女のグヘヘと笑う声が聞こえて、ローブの下で尻尾がぶんぶん振られているので、中の人は交代となった模様。
覚醒したら、誰かにますます似てきたなぁと、お昼寝しちゃう幼女を見て内心で苦笑しながらスノーは頬杖をつく。
「たしかに短期的には国庫が空になる計算となります。この資料の計算は正しいです」
計算が得意などこかの幼女が夜なべをして作り上げた資料。奴隷一人に付き陽光帝国通貨金貨10枚。マター紙幣は人々が馴染まなかったので、導入を凍結して、新たに作った金貨。貨幣価値は現在タイタン王国、トート帝国と比較して断トツに高い。まだ希少価値があるためだ。含まれる金の純度も高い。純度は貨幣に意味はないのは知っているが、国家の威信もあるので高くしたのだ。ちなみに偽造防止のために魔力も少し籠められていたりする。
国庫に眠るその金貨を一気に空にするのが今回の奴隷買い取り案件である。取引相手は月光商会。タイタン王国やトート帝国の金貨を集めすぎているので、変わりに月光商会は陽光帝国の金貨を使う予定。インフレにならないように気をつけるよ。
「奴隷の買い取りだけならば問題はありませぬ。ですが衣食住を整えるとなれば、この10倍、20倍は金がかかりますぞ」
この大臣さん、元気ですねとスノーは感心しちゃう。ブンカンの一人であるのに個性豊かだ。アイさんが覚醒してからというもの、それぞれのキャラは個性を強くしている。是非第二の人生を楽しんで欲しい。
「え、と、全ての費用を計算。税金として回収する分を計算すると、多少の余裕はあるでしょう。問題はありません」
「ぎっしりと詰まっていた金貨がなくなり、ほんの少しとなれば不安はありますぞ。なにかがあればどうなさるおつもりか?」
「その場合は新たに金貨を発行しますが、そこまでの問題は起こらないと思いますし、空になっても収入は常にあるので、すぐに貯めることが可能。なので、この提案は決定なのです」
言い切ったスノーの言葉に、面々は顔を見合わせる。皇帝の勅命となれば仕方ないが、これから大変なことになるぞと。
「あ〜、陛下。金だけじゃ解決しないと思うんだけどね。大工を始めとして、運搬の人間も必要じゃないか?」
年若くともその頭の良さに一目置かれている天才少女アウラ・ハヤ侯爵が手を挙げて尋ねてくるが
「全て無理をしてでも用意してもらいまつ。この提案は陽光帝国をさらなる飛躍をさせるためのものでつから」
ようやく起きたなぞのじんぶつにごうが発言したので、皆が注目する。注視される中で、紅葉のようなちっこいおててをローブから突き出して語り始める。
「ひとつ。陽光帝国の人口はタイタン王国1500万、トート帝国1900万と比較すると780万と少ないでつ。これは前身の南部連合が常に内部で小競り合いをしてきたことと、国家としての大規模な政策がなかったため。それを元奴隷で充填させまつ。だいたい200万人は陽光帝国の人口を増やすことができるでしょー」
指を一本折りながら話を続ける。人口が少ないと言われて気まずい表情となる元都市国家の王たちもいた。
「ふたつ、元奴隷の扱いを良くして移住者をこっそりと集めまつ。これは主に商人や護衛として行き来する傭兵など。ガイより始めよというやつでつね。この話が広まれば、陽光帝国を本拠地とする人たちも増えるでしょー」
「なるほどねぇ。人口問題を無理矢理解決しようってのかい。大混乱になりそうな予感もするが……」
腕組みをして椅子にもたれかかり考え込むアウラ。魔法爵があっしは奴隷と同じ扱いだったのとかボケるが皆はスルーした。既にボケ役として認知されているので。
「みっつ。陽光帝国の金貨を一気に周辺国家へとばら撒き認知させまつ。陽光帝国の金貨はまだまだ出回っていないので、商人たちは取引に使う際に敬遠するんでつよ。奴隷の支払いに使えば一気に認知されまつ」
ほぉ〜と大臣たちは感心する。自国の金貨を急速に普及させることに反対はない。それだけ国の強さを他国に見せることができるのだから。
「よっつ。膨大なお金と人が動きまつ。トート帝国からはなぞのじんぶつにごうなあたちがテレポートで一気に各地へと運びまつが、その後の細かい移動や衣食住の準備。これらに使う人々により、失職者なんてはぐれ幼女より見つからないことになる未来となるでしょー」
皆を見渡して、理解をしている様子に頷き、最後の言葉を告げる。
「最後に、これは陽光帝国の美談となりまつ。奴隷を救った国と伝説となって人々の間で語られまつ。これは歴史のない陽光帝国には必要なイメージでつね。建国当初にそのようなイメージが確立されれば、以降の外交などでは有利に働くはずでつ」
以上でつと頭を下げて話を終わりにする。これは凄いメリットがあるのだ。混乱があってもやる価値はある。
「プックック。気に入ったよ。メリットのどこにも奴隷が可哀想だからと感情論を語らなかったことも良いね! 国家を論じるには感情は不要だし、その利益のみを求める態度にあたしゃ賛成するよ!」
背を反らして心底楽しそうに笑うアウラに、他の者たちも納得したように頷く。
「え、と、なぞのじんぶつにごうさんが語ったとおりです。では皆さん、この計画に沿って皆は行動を始めて下さい」
「ハハッ!」
スノーが話を締めて、以降は元奴隷の運搬から計画を話されるのであった。
夕闇が迫り、会議は終わり、皆が集まったのだからと場所を移し華やかなパーティーが始まった。夫人や子供たちも連れてのパーティーである。他の貴族たちも招待されていた。
魔道具による明かりが灯る豪奢なシャンデリアの下、ようやくヴァイオリンなどの楽器が広まり結成された音楽隊が楽器を奏でる。テーブルには様々な食材を使って料理人たちが腕を凝らした見た目も美しい、そして味も絶品な料理が保存の魔法がかかった銀の大皿に乗せられており、メイドたちが人々の合間をトレイにグラスを乗せて歩き回る。
その光景はハードな異世界ではなく、ライトっぽい光景であった。昨今の景気の良さに、貴族たちはきらびやかな服装をして談笑をしている。夫人は宝石をあしらった上質な綿布のドレスを着込み、子供たちは料理を食べて美味しいねと笑顔になっていた。
「変われば変わるもんだよねぇ。この間までは毛皮を着込み、焼き肉をご馳走だと思っていた奴らがさ。随分お上品になったもんだね」
長テーブルに置かれている何か肉が乗ったクラッカー。アウラはポイと口に放り込む。そうして口の中に広がる味わいになんの肉かと首を傾げるが、すぐになんの肉か記憶の中から引き出す。
「これは魚だね……しかも干物じゃない。はぁ、こんな物が普通に食べれるようになるとはねぇ」
生臭くなくとろけるような味わいは肉ではない。肉のように見えるが。泥臭くないので川魚とは思えない。と、すると海の魚だ。このサンライトシティからどれほどの距離があるのか考えるまでもない。
「贅沢の極みに見えるが、実際はそうではないんだろうね」
ちらりと広間の隅っこに視線を向ける。そこでは見たことのない料理が作られていた。カウンターにはお客が2名。幼女と銀髪の狐娘だ。
「へいらっしゃい。寿司ですよ、寿司。一度寿司って本格的に握ってみたかったんです。扇子の型で握れるんで、もう寿司マイスターと呼んでも良いですよ」
「くくくでつ。そろそろくくくっていうの飽きてきたんでつけど、オリジナリティが欲しくなりまちた。あたちは光り物からお願いしまつね。ところで扇子の型でちたっけ?」
「むふーっ。リンはお寿司は大好き。まずはイクラ、次にイクラ、その次はイクラでお願いする。たぶん団扇の型」
「へいっ、2手で握っちゃいますよ。見ていてください」
幼気な少女の料理人が米を握って、生らしき魚の切り身を乗せている。とやあっとその手のひらにいっぱいに乗せたご飯に白身を乗せて、幼女に手渡す。タスキになぞのじんぶつにごう、只今分離中と書いてあるので、名前を呼んではいけないらしい。そして2人羽織は食事の際はやめた模様。
「どーです? これなら一貫でお腹いっぱい。ちまちまと作るより、良いですよね? リンさんにはイクラの丼巻きです。斬新かつ革命的な握りを味わってください」
はいどうぞと山盛りのイクラを乗せた丼という器をリンに手渡している。それをバクバクと平気な顔でリンが美味しそうに食べるので、腐ってはいない。腐っているどころか新鮮そのものなのだろう。
料理人の立つカウンターにはずらりと魚が置いてある。あれだけ生の魚を用意するのは本来は大変だったはずなのだが……簡単に集めることが陽光帝国はできるのだ。
保存の魔道具が数多くあるからである。去年まで極めて希少なものであったはずなのに、今や多少金を積めば手に入るぐらいの価値になってしまった。
「陽光帝国を統べる偉大なる皇帝陛下へご挨拶申し上げます」
さっきから聞こえてくる挨拶にも苦笑を禁じ得ない。挨拶のやり方が段々慣習化してきている。
ある時、下級貴族の一人が皇帝陛下へとその口上で挨拶をしたときに、お〜、素晴らしいです。漫画みたいとぱちぱち拍手して、褒め称えた。褒められた下級貴族はそのまま良いポストに入ったので、それを知った他の下級貴族がその挨拶を真似し始めたのだ。良いポストについたのは元々その下級貴族が目端の利く使える男だっただけなのだが、人は曲解するものである。
真似しないのは高位貴族たち。堅苦しい話し方が苦手な陛下だと知っているので、砕けた話し方をしているのだが……。めったに陛下に会わない下級貴族はそれを知らない。
そのため、皆は顔を覚えてもらおうと、あの挨拶になっているのだが……。
「こういうところから礼儀作法ってのは作られていくもんなのかね」
いずれはあの挨拶が普通の礼儀作法になりそうな予感がする。今も高位貴族に対して同じような挨拶をする下級貴族が出始めているし。陛下へと挨拶するやり方と同じ挨拶を受けたら、高位貴族も満更ではないからだ。
だか、今ではない。自分の子供の代には堅苦しい礼儀作法がたくさんあるかもしれないが。今は陛下へと気安く話しかけられるところを見せて、皆に自分が重鎮だと理解させよう。
飲み終えたグラスを近くにいるメイドへと手渡して、スノー陛下へと歩いていく。周りにいる貴族たちと話していたが、アウラに気づき、柔らかな笑みを浮かべた。
「え、と、アウラさん宴は楽しんでいますか?」
「はい、陛下。楽しんでいるよ。この宴一つとっても帝国の未来は明るいと断言できるかもね」
大袈裟に手を振って笑うと、それは言いすぎですとクスクス楽しそうに陛下は笑い、僅かに目を細める。
「で、アウラさん。もしかして奴隷引き渡しの監査役になりたくて来たのですか?」
「あぁ、陛下からは貰いっぱなしだし、そろそろ目立つ仕事をしたいんだよ。うちの騎士団も暇してるしね」
こちらの思惑をすぐに見抜くその慧眼に内心で感心をしつつ、パチリとウインクする。そろそろ功績を立てねばなるまいと常々考えていたのだ。建国は終わり、今後は戦ではなくて内政でアピールする必要がある。特にアウラのような外様で高位貴族になったものは。
「ふむ……。ザーンたち魔導騎士団に行かせようと思いましたが、それならばちょうどよいでしょう。アウラさん、魔導騎士団を連れて、奴隷の現状を確認するように」
「任せなよ。あたしが責任者になったからには、しっかりと仕事をこなすからさ」
そう言って、他の貴族たちが驚き歯噛みする中で、アウラは猛獣のような野性味溢れる笑みを見せるのであった。
宴で絶対の自信がある者が皇帝陛下にアピールできるという、また面倒くさい慣習になりそうな予感がする1幕だった。
「ヒラメくだしゃい」
「カルビひとつ」
広間の片隅では黙々とお寿司を食べる二人の姿があったが、珍しく絡みはしなかった。どこかの幼女はこれからは黒幕なので裏で動くと決めているので。